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2018年6月

2018年6月30日 (土)

逆転ユーモア短編集-30- 原因

 物事が起こるには、なんらかの原因がある。原因がなければ何も起こらない。所謂(いわゆる)、そのままの状態だ。いいことが起こった場合は考える必要もないのだが、何か悪いことが起こったときは、逆転して過去を突き詰めれば、起こった理由と原因が判明する訳である。警察事件となるような悪いことが起こった場合は特にそうだ。
 鉞(まさかり)は日永(ひなが)一日、飽(あ)きもせず一人でウデェ~~ンと寝転がり考えていた。どうしても無(な)くした財布が見つからないのである。
『昨日(きのう)はあった…』
 それは鉞の脳裏(のうり)にはっきりと記憶として残っていた。鉞は最後に財布を取り出したときの記憶を探った。無くすには無くすだけの原因があるはずなのだ。鉞は犯人を追うベテラン刑事にでもなったように巡った。そして、いつの間にかウトウトと眠り、気づけば夕方近くになっていた。
『ははは…まあ、いいか』
 いい訳はないが、そう思ったとき鉞は、ふと、忘れていたことを思い出した。財布の中には何も入れていなかった…と。そして、財布を新しい財布に変えたんだった…と気づいたのである。
『その新しい財布は…』
 鉞は棚(たな)の上に新旧、二つの財布を置いたことを思い出したのである。原因は財布の交換だった。
『道理で寝そべっていたはずだ…』
 鉞はお足=お金(かね)と頭を巡らせたのである。鉞の発想だと、お足がないから動けない。で、寝そべって考えていた・・となる。確かにその考えも一理(いちり)ある。^^

                            完

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2018年6月29日 (金)

逆転ユーモア短編集-29- 山姥(やまんば)

 旅人に宿を提供し、寝静まったところを食らう・・というのが山姥(やまんば)と呼ばれる妖怪だ。住処(すみか)は山奥だそうだが、現代の山姥は、逆転してヤマンバと呼ばれる若い娘達だ。都会に棲息(せいそく)していて、娘ながらも、その外見はド派手な化粧を塗りたくり、髪の毛も魔物じみたところからヤマンバと名づけられたそうだ。だが、その手の娘を好物とするさらに上の妖怪もいるそうだから都会とは怖(こわ)いところである。では、そのヤマンバが山奥で山姥に出会ったとしたら、どうなるのだろう?
 秋の行楽のシーズンとなったこともあり、都会に少し飽きたヤマンバ達が紅葉を楽しもうと山を散策する旅に出た。ところが、麓(ふもと)から登り始めた道を、どういう訳か間違い、獣道(けものみち)へと分け入ってしまったのである。秋の陽(ひ)は釣瓶(つるべ)落としである。たちまち陽は西山へと傾き、辺(あた)りには漫(そぞ)ろ寒い風が流れ、夕闇が迫(せま)ろうとしていた。
「大丈夫なのっ?」
 後ろを歩くヤマンバの一人が、先頭のヤマンバの背中越しに声をかけた。
「大丈夫よっ!」
 そう返した先頭のヤマンバだったが、どういう訳か突然、ピタリ! と止まった。
「どうしたの?」
「あらっ? この地図、道が消えてる…」
 先頭のヤマンバは地図を凝視(ぎょうし)して呟(つぶや)いた。
「消えてるって、どういうことよ?」
 後ろのヤマンバもそう言って駆け寄り、地図を凝視した。そのとき辺りは漆黒の闇に閉ざされ、なんとも生暖かい風が流れて山姥がスゥ~っと、どこからともなく現れた。
『ヒッヒッヒッヒッ…いかがされたかな、旅のお方ぁ~~。宿ならありますぞぇ~。泊っていきなされぇ~』
 山姥は、ヤマンバの後ろから迫ると、ヤマンバの前へスゥ~~っと回った。そしてヤマンバに声をかけようとした。ところが、である。怖(こわ)がらそうとした山姥だったが、世にも怖(おそ)ろしいヤマンバの姿を見た途端、逆転して怖くなり、気絶してしまった。
「お婆さん、どうしたの? 泊めてくれるんでしょ?」
 ヤマンバは気絶した山姥を抱き寄せ、揺り動かした。山姥は揺り動かされ、パッ! と目を見開いた。
『い、いや、泊められんっ!!』
 そう言うと、山姥は慌(あわただ)しく風とともに、またスゥ~~っと消え去った。まさしく、有名小説[風とともに去りぬ]である。
 現代に蔓延(はびこ)るこういった部類は、妖怪も逆転して怖(おそ)れるのだ。

      
                    完

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2018年6月28日 (木)

逆転ユーモア短編集-28- 要求

 簡単なことでも、アレコレと要求すればスンナリといかず、逆転の憂き目に合うことがある。注文をする方は取り分けて何も考えていないのだが、要求される方は自分のことではないから、失敗しないように…必死なのだ。それが要求する側には分からない。
 とある婦人服売り場の一場面である。ひと組の夫婦がドレスを見立てている。
「ああ! それがいいよ、それがっ!」
「そぉう? 似合うかしら…」
「ああ、似合うともっ! 似合う似合う、大似合いっ!」
 主人の方は腹が減っているから、早くレストランへ行きたい一心だ。 
「でも、値段が少し…。もう少し手ごろなのがいいわっ」
「少しぐらい高かってもいいじゃないかっ!」
 そこへ店の女性店員が現れた。
「お決まりですかっ?」
「コレ、いいんだけど、コノ感じでもう少し違うのないっ?」
 夫人は安いの・・とは言わず、別の品を要求した。女性独特の見えざる虚栄心が零(こぼ)れた。
「はあ、でしたら、アレなんかいかがでしょう?」
「ああ、アレね。アレいいわね、アレ。見せていただこうかしら」
 夫人は女店員に先導され、別の場所へと移った。主人は動かず、イラだって腕を見る。すでにランチ・タイムに入っていた。そして、ついにプッツンと切れたのか、主人は早足でツカツカ・・と、夫人の方へ歩いた。
「コレっ! コレでいいですっ! コレっ! コレにしてくださいっ!」
 主人の手には、最初に夫人が選んだドレスのコレが持たれていた。
「はいっ! かしこまりましたっ」
「ちょっと待ってよ、あなたっ! 着るのは私よっ! 私が選ぶわよっ!」
 ふたたび、女性の虚栄心が頭を擡(もた)げ、夫人を襲(おそ)った。
「俺は腹が減ってるんだっ! 腹が食い物を要求してるっ! これ以上、待てんっ!」
 主人の食物を要求する空腹も黙ってはいない。
「そう! なら、あなた一人でお行きなさいよっ!」
「ああ、分かった! そうさせてもらうっ!」
「まあまあ…」
 女店員は夫婦喧嘩(ふうふげんか)の仲裁(ちゅうさい)役に回ることになった。
 このように、要求はモノゴトの進行を邪魔(じゃま)する大きな原因ともなる。

                         完

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2018年6月27日 (水)

逆転ユーモア短編集-27- 嘆(なげ)き

 生きていると、否応(いやおう)なく嘆(なげ)きの事態が起こる。それでもまあ、喜びの事態も当然あるから、双方(そうほう)が心の中で上手(うま)い具合に混ざり合って相殺(そうさい)され、苦にはならず生きられる訳だ。嘆きが相殺されず、不消化のまま心へ溜(た)まると、心理的な蟠(わだか)りとなり、最悪の場合は自殺という事態にもなりかねない。だが、嘆きを逆転した発想で自分を高めるための人生修行・・と捉(とら)えれば、苦も楽へと昇華(しょうか)され、消えることになる。
「いけませんなぁ~お客さん。この様子では、どうも間に合いそうにありません」
「そんなっ! 今日中に関原野に着かないと、契約に影響が出て、父に叱られるんですよっ!」 
 忠秀(ただひで)は焦あ(せ)っていた。
 「いやぁ~、そう言われましてもねぇ~。事故! 事故ですから…」
「なんとか、なりませんかね?」
降りられても構いませんよ。ただ、高速道の真ん中ですから、次のサービスエリアまで夜間、歩いていただかないとなりません。大丈夫ですか?」
「どれくらい、あります?」
「そうですね、約30Kmというところですか…」
「さっ、30Km!!」
「まあ、歩けない距離じゃないんでしょうが、もう夜の10時ですから…。このまま車の中で眠られた方が…。携帯で連絡は?」
「それが生憎(あいにく)、先に出た秘書のカバンに入れ忘れまして…。ああっ! あと30分、早く出るべきだった!!」
「ははは…30分ですか? 早いと、逆転して事故にお会いでしたよ。モノは思いよう、よかったじゃないですか、今のままで」
 忠秀は運転手の言葉を聞き、嘆きをやめ、しばらく沈黙した。そして、納得できたのか、また口を開いた。
「そうですよね! 死なないでよかったんですよね、死なないで。ははは…怒られるくらい、どうってことないですよね。どうってことない、どうってことない!」
 忠秀は自分に言い聞かせたが、そこは嘆くべきだった。次の日、事態が、どうなったかまでは敢(あ)えて書かないが、より忠秀の嘆きが大きくなったことだけはお伝えしたい。
 人は嘆くときには嘆き、鬱憤(うっぷん)を晴らすことが肝要(かんよう)ということになる

         
                    完

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2018年6月26日 (火)

逆転ユーモア短編集-26- 枯れる

 植木が枯れれば大ごとである。だが、人の場合は逆転した意味合いで使われる場合が多い。
 垣根越しに初老の隣人同士がバッタリと顔を合わせた。
「おっ! 盆栽の手入れですか。茶木(ちゃき)さん、あなたも枯れましたな」
「ハハハ…そんな。たまたま、時間があっただけで…。私など、まだまた若僧(わかぞう)ですよ。そういう、若葉さんこそ」
「ハハハ…私ですか? いけません、いけません。食い気も色気も若いときのまんま、・・いや、それ以上ですからなっ!」
 そう言いながら、若葉は罰(ばつ)が悪いのか、片手を頭の後ろへ回し、残り少ない毛をボリボリと掻(か)いた。
「いや! それは、お互いさまです、ワハハハ…」
「ワハハハ…。人は枯れませんなぁ~、丈夫なもんです」
「そこへいくと、植木は弱い」
「はぁ…」
 二人は盆栽台に並べられた植木鉢を見ながら、さも枯れたような視線で見た。だが、二人の頭の中は、今夜の夕飯の料理は何なのか…だった。
 人は余程のことがないと、逆転して枯れる・・ということはない強(したた)かな生き物だ。
       
                   完

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2018年6月25日 (月)

逆転ユーモア短編集-25- 結果

 当初の予測を覆(くつがえ)す逆転の接戦に勝利し、当選した某(ぼう)候補はニンマリと満面の笑みで応援に集まった聴衆に手を振り続けた。あることが時代の最先端であることを某候補はシミュレーションによるデータ分析で読み切っていたのである。一方の対立候補は読みが甘かった。
「偉(えら)いことになりましたよね、天竺(てんじく)さん」
「ははは…私は恐らくこうなるだろう・・と読んでおりましたよ、長旅(ながたび)さん」
「ええっ! それはどうして?」
「考えてもみなさい。歴史的な深層心理がそうさせたんです」
「どういうことです? 分からないなぁ~」
「あなたが勤める会社の社長は、ずっと男性でしたよね」
「ええ、まあ…。重役は女性もいますが…。うちに限らず、だいたい、どこでもそうでしょ?」
「それは、そうです」
「それが何か?」
{まあ、そういうことです…」
「んっ?」
「実は、それが逆転結果の真相ということです。別に異性を蔑視(べっし)して言ってるつもりはないんですよ。投票者は変化を求めたようで、実は求めていなかった・・ということでしょうか」
 天竺は話を崩(くず)した。
「はあ…。今一(いまいち)、よく分からないんですが…」
「いいんです、いいんです。分からなくて…」
 結果は深層心理で逆転したのだった。

        
                    完

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2018年6月24日 (日)

逆転ユーモア短編集-24- 動かぬが花

 なにをやっても上手(うま)くいかないときがある。八方(はっぽう)塞(ふさ)がり、手止(てど)まり、打つ手なし・・などと言われる状態だ。こういうときは、しよう! と杭(くい)を出しても、目に見えない何ものかの力で打たれる ━ 出る杭は打たれる ━ 状態に陥(おちい)るだけだから無駄である。ここは逆転の発想で、ジィ~~っと動かずに冷静に考え、慌(あわ)てず騒(さわ)がず、間違いがない実現可能な[先を見定める]という方策がいい。
 夕方の閉店間近い、とある店先である。一人の客がゆったりと店に入ろうとしたとき、バタバタと息を切らせ、後ろから近づく男が声をかけた。
「やあ、物安(ものやす)さん! あなたは、いいですねっ!」
「ああ! これは高値(たかね)さんじゃないですかっ! お久しぶりです。で、いいとは?」
「いやぁ~、あなたはいつも落ち着いておられ、慌てられたところを見たことがない・・ってことですよ」
「ははは…そんな訳がない。早く動いていいことがあった試(ため)しがないからです。いわば、諦(あきら)めの境地(きょうち)で、動かぬが花・・を決め込んでるだけです」
「なんだ、そういうことでしたか。ははは…私はてっきり、そういう方だと思ってたもので…」
「ははは…何が起ころうと動じない、そんな性格ならいいんでしょうが…」
 二人が、[動かぬが花]問答を続けている内に店は閉店のシャッターを下ろし始めた。そこは急いで動かないと、[動かぬが花]では買物ができない

        
                   完

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2018年6月23日 (土)

逆転ユーモア短編集-23- ズンべラボン

 ズンべラボンとは、のっぺらぽうと訳せる関西方言[播磨弁]で、なにもない・・ことを意味する。
 戸坂(とさか)と口橋(くちばし)が、コケコッコ~! と、ニワトリ問答をしている。
「最近、どないでおます?」
「これは口橋はん! さっぱりで、あきまへん。ズンペラボンだす」
「そないなことは、あらしまへんやろ? あんたとこは、ぎょうさん儲(もう)けたとゆう話でしたで」
「ははは…そんなこと、ありまっかいな。誰が言いましたんや? ズンペラボンはズンペラボンですがな」
「さよか…。まあ、あんさんが、そこまで言わはるんなら、そうなんでっしゃろがな…」
「信じとくれまっか?」
「ほら、まあな…。ほやけど、ズンペラボンちゅうのも、ええもんだっせ。悪いことおません! 逆転して、よ~う考えて、おみやす。そない大したことない儲け掴(つか)んでも、中途半端だけどす。返ってズンペラボンの方が、出直しやすい・・というもんでっせ」
「ほんなぁ~! 人ごとや思うて、よう言わはりますわ、ははは…。そやけど、話してたら、なんか元気出てきましたわ、おおきに」
「ほら、よかった! 頑張っとくれやっしゃ。ほな、このへんで…」
 慰めた口橋ではあったが、口橋の店は三日後に不渡りを出し、ズンペラボンになった。一方の戸坂は口橋に慰められ、店はその勢いを取り戻(もど)した。ズンペラボンは逆転させる言い方なのかも知れない。

        
                   完

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2018年6月22日 (金)

逆転ユーモア短編集-22- 断線

 外からは別に異常がない一本のコ-ドなのだが、どういう訳か通電しない。大皺(おおしわ)は、んっ? と、その電線をシゲシゲと上から下、斜(なな)めと眺(なが)め透(す)かした。だがやはり、どこにも異常があるようには見えない。
「妙だ…」
 大皺は首を捻(ひね)りながら、ついでに回した。少し肩が凝(こ)っていたこともある。そして、しばらくして小さく呟(つぶや)いた。
「これは断線だな…」
 二年ばかり前、同じ症状で通電しなくなったのを調べたところ、首尾よくコ-ドに歪(いびつ)な曲がりがあったため断線部分が分かり、ハンダ付けで修理したコ-ドだった。そのとき、すでに同等品を電気店へ注文したあとだったから、慌(あわ)ててキャンセルの電話をかけた経緯(いきさつ)があった。しばらくは何事もなく使えていたのだが、2年ばかり経った今、また同じ症状が出たのである。だが、今度は人工樹脂被膜のため断線部分が判明せず、プッツンと断線する諦(あきら)めの発想となってしまった。^^ 大皺は腕組みをして考えた。逆転して考えれば、このコ-ドの寿命は、すでに2年前に終わっていたのかも知れない…と。だとすれば、2年以上も長く使えたのだから御(おん)の字(じ)ではないか…と、また思えたのである。そう思うと、大皺の断線した発想は、ふたたび繋(つな)がり、ポッ! と灯(あか)りを点(とも)した。

                            完

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2018年6月21日 (木)

逆転ユーモア短編集-21- 食わずと食えず

 食えず・・の状況を分析すれば、病状で医学的な症状や経済上に問題がある場合となる。一方、食わず・・というのは、個人の意思によるものだから、いささか横柄(おうへい)で上から目線の個人的な考えだ。こういう横柄な人は、いつの間にか、食えず、この場合の食えずは経済的に食えない状況なのだが、そちらへ変化しやすい。世の中を生きる上で横柄な性格の持ち主は、高い確率で逆転して損をすることが多い。それだけならまだしも、相手がそれによって損害を蒙(こうむ)るようなことがあると、恨みを買って生命の危機に晒(さら)されることだってあるのだ。逆に、食えずの人の場合、病気は別として、苦労した分、人間的に完成されるし、人生が好転する因にもなるから、食える・・へと変化しやすい。
「ダメでしたね、平坂さん!」
「ははは…もう馴れてますよ、山本さん! 私の人生、ずっと食えませんでしたから…」
「今度こそ! と期待しておったんで残念です…」
「ははは…いいんです。ダメだった分、いいこともありましたから」
「ええっ! それは、どうしてです?」
 山本は身を乗り出し、耳を欹(そばだ)てた。
「同情していただいた方から、以上の応援のカンパや品物が送られてきましたから。有り難いことに、なんとか食えるようにはなりました」
「それは、よかった! ところで、奥歯(おくば)さんが大変なことだそうですな」
「ええ、私も人から聞きました。あの実業家が食えなくなるとは…」
「そうらしいですな。あっても横柄に粗食は食わなかった人ですが、食えない状況になられるとは…」
「逆転です。いけません、いけません」
「あの方は…」
 平坂は楊枝(ようじ)で口をシーハーシーハーと言わせながら、モノの挟(はさ)まったような言い方をした。
「なんです?」
「いや、なんでもありません…」
  食わず・・が、食えず・・に逆転することはあるようだ。

          
                   完

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2018年6月20日 (水)

逆転ユーモア短編集-20- 暑くもなく寒くもなく

 人とは勝手なもので、夏の猛暑が続けば、深深と降り積もる極寒(ごくかん)の雪を恋しく思い、凍(こお)りつくような寒さの日々が続けば、燦燦(さんさん)と降り注(そそ)ぐ真夏の烈日が逆転して懐かしくなる・・といった誠に勝手な生き物なのである。暑くもなく寒くもなく・・といった頃合いの気候は、恰(あたか)も、いい湯加減に浸(つ)かる浴槽の気分にも似ている。
「ああ…いい湯加減ですなぁ~」
 湯気(ゆげ)が霧のように漂(ただよ)う禿乃湯(はげのゆ)の浴槽である。この銭湯の歴史は古く、江戸初期の寛永年間にはすでに創業されていたというから、ダジャレでいう驚き、桃の木、山椒(さんしょ)の木である。
「そうですなあ~。これくらいが調度、いいんですよっ!」
「そうそう! 熱めのお湯を売り物にしている隣町の鬘湯(かつらゆ)、アレはいけません!」
「はいはい! アレはいけません! 熱中症になります」
「んっ? まあ、熱中症にはならんでしょうが、浸かり心地は大事です。ははは…」
「ははは…。それにしても夏から冬が近くなりましたな…」
「そうそう! 秋が短い。冬から夏も早くなりましたよ」
「ですなっ! 暑くもなく寒くもなく・・この湯のように長く浸かれないと…」
 二人の顔は、長湯で茹蛸(ゆでだこ)のように赤くなっていた。適度がこの世には大事だということだろうか

        
                   完

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2018年6月19日 (火)

逆転ユーモア短編集-19- 人生

 人生は人それぞれで、どの人生を例にとってみても、どれ一つとして同じ人生はない。加えて、いい人生だ…と思った途端、逆転の憂(う)き目に合い、散々なラストとなる場合だってある。このように、人生は死ぬ間際まで分からない、大ドンデン返しを秘めた長編ドラマともいえる。
「鋤川(すきかわ)さんは、いいですよ。あなたは飛ぶ鳥を落とす勢いなんですから・・」
「そう言う鍬野(くわの)さんだって」
「いやいや、私は落ちた鳥が慌(あわ)てて飛び去るような男ですから」
「ははは…上手(うま)いこと言われますなぁ~」
 そんな二人だったが、数年後の出会いは惨(みじ)めだった。
「鋤川さんじゃ?」
「いや、誰かの間違いでしょう。私はそういうもんじゃ」
「いいえ、あなたは鋤川さんだ! 間違いないっ!」
「ああ! あなたは鍬野さん!」
 二人はホームレスが屯(たむろ)する廃校となった校舎の片隅でダンポールを敷き、座っていた。二人の人生は逆転したのである。襤褸(ぼろ)に身を纏(まと)い、二人は寂(さび)しげに笑った。
「落ちましたな、お互いに…」
「そうですな…。それじゃ、お元気で」
「はあ、あなたも…」
 二人は罰(ばつ)悪く分かれ、また、十数年の歳月が過ぎ去っていった。次に二人が出会ったのは、大物の経営者達が集(つど)うパーティ会場だった。
「おっ! これは、鋤川さんっ!」
「おお、鍬野さんでしたか」
 二人はカクテル・グラスを軽く合わせ、乾杯した。
 「ほっほっほっ… お互い、また飛びましたなっ!」
「よかったよかった! あなたも飛びましたか?!」 
 二人の人生はドロ~ンと回転して、再逆転したのである。この先、二人がどういう結末を迎えるかは分からないが、人生には逆転が付きもの・・とは言えそうだ。

        
                   完

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2018年6月18日 (月)

逆転ユーモア短編集-18- 機械と人

 機械は作業を効率よく進めるのに役立つから便利だが、一度(ひとたび)トラブルを起こすと厄介(やっかい)なことになる。機械がなく人手間(ひとでま)だけだった頃と今とを比較すれば、文明進歩により機械も進歩している。確かに便利になり続けてはいるが、その半面、複雑化した機械は故障も多くなり、頼(たよ)り過ぎると、逆転して難儀(なんぎ)なことになる。修理部品や技術で再使用できる内はいいのだが、できなくなれば、粗大ゴミとなり、お終いだ。
「ははは…私はもう終わりましたよ。早川さんはまだでしたか?」
 耕運機を弄(いじ)くる早川の後ろ姿に、遅海(おそみ)は笑顔で声をかけた。
「妙だなぁ~。こんなはずじゃなかった…」
 二人が任(まか)された除草面積は、ほぼ同じ広さだったが、除草作業をする方法に二人の違いがあった。早川は耕運機を走らせて一挙に土ごと草を撹拌(かくはん)しようとしていた。ところが一方の遅海は、草刈鎌で地道に一本一本、草を掘り起こしてはポリ袋づめにしていたのである。誰の目にも当然、早川が先に済ませ、食堂へ入るだろう・・と思えた。が、しかしである。耕運機が俄(にわ)かに動かなくなり、事態は逆転した。故障の原因が分からず、早川はアチラコチラと弄くる他(ほか)はなかった。その間にも、少しずつだったが遅海は除草を終えていった。そしてついに全作業を終え、遅海は手を洗ったあと、耕運機を弄くる早川のうしろ姿に、ひと声かけた・・と、話はこうなる。
「そいじゃ、お先に…」
「はあ…」
 早川は恨(うら)めしげに立ち去る遅海を見送る他はなかった。
 機械と人は[ウサギとカメ]の童話のように、逆転するところが似ていなくもない

        
                   完

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2018年6月17日 (日)

逆転ユーモア短編集-17- お偉(えら)いさん

 とある会社の会合が大会議室で開かれていた。出席者は幹部、平たく言えば、管理職の面々? だ。部長、[部長補佐]、[部長代理]、副部長、[副部長補佐]、[副部長代理]、課長、課長補佐、課長代理、副課長、[副課長補佐]、[副課長代理]・・と、実にややこしい多数の面々が一堂に会している。因(ちな)みに付け加えておくが、[]の職は、この会社独自の役職であり、一般的な民間会社では、こういった職階が少ないか、あるいは皆無であることを付け加えさせていただきたい。さらに、この会社の特徴としては、平社員がおらず、全員が管理職・・といった傍目(はため)から見れば一風、変わった会社であることも加えたい。
 田畑が広がる中、ひと筋の道路を走る車がプレーキをかけて止まった。車を降り、道を訊(たず)ねた男に、畑を耕(たがや)していた隣町(となりまち)の農夫が手を止め、答えた。
「ああ! あのお偉(えら)いさんの会社ですか? それでしたら、この道を20分ばかり走られれば、否応(いやおう)なく見えてきますから…」
「お偉いさんの会社?」
「ええ、ここいらの者(もん)は皆(みな)がそう言(ゆ)うとりますだ。なにせ、お偉方ばかりで、社員が一人もおりゃ~せんですから…」
「ほお~! そうなんですか?」
 別会社の重役である肩凝(かたこり)は、この日、新しい契約を締結すべく車でやってきたのだが、土地勘がまったくなかったせいで道に迷い、農作業をしていた男に訊ねたのである。
「大丈夫なのかな…」
「何(なん)がですか?」
「いや、なんでもありません…」
 肩凝は一瞬、怪(あや)しげな会社に思え、契約を躊躇(ためら)う言葉を発したが、農夫に訊(き)かれ、すぐ全否定した。
 肩凝が農夫に言われたとおり車を走らせていると、確かに前方に会社が見えてきた。肩凝は車を降りると会社のエントランスへ入っていった。エントランス受付係の席には、妙なことに受付嬢ではなく、初老の男が座っていた。
「いらっしゃいませ! 肩凝さんでいらっしゃいますね?」
「ああ、そうですが…」
 肩凝は訝(いぶか)しげに、そう答えた。
「私、部長代理兼受付係をしております揉首(もみくび)と申します」
 揉首は背広の内ポケットに収納した名刺を徐(おもむろ)に取り出すと、肩凝に手渡しながらそう告げた。
「部長代理兼受付係の揉首さん?」
「はい! 当会社では逆転の発想で管理職、平社員の格差がございません」
「? …どういうことでしょう?」
「ですから、そういうことでございます。私どもの会社では格差がございません」
 揉首は自慢げに言い切った。
「ほお…」
「すべての社員が管理職でございまして、社員でもありますから、一人で二役(ふたやく)以上を熟(こな)しておる・・といったようなことで…」
「なるほど…」
 肩凝は、そういう逆転の発想もありか…と朧(おぼろ)げに思うでなく思った。
 これからの時代、こういう逆転した発想のお偉いさんの会社も、経営面では必要なのかも知れない。

       
                   完

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2018年6月16日 (土)

逆転ユーモア短編集-16- なにがなんでも…

 一つのことに意固地(いこじ)となり、なにがなんでも…と焦(あせ)って重く考えると、首尾(しゅび)よくコトが運ばなくなることが多い。こういうときは、思考を逆転して一服の茶を啜(すす)る・・などといった心に落ち着き、ゆとりをもたせてからふたたび始めると、スゥ~~っとコトが終わってしまうものだ。
「樋代床(ひよとこ)さん、そう目くじらを立てられず、明日にされればいかがですか?」
 昼過ぎから始めた数値合わせの作業が思うに任(まか)せず、樋代床は意固地になっていた。それを見かねた新入社員で後輩の尾多福(おたふく)が声をかけたのだ。
「いや! これだけはやってしまうよっ!」
 分担した尾多福の方は疾(と)うに終わり、帰り支度(じたく)を始めていた。課長以下、課員もすべて帰り、営業課内には二人以外、誰も残っていなかった。樋代床からすれば、新入社員に先を越され、面目(めんもく)丸つぶれといったところだ。それに尾多福の言葉は嫌味に聞こえなくもない。ここは、なにがなんでも…やってしまわねば格好がつかなかった。
「じゃあ! 僕はお先に失礼しますっ!」
「ああ、お疲れっ! ご苦労さん!」
 笑顔でそう返したものの、樋代床の内心は腹立たしく震(ふる)えていた。その腹立たしさは尾多福にではなく、不甲斐(ふがい)ない自分に対しての憤(いきど)りだったのである。
「さっき買った缶コーヒー、置いときますねっ。じゃ!」
 尾多は福格好よく去っていった。デスク上に置かれた一本の缶コーヒー。それに目を留(と)め、樋代床は、まっ! 飲んでからにするか…と、ひと息入れることにした。急いでも合わないものは合わない・・という諦(あきら)めの心と、ここは気分も新(あら)たに…と思えたからだ。この逆転の発想が、僅(わず)か十数分後には数時間かかっても合わなかった計算をピタリ! と合わせたのだから不思議といえば不思議だった。
 まあ、なにがなんでも…と力んで重くならず、人生は軽くいくと上手(うま)くいくようだ。^

       
                   完

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2018年6月15日 (金)

逆転ユーモア短編集-15- 逆転の逆転

 マイナス×マイナス=プラス・・とは、誰が決めたのかは知らないが、三次元空間に生きる私達人間の世で罷(まか)り通る常識的な数式である。これをフツゥ~~の出来事で例(たと)えるなら、嘘(うそ)の嘘は本当ということになる。
 とある国のスパイである者が某国(ぼうこく)の逆スパイだとしよう。
「某国のX情報をスパイして欲しい」
 スパイ指令は、逆スパイに命じた。逆スパイは内容を某国にすべて齎(もたら)し、漏(も)れることとなる。
「なるほど、とある国はX情報を知りたい訳だな。よし、分かった! ならば、逆のニセY情報をX情報として報告してくれ」
 某国のスパイ指令が逆スパイに逆転した指令を命じることにより、倍以上のダメージをとある国は蒙(こうむ)る・・というような結果となる。要は、逆転の逆転現象である。またスポーツの世界でも見られるように、逆転された野球チームが逆転の逆転で勝利する・・という事例も多々起きるが、こんな変化があるから人の世は面白いのかも知れない。最初から、負ける人生! と決まっていれば、誰も真剣に生きないだろうし、味も素(そ)っ気(け)もなくなる。逆転の逆転はそのままで、裏の裏が表なのは当然だが、宇宙に裏があるのか? ^^ は、知りたいところだ。因(ちな)みに、コンニャクには裏表がない訳だが、天地返ししても同じ・・という、なんとも味気(あじけ)ない物質だ。しかし、柔らかくて変化しない安定感は、何にも変えがたい。それに、寒いときのオデンにも合い、実に美味(おい)しいから、コンニャク好きに逆転の逆転という言葉は似合わず、相応(ふさわ)しくない

         
                   完

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2018年6月14日 (木)

逆転ユーモア短編集-14- 駄目(ダメ)ではない

 予定どおりいくだろう…と気軽に買物に出た軽頭(かるず)だったが、そうは思うに任せなかった。買物から帰り、さて調理しようと思っていると、レシピに書かれた材料が違ったのである。いや、いやいやいや…当然、鯖(さば)だろう・・と気軽に考えたのがいけなかったのだ。レシピには鯵(アジ)と書かれていたのである。迂闊(うかつ)にも軽頭はその部分を見落としていたのだ。軽頭は自分の名誉のために見落としていた・・と誰もいないのに見栄を張ったのだが、要は見損じたのだ。さて、これから・・となると、すでに時間的な余裕はなく、仕方ないな…と買い間違えた鯖で調理をし始めた。逆転の発想でいけば、同じ魚なのだから、多少の味の違いこそあれ、まあそれなりに調理できるはずだ…と軽頭は考えた。それに、逆転して今までになかった味になるかも知れない…とも思えた。
 調理を始めて小1時間が経(た)った。おたまでスープを小皿に入れて味見すると、ウワッ! という不味(まず)い味だった。やはり鯖ではダメだったかっ! と軽頭は一瞬、諦(あきら)めかけた。そのときである。軽頭の脳裏(のうり)に、いや、いやいやいや…まだ、手はあるはずだっ! という不屈(ふくつ)の負けじ魂(だましい)が頭を擡(もた)げた。軽頭は、いろいろと調味料を駆使して奮闘(ふんとう)した。するとっ! ついに、逆転の旨味(うまみ)がでたのである。すでに調理を始めて3時間が経過しようとしていた。それでも、今までにない味が完成したのである。加えて、腹もいい塩梅(あんばい)に空(す)いているではないか。軽頭は遅蒔(おそま)きながら、久しぶりの美味(おい)しい夕食を味わって満足した

         
                   完

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2018年6月13日 (水)

逆転ユーモア短編集-13- 空腹感

 [悪い出来事もいい方向に捉(とら)え、さも、よいように逆転して話すと、妙なことに悪い出来事がいい出来事へと逆転する傾向が顕著(けんちょ)となる。それは、見えない雰囲気に影響するところが大きい]との妙な学説を唱(とな)え、研究所で研究を続ける日上(くさがみ)教授という風変わりな学者がいた。
「先生! 腹が減りましたね。…そろそろ、出前を注文しましょうか?」
「君は、よく腹を減らすねぇ~」
「いや、ははは…」
 日上にそう窘(たしな)められ、助手の天常(あまとこ)は立場を失い、笑いながら椅子へ座った。
「腹は満たされている・・と思えないかね? そうするとだ。私が研究している空腹感が消えるという方向へ事態は変化するはずだっ!」
「はあ…」
 師と仰(あお)ぐべき日上教授なのだが、天常は仰げず、不振の眼差(まなざ)しで日上を窺(うかが)った。そして、店屋物の注文電話をかけないまま、時間は刻々と経過していった。そして昼の2時が回った。
「教授! 不思議なことに、空腹感が消えましたっ!」
「いや、不思議でもなんでもないんだよ、天常君。私の学説からすれば、至極(しごく)、当然の現象さ、ははは…」
 笑った日上だったが、笑った途端、見えない雰囲気に支配されたのか猛烈な空腹感に襲われた。今更(いまさら)、天常に腹が減ったな…とも言えず、日上は、減ってないぞ…と自説どおり一心に念じたが、空腹感は消えるどころか益々(ますます)、猛(たけ)り狂(くる)っていった。
「あっ、しまった! 急用を思い出したよ、天常君。戸締(とじま)りは頼んだよっ!」
 日上は慌(あわただ)しく研究室を出ていった。
「どうしたんだろ、教授?」
 訝(いぶか)しげに日上が出ていったドアを見ながら、天常は首を捻(ひね)った。その頃、日上は大学生協の売店で買った菓子パンを、かぶりついて飲み込んでいた。
 天常の空腹感が消えた一方、日上は見えない雰囲気に支配され、さらに逆転した空腹感に苛(さいな)まれた・・というお話である。日上の学説は正しかったのである。

          
                   完

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2018年6月12日 (火)

逆転ユーモア短編集-12- 遅(おそ)かれ早かれ

 遅(おそ)かれ早かれ、そうなるのであれば、逆転の発想で、そう急ぐこともなくデェ~~ンと開き直ってゆったり構える・・というのも一つの手段ではある。
 夜、七時を過ぎた会社のオフィスである。
「いつも残業続きで悪いねっ! 落谷さん、今日はもう、引いてもらっていいよっ!」
 離れたデスクに座る課長席の山家(やまが)が万年平の同期、落谷に慰労の声をかけた。
「いやぁ~もう馴れてますよっ! それに今、帰ったところで、恐妻は鼾(いびき)をかいて熟睡(じゅくすい)中で、遅かれ早かれ、売れ残ったコンビニ弁当、一つですから…」
 山家は「侘(わび)しいねぇ~』と思わず言おうとし、慌(あわ)てて口を噤(つぐ)んだ。
「…いやまあ、それはそうなんでしょうが…。どうです! 帰りにちょこっと店で食べて帰りませんか? 私の奢(おご)りでっ!」
「いや、それは悪いですよっ、課長!」
「同期の間で課長はよしましょうよ、課長はっ! 誰もいないんですから…」
「はあ、どうも…」
「山家で結構です、山家でっ!」
「いくらなんでも、呼び捨てはっ!」
 山家は聞いた瞬間、『呼び捨てるんかいっ!』と思ったが、思うにとどめ、笑って暈(ぼか)した。
「ははは…、山家さんでいいですよ」
「はあ、どうも…」
「行きつけの、いい店がありましてね。一杯も飲めます」
「そりゃ、いいですねっ! しかし、奢りというのは…」
「まあまあ、そう言われず…。私も、帰ったところで遅かれ早かれ独り身ですから…」
 落谷は聞いた瞬間、『侘しいなっ!』と思ったが、思うにとどめ、笑って暈(ぼか)した。
「ははは…でしたね」
「ははは…まあ」
 二人の職場上の立場は逆転していたが、遅かれ早かれ、急ぐ必要もない孤独な同じ穴の狢(むじな)だった。

          
                   完

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2018年6月11日 (月)

逆転ユーモア短編集-11- しまった!

 人が生きていく上で失敗は付きものである。まさか…と思っていたことが逆転して悪くなったり、または正反対の結果を招(まね)いたりと、人生はとかくそうしたものである。だから、しまった! と悔(くや)やんだことも、強(あなが)ち、悔やまなくてもよかった・・と逆転することも起こるのだ。
 ここは、とある神社の境内(けいだい)に設けられた社務所前の御神籤(おみくじ)台である。参詣(さんけい)を終えた男がガチシャガシャと御神籤筒を振り、三度目の御神籤を引いた。出てきた竹籤(たけひご)の先には、[凶]の墨字が記されていた。
「チェ! 凶しか出ねえんじゃねえかっ!!」
 そこへ、神社の宮司が偶然(ぐうぜん)、通りかかった。これ幸(さいわ)いと、男は宮司を呼び止めた。
「あの~~っ!!」
「はいっ! なにか?」
「この御神籤、[凶]しか入ってないんじゃないですかっ!?」
「いえ、決して、そのような…」
「だって、三度引いて、三度とも[凶]ですよっ!」
「どれどれ…」
 宮司がガチシャガシャと御神籤筒を振って籤を引くと、中から[大吉]と書かれた竹籤が出てきた。
「ほらっ! でしょ?」
「怪(おか)しいなぁ~…」
 訝(いぶか)しげに男は宮司から御神籤筒を受け取ると、また振って籤を引いた。中から出てきた竹籤は、やはり[凶]だった。
「ほら、ねっ!」
「いえ、これは偶然ですよ!」
「いやぁ~、私には、そうは思えない。嫌だなぁ~、怖(こわ)い怖いっ!」
「お詣(もう)での方、[凶]はなにも悪い八卦卦(はっけ)とは限りませんよ。今が最悪の凶と逆転してお考え願えれば、それでよろしいかと…」
「どういうことです?」
「ですから、今が最悪ならば、これからは吉事が起こるとお考えいただければ…」
「ああ、なるほどっ! ということは、これからは吉だと!」
「そうそう! そうですよっ!」
 男は嬉(うれ)しそうに御神籤筒を置き、社務所で料金を支払って凶の[おみくじ]紙をもらうと、有難げに懐(ふところ)へ入れた。
「またお詣でくださいませ…」
 朗(ほが)らかに立ち去る男の後(うし)ろ姿に、宮司はひと声、かけた。そして男の姿が消えたとき、宮司は、「しまった!」とひと声、発した。
「凶の[おみくじ]は、木に括(くく)りつけてお帰り願うのを言い忘れたわい。凶事が起らねばいいが…」
 宮司の心配を他所(よそ)に、男にはそれ以降、逆転した吉事が続いたということである。

        
                   完

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2018年6月10日 (日)

逆転ユーモア短編集-10- 斜(はす)に構(かま)える

 斜(はす)に構(かま)える・・とは、物事の本質を違った角度から捉(とら)えて考えるという、ある意味での逆転の発想である。
「あ~あ…」
 朝から溜め息混じりに呟(つぶや)くのは、この寺の住職で老僧の空腹だった。空腹は名前こそ笑える僧名ではあったが、これでもどうしてどうして、かの有名な仏師、円空の流れを汲(く)む遠い遠ぉ~~いお弟子? には違いなかった。とは、空腹の勝手な自説だったが、その空腹が朝から溜め息混じりに悩んでいたのである。その訳は本堂横の書庫から夜な夜なポコポコ…と音がするためだった。それが日々、続いたから、空腹は眠れなくなった。これでは朝のお勤(つと)めもままならない。いったい何の音じゃ? と気になった空腹はある夜、こっそりと書庫を覗(のぞ)いてみることにした。すると驚くことに、十数匹の子狸と一匹の親狸がポコポコと腹鼓(はらつづみ)を打っているではないか。どうも腹鼓の練習をしているようじゃ…と空腹には思えた。さしずめ、あの大きい親狸が先生といったところじゃな? …と思いながら寝所(しんじょ)へと戻(もど)った。戻って床(とこ)へついてみると、どこから入ったんじゃ? とか、なんとか入れぬようにせずば勤行(ごんぎょう)にのう… といった雑念が生まれ、益々、目が冴(さ)え渡った。これでは、いかん! と空腹は、やおら身を起こすと本堂へ籠もり、座禅を組むことした。そしてしばらくしたとき、空腹の蟠(わだか)りまは嘘(うそ)のように消えていた。
『そうじゃ! 人に人生があるように、やつらにも狸生(たぬせい)があるんじゃった…』
 斜に構えてそう思うと、不思議と腹鼓の音が気にならなくなったのである。
 物事を逆転し、斜に構えて捉えることも大切だ・・というお話である

        
                   完

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2018年6月 9日 (土)

逆転ユーモア短編集-9- 建て前

 格安で購入し、¥2,500万で建てた家の建て前の悪さに浅畑が気づいたのは、引っ越してからひと月ほど経(た)った頃だった。なにげなく目に入った部屋の片隅(かたすみ)のフロアが傾いていたのである。その傾斜角は、見た目には見えない僅(わず)か数°だったが、それでもボールやビー玉を置けば、勝手にコロコロ…と転がるほどの傾きがあった。これは捨て置けないっ! と噴飯(ふんぱん)やる方ない浅畑は、さっそく施工先の工務店へと動いた。
「そう、言われましてもねぇ~。完成検査の折りは大丈夫だったんですから…。おたくも一緒に見て回られたじゃないですか。建築確認のOKも役所から出てますし…」
「なに言ってんだっ! 傾いてるもんは傾いてるんだっ! なんとか、してくれっ!」
「なんとか・・と申されましてもねぇ~。当方としては、いかんとも…。もう、出来上がってますしねぇ~」
「ああっ!! 君では話にならん! 責任者を出しなさいっ、責任者をっ!!」
「…責任者は、私ですが」
「!! もっと、上のっ!」
「上もなにも、ここでは私が一番、トップですが…」
「…!!」
 興奮冷めやらぬ浅畑の顔は益々、紅潮して、茹蛸(ゆでだこ)のように赤くなった。
「まあ、落ち着いて下さい。あの…お子さんは?」
「なにっ?! どういうことだっ!」
「まあまあ。そう、目くじらを立てられずに。ただ、お訊(き)きしただけですから…」
「…いるには、いるが。それと、どういう関係があるっ!」
「おいくつですか?」
「おいくつもなにも、まだ生まれて半年だっ!」
「おお! それはいい!」
「なにがいいんだっ!」
「逆転の発想ですよ、逆転のっ! 傾いているとお考えになられるから腹も立つ訳です」
「当たり前だろうがっ! 現に傾いてんだっ! なにが逆転の発想だっ!」
「お子さんの遊び台を特別に工夫して作った・・とは考えられませんか?」
「遊び台!?」
「ええ、遊び台です。コロコロと玉なんか転がせば、きっとお子さん、大喜びされますよ~」
「… そ、それは。… そういうの …それもありか?」
 浅畑の顔は赤→黄→緑の信号のように、正常へと戻(もど)っていった。
 今では、傾いたフロアの建て前も、浅畑家の子供の遊び場・・という立て前で、ダジャレではないが、ごく当り前に使われている。物事も違った逆転の角度から捉(とら)えれば、割合とスムースにいくものである

       
                   完

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2018年6月 8日 (金)

逆転ユーモア短編集-8- やるか、やらないか

 やるなら、やる! と徹底してやる方がいいに越したことはない。だが、やった方がすべていいのか? といえば、そうでもない。逆転した発想で、何もやらない方がスムースにコトが運んだり、いい場合だってあるのだ。
「危なかったよっ! 便を遅らせたんだ。お蔭(かげ)で命拾いしたよ。…ああ、そうだ。ははは…」
 これは飛行場から携帯で家族へ電話をかけるある男の会話である。この男は、海外出張で中東のさる支社へ出向するため渡航しようとしていたのだ。ところが、飛行場へ向かう途中、予期せぬ道路の大渋滞に巻き込まれ、延着したのだった。男が乗る予定だった飛行機はエンジントラブルで墜落、乗員乗客は全員死亡という凄(すさ)まじい
大惨事になったのである。このケースはやろうとしていた男を幸運がやらせなかった訳だが、徹底してやれる状況なら男は祭壇の黒枠写真で焼香されていたことだろう。
 また、こんなケースだってある。
「雲ひとつない快晴ですよ。やらないんですかっ?}
「ははは…あんたには分からない。私の勘では、もう降ってますよっ!」
「そんな馬鹿なっ!!」
 信じてもらえない男だったが、自分を信じ、徹底してやらなかったお蔭で救われた。二時間後、空模様は急変し、俄(にわ)かに逆転して大粒の雨が降り出したのである

         
                   完

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2018年6月 7日 (木)

逆転ユーモア短編集-7- 悩(なや)ましい

 小股(こまた)の切れ上がった着物姿の若い美人が、シャナリシャナリと歩いている。その姿を茶を啜(すす)りながら床机(しょうぎ)へ座り、遠目で見守る井沼は、なんとも悩(なや)ましい気分となっていた。明日、この近くの白波亭は囲碁の正式戦である碁星戦の第四局が打たれる会場になっているのである。対局者の一人、井沼九段は碁星位を保持する湖波九段に三連勝し、いよいよこの日、勝てば、初の碁星位を獲得できる矢先だった。そんなこともあり、気走りした井沼九段は、この地へ数日前に到着し、対局の前日、白波亭から少し離れた茶店で気分を落ち着けよう…と茶を啜り、好物の餡子餅(あんこもち)を頬張っていた訳である。そこへ、着物姿の絶世の美女が通りかかった・・と、まあ話はこうなる。
「悩ましい…」
井沼は、茶を啜り終え、餅を頬張りながら言うでなく、無意識にそう呟(つぶや)いた。悩ましい・・とは、囲碁棋士が、よく口にする文言(もんごん)である。まあ、井沼が思わず口にした悩ましい…は、別の意味合いだったのだろうが…。
翌日、対局は白波亭・玄幽の間で開始された。展開は中盤へとさしかかっていた。
ここは、白波亭の別間で行われている大盤解説会場である。多くの囲碁愛好家が見守る中、解説者の棋士が女性若手棋士とマイク片手に解説をしていた。
「難解な場面ですよね。どうなんでしょう?」
「そうですね。悩ましい局面ではあります。相手の石を切れば、大石が危ういですし、切らないと地合いが、まったく足りません…」
「私には、よく分かんないですけど、先生なら?」
「…ん~~っ。実に悩ましい!」
会場からドッと笑声が湧き起こった。その頃、対局中の玄幽の間でも、井沼九段が実に悩ましい…と思いながら頭を振っていた。考慮時間は刻々と過ぎていく。そのときふと、井沼九段の脳裏に昨日、通りかかった着物姿の若い美人の姿が浮かんだ。すると、どういう訳か悩ましい局面が逆転し、全然、悩ましくないように井沼九段には思え、奇跡の妙手が出た。
半時間後、深々と湖波九段は頭を下げた。井沼九段の中押し勝ちである。その瞬間、待ち構えた報道陣が手にするカメラフラッシュが一斉に光を放った。悩ましい女性の姿も、時には逆転の発想を生む・・という悩ましいお話である。

         
                   完

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2018年6月 6日 (水)

逆転ユーモア短編集-6- 判決

 ここは地方裁判所の廷内である。裁判長が姿勢を正し、まさに判決文を読み上げようとしていた。
「…事件について、判決を言い渡します。被告人は前へ…」
 結果を先に述べると、被告人に言い渡された判決は無罪だった。検察側は即日抗告し、控訴審が開廷されることとなった。
 その、数ヵ月後の控訴審が行われている高等裁判所の廷内である。いよいよこの日、判決が下ることになっていた。
「被告人は前へ…」
 地方裁判所の裁判官よりは少し威厳めいた裁判長が姿勢を正し、まさに判決文を読み上げようとしていた。
 結果は逆転の有罪で、今度は弁護側が即日抗告し、上告審が開かれることとなった。上告するには上告するだけの事由が必要で、この事件の場合、無罪とも有罪ともつかない際どい審理の連続だったことと、社会的影響が余りにも大きい・・と思われたため、最高裁・小法廷は上告を認めたのだった。
 上告審の審理が終わった最高裁判所・小法廷の廷内である。高等裁判所の裁判官よりさらに威厳めいた裁判長が姿勢を正し、まさに判決文を読み上げようとしていた。
「主文、被告人は無罪。原審の審理は高等裁判所へ差し戻す」
 またまたの逆転判決だった。
 そして15年が経った今、逆転が逆転を呼び、まだ裁判は継続している。
 社会的に影響が大きいと判断された事件で検察、弁護側双方に事実を裏付ける決定的な証拠が出なければ、まあ、こんなお粗末なことになる。 

                         完

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2018年6月 5日 (火)

逆転ユーモア短編集-5- 除草

 夏場は雑草の伸びも早い。鳥餅(とりもち)は、またか…と、しなければならない除草の苦労を、まだしてもいないのに辛(つら)いな…と思った。
 次の日は、朝から珍しく冷んやりとした凌(しの)ぎよい気候だったから、鳥餅は、作業することにした。広さは100平方mばかりの広さで、そう手間どるとも思えなかったから、暑くなる前に済ませてしまおう…と鳥餅は軽く思った。そのあと、シャワーを済ませ、遅めの朝食をいい気分で味わう・・という寸法の算段である。さて、そうなると急がねば…と、鳥餅は作業用の靴を出した。ここまではよかった。靴を履き終わった鳥餅は除草の道具を何にしようか? と、また動きを止めて思った。道具は電動草刈機と剪定用の大鋏(おおばさみ)の二つが考えられた。一も二もなく、鳥餅は電動草刈機を出した。草刈機ならすぐ終わる…と踏んだのだった。ところが、である。コトはそう簡単にはいかなかった。というのも、作業を始めたのはいいが、草刈作業がなかなか捗(はかど)らないのだ。鳥餅は草刈を中断し、草刈機の刃先を見た。いつだったか、前回使ったあと刃先を研(と)いでいなかったため、刃が切れ止んでいた。指先を刃先に当てると、丸くて全然、切れそうになかった。これではな…と、鳥餅はサンダー[電動研磨機]で研ごう…と思った。時計を見ると、すでに8時前になっていた。すでに30分ばかりが無駄になっていた。9時を回れば、夏の熱気が一気に勢いを盛り返すのは目に見に見えていた。鳥餅は慌(あわ)ててサンダーを出そうとした。そのとき、ふと鳥餅の脳裏に逆転の発想が浮かんだ。選定用の大鋏の方が早く済むんじゃないか…という発想である。研磨に10~15分かかるとすれば、その間にかなり刈れるぞ…と鳥餅は逆転の発想を採用することにした。鳥餅は大鋏を手に草を刈り始めた。案に相違して作業は速く進んでいった。そして15分後、除草はすべて片づいた。急がば回れ・・という逆転の発想は、正にこのことだな…と、鳥餅は実感した。

        
                  完

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2018年6月 4日 (月)

逆転ユーモア短編集-4- 思惑(おもわく)

 思うように物事が進まないとき、思惑(おもわく)を逆転すれば首尾よくいく場合がある。もちろん、すべて逆の思惑にすれば上手(うま)くいくのか? といえば、それは保証しかねるが、まあ、そういう場合だってある・・くらいに考えておいて頂ければいいだろう。
 課長の立花(たちばな)は気分が萎(しぼ)んでいた。というのも、また、あの嫌(いや)な来年度予算のガイドライン作成の時期が到来しようとしていたからである。立花が予算要求書に纏(まと)めた案は、すべてがすべて修正され、今まで何一つとして思うように予算計上されなかったからである。それが繰り返し繰り返しとなれば、それは気分も褪(あ)せた花のように萎むというものである。
 だが、何があったのか、その日の立花のテンションは妙に高かった。
「ああ、それね…。桜田君! 今年は同額でいいよっ!」
「ええ~~っ!! 毎年ならもっと削(けず)られるじゃないですかっ、課長!」
 課長補佐の桜田は訝(いぶか)しげに立花を見た。
「もう、いいんだよ、桜田君。削って他へ回したところで、その予算はまた復活するんだから…」
「そうでしたね…。ということは、諦(あきら)めの境地(きょうち)・・というやつですか?」
「いや、そうじゃないんだ桜田君。物事は思惑、一つでね。もう、正面攻撃はやめたんだ俺は。ははは…討ち死にが増すばかりだからな。逆転の発想・・というやつだよ、君。搦(から)め手、搦め手!」
「…搦め手? ですか?」
「そう、搦め手! ヒヒヒ…いつの日か、あんた方、困ることになりますよっ! ってヤツさっ。絡め手は、その日が来るまで、言われるとおりにやるという思惑さ」
「長いスパンってヤツですね」
「そう! 長いスパンさ。人生は長き道を往くが如し。焦(あせ)るべからず・・だ。言ってもダメなら?」
「引いてみなっ!」
「そう、それ…」
「分かりました。では、同額で諮(はか)ります」
「うん、そうしてくれ…」
 立花の気分は咲き誇(ほこ)る花のように開いていた。

                          完

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2018年6月 3日 (日)

逆転ユーモア短編集-3- 劣化(れっか)

 物は時が経(た)てば劣化(れっか)する。いくら新しくピッカピカの一年生でも、時が経てば、ものすごく、むさくるしいオッサンやオバサンになる。ウッワァ~~! 君があのっ! 可愛(かわい)かった子供かい!? などと言われ、思わずムカッ! としても、それはそれで事実なのだから仕方がない。逆転の発想は、ならば、それなりの年の味わいを見せてやろうじゃないかっ! と、卑屈(ひくつ)にならず開き直る発想だ。開き直る・・ここがポイントである。確かに、年相応の生き方、過ごし方、身嗜(みだしな)みが、あるにはあるのだ。ただ悲しいかな、大半の高齢者がそれに気づいていないのが残念ではある。なにも、高い、あるいはド派手な衣装を身につけて着飾るのが逆転の発想ではない。地味(じみ)な出(い)で立ちの中にも、ピカッ! と隠れて光る瑠璃(るり)色の輝きもある訳だ。もちろん、青紫の瑠璃の光だけでなく、橙(だいだい)色の光もあれば黄色、緑…と、いろいろ光もある訳で、そこはそれ、各人各様なのだが…。
「小林さんは、いつも地味だねぇ~~。立ち居振る舞いもさることながら、身嗜みもシックでさぁ~」
「そうですか? いや、まあ…」
 課長の目館(めだち)とは同期ながら、万年平に甘んじている不居(いず)は、罰(ばつ)悪く、暈(ぼか)して返した。
「私なんか、一日も持たんよ。ははは…」
 そう言いながら、目館は誂(あつら)えの高級背広に付いた埃(ほこり)を片手で払いながら嫌味(いやみ)な笑いを浮かべた。だが、不居は取り分けてどうこう思っていなかった。不居には、誇(ほこ)らず・・という見えないオーラの輝きがビカッ! とあった。課員達が[先輩]と呼んで尊敬する不居と、立場上、仕方なく従っている目館とは、明らかに存在感が逆転していた。目館はすでに人間として劣化していたのである。

        
                   完

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2018年6月 2日 (土)

逆転ユーモア短編集-2- 開票

 天雲町(あまぐもまち)の町長選の真っ只中(ただなか)である。天雲町では突然、湧(わ)き起こったスキャンダラスな不倫騒動で女性町長の大神(おおかみ)が憤懣(ふんまん)遣(や)る方なく辞職し、元議長で無所属新人の岩戸(いわと)と元助役で無所属新人の田力(たじから)の二人による選挙へと突入したのだった。対決の構図は、すでに1年前から始まっていた。岩戸に肩入れしていたのは有りもしないスキャンダル記事掲載の雑誌を出した地方雑誌編集長の須佐野(すさの)である。実は、これには収賄の汚職の事実が隠れていた。岩戸による大神町長追い落とし工作だった。無実を訴える町長を擁護(ようご)して立ち上がったのが田力だった。二人の選挙戦は有権者2万数千の町全体を選挙一色に染め、熾烈(しれつ)を極(きわ)めた。
「清廉潔白な新しい町づくりこそがっ! 私の目ざすところでありましてっ! …」
 岩戸は悪役顔を笑顔に変え、訴えた。そして金に物を言わせ、次第に田力を追い詰めていった。なにせ、小さな町である。法に触れないギリギリの買収(ばいしゅう)工作は暗黙の内に着々と進んでいったのである。一方の田力陣営は無実を訴える元町長の大神の支援もあったが、なにせスキャンダラスな雑誌販売は、町民の心に暗い影を落としていた。それでも田力陣営は懸命に戦い、選挙戦は終結を迎えた。
 さて、選挙当日となり町民による投票が開始され、その日は暮れていった。投票率は、95.4%という天雲町、始まって以来の高得票率を記録した。開票作業は即日の午後9時から開始された。田力は善戦したが票が数十票足らず、敗色濃厚となっていた。
「大神さん、やるだけのことは、やらせていただいたのですが、どうもいけないようです…」
 田力は選対事務所で心なしか弱含(よわぶく)みな声で、隣(となり)の椅子に座る大神に呟(つぶや)いた。
「いえ、私の責任です…」
 大神も弱含みな声で返した。そのときだった。
「やっ! やりましたっ!!」
 田力陣営の選対本部長が息も絶え絶えに戻(もど)ってきた。
「…何を?」
 田力と大神は異口同音に訊(たず)ねた。
「ぎゃ! 逆転ですっ!! つっ! 月読(つきよみ)地区の票が漏(も)れ落ちていたようですっ!」
「ええ~~っ!!」
「選管本部が…」
 その頃、選管本部では開票作業が終わろうとしていた。最終開票結果は、僅(わず)か百数十票の差で田力の当選だった。鮮やかな逆転劇だった。
 物事(ものごと)は最後の最後までどうなるか分からない・・という、良くも悪くも戒(いまし)めとなる話である

       
                  完

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2018年6月 1日 (金)

逆転ユーモア短編集-1- 逆転試合

 テレビ画面にはプロ野球中継が映し出されている。枯葉(かれは)は風呂上りのビールを飲みながらポカ~~ンと、その画面を眺(なが)めていた。公平な立場から、ここでは敢(あ)えて実名は出さず、仮にAチームとBチームの試合としておこう。
 回は4回の表、先攻のBチームが1アウト3塁の好機に犠牲フライで1点を入れた。観ている枯葉としては、おお、入れたかっ! くらいの軽い気分で、Bチームを応援している訳ではないから取り分けて喜ぶでもなく、当然、興奮もしなかった。ところが、観ているうちに[判官びいき]という日本人独特の気分となり、枯葉は得点されたAチームに肩入れしたい気持に傾いていった。夕飯は終わり、風呂も入ったあとだった。加えて、この夜は妻へのサービス日ではなかったから、精を吸い取られない安堵(あんど)感が加味(かみ)され、時間のゆとりも、たっぷりとあった。枯葉は次第にテレビ画面へ埋没(ぼっとう)し、試合に釘(くぎ)づけとなっていった。
 試合は両チームの投手の出来がよかったせいか膠着(こうちゃく)状態となり、回が流れていった。7回の裏、後攻のAチームが2アウト2塁でタイムリーヒットを放った。1-1の同点となり、枯葉は思わず、ふふふっ、よぉ~~っしぃ!! と興奮の声で叫んでいた。妻はすでに寝室の人となっていた。たぶん、今頃は高鼾(たかいびき)だろう…と、絶対に本人の前では口に出来ないような怖(おそ)ろしいことを思うでなく浮かべながら、枯葉は冷蔵庫へ追加の缶ピールを取りに歩いた。チェンジして8回の表になったこともある。そのとき、だった。
『打ちましたぁ~~っ!! これは大きいっ! 入ったかっ?! 入った入った!! 場外へ突き刺さる怒涛(どとう)の打ち上げ花火っ! まさしくっ、火の玉ホームランと言っても過言ではないでしょうっ!!』
 興奮したアナウンサーの雄叫(おたけ)びのような声が大きく響いてきた。2-1となる逆転打である。冷蔵庫にビールは入っていなかった。どうも切れているようだった。
「チェッ! 逆転されるわ、ビールはないわ、 かっ!」
 枯葉は腹立たしくなりながらテレビ前のソファーへ戻(もど)った。その後は悪い意味でコトもなく流れ、いよいよ9回裏となった。このまま2-1で終わると思われた2アウトで打席に立った打者に投手が投げた球がボークとなったから試合は最後の最後まで分からない。
「おおっ! よしよしっ!! いいぞっ、落ちつけっ!」
 枯葉は腕を組み、そう言いながらソファから立ち上がると、ふたたび冷蔵庫へと歩いた。落ちついて探せば、もう1本くらい缶ビールがあるように思えたからである。落葉が、落ちつけっ! と思わず呟(つぶや)いたのは、実は自分に対してだったのである。そのとき、だった。またしても、アナウンサーの叫ぶ声が枯葉の耳に聞えてきた。
『げっ! …劇的なっ!! サヨナラですっ!! サヨナラ、サヨナラ、サヨウナラ~~ッ!!』
 アナウンサーは泥酔状態になった酔っぱらいのような訳が分からない言葉を口にした。そのとき枯葉も劇的な逆転場面を迎(むか)えていた。冷蔵庫の野菜入れの下に隠れるように落ちていた1本の缶ビール・・それは紛(まぎ)れもなく缶ビールだった。枯葉と冷蔵庫の試合も枯葉の逆転で終わったのである。枯葉は心地よい缶ビールで喉(のど)を潤(うるお)しながら、いつもは応援していないチームの勝利に酔いしれた。

                        完

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