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2018年3月17日 (土)

隠れたユーモア短編集-25- 末路(まつろ)

 どんな物にも終わり・・という末路(まつろ)はある。飽食(ほうしょく)の時代の終わりを告げるコンビ二の閉店。これなどは実際に見られる典型的な末路の姿だ。命が消えて生物が死に至る・・という生物だけの話だけではなく、初めがあれば終わりという末路は、すべての物に訪(おとず)れるのである。
 二人が洞窟(どうくつ)探検をしている。いわゆる、アウトドアで言うケービングである。
「宇佐川(うさがわ)さんっ!」
「なんですかっ?! 瓶足(かめあし)さんっ!」
「いえ! なんでもありません…。少し、怖かったもので、つい…」 
 暗い洞窟の中のひんやりした岩の細道を二人は進んでいた。明かりといえば、ヘルメットに付けられたヘッドランプのみである。後方を進む瓶足が前の宇佐川に、ふと声をかけた。
「ははは…。足元に注意して下さいよ。たぶん、もうしばらくで終わると思います」
「ああ、そうですか。やれやれ…」
「瓶足さんはケービング、初めてでしたね?」
「はい! 登山は何度かあるんですが、洞窟は…」
「私は若い頃からですから…。末路を知るのが楽しみなんですよ」
「山でいえば、頂上の達成感ですかね」
「まあ、そんな感じでしょうか。末路は必ずありますから」
「宇宙にも末路はあるんでしょうか?」
「宇宙にはないと思いますよ。無限大ですから…。末路は3次元で生きる今の私達が考えだした科学の産物です」
「なるほど…。宇宙科学とは違うということですか?」
「おそらくは…」
「あれっ?! ここは、入口ですよね?」
「はい! ここが入口であり、末路の出口でもあります」
「…」
 瓶足は、なんだ…とばかりにガッカリしたが、安心もした。末路はガッカリして安心できる心地にならせる終点でもあり、始点でもあるのだ。

                            完

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