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2018年5月 9日 (水)

隠れたユーモア短編集-78- セルフ温泉

 茸小路(たけのこうじ)は温泉へ出かけた。といっても、それは気分だけの家庭温泉である。平たく言えば、ただの家庭風呂だ。ぶっちゃけたところ、茸小路は心積(こころづ)もりしていた温泉へ出かけたかった・・のである。ところが、これも心積もりしていた年金が想いの外(ほか)少なかった。これでは…と茸小路は家庭温泉へ切り変えざるを得なくなったのだ。
「お湯は沸(わ)いております。…お食事はいつ頃?」
「そうだね…小一時間ほどして。こちらから言うよ」
「左様(さよ)でございますか。では…」
 茸小路はこの会話の遣(や)り取りを、まるで落語家のように仲居と客の一人二役で語るのである。語っている当の茸小路自身、どこか変人めいているように思いながらコトを進めていった。コトとは着替えを出し、食事の準備である。むろん、誰もいないからセルフ[一人(ひとり)]となる。俺は電化製品の霊気に助けられている。この霊気なしでは、とても生活は…と思いながら茸小路はコトをセルフに進めていった。
 数十分して、いくつかの料理がそれなりの風味に調理され、キッチンテーブルへと並べられた。
「ごゆっくり…」
「ああ、どうも…」
 茸小路は一人で語って一人で食べ、食べ終えたあと洗い片づけると風呂の浴槽(よくそう)へと身を沈めた。完璧(かんぺき)なセルフ温泉だ…と思いながら、浴槽に浸(つ)かる茸小路は心地いい湯で顔をジャバッとやった。セルフ温泉は気遣(きづか)いの要(い)らない気楽な温泉なのである

                          完

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