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2018年5月24日 (木)

隠れたユーモア短編集-93- 人生マラソン

 人生は長い長い果てしない、この世を去るまでのマラソンである。何があろうと止まる訳にはいかない。止まれば人生の終焉(しゅうえん)、死が待っているからだ。ただ、競技マラソンと違う点は、定まったコースがなく、見えない隠れたコースだということである。さらにそのコースは、スタート地点やゴールが人それぞれで、その走る距離も各々(おのおの)で違いを見せるという変幻自在のコースとなっている。だから、始まって1分も経たない間に終わる短いコースだったり、100年以上の長いコースだったりする場合もある訳だ。途中、事故とかでリタイアする人も当然でる。コースはその人が使命を果たしたときがゴールで、個人の意思に関係なく終わるらしい。私は知らないが、天命で決まっているそうだ。
「ご臨終です。8時12分でした…」
 医者が腕時計を見ながら、陰気な小声で言った。
「ぅぅぅ…じいちゃん!!」
 あんたも十分、じいちゃんだろうがっ! と苦情が出そうな80近い老齢の息子が、病室のベッドへ、ヨヨ・・と泣き崩れた。長い人生マラソンを走り終えたのは、今年で99になるこの男の父親だった。
「よく頑張られました。では…」
 医者が慰(なぐさ)めともつかぬ言葉を発し、
病室を出ていった。ところが、である。その医者がガチャリ! とドアのノブを閉めた途端、死んだはずの99になる父親がハッ! と目を見開いたのである。そして、父親は深い呼吸をし始め、口を開いた。
「ああ…よく眠ったっわい! 爽快な気分じゃ! では、お前達、そろそろ帰るとするかっ!」
 そう言うと、99になる父親はガバッ! と上半身を起すとベッドを降りた。
「エエ~~ッ!! 嘘(うそ)ぉ~~!!」
 病室にいた家族は、異口同音に驚いた。80近い老齢の息子は慌(あわ)てて医者を追った。
「せ、先生っ!! じいちゃんがっ!」
「…? どうか、されましたか?」
「かっ! 帰ると…」
「んっ? …ああ、葬儀社ですか?」
「違いますっ! タクシーですっ!」
 老齢の息子は慌てていたせいか、父親が息を吹き返したことを飛ばした。
「タクシーは拙(まず)いでしょ、タクシーはっ!」
 医者は理解できず、早とちりで誤解した。その後、どういう展開になったか私は知らないが、なんでもその父親は110才前後で今も健在だということだ。100才の祝い金を市から頂戴し、息子は北叟笑(ほくそえ)んだというからセコい。
 この場合の父親は人生をリタイアしたように見えるが、実はそうではなく、意識が混濁(こんだく)し始めてゴールと間違え、また走り始めたランナーだった。
 人生マラソンは千変万化する、ややこしいマラソンということになる。

      
                  完

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