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2018年5月21日 (月)

隠れたユーモア短編集-90- 800倍液

 平林はウダウダと小一時間ばかりも考えていた。というより、考えさせられていた・・というのが正解だった。それというのも、しなくてもいい思いつきの消毒作業で、なにも今、しなくてもよかったのである。ところが、平林は始めてしまったのだから仕方がない。始めた以上、メリハリをつけて終了させる・・というのが、誰しも思うところである。だが、思いつきで始めた消毒作業には隠れた落とし穴が潜んでいた。
 [1]点着剤や消毒液などの薬剤を出す
 この発想は当然で、なにも問題はなかった。
 [2]液を入れる噴霧器を出す
 これも滞(とどこ)りなく、なんの問題もなかった。
 [3]噴霧器に薬剤を入れ、800倍に希釈(きしゃく)し、攪拌(かくはん)する
 さて、この[3]が平林を考えさせるネックになった。というのは、800倍液を作らねばならないのである。さて、水はどれだけ入れればいいでしょうか? という小学校高学年ぐらいの問題だ。これが、平林を考えさせる、なかなか手ごわい問題だった。平林は、はて? と水を入れた噴霧器を前に腕組みをしながら考え倦(あぐ)ねた。
 (1)噴霧器には水が8リットル入っていた。
 ということは…8リットルは8×1.000cc(1リットル)だから、8,000ccの水か…と、平林は考えた。ここまでに約20分を要していた。俺はダメだな…と平林は自分の馬鹿さ加減を脇道(わきみち)に逸(そ)れて考えた。それによって5分をここは取られ、加えてポジティブ[陽]気分もネガティブ[陰]になってしまった。いや、俺は挫(くじ)けんぞっ! と、平林はまた考え始めた。刻々と時間は過ぎていく。注文しておいた弁当屋が配達に来るのが先か、散布を終えるのが先か・・昼が近づいていた。サッカーでいうところのロスタイムである。そのとき、ついに平林は遅れ馳(ば)せながら閃(ひらめ)いた。
 (2)8,000cc まあ、÷800=10cc
 そうかっ! 10cc入れりゃ、800倍かっ! 平林は単純な解決に嬉(うれ)しくなり、ふたたび気分はポジティブになった。作業を急いで開始し、散布し終えたとき、弁当屋が配達するバイク音がした。平林は大げさに、金メダルだっ! と思った。
 単純な作業には、隠れた難解な内容が時折り潜(ひそ)んでいるから、油断できない・・という戒(いまし)めなのかも知れない。

       
                   完

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