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2018年5月 8日 (火)

隠れたユーモア短編集-77- 地道な作業

 僅(わず)か数ミリの誤差が生じたため、芒野(すすきの)は施工依頼先からの苦情を処理しなければならなくなった。7ミリの誤差とはいえ、やり直すとなると基礎工事に戻(もど)らねばならず、大損が予想された。なにも芒野の懐(ふところ)具合が悪くなる訳ではなかったが、会社に損失を与えたとなれば、これはもう責任な過失問題であり、うっかりミスでは許されない大失敗だった。当然、上役の評価は下がる上に、出世にも影響することは必定だった。そこで芒野が取った方法は依頼先への地道な日参だった。四人の子供を抱(かか)える六人家族の芒野にとっては、単純な失敗では許されない家族の将来がかかった一大事だったのである。
「そこを、なんとか…」
「いや! 家(うち)としてはねっ。やり直してもらう以外、妥協はできませんよっ! 20年ローンで買った大事な家なんですからなっ! 7ミリもある傾きを見逃すっていうのは…」
「はあ…」
「もし、これがあんたの家なら、あんた、どうしますっ?!」
「はあ…それは、まあ…」
「困るでしょうがっ!!」
 こんな遣(や)り取りがひと月は続いた。雨の日も風の日も、芒野は木偶(でく)の坊と会社の同僚から思われながらも日参した。この地道な継続は、まるで芒野の作業のようでもあった。
 そして三月(みつき)が過ぎ、半年が去って一年が巡った。芒野は、やはり依頼先へ日夜、日参していた。
「ははは…参ったな、あんたには。もう、いいよ。まあ、廊下だけだからね。ボール転(ころ)がす手間(てま)が省(はぶ)けて家の子の遊びには、もってこいだしねっ!」
「ありがとうございます! 助かりますっ!」
「ああ、訴訟にはしないよっ! じゃあね…」
 依頼先の家から出た芒野は、これで会社への面目が立ったと思った。
「これで、よろしかったでしょうか?」
「ああ、どうも…」
 依頼先の家の奥から現れたのは、専務の月餅(つきもち)だった。月餅は芒野の繰り返して日参する地道な作業に感心し、助け舟を出したのだった。こういう隠れた正義の見方がいる世の中になってもらいたいものだが…。これ以上は語らないことにしよう

       
                   完

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