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2018年5月

2018年5月31日 (木)

隠れたユーモア短編集-100の2- 皮算用

 儲(もう)けてもいないのに、儲けがあった計算をする・・これが皮算用(かわざんよう)と呼ばれるものである。猟師が狸を獲ったつもりで見入りの金を当てにしたことを[獲らぬ狸の皮算用]と比喩(ひゆ)したことに始まるらしい。思わずニンマリとして、隠れた利得の喜びに北叟笑(ほくそえ)む訳だが、実際に利得があった訳ではないから、その結果にガックリと肩を落とすことになる。まあ、一時(いっとき)の儚(はかな)い夢ともいえる。
 経営者の金有(かねあり)は労働者派遣法を利用して人件費を減らすことで当期純利益を増やそうと、皮算用で考えた。最初のうち収益は改善されたが、企業を考えず、金のためにだけ働く労働者を増す結果となり、企業の力は衰微した。外国資本傘下に身売りする大手企業も出始めた。金有は利益の少なさに、私は金有だが、金が無いなあ…と、儲けの出ないことを馬鹿のように思った。だが、上には上があった。国は世に流通する通貨や紙幣量を増やすことでデフレを克服しようとした。しかし、このデフレはデフレではない隠れた国力の衰微(すいび)に起因していた。分かりやすく言えば、先行き不透明な不安に伴う国民の購買力[需要]低下によるものだったのである。正常な市場(しじょう)の経済状況における需給バランスの崩れに伴うデフレではなかったのだ。その結果は明々白々(めいめいはくはく)、国民は物価高に苛(さいな)まれ益々(ますます)、息苦しくなっていった。ところが、国はこれで景気回復による財源確保が…と獲れない皮算用をした。金有が考えたのは、ほんの小さい皮算用に過ぎなかったということだ。夢を見るのはいいが、皮算用はよくない。

                          完

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隠れたユーモア短編集-100の1- 追っかけ

 追っかけ・・とは、好きなタレントや俳優を追っかける人の隠れた俗称(ぞくしょう)である。タレント、俳優が出てくるのを今か今か…と密(ひそ)かに待つ[出待ち]と俗に言われるのが、追っかけの最たる一例だ。ただ、この追っかけも程度もので、一線を超えるとセクハラとかストカー行為として訴えられるから考えものだ。追っかけられる側もある程度なら自分の知名度を知り優越感に浸(ひた)れる・・という特典が加味されている。一般人が有名人になりたい…との想いでプロの道へ入った以上、追っかけられることは、その希望が叶(かな)った現象なのだ。だから、追っかけは、追っかけられる側にとって神様、仏様、キリスト様なのだが、中には、ふん! 追っかけてりゃいいわっ! … などと内心で思っている高慢(こうまん)ちきなタレントや俳優もいるにはいるだろう。だが、概(がい)してそういう上から目線のタメ口思考の者は、いつまで経っても真のタレントや俳優にはなれないか、いつの間にか忘れ去られる・・という哀(あわ)れな末路を辿(たど)ることになる。そのことが、当の本人には分からないのだから、一層、哀れを誘い、ぅぅぅ…と泣ける訳だ。
「えっ? ○□%$…そんなタレントいたか?」
「いただろっ、 #&%に出てたっ!」
「ああ、いたいたっ! 若いやつが結構、追っかけてたもんなっ」
「そうそう。あの高慢ちきな娘(こ)、どうしてるっ?」
「どうしてるって、俺に訊(き)かれても…」
「そりゃ、そうだ…。今は、ただの人か…」
「ただの人じゃないとは思うが、追っかけられてはいないだろうな」
「ああ…」
 追っかけに追っかけられなくなるのは、ある意味で幸せなのかも知れない。

        
                   完

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2018年5月30日 (水)

隠れたユーモア短編集-99- 欲求

 欲求する心は程度差こそあれ、誰にでもある。ただ、その欲求は社会ルール、正しく言えば、法律が赦(ゆる)す範囲内でなけれぱならないことは当然だ。ただ、この法律というのが厄介な代物(しろもの)で、一端、成立した法律は、いい悪いに関係がなく社会に蔓延(はびこ)るということだ。いい法律ならまだしも、悪い法律は長く蔓延って個人に芽生えた欲求を損なったり摘み取ったりすることになる。これは許されないことなのだが、隠れた強制力を意味する[法は法なり]の言葉どおり、悪法も法律である以上、欲求に従ってその範囲を逸脱(いつだつ)すればアウトということになる。そこはセーフだろっ! と、プロ野球のダッガウトから飛び出し、審判に抗議する監督のように言い返したところで、返ってくる答は、『そのように存じ上げてはおりません!』とか、『・・と、かように考える次第でございます』とかいった国会答弁のようなことになり、まったく要領を得ない,
「もう、いいだろ! それだけ食えばっ!」
 沼川(ぬまかわ)は妻の葦美(よしみ)と久しぶりに食事に出かけたのはいいが、妻の底知(そこし)れぬ食いっぷりに辟易(へきえき)としていた。ステーキ2枚にパスタ、加えてピラフである。お前は相撲の関取かっ! と言いたくなった沼川だったが、あとが怖くなり、思うにとどめた。葦美の隠れた食への欲求は沼川に比べれば数倍高く、とてもその食欲に沼川はついて行けそうになかった。
 その人により欲求の種類と高低(たかひく)は異(こと)なるが、孰(いず)れにしろ、程度ものだということは確かなようだ

        
                   完

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2018年5月29日 (火)

隠れたユーモア短編集-98- 崩壊(ほうかい)

 物や組織が崩壊(ほうかい)する場合は、内からの場合[内因]と外からの場合[外因]がある。ほうかい…[関西地方の言い回し]程度の隠れたダジャレ気分で、そうかい…と、のんびりお読みいただければ有り難い話である。^^
 まず、物を生死で分かち、生物と死物[ただの物]という観点から学問的に考えてみよう。なにも考えなくてもいいっ! と言われる方もおありになるだろうが、そこはそれ、話を進める上で欠伸(あくび)をしながらでもお聞き願いたい。
 生物は人や動植物がそれに当たるのは当然の話だが、一時的な病気は外因に影響されることが多い。人の場合だと菌の体内進入による風邪(かぜ)などがそうだ。虫だと歴史大河ドラマの真田丸ではなく[失礼!]真田虫という寄生虫などがそれに相当する。人意外だと、お猿さんが風邪を引くのか? までは、動物園の専門家にお訊(たず)ねしないと分からない。^^ 植物の場合だと、虫害とかがそれに当たる。内因だと細菌による枯葉病などとなる。人の場合は老衰とかの生理機能の低下などによるものだろう。
 私達が暮らす3次元空間の死物[ただの物]の場合、一端。崩壊すれば、なかなか厄介(やっかい)な話になる。これも、ほうかい! とダジャレ気分でお読みいただければいい話だ。まだ金属の場合は溶解による接着が可能だが、陶磁器や木製の物の場合、一端、壊(こわ)れると接着が難儀なことになる。というより、外見上、接着しても、ふたたび一体となることは、ほぼ不可能なのだ。
 組織の場合を考えれば、内的には経営や運営状態の悪化、組織基盤の内紛による崩れ・・などが挙(あ)げられる。外的には他組織の攻勢により弱体化して崩壊する・・といった内容だ。
 まあ、生産物は遅(おそ)かれ早かれ、いつしか崩壊して滅するという当然の馬鹿馬鹿しい隠れた結論となるが、これだけは私達には、どうしようも出来ないから、考えず、崩壊するその日まで、ドンチャン騒ぎするかは別として、^^ 楽しく快適に暮らす方がいい・・というのが結論となる。むろん、暮らせれば、というニラレバ炒(いた)めのダジャレ話にはなるのだが…。^^

                           完

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2018年5月28日 (月)

隠れたユーモア短編集-97- 集中力

 物事をやろうとしているとき、集中力は欠かせない。しかし、そのときの状況や各々(おのおの)に備わった人間性の違いによって集中力は違いを見せる。加えて、隠れた影響・・というのも関係する。例(たと)えば、やろう! と意気込んで集中力を高めたのはいいが、前日、薄着で眠った結果、寝冷えをして俄(にわ)かに腹具合が怪(おか)しくなる・・といったような場合だ。当然、やろう! としてもやれないから、トイレへ駆け込むことになる。こうした隠れた影響が集中力を削(そ)ぐ訳だ。だから、各自に備わった人間性だけで集中力は極まるものではない・・という結論に至る。
「どうも疲れ過ぎたようだ…」
 魚乃目(うおのめ)は集中力を欠き、寝起きが遅(おそ)くなった休日の朝、目覚ましを見ながらそう呟(つぶや)いた。その結果、いつも日課にしている軽い屈伸運動を忘れてしまった。なんということだっ! と腹立てても、集中力を欠いた自分のせいなのだから仕方がない。そしてその夜、明日は絶対、忘れないぞっ! と、集中力を高めたまではよかったが、魚乃目は何枚も着込んで眠ったため、今度は寝汗で風邪を引いてしまった・・という、お粗末な話である

                          完

 ※ 修練を積んだ達人ともなれば、集中力はどのようなことがあろうと途切れないそうです。^^

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2018年5月27日 (日)

隠れたユーモア短編集-96- 可処分所得

 可処分所得・・難(むずか)しい言葉だが、分かりやすく言えば[手取り額]ということになる。この可処分所得の仕組みには、実に狡猾(こうかつ)な騙(だま)しテクニックが潜(ひそ)んでいるのだ。金額の貰(もら)い手である働く人々からは、そのマジックのような騙しテクニックが見えない。たとえば年金は、65才になれば確かに満額の年金額が貰えるようになり、手元に入る金額は増える・・と誰も試算する訳だ。ところが、どっこい、そうは問屋が卸(おろ)さない。年金額が増えた以上に介護保険料が年金から差っ引(び)かれてチャンチャン! ・・という恐ろしいシステムなのだ。結果、年金を受け取ったときの可処分所得は、65才以前より下がるという最悪の老後を迎(むか)える・・ということになる。これは、いわば国家による弱い国民への苛(いじ)めだ。
 そんなこととは露(つゆ)ほども知らず、鹿馬本(かばもと)は、振り込まれた通帳を手に喜んでいた。
「んっ? 少し少ないな…。まっ! いいかっ。ははは…貰えるだけ有り難いと思わにゃなっ!」
 鹿馬本は通帳を両手で天に仰(あお)ぎ、軽く頭を下げた。
 このように、軽く考えれば幸せな気分となり、可処分所得! などと欲深く考えれば不幸せな気分になるということかも知れない。要は、隠れた罠には素直に引っかかった方がいいということになるだろう。まあ、もらえる額が多いほどいいことは確かだが…。^

       
                   完

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2018年5月26日 (土)

隠れたユーモア短編集-95- 運動会

 運動場の一角に設(もう)けられたベンチに座り、母校の小学校を訪れた葛餅(くずもち)と煎茶(せんちゃ)が話し合っている。
「ほう! 春か…。どおりで静かなはずだ。毎年なら今頃、賑(にぎ)やかなんだがな」
「なにせ、暑いだろ。熱中症対策だそうだ…」
「ははは…こんなこと言っちゃなんだが、馬鹿だな、先生方も。時期を遅(おく)らせばいいだけの話だろ。なにも初秋でないといけない、という決めはない。晩秋の11月初旬、中旬でもいい訳だっ」
「それはまあ、そうだが…」
「だろ? だいたい、運動会は秋、としたものだっ!」
「ああ、まあな…。ただ、遅らせば文化祭とかもあるからな…」
「文化祭を11月に! という決めもないぜっ」
「それもそうだが…。まあ、文化の日って祝日があるからだろ」
「文化の日は文化の日っ! というだけのもんさっ!」
「んっ? ああ…」
 熱い煎茶の湯気(ゆげ)に葛餅は食べられそうになった・・ということではなく、煎茶の話に頷(うなず)く他なかった。
「これには隠れた緻密(ちみつ)な読みが秘められてるっ!」
 煎茶は時間が経(た)ったから少しぬるくなったはずなのに、益々(ますます)、熱くなった。
「ははは…大げさなっ。緻密な読み・・ってのは?」
「教師も人の子。生徒に倒れられちゃ困るわなっ。そこでだっ! 春めいた頃にやりゃ、安心だ・・と考えた訳だ」
「なるほどっ! コトが起こらなけりゃ、その身は安泰! って訳か」
「まあ、そこまでは言わんがな。コトなかれ主義・・ってのはアリかもな」
「そうだな。しかし、受験とか他の諸事情もな」
「諸事情もっ!? ふん! ♪ショ ショ 証城寺(ショジョウジ)♪ も、へったくれもないっ!」
「上手(うま)いっ! だが、春でも熱中症の危険性がある・・って言うぜ」
「だから馬鹿だ・・と言うのさ。ははは…、暑い運動会の時期には校内で文化祭を、十分涼しくなった文化祭の時期には外で運動会をやりゃいいだけの話さっ」
「おおっ、テレコ[逆]になっ! そりゃ、いいや。ははは…」
 運動会の開催時期が春に変化する原因に、先生方の緻密な読みがあるのか? 私は知らない。ただ、煎茶が言ったように、秋の開催時期をテレコにする・・というのも一つの方法だとは思える。

                           完

 ※ 運動会の開催時期に対する考え方には個人差があります。^ ^

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2018年5月25日 (金)

隠れたユーモア短編集-94- 苦と楽

 そのときは苦と思っても、長いスパンで見ると、ああ、あの頃は楽しかったなぁ…と懐かしく思い出されることがある。それが苦と楽の妙な関係である。逆に、あの時は楽しかったが…と、今になると、そのことが苦になっていることも当然ある。
「入馬(いれば)さん、いつもすいませんねぇ~。こんなこと、掃除のおばちゃんがやってくれるでしょうに…」
 朝、出勤してきた顎川(あごかわ)は、課内のフロアを丁寧(ていねい)にモップで拭(ふ)き回っている入馬に声をかけた。
「いやぁ~、どうってことないですよ、大して苦にもなりませんし。それより、フロアが美しいと気分が楽になり、和(なご)むんで助かってます」
「そうなんですか? それならいいんですが…。でも毎日、36[サブロク]寸前の残業をなさっておられるんですから…」
 顎川は過労を心配して、暗に言った。
「有難うございます。しかし、これで気分がよくなるんですから、そう心配なさらずに…」
「分かりました…」
 それ以上は入馬に突っ込まず、顎川は少し離れたデスクへ座った。
 毎朝、しかも早朝出勤でフロア掃除をする入馬・・顎川にはどうしても苦を苦とは思わない入馬の心境が理解できなかった。入馬にしてみれば、別に苦とは思えない毎朝の日課のようなものなのだ。他人目にはそう映るのか…くらいに軽くは思ったが、そう深くは考えていなかった。
 入馬の早朝出勤の概要(がいよう)は、職場の上層部の耳へも自然と届いていた。
 数年後、入馬は馬小屋ではなく役員室の席へ座っていた。入馬の苦は楽を齎(もたら)したのである。だが、入馬にとってピカピカに磨(みが)かれて輝く役員室のフロアは苦そのものだった。
 苦と楽は、隠れたその人の思いよう・・ということになる

                           完

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2018年5月24日 (木)

隠れたユーモア短編集-93- 人生マラソン

 人生は長い長い果てしない、この世を去るまでのマラソンである。何があろうと止まる訳にはいかない。止まれば人生の終焉(しゅうえん)、死が待っているからだ。ただ、競技マラソンと違う点は、定まったコースがなく、見えない隠れたコースだということである。さらにそのコースは、スタート地点やゴールが人それぞれで、その走る距離も各々(おのおの)で違いを見せるという変幻自在のコースとなっている。だから、始まって1分も経たない間に終わる短いコースだったり、100年以上の長いコースだったりする場合もある訳だ。途中、事故とかでリタイアする人も当然でる。コースはその人が使命を果たしたときがゴールで、個人の意思に関係なく終わるらしい。私は知らないが、天命で決まっているそうだ。
「ご臨終です。8時12分でした…」
 医者が腕時計を見ながら、陰気な小声で言った。
「ぅぅぅ…じいちゃん!!」
 あんたも十分、じいちゃんだろうがっ! と苦情が出そうな80近い老齢の息子が、病室のベッドへ、ヨヨ・・と泣き崩れた。長い人生マラソンを走り終えたのは、今年で99になるこの男の父親だった。
「よく頑張られました。では…」
 医者が慰(なぐさ)めともつかぬ言葉を発し、
病室を出ていった。ところが、である。その医者がガチャリ! とドアのノブを閉めた途端、死んだはずの99になる父親がハッ! と目を見開いたのである。そして、父親は深い呼吸をし始め、口を開いた。
「ああ…よく眠ったっわい! 爽快な気分じゃ! では、お前達、そろそろ帰るとするかっ!」
 そう言うと、99になる父親はガバッ! と上半身を起すとベッドを降りた。
「エエ~~ッ!! 嘘(うそ)ぉ~~!!」
 病室にいた家族は、異口同音に驚いた。80近い老齢の息子は慌(あわ)てて医者を追った。
「せ、先生っ!! じいちゃんがっ!」
「…? どうか、されましたか?」
「かっ! 帰ると…」
「んっ? …ああ、葬儀社ですか?」
「違いますっ! タクシーですっ!」
 老齢の息子は慌てていたせいか、父親が息を吹き返したことを飛ばした。
「タクシーは拙(まず)いでしょ、タクシーはっ!」
 医者は理解できず、早とちりで誤解した。その後、どういう展開になったか私は知らないが、なんでもその父親は110才前後で今も健在だということだ。100才の祝い金を市から頂戴し、息子は北叟笑(ほくそえ)んだというからセコい。
 この場合の父親は人生をリタイアしたように見えるが、実はそうではなく、意識が混濁(こんだく)し始めてゴールと間違え、また走り始めたランナーだった。
 人生マラソンは千変万化する、ややこしいマラソンということになる。

      
                  完

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2018年5月23日 (水)

隠れたユーモア短編集-92- 弱い者

 弱い者は虐(しいた)げられ、這(は)い蹲(つくば)ってこの世を生きていかなければならない。強い者に対してはビクビクと震(ふる)え、その動きに押し殺されないよう隠れて暮らすのである。
 受けてもいない介護保険料を年金から引かれる年齢となり、元岡の暮らし向きは一層、深刻なものとなっていた。65才から介護保険料を月々¥7,500も引かれ、いよいよ生活は困窮(こんきゅう)の粋(いき)へ入ろうとしていたのである。国の介護保険料徴収による弱者切り捨ては、隠れた牙(きば)で国民を襲おうとしている…と、元岡は無性に腹立たしくなっていた。なにが公共の福祉だっ! と大仰(おおぎょう)に怒れるのである。高齢化しているとはいえ、介護保険料を少なくできる財源確保は必ず出来るはずだっ! せめて介護を受けていない者は減額しろっ! …と、元岡は諄(くど)く思った。無駄な財源は必ずあるはずで、俺のような弱い者を苛(いじ)め、永田町[国の中央官庁街が犇(ひしめ)く都心の町]は何が面白いんだっ! と、またまた元岡は怒れた。そのとき、だった。
「ちわぁ~! 蛸末(たこすえ)食堂ですっ!!」
 電話で頼んでおいた出前のチャーハン定食が届(とど)いたのである。元岡は怒りを忘れ、急いで玄関へと急行した。蛸末食堂のチャーハン定食はチャーハン+醤油ラーメンで、これがなかなかどうして、安価な上に美味(うま)かった。加えて、今月はサービス月間で、ギョーザが一人前、無料サービスで付いていた。店員に支払いを終え、イソイソ・・と元岡は美味そうにチャーハン定食を食べ始めた。元岡は介護保険料のことなど完全に忘れていた。弱い者は単純なことで生活の困窮といった政治への怒りを忘れる傾向があるようだ。

         
                  完

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2018年5月22日 (火)

隠れたユーモア短編集-91- [働く]ということ

 人が動くから[働く]か…と、学者の橘(たちばな)は、ふと思った。当たり前といえば当たり前なのだが、動いたからといって働いていないことも当然あるだろうがっ! と、誰に言われた訳でもないのに橘は自然と腹が立ってきた。だが待てよ…と、橘はまた思った。[働く]という言葉がある以上、そこには何らかの隠れた深ぁ~~~い意味が含まれているに違いない…と、橘はまたまた思った。別に思わなくてもいいのに思ってしまったのだから仕方がない。思うとやってしまわねば気が済まない性格の橘は、急いで書斎へ籠(こ)もると、研究を始めた。書棚に並んだ数多くの書物から、関係がありそうな書物が机上へと置かれた。橘は片っ端からそれらの書物を手にして開いた。そのとき、パラリンピックの放送を流している別の部屋のテレビ音声が、微(かす)かに橘の耳に入った。と同時に、橘は閃(ひらめ)いた。
『そうかっ! 五体満足に動けるということは有難いことなんだ。それを思えば、障害者の分まで頑張らねば罰(バチ)が当たる。それを思って有難く仕事に励む・・これが働くか…』
 橘は無理に関連づけるように、またまたまた思った。しばらくして、橘は、いやいやいや…と、その思いを打ち消した。動かず、じぃ~~~っと仕事をしている人もいるぞ。仕事をしているのに動いていない・・いや! 手とか頭は動かしているから、やはり[働く]か…と、打ち消した思いを、また打ち消した。そして数時間、橘が出した[働く]ということの結論は、隠れた働ける状況が有るということが幸せで、そのことが[働く]という言葉の真実の意味だ…と思えたとき、橘は鼾(いびき)をかきながら机の上へ突っ伏(ぶ)して眠ってしまっていた。

        
                   完

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2018年5月21日 (月)

隠れたユーモア短編集-90- 800倍液

 平林はウダウダと小一時間ばかりも考えていた。というより、考えさせられていた・・というのが正解だった。それというのも、しなくてもいい思いつきの消毒作業で、なにも今、しなくてもよかったのである。ところが、平林は始めてしまったのだから仕方がない。始めた以上、メリハリをつけて終了させる・・というのが、誰しも思うところである。だが、思いつきで始めた消毒作業には隠れた落とし穴が潜んでいた。
 [1]点着剤や消毒液などの薬剤を出す
 この発想は当然で、なにも問題はなかった。
 [2]液を入れる噴霧器を出す
 これも滞(とどこ)りなく、なんの問題もなかった。
 [3]噴霧器に薬剤を入れ、800倍に希釈(きしゃく)し、攪拌(かくはん)する
 さて、この[3]が平林を考えさせるネックになった。というのは、800倍液を作らねばならないのである。さて、水はどれだけ入れればいいでしょうか? という小学校高学年ぐらいの問題だ。これが、平林を考えさせる、なかなか手ごわい問題だった。平林は、はて? と水を入れた噴霧器を前に腕組みをしながら考え倦(あぐ)ねた。
 (1)噴霧器には水が8リットル入っていた。
 ということは…8リットルは8×1.000cc(1リットル)だから、8,000ccの水か…と、平林は考えた。ここまでに約20分を要していた。俺はダメだな…と平林は自分の馬鹿さ加減を脇道(わきみち)に逸(そ)れて考えた。それによって5分をここは取られ、加えてポジティブ[陽]気分もネガティブ[陰]になってしまった。いや、俺は挫(くじ)けんぞっ! と、平林はまた考え始めた。刻々と時間は過ぎていく。注文しておいた弁当屋が配達に来るのが先か、散布を終えるのが先か・・昼が近づいていた。サッカーでいうところのロスタイムである。そのとき、ついに平林は遅れ馳(ば)せながら閃(ひらめ)いた。
 (2)8,000cc まあ、÷800=10cc
 そうかっ! 10cc入れりゃ、800倍かっ! 平林は単純な解決に嬉(うれ)しくなり、ふたたび気分はポジティブになった。作業を急いで開始し、散布し終えたとき、弁当屋が配達するバイク音がした。平林は大げさに、金メダルだっ! と思った。
 単純な作業には、隠れた難解な内容が時折り潜(ひそ)んでいるから、油断できない・・という戒(いまし)めなのかも知れない。

       
                   完

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2018年5月20日 (日)

隠れたユーモア短編集-89- 不敵な嗤(わら)い

 とある化粧品会社の販売促進課である。データ分析係では、課長の射矢(いや)と課長代理の的(まと)が居残って話し合っていた。
「いや、それは…」
「そうか? 私は今までの例からして、間違いなくヒットすると思うんだが…」
「何も起こらねば、そうなるんでしょう、たぶん…。しかし、どうも悪い胸騒(むなさわ)ぎがするんですよ」
 話は四月から新しく発売予定のヘアワックス[ピカール]の販売予測に関してだった。
「悪い予感というと?」
 射矢は訝(いぶか)しげに的の顔を見た。 
「はあ…こんなこと言っちゃなんなんですが、ひょっとすると、情報が漏(も)れている可能性が…」
「なんだって! 産業スパイかっ!!」
「シィ~~、課長、声が大き過ぎますっ」
「いや、すまん…。だが、それは確かなんだろうな」
「私が信頼する部下の報告ですから、間違いないと…」
「そうか…。一応、部長にはそう伝えておく」
「内偵は進めておりますが、はっきりするまで、もうしばらくは発売の延期を…」
「分かった!」
 見えざる敵は、すでに二人の目の前にいた。データ分析画面を映し出すパソコンの電源コンセントに仕掛けられた盗聴器だった。
「フフフ…」
 密(ひそ)かに嗤(わら)う不敵な声。それは部長の大筒(おおづつ)だった。大筒は、取締役ポストを餌(えさ)に情報をライバル会社へ流し、釣られていたのである。自宅の一室のソファで風呂上りのブランデーグラスを傾けながら、大筒は流れる二人の音声に耳を傾けていた。
 だから、隠れた見えざる敵は怖(こわ)いのだ。

       
                   完

 ※ 大筒さんは引き抜かれたあと、出世はしましたが、過去のインサイダー取引が発覚し、逮捕されたということです。不敵な嗤いの末路は、まあ、そうなる・・ということでしょうか。

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2018年5月19日 (土)

隠れたユーモア短編集-88- 化かしあい

 世間は、そう甘くはない。ということは、殺伐(さつばつ)とした世相・・という現実を意味する。人心は荒廃(こうはい)し、社会は雑草だらけ・・ということだ。だが悲しいことに、私達にはその荒廃した姿が見えていない。私達は、ただただ、その見えない雑草の中で化かしあって生きているのである。善悪は別として、化かした者は勝者として世に君臨し、化かされた者は下級階層に甘んじることになる。
「炭川さん、その契約書類、明日までに頼むよ」
 課長代理の今路(こんろ)が課長補佐の炭川にデスク越しに声をかけた。柔和な物腰(ものごし)で頼んだ今路だったが、内心は炭川を化かそうとしていた。実のところその契約書類は、明日では遅(おそ)かったのだ。今路の思惑(おもわく)は、そう急がずともいいんだ…と炭川に思わせておいて、慌(あわ)てさせよう…という魂胆(こんたん)だった。なぜ二人が化かしあっているのか? といえば、副課長ポストを巡り、熾烈(しれつ)な出世競争を演じている矢先だったのである。
「分かりました…」
 炭川も柔和な物腰で今路に返事をした。だが、炭川もまた、今路を化かそうとしていた。今路の言った契約書類が明日、必要なことは、すでに部下を通じ、知らされていた炭川だった。課長の内輪(うちわ)にパタパタと煽(あお)られたとき、すでに十分、燃え盛る元火が着くよう、契約書類は完成してコピ-までされていたのである。今路は、明日、燃え盛って熱されるとも知らず、冷えた身体で化かしたつもりだった。炭川の方が一枚上だった・・ということになる。ところが、上には上がいた。課長の内輪は部長代理のポストを目指(めざ)していたから、二人を上手(うま)く利用してパタパタと煽り、化かしていた。そんなに急ぐ契約書類とも思えなかったのだが、部長の参馬(さんま)の覚えがよくなるよう、二人を化かしていたのである。ところが参馬は参馬で、コンガリと焼かれ、専務の台近(だいこん)に盛りつけられよう…と、必死に三人を化かしていた。だが、さらに上の化かし上手(じょうず)は専務の台近で、社長の尾更(おさら)に美味(おい)しく盛りつけられて味わってもらい、副社長ポストを次の役員会で射止めるサプライズ契約にしよう…と、部下達を化かしたつもりだった。だが、世間はそう甘くはなかった。全員の化かし合いは契約先の相手企業が倒産し、白紙となってしまったのである。
 まあ、隠れた化かしあいの末路(まつろ)は、こうなる・・としたものだ

         
                   完

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2018年5月18日 (金)

隠れたユーモア短編集-87- 斬る

 よくもまあ、これだけ生えるなあ…と、下地(しもち)は家庭菜園の雑草を見ながら、ふと思った。ほんの一週間ばかり前、完璧(かんぺき)にやっつけたはずだった。それが、である。今朝、何げなく地面を見下ろすと、すでに1cmばかりも伸びた草が、『なにか?』と、さも当然のように自分の存在を主張しているではないか。下地は、『なにが、なにか? だっ!』と、言われてもいないのに腹が立った。よしっ! いいだろう…。スパッ! と斬ってやるっ! と、下地は歯ブラシを持ったまま物置へ駆け込むと、もう片方の手にノコギリ鎌を持った。そして歯磨き粉がまだ付いている歯ブラシを小耳に挟(はさ)み、除草を始めた。歯を磨き終えてからでもよかったのだが、この唐突(とうとつ)な下地の行動には隠れた一つの原因が潜(ひそ)んでいた。下地が昨日(きのう)観たテレビ時代劇が影響していたのである。格好いい俳優が格好いい立ち回りで悪人達を格好よくスッパスッパと斬り倒していった。それを観ていた下地は、そうそう! と、カップ麺をズルズルと喉(のど)に流し込みながら溜飲(りゅういん)を下げた。一日くらいなら忘れもするのだろうが、その時代劇を観るのが最近、病(や)みつきとなっていた下地の深層心理にはその残像が深く残っていたのである。格好いい主人公が活躍する映画を観た観客が、観終わって映画館を出たとき、さも主人公にでもなったかのように格好をつける・・という行動によく似通(にかよ)っていた。
 10分ばかり経ち、下地は除草した草をビニール袋に入れた。正確には斬った草ではなく、根から抜き取った草である。
『ふふふ…峰は返しておきました。そのうち、息を吹き返す者どもばかりです。では…』
 下地は悪党どもを退治したあとの剣豪のワン・シーンのように格好よく心で呟(つぶや)き、その場を去った・・のではなく、家の中へと入った。小耳に挟んだ歯ブラシの歯磨き粉が流れ落ち、下地の服は汚れていた。

                           完

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2018年5月17日 (木)

隠れたユーモア短編集-86- 手違い

 物事には手違いがついて回る。その何げない手違いには、簡単に不注意で片づけられやすいミスであっても、隠れた原因が潜(ひそ)んでいることが多い。
 多毛草(たけくさ)部品工業という、とある工場での出来事である。朝から梱包(こんぽう)された部品入りの段ボール箱がベルトコンベアに乗せられ、物流そのものの姿で次から次へと流れていた。出荷で積み込まれるトラックは、品よく言えば年代もの、悪く言えば今にも壊(こわ)れかけたポンコツの四輪だった。この日に限り、いつもの運転手は休んでおり、運転する鹿口は煎餅(せんべい)好きの少年のような若者だった。
「場長(じょうちょう)、頼りないあんなのに運転させていいんですかっ!?」
「んっ? ああ、鹿口君か…。彼は煎餅好きだが腕はいいそうだ」
 不意に配送課長の角笛(つのぶえ)に声をかけられ、場長の神僕(かみしもべ)は驚いて振り向いた。
「そうですか? …」
 角笛は運転席で煎餅を齧(かじ)る鹿口を訝(いぶか)しげに見ながら、呟(つぶや)くように返した。
 出荷先から手違いの電話が入ったのは次の日だった。
「君ねぇ~。確かに部品は発注したよっ! 部品は発注はしたが、うちでは煎餅は発注しとらんっ!」
 この手違いは鹿口の煎餅好きに隠れた原因があったのである。鹿口はお気に入りの煎餅を配送の途中でいつも寄る煎餅屋で大量に買っていた。その煎餅が梱包された段ボール箱が数箱、混ざっていたのである。鹿口はその手違いに工場へ戻(もど)ってから気づいたのだった。
「まっ! いいか…」
 原因は、能天気(のうてんき)な鹿口の性格にあった。作業員が食べるだろう…ぐらいに鹿口は軽く考えた。その結果、手違いは苦情の電話で笑えなくなってしまったのである。笑えない鹿口の手違いだが、やはり笑える話ではある。

         
                   完

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2018年5月16日 (水)

隠れたユーモア短編集-85- 苦労性(くろうしょう)

 世の中には様々な人がいる。当然、それぞれ個人が持っている隠れたパーソナリティにより物事への取り組み方とか生きざまが変わる。
「はっはっはっ…妙な質問だっ! 予算委員会で予算と関係ない質問してるぜっ!」
 テレビ中継を観ながら、主人の玉袋(たまぶくろ)は大黒様のように笑いながら言った。
「いいじゃないっ! 関連質問なんだからっ!」
 すぐに反撃に出た妻の奈緒美は、キッチンから声だけ返した。すぐ飛び出してきて応戦したいのは山々だったが、調理中で手が離せないから仕方がない。
「そうだけどな…。予算の質問をして欲しいよっ! この質問、全然、関係ないぜっ!」
「…」
 それもそうね…と思ったか思わなかったかは別として、奈緒美は返さなかった。実は、奈緒美は、苦労性な人ね…と思っていた。他(ほか)に考えることないのかしら? …とも、実は思った奈緒美だったが、そうも言えず、思うに留めた訳だ。加えて、調理中のロールキャベツが不手際(ふてぎわ)にも崩(くず)れかけた・・という事情もあった。
「あれっ? あの議員、ウツラウツラしてるぜっ」
「… 疲れてらっしゃるんでしょっ!!」
 奈緒美は、細々(こまごま)と気づく苦労性な人ね…と、また思ったが、それも言えず、暈(ぼか)して返した。スポーツでいうところのオン・ラインという際(きわ)どいやつである。
「ははは…となりの議員、 服のボタンが解(ほ)つれて取れかけてるぞっ!」
「…」
 奈緒美は怒れて、黙って聞いてなさいよっ! …と思ったが、もう返さなかった。
「あっ! 俺も解つれてるっ! やれやれ…繕(つくろ)うか!」
「…」
 奈緒美はすでに聞く耳を持たなかった。苦労して好きにやってりゃいいわっ…くらいの気分だった。ロールキャベツは崩れ、半(なか)ばふだかっていた。奈緒美が苦労性で弄(いじ)り過ぎた結果だった

        
                   完

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2018年5月15日 (火)

隠れたユーモア短編集-84- 迷う

 社会生活を続けていると、いいコトや悪いコトなど、迷う諸事がいろいろと起こってくる。この迷いには、隠れた個人差がある。それは個々の考え方の違いにより生じる差だ。
「川畑さん、どうされます?」
「なにをっ?」
 とある会社の昼休み時間である。社員食堂の食券機を前に田所(たどころ)は悩んでいた。突然、訊(き)かれた先輩の川畑には田所が訊(たず)ねた意味が理解できず、訝(いぶか)しげに返した。
「A定かB定か、はたまた単品の定食か・・ですよっ」
「馬鹿だな、お前はっ! そんなの好きにすりゃいいだろっ。迷うほどのこっちゃねえよっ!」
「でもねぇ…どちらも捨てがたいんですよ」
「食いてぇ~のかよっ? なら、両方、注文すりゃ、いいだろうがっ」
「そんなには食えないです…」
「だったら、どちらかにしろ。明日(あす)、別のでいいだろうがっ」
「はあ、それはそうなんですが…」
「ああ、もうぅ!! 覇気つかんやつだっ! 好きにしろっ! 昼休み、過ぎちまうぞっ」
 川畑は膨(ふく)れ面(づら)で配膳台へ向かった。この川畑は迷わない男、いや、決断する男とだった。結局、田所が課へ戻(もど)ったのは昼休みが終わるギリギリの時間で、迷った挙句(あげく)に素蕎麦を一杯、腹へ流し込んだだけだったのである。
 ある日、契約先の会社へ向かった二人は、会社への帰り道で二手(ふたて)に分かれた。
「俺は、間に合うかどうか分からんが、とにかく走るっ!」
「僕は、次のに乗ります」
 迷いに迷い、田所は次の電車にした。
「そうかっ!? じゃあなっ!」
 この迷う迷わないの差が二人の明暗を分けた。川畑は駅まで走り、次の電車へ滑り込むように乗って帰社した。次の電車は事故により運転が見合され、数時間の遅(おく)れとなった。田所が会社へ戻ったとき、すでに夜の八時は疾(と)うに過ぎ、社内は静まり返っていた。
「どうされました、田所さん? こんな時間に…」
 巡回していた顔見知りの警備員が、不審(ふしん)な顔つきで田所に訊ねた。
 迷うと、こうした隠れたトラブルに出食わすことが多いのは確かなようだ

        
                   完

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2018年5月14日 (月)

隠れたユーモア短編集-83- 風の吹きよう

 しようとした物事が乱(みだ)れを生じるには、何らかの隠れた原因がある。その原因は、当の本人には見えないから始末(しまつ)が悪い。こうした乱れを生じる悪い場合の隠れた原因を隙間(すきま)風・・と世間では言う。もちろん、この逆の場合も当然ある。世間ではこれをトントン拍子(びょうし)・・と言うが、どちらも見えない風の吹きよう次第・・ということになるだろう。
「これで準備は、すべて整(ととの)ったが…」
「あとは、お天気次第ですね…」
 とある町の運動会が明日、開かれようとしていた。実行委員長の焼魚(やきうお)と副委員長の刺身(さしみ)の二人は、灰色の雲に覆(おお)われた空を見ながら、心配そうに話し合っていた。
「まっ! なるようになるさ…。天気予報はどう言ってた?」
「次第に回復するでしょう・・とか、なんとか」
「でしょう・・は、いいよな、ははは…」
「そこは、です! と断定してもらいたいですよね、ははは…」
「まあ、風の吹きよう次第ってとこか」
「ですね。風は人の動きを見て吹いてるんですかね…」
「かも知れんな。と、すれば、やるだけのことはやったんだから、ひとまず安心とするか…」
「はいっ!」
 雲を吹き飛ばす風は、人の動きを見て吹いているのかも知れない

        
                   完

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2018年5月13日 (日)

隠れたユーモア短編集-82- 嘆(なげ)かわしい 

 蛸焼(たこやき)は、今の日本は嘆(なげ)かわしい…と、愚痴(ぐち)を吐(は)いた。というのも、家の外の側溝を掃除した数日後に、またポイ捨てゴミを発見したからだった。こんな隠れたワルは国外追放にして、外国の難民にでもなりゃいいんだっ! と、一時は過激に思ったこともあったが、今となってはもう、半(なか)ば諦(あきら)めの境地(きょうち)で、愚痴を漏らすほど気分は痩(や)せ細っていた。
「蛸焼さん、どうされました? 最近、元気がないじゃないですか…」
 職場の後輩である烏賊墨(いかすみ)が日焼けした黒っぽい顔で窺(うかが)うように言った。
「いや、なに…。この国も悪くなったなと思ってさ…」
「どういうことです?」
 若い烏賊墨には、 蛸焼の言う意味がさっぱり分からなかった。
「いや、なんでもないさ…」
 蛸焼は暈(ぼか)すように反転した。すると、いい焼け具合に固まった熱い鉄板下の丸い半分が表出し、ドロリとした半熟(はんじゅく)の部分が逆に鉄板下へと沈んだ・・ということではなく、単に誤魔化した。
「そうですか? …」
 烏賊墨はそれ以上は突っ込まず、入れられたパスタに塗(まみ)れた・・ということではなく、話題を変えた。
「そうそう! 悪くなったといえば、デフレとか言ってる最近の景気。そう思いません?」
「デフレじゃないよ、決して。それも言うなら、国力の減衰だ。これが経済を語る上では正解だっ! 実に嘆かわしいっ! 国の考え方、方針が間違ってるんだよ、烏賊墨。今じゃ、世界第2位の経済大国だった日本は10位以下だぜっ!」
 蛸焼はまた愚痴っぽくなってきた自分に気づいき、舟盛りされたあと、ソースや海苔(のり)で味つけされて・・ということではなく、少し自重した。
「そうなんでしょね…」
 烏賊墨は同調して皿の上へ盛りつけられた・・ということはなく、聞く人となった。
 世の中は嘆かわしく、無性に食いたくなる・・ということではなく、そう不条理が多いということだ


                         完

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2018年5月12日 (土)

隠れたユーモア短編集-81- 抽選券

 伊根は、スーパーで買物をした金額をレジで支払い、¥1,000分で1枚の抽選補助券を数枚、手渡された。帰ってその券を見ると、抽選の有効期間は来月の3日まで・・とあった。ああ、そうなんだ…と伊根は単純に思った。だがここには、巧妙に仕組まれた隠れたスーパー側の経営戦略があることに、伊根は気づいていなかったのである。というのも、1回、抽選するには10点が必要で、補助券には硬貨で擦(こす)ると1、2、3点の孰(いず)れかの点数が浮き出る仕組みになっていて10点以上が必要だったのだ。早速(さっそく)、伊根はシコシコと券を硬貨で擦(こす)ってみた[飽(あ)くまでも券です ^^]。結果は、どの券も1点だった。そう易々(やすやす)と2点、3点は出ないわな…と、伊根はまた単純に思った。経営学でいうところのデモンストレーション効果という手法だ…と伊根は、また単純に思った。客寄せ効果というやつである。だが、この段階でも、伊根は隠れたスーパー側の巧妙な経営戦略に気づいてはいなかった。
 その後、買物を数度した伊根だったが、やはり1点券ばかりだった。そうこうしているうちに、8枚で8点となった。よし! 今日、買物をすれば10点は超(こ)えるから抽選が1回できるな…と伊根は、またまた単純に思った。買物を終え、勇(いさ)んでレジへ向かった伊根だったが、貰(もら)えるはずの抽選補助券は貰えなかった。んっ? と伊根は思いながら、買物収納台へ買物籠を置き、持ってきていた補助券をポケットから取り出し、シゲシゲと見た。すると、そこには補助券の進呈は28日までとなっているではないか。その日は30日だったから、貰えないのも道理だった。抽選有効期間中ではあったが、あと2点分の補助券を貰えなければ抽選は出来ず、なんの意味もなくなる。このとき、伊根は初めて巧妙に仕組まれた経営戦略に気づかされたのである。伊根は8枚の券を破棄(はき)してくれるようレジ係に頼み、スーパーを出た。あと味が悪い買物となった。
 抽選券には隠れたナニモノかが潜(ひそ)んでいるから、油断は出来ないっ! というような、そんな大げさな話ではない

                            完

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2018年5月11日 (金)

隠れたユーモア短編集-80- 動と不動

 たとえば水だが、固まって不動の状態になったものが氷(こおり)と呼ばれている。水からは見えず、あるいは分からない状態が、氷からは見えたり分かったリする。逆に固まった氷からは見えず、あるいは分からない状態が、水からは見えたり分かったりする。動と不動の相(あい)反する関係だが、人の行動でも同じことが言える。
 動いている人は考えていることを実行に移しているから、そのことやその後の動きを短絡(たんらく)的に考えているだけである。だから当然、冷静さを損(そこ)なってウッカリしたミスも犯す。ただ、ミスはあるものの、行動した成果は現実に齎(もたら)される。買ってきた美味(おい)しい餅は食べられる・・ということに他ならない。逆に動かない人は考えていることを実行に移していないから、そのことやその後の動きを緻密(ちみつ)に考えている。だから、必然的にウッカリしたミスが起こるはずもない。ただ、ミスはないが、買おうと思い描いた美味しい餅は動いて買っていないのだから食べられない・・ということに他ならない。━ 絵に描(か)いた餅は食えぬ ━ とは、格言めいてよく使われるが、まさにそれだ。
 会社の事務室である。妻に頼まれた夕飯用の魚を、枯井(かれい)は営業に出る平目(ひらめ)に頼んでおいた。その平目が夕方前、事務所へ戻(もど)ってきた。
「平目(ひらめ)さん! 買っといてくれました? 魚」
「それがですね…。魚の名を訊(き)いてなかったもんで、店頭の魚を見ながらじぃ~~っと動けなかったんですよ」
「そんなことは、訊いてませんっ! 買ってくれたんですかっ!?」
「ですから、名が分からなかったもんで、動けなかったんです」
「動けなかったって、買わなかったってことでしょ!?」
「ええ、まあ…」
「それは動けなかったんじゃなく、動かなかったんだっ!」
「そうなりますか…。どうも、すいません」
 平目は枯井に深々と頭を下げた。
 これは、飽(あ)くまでも一例だが、手ぶらで帰らず、動いて適当に見繕(みつくろ)って買って帰れば、それでOKだったのかも知れない。結論としては、ミスをしたくなければ動かない・・となるが、それでは物事が少しも先へと進まないっ! と言われれば、それも道理だから、動と不動を上手(うま)く使い分けて生きていくことが世渡り上手(じょうず)ということになるのかも知れない。

                           完

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2018年5月10日 (木)

隠れたユーモア短編集-79- 雨祭り

 なんだかんだ言っても、やはり祭りに晴天は欠かせない。もちろん、多少は曇(くも)っていても、それはそれでいい訳だが、雨祭りだけは頂(いただ)けない。第一、神様がお乗りになられるお神輿(みこし)が雨に濡れて痛むから出せなくなる。そこが人の運転している自動車とは違う。途中で降ってくるようなことも時折りある。そんな場合は、合羽(かっぱ)をお神輿に被(かぶ)せ、事なきを得るというのが一般的な処(しょ)し方だが、まあ、そんな危(あや)うい日は出されず、榊(さかき)での渡御(とぎょ)・・としたものだ。榊は祭礼用に切られた根がない大枝の榊が使われるから当然、その場凌(しの)ぎの一時的なものである。よくよく考えれば、神様は輿(こし)の中に在(あ)らせられる訳だから、直接、雨にお濡れになることはない。要は、神輿が痛むと修理代がかかるとか、神輿を担(かつ)いで濡れると風邪を引くから・・といった現実的な人々の都合な訳だ。神様は雨が降ろうと日照りの日だろうと、出現なされるだろう。そこが隠れた神様の神様たる所以(ゆえん)で、人とは違うんだ…とウツラウツラと眠気(ねむけ)に苛(さいな)まれながら、瓔珞(ようらく)は考えていた。これ以上の運転は無理だ…と、瓔珞は車を野原へ入れるとエンジンを切った。その途端、瓔珞の意識は遠退(とおの)いていった。
 気づくと、明け方になっていた。昨日(きのう)の雨が嘘(うそ)のように、白々と東の空が明るみを増していた。その日は祭りの当日だった。瓔珞は慌(あわわ)てて車を始動すると、家路を急いだ

                            完

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2018年5月 9日 (水)

隠れたユーモア短編集-78- セルフ温泉

 茸小路(たけのこうじ)は温泉へ出かけた。といっても、それは気分だけの家庭温泉である。平たく言えば、ただの家庭風呂だ。ぶっちゃけたところ、茸小路は心積(こころづ)もりしていた温泉へ出かけたかった・・のである。ところが、これも心積もりしていた年金が想いの外(ほか)少なかった。これでは…と茸小路は家庭温泉へ切り変えざるを得なくなったのだ。
「お湯は沸(わ)いております。…お食事はいつ頃?」
「そうだね…小一時間ほどして。こちらから言うよ」
「左様(さよ)でございますか。では…」
 茸小路はこの会話の遣(や)り取りを、まるで落語家のように仲居と客の一人二役で語るのである。語っている当の茸小路自身、どこか変人めいているように思いながらコトを進めていった。コトとは着替えを出し、食事の準備である。むろん、誰もいないからセルフ[一人(ひとり)]となる。俺は電化製品の霊気に助けられている。この霊気なしでは、とても生活は…と思いながら茸小路はコトをセルフに進めていった。
 数十分して、いくつかの料理がそれなりの風味に調理され、キッチンテーブルへと並べられた。
「ごゆっくり…」
「ああ、どうも…」
 茸小路は一人で語って一人で食べ、食べ終えたあと洗い片づけると風呂の浴槽(よくそう)へと身を沈めた。完璧(かんぺき)なセルフ温泉だ…と思いながら、浴槽に浸(つ)かる茸小路は心地いい湯で顔をジャバッとやった。セルフ温泉は気遣(きづか)いの要(い)らない気楽な温泉なのである

                          完

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2018年5月 8日 (火)

隠れたユーモア短編集-77- 地道な作業

 僅(わず)か数ミリの誤差が生じたため、芒野(すすきの)は施工依頼先からの苦情を処理しなければならなくなった。7ミリの誤差とはいえ、やり直すとなると基礎工事に戻(もど)らねばならず、大損が予想された。なにも芒野の懐(ふところ)具合が悪くなる訳ではなかったが、会社に損失を与えたとなれば、これはもう責任な過失問題であり、うっかりミスでは許されない大失敗だった。当然、上役の評価は下がる上に、出世にも影響することは必定だった。そこで芒野が取った方法は依頼先への地道な日参だった。四人の子供を抱(かか)える六人家族の芒野にとっては、単純な失敗では許されない家族の将来がかかった一大事だったのである。
「そこを、なんとか…」
「いや! 家(うち)としてはねっ。やり直してもらう以外、妥協はできませんよっ! 20年ローンで買った大事な家なんですからなっ! 7ミリもある傾きを見逃すっていうのは…」
「はあ…」
「もし、これがあんたの家なら、あんた、どうしますっ?!」
「はあ…それは、まあ…」
「困るでしょうがっ!!」
 こんな遣(や)り取りがひと月は続いた。雨の日も風の日も、芒野は木偶(でく)の坊と会社の同僚から思われながらも日参した。この地道な継続は、まるで芒野の作業のようでもあった。
 そして三月(みつき)が過ぎ、半年が去って一年が巡った。芒野は、やはり依頼先へ日夜、日参していた。
「ははは…参ったな、あんたには。もう、いいよ。まあ、廊下だけだからね。ボール転(ころ)がす手間(てま)が省(はぶ)けて家の子の遊びには、もってこいだしねっ!」
「ありがとうございます! 助かりますっ!」
「ああ、訴訟にはしないよっ! じゃあね…」
 依頼先の家から出た芒野は、これで会社への面目が立ったと思った。
「これで、よろしかったでしょうか?」
「ああ、どうも…」
 依頼先の家の奥から現れたのは、専務の月餅(つきもち)だった。月餅は芒野の繰り返して日参する地道な作業に感心し、助け舟を出したのだった。こういう隠れた正義の見方がいる世の中になってもらいたいものだが…。これ以上は語らないことにしよう

       
                   完

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2018年5月 7日 (月)

隠れたユーモア短編集-76- 語ると述べると主張する

 語ると述べると主張するという三つの見解の示し方には、口を開いた人の隠れた積極性の違いを垣間(かいま)見ることができる。討論会などでは当然、主張する・・と個人意思の積極性は高く、自分の正当と思う見解を明確に表明する訳だ。そこへいくと、述べる・・は、単に説明するとか一般的にそう思えるから、私もそう思うのだなどといった少し積極的な個人意思を引っ込めた正当性の見解表明となる。さらに語る・・ともなると、無責任に話す訳で、私はそう思うが、正当か正当でないかまでは責任が持てない・・などといった完璧(かんぺき)な部外者的発言となり、語ってるな…と人を思わせる程度のいい加減な話し方となる。要するに、この三つの見解の示し方には根本的な個人主張の強度の差を見て取ることが出来るのだ。そこへ、声の強さや訴え方の手振り身振りなどの内容の盛り上げ方も加味されるから、この三つは、さらに何段階にも別けられる。
 とある討論会である。司会者を挟(はさ)んで数人の論客が主張し合っている。
「ですからっ! そのお考え自体が間違っておられると言わざるを得ないっ! その辺(あた)りが私達の考えておる方針とは抜本的に異(こと)なる訳ですっ!」
 一人の論客は、片手の拳(こぶし)を硬(かた)く握り締めながら動かす身振りで強く主張した。
「話にならないっ!」
 反論された方の論客は、ひとこと、声を大きくして、その言(げん)を打ち消した。
「勝手な発言は控(ひか)えてください。私が言いますから…」
 司会者がそこへ美味(うま)そうなお茶を淹(い)れたように語り、ひとまず、場(ば)は和(なご)んだ。
 主張すると激甚(げきじん)災害のように荒れ、述べると晴れたり曇ったり程度の普通の天候となり、語ると和むように晴れる訳である

                          完

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2018年5月 6日 (日)

隠れたユーモア短編集-75- 励(はげ)む

 何のために生きているのか分からず人は励(はげ)み、生きている。もちろん、生活するためじゃないかっ! 食べるためだろっ! ということになるが、では、何のために生まれ、食べて、生きてるの? と問われたとき、即答できる人は少ないだろう。人の人生とはそんな不思議な世界だが、そんな深く考えず、人はとにかく励んでいる。だが、励まない人も当然、多くいる訳で、現在のように文明化が進み、生活が便利になると、そういう怠惰(ルーズ)な人が増えてきて次第に励まなくなる。そのこと自体は悪いことではなく、励まずグデェ~ンとすることで、身体をリフレッシュできる効果はある訳だ。いわば、機械のメンテナンス、悪い部品の交換、潤滑油をさすとかの効果である。
「君ねぇ~、随分、顔色が悪いよっ! 大丈夫かね?」
 働き者の社員に声をかけたのは上司の課長代理補佐だった。偉そうに言ってはいるが、課長ではなく、さらに課長代理でもない、たかが課長代理補佐が、だ。というのも、次の人事異動で課長代理に昇格できそうな身の上のこの課長代理補佐としては、営業成績がよくても社員に倒れられては困る・・という深刻な事情があったのである。
「はあ、有難うございます。もう、少しですからっ!」
「そう? 明日でもいいじゃないか、そんなに励まなくても…」
「いや、別に励んでいる訳では…」
「いやいや、励んでるよっ、いつも君はっ!」
「そうですかぁ~? つい…」
 社員は課長代理補佐の頭を徐(おもむろ)に見た。頭は見事に禿(は)げ散らかり、光り輝いていた。禿げた上司がいると部下がシコシコと励むのかは不確かだ

       
                   完

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2018年5月 5日 (土)

隠れたユーモア短編集-74- お釣り

 三日ほど前、買物から帰り、財布の中身を確認した柏葉(かしわば)の記憶によれば、財布の中に¥10硬貨は13枚入っている勘定だった。そして今日のことになる。この日も買物を終えて帰宅し、レシートを見ると、お釣りは¥34とあった。ということは…と柏葉は単純に頭を巡らせた。三日ほど前の記憶から今日まで、財布からお足[お金]を動かせたことはなかったから当然、¥10硬貨は13+3で16枚ある計算になった。ところが、である。財布の中には、何度、勘定しても15枚しかなかった。これは妙だ…と、柏葉は腕組みをして動きを止めた。この事象には隠れた何かがある…と柏葉は大仰(おおぎょう)に考えた。
「怪(おか)しい! マジックでもあるまいし…」
 柏葉は首を傾(かし)げた。以前、お釣でもらった¥1硬貨の枚数が合わず、スッタモンダしたことがあったのだが、今回もその事例に似ていた、今回は¥10硬貨か…と単純に柏葉は思った。しかし、待てよっ? ¥5硬貨が飛んだぞっ! と、また柏葉は枝葉末節(しようまっせつ)に思った。そして夕闇が迫(せま)ったのだが、数が合わない隠れた謎(なぞ)のモヤモヤ感に、相変わらず柏葉は苛(さいな)まれている。

                           完

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2018年5月 4日 (金)

隠れたユーモア短編集-73- 進化と退化

 人は千差万別(せんさばんべつ)で、あることに対して優(すぐ)れた機能を持つ人もいれば、その逆で、さっぱりだ…と悲観する人もいる。オリンピックを一つ例に取ってみても分かるように、普通の私達から見れば、よくもまあ、あんなに速く…と思える機能の差が歴然とある。その優れた遺伝子は受け継がれ、さらに優れた機能へと進化する。ここには隠れた生命の神秘が存在する。だが、進化の逆も当然ある。使わない機能は次第に退化する訳だ。
 ここは、とある会社の研究開発室である。室長がデスクに部下を呼び、訊(たず)ねた。
「いったい、どうしたんだね? あれだけ新しいアイデアを出していた君が…」
「はあ、どうも、すいません…」
「いや、謝(あやま)るこっちゃないが。確か2年前、新しいソフトを導入してからだ」
「はい、助かってはおるんですが…」
「PC[パソコン]がほとんどやってくれる分、空(あ)き時間が出来たんだから当然、アイデアは生まれるはずなんだが…」
「はあ、常識的にはそうなるんでしょうが…。室長、私は退化したんでしょうか?」
「はあ?」
「いや、なにもありません…」
 部下のアイデアを生み出す能力は完全に退化していた。その半面、室長が楽しみとしている昼の定食を予知する能力は進化し、ほぼ100%の的中率を持つまでに高められていた。使う機能は進化し、使わない機能は退化する・・これが生命の隠れた神秘
なのである。

                   完

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2018年5月 3日 (木)

隠れたユーモア短編集-72- 暇(ひま)な研究

 餅川はお彼岸のオハギをモチモチと食べながら遠く過ぎ去ったあの頃に思いを馳(は)せていた。妙なもので、美味(うま)いものを食べていると気分のよい記憶が甦(よみがえ)ることに餅川は、ふと気づいた。だがこれは、なにも美味いものを食べたときに限ったことではなく、満足感があるときに現れる何か隠れた作用があるのではないか? とも思え、餅川は研究してみることにした。世の中には随分と暇人(ひまじん)もいたものである。
 まず、餅川はひと汗かいたあと、風呂に入りながら記憶を探った。確かに、いい記憶が甦ってきた。これもありか…と、浴室を出たあと、餅川はこの研究成果をメモ書きした。その後もいろいろと試(ため)したが、確かに快適→いい記憶の甦りという図式が導(みちび)けるようだった。では、その逆の場合は? と、餅川は正反対の事象も試してみることにした。すると、汗をかいて作業をしながら記憶を辿(たど)ったときに浮かぶ記憶は暗い、辛(つら)い、悪い・・といった記憶だった。こうした事実に餅川は快適と苦の間に生じる記憶には反比例の法則が存在することを確認した。誰にも言えない暇な研究の成果だった

                          完

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2018年5月 2日 (水)

隠れたユーモア短編集-71- 台風

 台風も実は進路を考えている…と、考える阿保(あぼ)という馬鹿げた知りあいの男がいる。阿保の考えによれば、台風には隠れた思考能力があり、密(ひそ)かに弱そうな地域を狙(ねら)って絶好の機会を窺(うかが)っている・・というのだ。こりゃ、ダメだな…と台風が判断したときは、進路を急に変えたり、よしっ! チャンスだっ! …と見れば、俄(にわ)かに北上したりするそうである。ただ、台風にも弱点は当然あり、進路を高気圧に阻(はば)まれたときは、かなり焦(あせ)るのだという。なにせ、そういつまでもジィ~~っとその位置に停滞できない・・というのが台風の生まれ持った宿命だからという理由らしい。当然、進路を求めて台風は迷走することになる。そうなれば、またこれも当然のように体力は弱ってくる。
「迷走した台風は、急速に勢力を落とし、温帯低気圧になりました…」
 そんなニュースが流れているとき、当の台風は、『ダメだったか…』と負けを認めた棋士のように投げ場を求めているのだそうだ。「本当かい?」と笑いながら訊(たず)ねると、「ええ、もちろん!」と阿保は即答した。
 あまり小馬鹿にするのもなんだから、「ああ、そうなんだ…」と一応、素直に聞いてはおいたが、台風には隠れた何かがある? ということのようだ。

       
                     完

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2018年5月 1日 (火)

隠れたユーモア短編集-70- 奇妙な動き

 人は時折り衝動(しょうどう)的な奇妙な動きをする。この奇妙な動きには、隠れた思いつきが存在する。思いついて短絡(たんらく)して動いた結果が奇妙な動きとなる訳だ。こうなるのには心理面の弱りとか屈折した背景が左右する場合が多いが、普段でも不意に唐突(とうとつ)な思いに駆られ、奇妙な動きに走ることはある。ここに登場する七谷(ななたに)の場合がそうだった。
 ここは、とあるオープン撮影のロケ現場である。
「いやぁ~、そんな動きはしないと思うんですがねぇ~」
「やかましいっ! 私がそれでいい・・と言ってんだから、それでいいだろうがっ!!」
「しかし…」
「五月蝿(うるさ)いっ!!」
 セカンドの助監督はいらないことを言い、ワンマン監督のご機嫌を損ねてしまった。多くのスタッフは、お気の毒に…といった眼差(まなざ)しで助監督を見た。助監督が監督に忠言したのは、主役の超有名俳優が一匹の蜂(はち)を格好よく一刀両断(いっとうりょうだん)にしようとして失敗し、逃げ惑(まど)う演技だった。助監督の言い分は、そんな逃げ方では喜劇になってしまう・・というものだった。監督はリアルさを出したい…と思っていたから、その演技が妙な動きに映(うつ)っていなかったのである。一方、刀を頭上で振り回しながら逃げ惑う姿は、とても強い主役には見えない・・というのが、助監督の主張である。3の線の映画ではないだけに、視聴者に笑いを与える演技は、いかがなものか・・との助監督としての精一杯の主張だった。
 撮影は監督の撤収命令で中止となり、翌日、撮影は再開されたが、セカンドは変えられ、昨日の助監督の姿はロケ現場にはなかった。干されたか? …と、誰もが思った次の瞬間、その助監督は主役に抜擢(ばってき)され、時代劇の武士として登場した。銀幕デビューしたのである。干されたのは超有名俳優の方で、逃げ惑う奇妙な動きの演技が、新たな時代劇俳優を呼ぶという監督の妙な動きを呼んだのだった。

       
                   完

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