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2018年4月

2018年4月30日 (月)

隠れたユーモア短編集-69- シャッター通り商店街

 ひのもと商店街がシャッター通り商店街と呼ばれるようになったのは、なにも今に始まったことではない。それにはそれだけの隠れた理由があったのだ。「なにも隠れてなんかいないじゃないか、その名ズバリのシャッターだらけの商店街になったんだろ」と言う人もあるだろうが、それはそのとおりで、言うまでもなかった。
 すべてが持ちつ持たれつ・・というのが人の世の原理である。どうも最近は、その原理が消えてしまった…と、茸松(たけまつ)は思えていた。
 そんなある日、そのシャッター通り商店街を茸松と葉山が歩いていた。と、突然、寂しげに葉山が茸松に言った。
「あそこの店も閉まりましたな…」
「はい! この国はどうなるんでしょうな」
「さほど心配するほどの。こともないんでしょうが…先細(さきぼそ)り感は否(いな)めません」
「ははは…そりゃ強気を助け、弱きを挫(くじ)いていりゃ、こうなりますよ」
「道理ですな。あの店も頑張ってたんですが…」
「買わないと、こうなります」
「買わないんじゃなく、買えないんじゃないですか?」
「そうかも知れませんな。現に私も、肉を安い豚に変えましたから…」
「ははは…切実ですな」
「ははは…切実です、庶民はっ。しかし、生姜(しょうが)焼きは美味(うま)いですなっ!」
「そうそう、生姜焼き。アレは美味いっ! ははは…」
 シャッター通り商店街は生姜焼き話で、かろうじて賑(にぎ)わいを保った

                           完

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2018年4月29日 (日)

隠れたユーモア短編集-68- 思うに任(まか)せない

 自分の思いどおりにコトが運べば、なにも問題はない。だが、そうは問屋が卸(おろ)さず、思うに任(まか)せないと小売は品(しな)不足で苦労する…いや、当事者は困ることとなる。そうなるには、隠れた原因が介在(かいざい)するのだが、当の本人は焦(あせ)ってなんとか早く…と苛立(いらだ)っているから、その原因に気づいていない。
 着ているシャツが綻(ほころ)んだので、突木(つつき)は針に糸を通して縫(ぬ)い合わそうと算段(さんだん)した。昼にはまだ小一時間はあり、コトはすぐ片づくように思えた。ところが、どっこいである。糸の先が解(ほつ)れて、なかなか糸が針に通らないのだ。最初の数度は軽い気分で通していたものが思うに任せず、10分が経ち、やが
15分を経過すると、さすがに突木も焦り始めた。
『通らんはずがない…』
 知らず知らず突木の口が呟(つぶ)いていた。そして、30分が経とうとしたとき、少し離れたところにある小学校から、昼を告げるチャイムの音(ね)が響いて突木の耳へ入った。
「まあ、昼を食ってからにするか…」
 突木はキッチンへと飛び去るように消え失(う)せた。その姿は恰(あたか)も啄木鳥(キツツキ)を彷彿(ほうふつ)とさせた。そして、数十分が経過した。
「よしっ! また、始めるか…」
 昼を食べ終えた突木は、シャツと針、糸の前で、そう独(ひと)りごちた。そして、今度こそ、なんとかしよう…と突木が思ったときである。思うに任せず、今度は眠気が突木を襲った。突木は針と糸を手にしたまま、いつのまにか、ウトウトし始め、ついに眠りこけてしまったのである。
 突木が目覚めたとき、ふと目の前に針と糸が見えた。よ~~く見ると、針の穴が小さく、その糸では通らないことが判明した。原因は針の選択ミスにあったのだ。突木は、なぁ~んだ…と思いながら針を変えてみた。糸は一発で見事にスゥ~~~っと通った。シャツの綻びを縫い終えたとき、もう辺りには夕闇が迫っていた。突木が午後からしよう…と思っていた作業は思うに任せず、次の日へと順延されることになった。思うに任せないのには、思うに任せないだけの小さな隠れた原因がある・・というお話である。

          
                  完

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2018年4月28日 (土)

隠れたユーモア短編集-67- 得(とく)した気分

 ━ 朝起きは三文の得(とく) ━ と言われる。これは確かなことなのか? を実際に証明してみよう…と考える、なんとも馬鹿げた男がいた。男の名は関川という。
 関川はその格言に隠れた目に見えない効果と実態を突きとめよう…と、思わなくてもいいのに思ったのである。世の中には随分と暇(ひま)な男もいたものだが、それもそのはずで、関川は定年で退職後、さて、どうしたものか…と、ポッカリ空(あ)いた手持ち無沙汰(ぶさた)な時間をもて余(あま)していたのである。職場で仕事に追われていた時間が空白となり、バイオリズムが狂った訳だ。関川はさっそく照明しようと試(こころ)みた。前日は少し早く寝て、次の日の朝、暗いうちから起き出した。すると効果は覿面(てきめん)で、昨日(きのう)までアレもコレも…と追われていたものが嘘(うそ)のように片づき始めた。関川は最初、まさかっ!? と思った。だがそれは、紛(まぎ)れもない事実で、アレもコレも終わっていたのである。その直後、関川は得した気分がした。関川は、これかっ! と思った。では、何がそうさせたのか? …と、関川はその謎(なぞ)に鋭く切り込むことにした。するとそこに現れたものは、やる気という実体のない気力だった。関川は、この場合のやる気は起きようと考える意志の力だ…と考えた。この力は早起きしたかこそ浮かんだのである。そうか! 早起きは得した気分のやる気を起こさせるのか…と気づいた。隠れた見えない効果がやる気で、アレもコレも片づいた事実は、得した気分の証明なのである。だが、他人に言えば馬鹿に思われそうで、関川は未(いま)だにこの得した気分を隠れた公然の秘密にしている

                          完

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2018年4月27日 (金)

隠れたユーモア短編集-66- モグラ性(しょう)

 モグラがいるということは、その土壌(どじょう)がいい・・という隠れた意味合いがあるそうだ。とはいえ、畑の作物や草花は深刻な被害を蒙(こうむ)るから、放っておくというのも問題である。そこで対策となるが、なにせ相手は忍びの者のように神出鬼没(しんしゅつきぼつ)で手ごわい。よく考えれば、世の中にはこの手のモグラ性(しょう)の人間いるにはいるのだ。
「今日は、ここまで…」
 昼を告げるチャイムが鳴り、授業は終了した。教師の田村は逃げるように教室から退散した。その速さは尋常ではなく、アッ! という間とは、まさにそれだった。田村は生徒達からモグラという有難い渾名(あだな)を頂戴していた。というのも、この男、いつも素走(すばし)っこく神出鬼没で、居場所を探すのもひと苦労だったからだ。そこへもってきて、陰気でド近眼ときたから、渾名はそのものズバリ! と言ってもよかった。
 職員室である。教師の町畑と市林がなにやら話をしている。
「あの…田村先生は?」
 町畑は辺(あた)りを見回しながら市林に訊(たず)ねた。
「あれっ? 今まで、ここに座っていらしたんですがねぇ~」
「そうてすか。ほんとにあの方は、捉(とら)えようがない人だ…」
「そうです。横見をしていたら、もうおられませんからね」
「ははは…生徒達がつけた渾名がモグラだそうです」
「これはいい。ピッタリ! ですねぇ~」
 二人は大笑いをした。その頃、モグラ教師の田村は、誰もいない暗い体育倉庫の片隅(かたすみ)で一人、弁当を食べていた。オカズはミミズではなく沢庵(たくあん)と塩昆布(しおこぶ)のみで、人に見られるのがこっ恥(ぱ)ずかしい・・という理由だった。田村のように隠れたところが性分(しょうぶん)に合う、モグラ性の男も世間には結構いる

                         完

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2018年4月26日 (木)

隠れたユーモア短編集-65- 次第(しだい)に

 人の心とはいい加減なもので、倦(あき)ずにズゥ~~っと一つのことを根気よく続けていると、次第(しだい)に隠れた本能がムクムクッと頭を擡(もた)げてくる。本能だから、時代風に言えば信長公の呟(つぶや)かれたような「是非に及ばず…」みたいな言葉となり仕方がないのだろうが、困ったものではある。まあ、これには個人差があり、次第に頭を擡げる衝動(しょうどう)を理性で抑える程度差は各々(おのおの)で違う。
「いやぁ~、この前のソフト、あれ、美味(うま)かったよっ! どこで買ったの?」
「ははは…部長が甘いもの好きだとは知りませんでしたよ。いつも寄る店がありましてね、そこで…」
「そうなんだ…。また頼むよ・・っていうか、今日もついでに…」
「はあ…あちらへ回れば、ですが…」
「いや、レバーじゃなしにニラで頼むよっ!」
「部長、上手(うま)いっ!! ニラレバ炒(いた)めっ!」
「ははは…つまらん親父ギャグだ。そうだな、三つほど頼むか」
「そんなに…」
「私は糖尿の気(け)は、ないからな…」
 そう言いながら、次第に欲が出た部長は五千円札を一枚、部下に手渡した。
「こんなに…」
「ははは…手間賃代わりだっ。近くで昼でも食べなさいっ」
「じゃあ、遠慮(えんりょ)なく…」
 部下は、こりゃ、いいバイトだ…と瞬間、思った。次第に欲が擡げた二人は顔を見合わせ、ニタリと北叟笑(ほくそえ)んだ

                          完

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2018年4月25日 (水)

隠れたユーモア短編集-64- 目先(めさき)の欲

 人はどうしても目先(めさき)の欲に走る。いくら出来のよい人でも、これだけは人間が本来、持っている性向だからどうしようもない。まあ、出来のよい人は出来の悪い人に比べて目先の欲に左右されにくい・・という程度差はある。だが孰(いず)れにしろ、目先の欲でいい結果が見込めそうな方を選ぶのには変わりがない。
 ここは人賑(ひとにぎ)わいで活気に満ちた卸売(おろしうり)市場の中である。二人の買物客が目先で判断し、なにやらブツクサと言い合っている。
「いや、あっちの方が活(い)きがよさそうだったぜ」
「そうか? …俺はこの方が脂(あぶら)が乗って新しいと思うんだが…」
「毎度っ!! お客さん、どうされましたっ!?」
 奥から出てきた威勢(いせい)のいい店の主人が、そこへ割って入った。
「おっ! 親父さん、いいとこへ…。これなんだがねっ、あっちより活きがいいよな?」
「ははは…悪いが、どっちも駄目だねっ! お客さんいいとこへ現れたよっ! 今、入荷(にゅうか)したやつを出すから、もってきなっ!」
 店の主人は店員に命じて、真新(まあたら)しい魚を店頭へ並べ始めた。二人の男は「入荷したて…」と聞いて、つい目先の欲が出た。二匹ぐらい…と思っていたものが、二人とも十匹も買ってしまったのである。(1)持ちがいいから数日はいける(2)小売店よりかなり安い・・という目先の欲による判断だった。
 二人が家に帰ってどうなったか・・までは、哀(あわ)れを誘(さそ)うので書きたくないが、読者の方々はお知りになりたいだろうから、ほんの少しだけ記(しる)したい。
「そんなに買ってきて、どうすんのよっ!!」
 ということである。目先の欲は、怒(いか)りを買う隠れた危険を孕(はら)んでいるのだ。

                          完

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2018年4月24日 (火)

隠れたユーモア短編集-63- 海老(えび)で鯛(たい)を…

 ━ 海老(えび)で鯛(たい)を釣る ━ と、世間ではよく言われる。小さな元手(もとで)で大きな利益を得るような意味で使われる場合が多いが、僅(わず)かな知恵や物で美人を仕留めたり、小さな損失を覚悟で出資し、大利益を得る商売などの場合でも使われる。だが孰(いず)れにしても、そこにはデメリット[不利益]となる隠れた魔が潜(ひそ)んでいることを当の本人達は知らない。目先の利得で、ついセコいことを考えるのが人だが、世の中はそんなに甘くはない。しっぺ返しが忘れた頃、不意に訪れ、当の本人達にデメリットを与えることになる。
 一攫千金(いっかくせんきん)を夢見て、思いどおり競馬の万馬券で法外な金を得た鹿口(しかぐち)は、それ以降、競馬場に入り浸(びた)りとなっていた。懸命に働いた挙句が借金苦となり、なんとかしようと初めて買った馬券で得た金で借金苦から逃れた・・まではよかったのだ。だが、この万馬券には隠れた魔が潜んでいたのである。実は、この万馬券は魔が釣りをして仕掛けた餌(えさ)で、態(てい)よく鹿口は鯛のように釣られたのである。競馬場がよいで、いつの間にか工場は倒産し、邸宅さえ抵当に取られた鹿口は、生き作りの刺身に調理され、魔によって美味(うま)そうに食べられようとしていた。だが、世の中とは、よくしたものである。働き者だった鹿口は、ありがたい仏さまの救いで怪我をした。救いで怪我をした・・というのは矛盾しているようだが、実はそうではなかった。競馬場へ日参(にっさん)できなくなった鹿口から魔は退散したのである。退院して以降、鹿口はまた懸命に働き、小さいながらも工場を再開できたということである。
 皆さんも鹿口のように釣られないよう、くれぐれも用心を怠(おこた)りなく! ^^ 鯛を釣ろうと、海老は巷(ちまた)に五万と撒(ま)かれているのだ

                          完

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2018年4月23日 (月)

隠れたユーモア短編集-62- 予定

 予定は不確実な未来の約束ごとである。しかもそれは予定を考えるその人自身やグループ、組織にだけ分かる内容であり、赤の他人や部外者にはまったく感知できない隠れた決めごとなのだ。だから、予定は周辺の事態により変更されたり取り消されたりする不確実なものとなる。
「さて…どうしたものか」
 早朝の校庭である。全天(ぜんてん)灰色の空を眺(なが)めながら一人の男が腕組みをしながら呟(つぶや)いた。
「天気予報は下ると言ってましたが…」
 その男の右に立つ別の男も空を眺めながら返した。
「そうか…まあ、なんとかなる! 花火を上げてもらってくれ!」
「分かりましたっ!」
 別の男は慌(あわただ)しく駆け出し、校庭から消えた。その日は馬毛(うまげ)小学校の運動会だった。予定は変えられない以上、実施か雨天順延かは即断しなければならなかった。あと少しすれば、体育委員の生徒達が登校してくる予定だった。
「なせばなるか…」
 男は少し偉(えら)ぶって、また腕組みをした。何を隠そう、この男こそ万年平(まんねんひら)の体育教師、活力(かつりょく)満(みちる)である。
「予定は未定であって確定にあらず・・かっ。ははは…」
 活力は、誰もいないのに、笑いながらまた偉そうに言った。そのとき、花火の空砲がズッド~~~ン!! と轟音(ごうおん)を響かせて灰色の空に打ち上がった。その途端、小粒の雨が降り出した。と同時に、活力の顔から笑顔が消えた。
 このように、予定は未定で確定ではなく、飽(あ)くまでも予定なのである

                           完

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2018年4月22日 (日)

隠れたユーモア短編集-61- 向上(こうじょう)

 今ある状態から、より以上の状態に進むことを向上(こうじょう)と言う。その言葉が使われるのは人の場合もあり、物の場合もある。ただ、向上ということ自体は目には見えず、捉(とら)えようのない隠れた雰囲気的な存在だ。
 とある会社の部長室である。
「最近、君の課では、ものすごく営業成績がアップしているが、何か特別な指導でもやっとるのかね?」
「はあ、これといっては…」
 課長の麦踏(むぎふみ)は部長の鋤牛(すきうし)のご機嫌を窺(うかが)うかのように小声で首を傾(かし)げた。
「そうか…。いやなに、何か・・あるのなら他の課でも・・と思ってね」
 鋤牛は次期常務の昇格候補の一人で、何がなんでも役員達に好印象を与(あた)えようと密(ひそ)かに目論(もく)んでいたのである。ところが、麦踏は別の部の鍬堀(くわほり)部長派だったから、当然、何か・・の策を言う訳がなかった。実のところ、何か・・の策は、あるにはあった。それは課員達のやる気を向上させる策だった。その向上策とは、一契約ごとに麦踏が一回、驕(おご)りの自腹(じばら)で飲み食いへ連れて行く・・というシステムだった。無料の招待だったから、誰も奮闘(ふんとう)して営業成績が向上する訳である。
「他にご用がございませんでしたら、これにて…」
「おっ! 悪かったね。つまらんことで呼んでしまった…」
「いえ…」
 丁寧(ていねい)に頭を下げ、麦踏は部長室を出た。部長室を出た途端、麦踏の顔は向上して天井(てんじょう)を見ていた。その顔はニンマリと緩(ゆる)んでいた。

         
                   完

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2018年4月21日 (土)

隠れたユーモア短編集-60- 闇に潜(ひそ)む

 よい場合でも悪い場合でも、大ごとと思えるような出来事は世間の闇に潜(ひそ)む。要は、見えないところで動いて暗躍する訳だ。
 ここは、とある柔道の道場である。オリンピックに向けて選手二人による激しい練習試合が行われていた。
「ダメだっダメだっ、お前達!! それじゃ、相手が指導差と時間切れで勝っちまうっ! 今の世界柔道は柔道であって柔道じゃないっ!」
「はあ? どういうことですか?」
「分からんやつだっ! 本来の柔道は、双方が堂々と組み手を取り合って技(わざ)を競(きそ)うものだっ! 今の世界柔道は柔道レスリングと言ってもいいっ!」
「コーチ、上手(うま)いこと言いますねっ」
 もう一人の選手が笑顔で言った。
「俺をおだてて、どうするっ!」
「ど、どうも、すみません…」
「…そうは言っても、勝たねばならん! お前達も金メダルが欲しいだろ?」
「ええ! そりゃもう!」「もちろん!」
 それを聞いた瞬間、コーチは、こいつ達は無理だな…と思った。闇に潜むオーラが二人の選手には寸分も感じられなかったからである。
「まあ、そういうことだ。二人とも、頑張れ…」
 そのとき、コーチの目に、別の一角で乱どり[練習方法の一つ]する二人の選手が目に入った。コーチは二人に闇に潜むオーラの動きを感じ取った。
「おお! そこの二人、いいぞっ!!」
 コーチは近づくと、二人を激励した。
 オリンピックが始まり、二人は金メダルを取った。
『やはりな…』
 コーチには闇に潜む何ものかの動きが見えたのである。コーチはニンマリと北叟笑(ほくそえ)んだ。

                           完

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2018年4月20日 (金)

隠れたユーモア短編集-59- 皮算用(かわざんよう)

 儲(もう)けてもいないのに、儲けがあった計算をする・・これが皮算用(かわざんよう)と呼ばれるものである。猟師が狸を獲ったつもりで見入りの金を当てにしたことを[獲らぬ狸の皮算用]と比喩(ひゆ)したことに始まるらしい。思わずニンマリとして、隠れた利得の喜びに北叟笑(ほくそえ)む訳だが、実際に利得があった訳ではないから、その結果にガックリと肩を落とすことになる。まあ、一時(いっとき)の儚(はかな)い夢ともいえる。
 経営者の金有(かねあり)は労働者派遣法を利用して人件費を減らすことで当期純利益を増やそうと、皮算用で考えた。最初のうち収益は改善されたが、企業を考えず、金のためにだけ働く労働者を増す結果となり、企業の力は衰微した。外国資本傘下に身売りする大手企業も出始めた。金有は利益の少なさに、私は金有だが、金が無いなあ…と、儲けの出ないことを馬鹿のように思った。だが、上には上があった。国は世に流通する通貨や紙幣量を増やすことでデフレを克服しようとした。しかし、このデフレはデフレではない隠れた国力の衰微(すいび)に起因していた。分かりやすく言えば、先行き不透明な不安に伴う国民の購買力低下によるものだったのである。正常な市場(しじょう)の経済状況における需給バランスの崩れに伴うデフレではなかったのだ。その結果は明々白々(めいめいはくはく)、国民は物価高に苛(さいな)まれ益々(ますます)、息苦しくなっていった。ところが、国はこれで景気回復による財源確保が…と獲れない皮算用をした。金有が考えたのは、ほんの小さい皮算用に過ぎなかったということだ。夢を見るのはいいが、皮算用はよくない。

                             完

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2018年4月19日 (木)

隠れたユーモア短編集-58- 時(とき)の風

 上手(うま)い具合に時流に乗れたのか、串丸(くしまる)が出した店は受けに受け、客が押しかけて大繁盛した。串丸は、いい風が吹いたな…と思った。だが、そう長くいい風は吹いてはくれなかった。時(とき)の風は、隠れた流れで社会に吹いている。だから、誰もその姿を見ることはできない。そして、その風に乗れるか乗れないか・・は、人それぞれなのだ。時の風は気が変わりやすく、不意に止まったり、他へ流れていってしまうから、繋(つな)ぎ止めることは至難(しなん)の業(わざ)だ。
「えっ!? そんな馬鹿な…。昨日(きのう)まであんなに売れてたじゃないかっ!」
「それはそうなんですがね。ばったり、客足が止まっちまって…」 
「原因は?」
「さあ、それが…」
 串丸が店へ出勤すると、店長の平岩が急ぎ足で串丸に近づいて訴(うった)えた。
「何か原因があるはずだ。ともかく、その原因を探せっ!」
「分かりましたっ!」
 平岩は串丸に軽く頭を下げると店員達の方へ去った。時の風はそのとき、串丸の斜め後ろで昼食を食べていた。当然、時の風の食事風景は人に見えないが、霞(かすみ)が今朝(けさ)のメイン・ディッシュだった。時の風は串丸を見ながら、ふと思った。
『原因は、もう私しかいないからですよ。仲間は他の国へ流れちまいましたからね…』
 串丸は、おやっ? と後ろをふり向いた。
「…気のせいか。ははは…そんな訳ないよな」
 誰もいないフロアを見ながら、串丸は事務室へと消えた。
『いやいやいや、気のせいじゃない。ここにいますよ』
 皆さんの周(まわ)りでは、今日も時の風が、囁(ささや)きを漏(も)らしているのです。
聞いていただけないのが実に残念です。

                           完

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2018年4月18日 (水)

隠れたユーモア短編集-57- 隠れた主張

 鋤焼(すきやき)がキッチンで妻に命じられた洗いものをしていると、中国の防空識別圏は…とガナっているテレビの声が聞こえてきた。鋤焼は思わず振り向くと、テレビ画面を見た。そこには、まあそれなりにそれなりな学者、評論家、大学の偉(えら)い先生方が討論を行っていた。鋤焼は茫然(ぼうぜん)と、ああ、そうなのか…と思った。
 洗いものを終えてテーブル椅子にドッカと座ったとき、鋤焼の脳裏に、ふと、ある思いが浮かんだ。それは、国々の隠れた主張である。それぞれの国がそれぞれに隠れた主張をすれば、隠れたところで見えない軋轢(あつれき)が生じるのは必然だ。それが、よろしくない事態だということは誰しも分かる事実なのだが、なにせ相手は見えない隠れた主張なのだから、始末が悪い。鋤焼は、予算編成会議に似ているな…と、改めて思った。鋤焼の職場では今、総務部長の鋤焼と財政部長の水滝(みずだき)が予算取りで丁々発止(ちょうちょうはっし)の渡り合いを予算編成会議で演じているところだった。今日はその途中の日曜だったのである。隠れた主張は主張力オーラが強い方が有利だな…と思えた鋤焼は、キッチン椅子から立ち上がると、その場で関係のない体力増強のスクワットを始めた。

                           完

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2018年4月17日 (火)

隠れたユーモア短編集-56- 戦国医者

 ここは再入会病院の診療内科である。
 アナウンスされた一人の中年男が病室へ入ってきた。担当医の美景(びけい)は、その男をチラ見した。これといって何の変哲(へんてつ)もない、フツゥ~の中年男だった。
「どうしました?」
「少し身体が、けだるいんです…」
「けだるい? いつ頃からですか?」
「…おととい、あたりです」
「なにか思い当たるようなことはありませんか?」
「思い当たること? 最近、仕事が忙(いそが)しく、残業続きで…」
「ははは…そういうの、よくあります。軽い過労ですねっ!」
「そういうの、よくあるんですか?」
「はい。最近、そういう方、よく来られます。疲労は上手(うま)く隠れるんですよ。隠れて蓄積(ちくせき)し、過労となってあなたの城を攻める訳です」
「城を攻める?」
「ええ、その軍勢、およそ数百」
「数百ですか?」
「ええ…。点滴とお薬をお出ししておきますから、迎え撃ちましょう!」
「はいっ!」
 二人は笑顔で固く握手した。美景は病院内で戦国医者として誰もに知られた名医だった。

                           完

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2018年4月16日 (月)

隠れたユーモア短編集-55- 組織

 一人の人間では、そう大したことも出来ないが、これが多人数となると大きなことが出来るようになる。この集団化した隠れた存在が組織である。この組織と呼ばれる人の集合体は、良いにつけ悪いにつけ、強い強制力を持ってその組織に加わる者を支配している。病院、学校、役場、消防署、警察…などのインフラ[社会資本]で働く人々は申すに及ばず、会社、工場、店など、すべての組織で働く人々を含む。当然、軍事組織もそうだ。これらは良い場合で、悪い場合はテロ集団や邪心的宗教団体、暴力的団体などが含まれる。良い悪いを問わず強制力を伴うから、人は組織には弱い。
「また、遊んでるっ! 夏休みの宿題、早くやってしまいなさいよっ!!」
「分かってるよっ!」
 学校組織の一生徒である謙太は、遊んでいて母親に叱(しか)られた。
「竹川さん、明日までに資料、頼みますよっ!!」
「はいっ! 必ず…」
 会社組織で働く次長の竹川は、部長の松山に厳(きび)しく念を押された。
「出動!!」
「はっ!!」
 消防組織の隊長である平林は、消防指令の縦池から出動を命じられた。
「あなたっ!!」
「すみませんっ!」
 夫婦組織に加わる均(ひとし)は妻の和子に帰りが遅かったことを、こっぴどく窘(たしな)められた。
「キ、キィ~~!!」
「…」
 猿組織のボス、グルムに威嚇(いかく)された二番ボスのポロは、無言で高台にある群れの見張り位置から遠退(とおの)いた。
 組織には隠れた威圧感が秘められているのだ。

                            完

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2018年4月15日 (日)

隠れたユーモア短編集-54- そうだね…

 芋貝(いもがい)は職場で隠れた仲裁名人として名を馳(は)せていた。芋貝が騒ぎの中に入れば、大よそのことは解決した。日常の職場ではそれほどの技量があるようには、とても見えない男だった。というのも、仕事のポカはよくやったし、先だっても予算書の印刷原稿をひと桁(けた)、間違えて印刷会社へ渡し、すべて議会で差し替えるという離(はな)れ技(わざ)を演じたのである。出来の悪さでは随一の大物だった芋貝が、なぜ隠れた仲裁の技量があるのか? と、財政課長の泥地(どろち)は不思議に思っていた。そんなある日、芋貝が仲裁する模様を遠目に見ていた泥地は、あることに思い当たった。芋貝は腕組みし、対立して言い合う双方を前に、「そうだね…」と頷(うなず)くのである。すると、「でしょ?!」と、頷かれた相手は味方を得たように、どうだ! とばかりに相手を見据(みす)える。すると、相手は「なに言ってるっ! コレコレシカジカでしょうがっ!」と反論する。そこで芋貝はその相手にも「それも、そうだね…」と、[そうだね…]を繰り返し、ふたたび頷くのである。結果、うなずかれた相手は「でしょ?!」と見方を取り戻(もど)したかのように、どうだっ! と、見据え返すのだ。この双方の繰り返しが幾度か続くうちに、別の仕事が双方に入り、言い争いは、いつも立ち消えるのだった。
 世の中には、聞き上手という言葉があるが、芋貝は「そうだね…」と反論せず頷く技量を持つ、隠れた達人(たつじん)だったのである。

                           完

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2018年4月14日 (土)

隠れたユーモア短編集-53- 予定[スピンオフ編]

 夏休みのある朝である。今朝は、ああして・・で、こうして…と、小学校六年の正也は予定を立てていた。なんといっても今年は小学校最後の夏休みである。毎年、終わり頃になると宿題に追われたから、よしっ! 今年こそ! と夏休みが始まったとき、正也は意気込んだ。そして、一週間が過ぎ、まあ、それなりに順調に捗(はかど)っていたから、いいぞっ! この調子で…と今朝も予定通りに続けようとした。ところが、である。近所の同級生、大樹(ひろき)が毎年のように遊びに誘ってきた。実のところ、今年は…と思っていた正也は、夏休み前にそれとなく断りを入れていたのだが、理由を訊(き)かれたものだから、今年は家族で海外に・・などと予定にも無いことを言ってしまったのだ。隠れた自慢心がそう言わせたのだが、よくよく考えれば、近所に住んでいるのだから嘘だとすぐにバレてしまう訳だ。しかし、そこはそれ、正也は子供である。そこまでの先を読めなかった。
 夏休みが始まって一週間、正也一家が家にいることを大樹は風の噂(うわさ)で聞いたのだ。そして今朝、それを確かめに遊びに正也を誘いに来た訳である。正也は予定相場の話ではなくなった。いや、それだけではない。海外へ行けなかった言い訳を早急に考えねばならなかった。
「父さんの都合で…」
 正也の父、恭一は態(てい)よく正也に利用されてしまった。
 次の日から正也の予定は立ち消え、例年どおり遊び回ることになった。
「正也~~!! 勉強はっ!」
 母親の未知子の声が聞こえる。
「帰ってからぁ~~!」
「お兄ちゃ~~ん、私もぉ~~」
 妹の愛奈が正也のあとを追う。
「ははは…さすが、わしの孫だけのことはある」
 祖父の恭之介が豪快に笑って言う。
「ですね…」
 恭一が小声で参加する。正也の姿は、すでに消えていた。隠れた予定は簡単に消えるのだ。

                   完

 ※ 湧水家の人々は、風景シリーズからのスピンオフ出演です。^^

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2018年4月13日 (金)

隠れたユーモア短編集-52- 史上最大の識者(しきしゃ)

 吉野は世間にどこにでもいそうな普通の一社会人である。外見上はイケメンでもブサイクでもなく、そこら辺(あた)りを歩く一般中年と何ら区別がつかないサラリーマンだった。ところが、この吉野には、神か仏からなのかは知らないが、生まれもって授(さず)かった隠れた才能があった。それはコンピューターをも予測不可能な先を見通せる史上最大の識者(しきしゃ)の才能だった。
 先だっても、こんなことがあった。世間は参議院選挙の告示を前に騒いでいた。そのとき、吉野には、すでに結果が見えていた。それも完璧な結果である。吉野は、国は無駄な金を使うものだ…と思った。与党系が断然、有利だ…とは、吉野の頭脳が弾(はじ)き出したシミュレーションによる結果である。吉野の頭脳によれば、こうだ! 選挙権が引き下げられ、18才以上の国民にも選挙権が与えられるようになった。18才~20才いえば、学生世代である。学生は、これから就職して社会で働かねばならない。早い話、社会情勢が今以上に混迷しては困る訳だ。当然、安定した政治をしてもらえないと社会に影響が出て企業で就職できなくなる危険性も大きくなる。そう考えれば、必ず与党系へ投票する…と吉野は一瞬で考えたのである。一般の有権者層にしたって同じだ。今一つ、この国には元気がない。これは景気以前の国力の衰微によるものだが、今の国は気づいていない。景気がどうこう・・とガナっている。国民も毒されたメディア情報に流され、やはり、世の中は安定か…と半(なか)ば捨て鉢になっている。ということは、与党系へ投票するか棄権(きけん)する…と吉野は、これも一瞬で考えた。総じて、吉野の頭脳が弾き出した結果は、与党系圧勝! となった。
 参議院選挙が終わり、与党系は圧勝した。吉野の予想どおり、日本丸はさらに右へと舵(かじ)を切った。羅針盤(ソーダ)である経済企画庁が平成13年1月に省庁統廃合で消えてからというもの[現在は内閣府国民生活局に一部が事務分掌されている]、日本丸は悲劇のタイタニック号の危険を孕(はら)む航路を微速(びそく)前進しいる…と、究極の識者である吉野は憂(うれ)いているのだ。吉野には沈みゆく日本丸の姿が、すでに浮かんでいる。だが、一社会人である吉野にはどうすることもできない。日本の神や仏が間違ったとすれば、ただ一つ、史上最大の識者であるこの男に社会的立場という隠れた力[フォース]を与えなかった点かも知れない。

                           完

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2018年4月12日 (木)

隠れたユーモア短編集-51- 丁寧(ていねい)な命令

 大型スーパーのレジ係が小曽根に、買い物籠を「置いてくださいっ」と、丁寧(ていねい)に指示した。
「ああ、はいっ…」
 小曽根は食品が入った買い物籠をレジ台へ置きながら、少し気分を害したが、まあ…と籠を置いた。そういや、この大型スーパー、土日は混雑しているにもかかわらず、レジ台の半分は人が配置されていない。その結果、レジ前は長い列が出来ている。もう少しレジへ人を回せよ! と思えた矢先のことだった。
「前へ詰めてくださいっ」
 二の矢が飛んできたのは、次の瞬間だった。小曽根は、また丁寧な指示に従って、前へ詰めたが、少しして、小曾根は少しムカッ! とした。よ~く考えれば、二度も客を指示するのは、明らかにt隠れた丁寧な命令なのである。命令は、顧客の自由権を侵害し、すでに店対客の関係を崩している。大相撲でいう、[待った!]か、[立ち合い不成立!]だっ!…と小曽根は思えたが、一人相撲だから違うか…と、すぐ全否定した。
 この大型スーパーを展開する会社の経営方針なのだろうが、この店と同じJR駅前の別の店が閉店したとは聞いていた小曽根だった。店を出たとき、小曾根はレジ係を少なくして丁寧な命令をすれば、客を減らすのか…と結論した。

                           完

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2018年4月11日 (水)

隠れたユーモア短編集-50- 無の存在

 私達が日々、暮らす世界で、表面上は見えない隠れた無の存在があることは余り知られていない。目に見えない存在だから、良くも悪くも捉(とら)えようがなく、普通に生きる私達に知られていないのも当然だ。この存在により、私達は大いに助かったり苦しめられたり一喜一憂(いっきいちゆう)する訳だ。無の存在からは私達が見えている。だから、よし! 助けるか…とか、懲(こ)らしめてやろう…などと勝手に判断される。これによって、人それぞれに人生の幸(こう)不幸、成就(じょうじゅ)不成就などの差がついていく・・といっても過言ではない。私達は、この見えない無の存在を運と呼ぶ。運がいいのも不運なのも、すべてが無の存在次第・・ということになる。
 上を走る高速道の渋滞(じゅうたい)を尻目(しりめ)に、スイスイと空(す)いた地方道を一台の小型車が走っていた。
「よく分かったわね?」
「なにが?」
「渋滞するって…」
「ははは…そんな予感がしただけさ」
 運転席の男は助手席の妻へ朴訥(ぼくとつ)に返した。その妻の後部座席には無の存在がニンマリと笑いながらソフトクリームを美味(うま)そうに舐(な)めている。時折りその無の存在は指先を男の頭へ指(さ)し、指示を出していた。
『ああっ! そっちは駄目だよっ! こっち、こっち!』
「おっと! こっちの道がよさそうだな…」
 右折しようとした男は、危うく分岐路手前の信号を左折した。
『フゥ~~。そうそう…』
「お前、今、なにか言ったか?」
「馬鹿ね。何も言ってないわよっ!」
「気の所為(せい)か…」
 男は首を傾(かし)げた。気の所為でもなんでもない。後部座席では隠れた無の存在が、相変わらずソフトクリームをニンマリと笑いながら舐め続けていた

         
                   完

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2018年4月10日 (火)

隠れたユーモア短編集-49- 暑気(しょき)

 夏の暑気(しょき)は梅雨明けとともに、ムッ! とした暑さでやってくる。もちろんこの暑さは、隠れた存在で、熱気以外、私達には見えない。
 猛暑の昼過ぎである。二人の男が、ばったりと道で出くわし、話を始めた。
「暑いですなぁ~~!!」
 あたり前のはずが、人はこれを言わないと夏を実感できないようだ。
「ええええ、ほんとにっ!」
 言われた相手も、額(ひたい)の汗をハンカチで拭(ぬぐ)いながらそう返すことで夏を実感する。人々の夏の確認作業である。
「どうです?」
「なんです?」
「いや、暑いですからな。これからキュ~~! っと冷たいやつで…」
「おっ! いいですなっ! 暑気 祓(ばら)い。暑いですからなっ!」
 夏の暑気は一杯飲みのいい口実にも利用される。
『いい迷惑なんだよっ!!』
 暑気が怒った。
「今、なにか言われました?」
「いえ、別に…」
「妙だ…?」
 一人の男は辺(あた)りを見回したが、暑気が見える訳がない。
「さぁ! 行きましょ!!」
 馬鹿なことを言ってないで・・とでも言うかのように、もう一人の男が急(せ)かした。
「おお! そうそう。暑気ばらい、暑気ばらいっ!」
 我に返った男は、ニタリと笑った。二人は早足で歩き出した。
『フン! 好きにやってりゃいいさっ!』
 暑気は益々、怒れて熱を上げた。猛暑日になった。 

                           完

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2018年4月 9日 (月)

隠れたユーモア短編集-48- 出来る

 人はやろうと決意すれば、ほとんどのことが出来る・・という隠れた能力を潜在的に持っている。もちろんこの能力には個人差があり、誰もが可能ということではないが、ほとんどのことは、普通の人なら出来るように出来ている。人も機械ではないものの、いつかは壊(こわ)れるが、その日まで出来るように頑張る訳だ。まあ、出来なくて、ガックリと壊れていく場合もあねるが、それはそれでいい訳である。そのプロセスが大事で、結果オーライを求める人生を超越するのだから、それはそれでいいことになる。そのことに気づかず、出来ることで結果を人生に求める人が多いのは残念である。
「なんだっ! 馬所(まどころ)さんじゃないですかっ!」
「ああ! これはこれは…。隣町の鹿毛(しかげ)さんっ!」
「お久しぶりですな。そうそう! この前、頼んでおきましたアレ、出来ました?」
「ああ、アレですか。アレはその…ナニです。ナなんでした?」
「ははは…ご冗談がきついっ。お頼みしたアレですよっ!」
 鹿毛は両手で小さな四角い箱型をジェスチャーした。
「ああ! はいはい! アレはもう画けてます。明日にでもお持ちしましょう!」
 馬所が鹿毛に頼まれたもの、それは水彩画だった。馬所は日本画壇に名を馳せる有名画家で、老人会で偶然、知り合いになった鹿毛とは一杯飲みあう飲み友達だった。その飲み屋の席で頼まれたのだが、実のところ、すっかり忘れていて、何も書いていなかった。だが、日本画壇の重鎮・・というプライドがある。そのプライドが、架けていません・・とは言わせなかった。それと、忘れていたと言えば、鹿毛を軽(かろ)んじたと思われる…という心配もあった。
「そうですかっ! じゃあ、明日の昼頃にでも、。お待ちしておりますので…」
「ああ、分かりました! それじゃ…」
 二人はそう言うと、別方向へと別れた。
 さあ、馬所は弱った。寄るところもあったが、それどころの話ではない。家にとって返すと、さっそく作業場のキャンバスの前に立った。しかし、何時間たっても何を書いていいかも浮かばない。暗闇(くらやみ)のペールが作業室を包み始めたが、キャンパスの上はやはり何も描かれてはいなかった。馬所は私には出来る…という自負心があった。なんといっても日本画壇の・・なのである。
 そして、翌朝となった。いつの間にか馬所は、作業場の床(ゆか)の上で眠りこけていた。キャンバスには、やはり何も描かれていなかった。
 世の中には不思議なこともある。その日の昼過ぎ、馬所はキャンバスが包まれた一つの風呂敷包みを持ち、正々堂々と鹿毛の家を訪れた。
「それですかっ!」
「はあ、まあ…」
 馬所が風呂敷包みを開けると、一枚のキャンバスが出てきた。馬所は徐(おもむろ)に威厳を込めてキャンバスを鹿毛に手渡した。キャンバスには、下手な字で[出来る]という文字が三色(みいろ)で描かれていた。

                          完

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2018年4月 8日 (日)

隠れたユーモア短編集-47- 軍勢

 歴史時代劇を観ていると、軍勢およそ○万△千・・とかよく聞く。今の時代でも人それぞれには隠れた軍勢がオーラのようについていて、その人を守ったり、その人の目的を助けたりしているのだ。その軍勢は誰の目にも見えないが、その人の実行力やアグレッシブさなどに現れる。しょぼく、いるのかいないのか分からないような影の薄い人は、軍勢が極端に少ない・・ということに他ならない。逆に意気盛んなエネルギッシュな人は、見えない大軍勢に囲まれている・・ということになる。
「いやいや、そんな…」
 自(みずか)ら開拓(かいたく)した取引先の新規(しんき)契約を成功させた猪豚(いのぶた)は、謙遜しながら幾らか自慢げに鼻を膨(ふく)らませた。
「ははは…なに言ってる。営業成績はダントツで君がトップじゃないかっ!」
 友人で同期入社の平鍋(ひらなべ)はグツグツと煮立たせて美味(うま)そうに言った。
「いやいや、それは我が軍勢の力ですよっ!」
「んっ!?」
 平鍋は意味が分からず、訝(いぶか)しげに猪豚の顔を見た。
「いや、なんでもありません…」
 猪豚はすぐに前言(ぜんげん)を撤回(てっかい)し、暈(ぼか)した。それを遠目(とおめ)で羨(うらや)ましげに見る一人の男。入社以来泣かず飛ばずで軍勢が少ない、これも同期入社の麩味(ふあじ)だった。麩味は猪豚を引き立たせる隠れた鍋料理、いや課の存在だったが、そのことを麩味も猪豚も知らなかった。麩味の軍勢は、どういう訳か猪豚を助けていた。麩味は長年、損な役を演じていた訳だが、その後、年を重ねて無事、退社し、快適な余生を過ごした。一方の猪豚は美味い美味い・・と、もて囃(はや)され、その後、定年まで忙(いそが)しく働かされた挙句、無理が祟(たた)って入院した。人生は軍勢が多いからといって、いいものではない・・という話だ。

       
                   完

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2018年4月 7日 (土)

隠れたユーモア短編集-46- 人工重力

 SE映画を観ていた繁吉は、ふと、ある想いに揺り動かされた。それは人工重力である。そもそも重力は隠れた存在で、当然、人の目には見えない。地球上には1Gという、人が生理的に適応できる重力が存在している。それは宇宙環境が人類に合わせたものではなく、人間や地球上のあらゆる生物の方が、重力に適合して生き長らえている・・という存在なのだ。繁吉はSF映画を観る楽しみをいつしか忘れ、その想いに浸(ひた)っていった。では、繁吉はどう思ったのか? なのだが、それは、現実とSF映画とのギャップである。今の時代、現実問題として宇宙空間での生活は、無重力でプカリプカリと浮かんでいる。ところが、SF映画では地球上と同じように1Gの重力で宇宙船内を歩いているのだ。宇宙は無重力だから、船内には人工重力を発生する装置が存在しなければならない・・ことになる。ということは、だ…と、繁吉は考えた。人工重力発生装置の発明・・それは可能なのか? と繁吉はなおも巡った。
「パパ、終わったよ…」
 繁吉は隣の座席に座った我が子に声をかけられ我に返った。映画はすでに終わり、スクリーンの画面にはエンド・ロールが流れ、ゾロゾロと座席を立つ観客が増え始めていた。
「ああ…」
 繁吉は座席から立ち上がり、ふと地球上に立つ自分の足を眺(なが)めた。繁吉は隠れた重力の存在を意識した。
「ババ、レストラン!!」
 いつものように、映画のあとの食われて支払うパターンが繁吉の脳裏(のうり)を掠(かす)めた。これも人工重力と同じ隠れた存在だ…と繁吉は思った。

                            完

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2018年4月 6日 (金)

隠れたユーモア短編集-45- 精度

 オリンピックが始まり、すべての競技に隠れた精度が求められることになった。勝ち負けではなく、最高の技量、すなわち精度が必要なのである。精度が備われば、自然と勝利は転がり込む・・ということだ。サッカーなら攻め上がってゴールの枠(わく)を捉(とら)えるシュートを放(はな)てるか・・の精度ということになる。柔道なら瞬間の決め技、体操なら失敗のない決め技となる。もちろん、他の競技も同じだろう。
 宮守は、いよいよか! と自分とはまったく関係がないのに、テレビ画面を観ながら始まったサッカーの試合に意気込んでいた。宮守が意気込もうと、そうでなかろうと、別に結果に影響がある訳ではないのだが、宮守は意気込んだのである。
「いいぞっ! そうそう…。そうそう! 上がれあがれっ! カウンターだっ!!」
 その日になって応援することにしたチームが相手チームのボールをインターセプト[相手の攻撃を止め、逆に攻撃に転じる]し、相手のディフェンス[防御]陣の手薄さを衝(つ)いて攻め込もうとしていた。だが、そうは上手(うま)く得点できるものではない。相手チームも当然、得点されないように守る訳で、ここに両チーム間の隠れた鬩(せめぎ)ぎ合いが生まれることになる。宮守は、まるで梅雨だな…と瞬間、思った。大陸の冷たい高気圧と太平洋の暑い高気圧の鬩ぎ合いである。鬩ぎ合いは両チームの精度を狂わせ、ややこしいことになる。宮守がその日に応援し始めたチームは結局、相手チームのディフェンス陣に阻(はば)まれ、ゴールを揺らすことはできなかった。
「ややこしい…」
 宮守の口から、思わず溜め息混じりの愚痴が零(こぼ)れた。目に見えない隠れた精度を欠くと、愚痴が零れるのである。

                             完

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2018年4月 5日 (木)

隠れたユーモア短編集-44- 入口と出口

 入ったのはいいが、出口が分からないと難儀(なんぎ)なことになる。普通は入口へ戻(もど)れば、そこが出口なのだが、時折り、一方通行な場合もある。夏の風物詩、幽霊屋敷がその一例だが、この場合は進めば出口があると分かっているから、怖いがそこまでではない。歯に被(かぶ)せた金歯をうっかり飲み込んでしまった場合、・・これもまあ、少し汚(きたな)い話にはなるが、出口がはっきりしているから心強いだろう。
 はて? 宇宙の出口は? と夏休みの朝、小学生の明は、ふと思った。そしてこれを夏休みの研究課題にしようと決めた。学校からの夏休みの宿題の一つに、[自由研究]というのがあり、明は誰もが考えそうにない稀有壮大(けうそうだい)な謎(なぞ)を課題にしたのだった。
 明はまず、ゴム風船を一つ準備した。入口のゴム穴から空気を吹き込めば、当然、ゴム風船は大きく膨(ふく)らむことになる。空気の出口はなく、空気は入口へ戻ろうとするが、入口からは人の口によって強く吹かれた空気が入ってくるから、一端、入って出ようとする空気は逃げ場を失ってゴムの出口を探す。そしてゴムを押し上げる。これが膨らむ原理だ。尿意を我慢して膀胱が膨らむこととよく似ている。余り我慢すると膀胱炎になるからよろしくないが…。口は入口で膀胱や肛門は出口だ。宇宙に出口はあるのかな? と明は研究課題の考察を進めた。考えたことはすべて文章にしてノートへ書き残した。
 夏休みの終わりが近づいたある日、明はアングリした顔で自由研究のノートを見つめていた。そこには、最後の結論として、僕には宇宙の入口と出口は分かりませんでした・・とあった。入口と出口は不可思議なのである。

                           完

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2018年4月 4日 (水)

隠れたユーモア短編集-43- 何もしない日

 蝉が鳴いている。木岡はボケェ~~と、今日は何もしない日にしよう! …と決意した。決意するほどのことでもないだろう・・と思われがちだが、木岡の場合は決意するほど集中しないと、思わず動いてしまうのである。雑用が脳裏(のうり)に浮かべば、やってしまわないと気がすまない性格の木岡だったから、それも当然だった。ただ、傍目(はため)には、それほどのことじゃ…と映(うつ)るような小事なのだが…。そして、この日の朝も暑気が増し、すでに朝の10時過ぎには外気温が30℃に迫ろうとしていた。暑くなってきたな…と思ったとき、ふと木岡は、やり残したあることを思い出したのである。昨日(きのう)の夕方、やろうとしていた木に纏(まと)わりついた草の蔓(つる)取りだった。この時期、草の蔓は木に絡(から)んで伸び、放置すると樹木を枯らしてしまうこともあるから油断できない。その蔓取りを、暑い盛りに思い出さなくてもいいのに思い出したのだった。いやいやいや…、夕方、いや明日にしよう! と木岡は心に言い聞かせ、強く決意した。ところが、である。しばらくすると、足が勝手に動いているではないか。あれよあれよ・・という間に木岡は蔓取りをしていた。一端、動き始めた身体を、木岡はもう制御できなくなっていた。おいおいおい! 止まれ止まれ!! と心は命じるのだが、すでに身体は動いていた。働いていたのである。生まれながら身に具(そな)わった性向はどうしようもなく、木岡は何もしない日にしよう…という決意をやめることにした。すると、不思議なことに身体がボケェ~~と停止して止まった。蔓取りはすでに終わっていたが、それ以降、ようやく安息を得た木岡は何もしない日を実行できたのである。
 意識をしないとボケェ~~として、何もしない日は割合、手に入れやすいようだ。

                            完

 ※ この話は、あくまでも木岡氏個人の場合であり、個人差があります。^^

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2018年4月 3日 (火)

隠れたユーモア短編集-42- 不如意

 以前は手元が不如意とよく言われたものだが、最近では死語に近く、最近の若い世代では余り使われなくなった言葉である。
「どうです課長、これから一杯?」
「いや、悪い悪い。どうも最近、手元が不如意で…。またなっ!」
「不如意?」
 訝(いぶか)しげに若い室川は訊(たず)ねた。
「ああ、これがな」
 課長の八木沢は親指と人差し指で円を描いた。
「お金ですか?」
「ああ、まあ…」
「私が出しますよ」
「ははは…部下のお前に奢(おご)ってもらう訳にいかんだろうがっ!」
「課長、今の世の中、その考え方は古いっ! ある者が出す! これで、いいんじゃないですかっ?」
「そんなものかねぇ~」
「はい、そんなものです」
 夕闇が迫った飲み屋街である。八木沢と室川の湿気(しけ)た姿が萎(しな)びた飲み屋のカウンターにあった。
「親父さん、いつものやつ…」
「あ~~、すいませんねぇ、今日は不如意で切らしちまいまして…」
「不如意か…、不如意なら仕方がない。適当にあるもので…」
「へいっ!」
「今日は不如意がよく出ますね、課長」
「ああ、不如意の日は如来さんが忙(いそが)しくて来れないんだよ」
「はぁ?」
「いや、なんでもない。まあ、一杯いこう!」
 八木沢は室川のコップにビールを注いだ。
「ああ、どうも…」
 室川は美味(うま)そうにビールをグビグビっと飲み干した。
「冷えてますねぇ~~、如意だっ!」
「よかったなっ! 如来さん、間に合ったのか…」
「はぁ?」
「いや、なんでもない…」
 暈(ぼか)すように八木沢はコップのビールを飲み干した。
「冷えてるなっ! 有難いっ! よかった、よかった…」
 何がよかったのか、室川には分からなかったが、とにかく、よかったんだ…と思った。室川には意味を理解するのが不如意だった。

                          完

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2018年4月 2日 (月)

隠れたユーモア短編集-41- 貧富の差

 高桑は最近、頭の毛が薄くなり始めた。気にしないようにはしている高桑だったが、やはり、あるところにないのは、どう考えても格好が悪いという隠れた気分がある。頭部の薄い毛の部分と濃い毛の部分は、貧富の差なのだ。豊かでいい暮らしをする富裕層は、毛がいくらでも伸ぴる首筋から耳付近に集中し、なんとも始末に悪い。どんどん伸びるからで、この手合いに限って金に困らず、それどころか日々、どんどん金が手元に入り、使い道に困っているのだ。そこへいくと頭頂部分の毛は全然、生えず、むしろ日々、心細く減り続け、広がるのである。これは恰(あたか)も貧困層の益々(ますます)、強まる生活苦に似てなくもなかった。貧富の差を縮めるには金の流れの仕組みに一定のルールが設定されなければならない。豊かな生活を継続すると、なんらかの一定のリスクが伴う・・というものだ。どんどん伸びて減らない裾毛(すそげ)を軽く処理でき、逆に減った毛は一定量、減ると逆に生え始める・・というルールである。高桑はそのとき、ふと思った。そんな都合のよいルールなどできる訳がない…と。現に、薄くなった頭頂部の毛は生えて濃くはならない・・としたものだ。毛生え薬があれば問題はないが、それは医学的な発明を待たなければならないのだ。貧富の差も同じで、富裕層は余剰(よじょう)の金を貧困層にトリクル・ダウン[滴(したた)り落とす]訳がなく、益々、増える富にニンマリと北叟笑(ほくそえ)むくらいのものである。これは数年前の年末、OECDが指摘していたな…と高桑は巡った。その状況は、酒好きの者が一合(いちごう)枡(ます)に並々(なみなみ)と注(つ)がれた酒を溢(あふ)れさせまいと舌で愛(いと)しむように舐(な)め啜(すす)る姿に似ていなくもなかった。貧富の差をなくすには、酒を一合枡に注がないことだ・・と高桑は瞬間、思ったが、それはまた話が違うな…と、すぐに全否定した。

                             完

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2018年4月 1日 (日)

隠れたユーモア短編集-40-  輝く存在

 世の中には目立たないものの、ピカッ! と光を発する隠れた輝く存在がいる。この輝く存在は表立った動きがないから、周囲の者には分かりにくい。その輝く存在が分かるのは、その者がいなくなったときである。ところが、そのときすでに輝く存在はいないから、周囲の者はアタフタ・・と戸惑うことになる。だが、輝く存在はもういないのだから、あとの祭りでどうしようもない。ぅぅぅ…と探して悔(くや)やんでも、もういないのだから無駄だ。では、どうしよう? ということになるが、天(あまの)岩戸に隠れたお日さまをふたたび出てもらえるようドンチャン騒ぎをするしかない。
『あら…いったい、なにを騒いでいるのかしら?』
 お日さまが訝(いぶか)しげに少し様子見(ようすみ)された瞬間を捉(とら)え、天岩戸(あまのいわと)を開けた手力男(たじからおの)命(みこと)の強力(ごうりき)で、グイッ! と一気に開けてもらうのだ。すると、輝く存在が現れる・・という訳だが、まあ昨今(さっこん)、そんな神話のような話にはならないだろう。
 では、どうするのか? 方法はなくもない。お供物(くもつ)を供(そな)え、護摩木(ごまぎ)でも焚(た)いて祈祷(きとう)をすれば・・となるのだが、保証の及ぶところではない。

                            完

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