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2018年7月

2018年7月31日 (火)

逆転ユーモア短編集-61- 何もない

 アレコレとあるよりは何もない方が上手(うま)くいく・・ということは確かによくある。多勢に無勢は流石(さすが)にいただけないが、少数精鋭で烏合(うごう)の軍勢を撃破した・・などという合戦(かっせん)も過去の歴史の中で起きた事実である。それは今を生きる私達の世界でも言えるようだ。
 とある会社の専務室である。二人の男が応接椅子に座り、語り合っている。
「川端さん、すまないがアノ一件、なんとかならないでしょうかな?」
「専務! また私ですかっ?」
「いやね、情けない話だが、貴方(あなた)しか適当な人材が他に見当たらないんですよ」
「浮舟さんなんかどうですか?」
「ああ、浮舟さんね…。浮舟部長はいつもポカァ~~ンと池に浮いているだけの人ですから、頼りには…」
「専務! それはいくらなんでも、少し言い過ぎじゃないでしょうか」
「いや、飽(あ)くまで冗談ですよ、冗談。ははは…」
 上司のはずの専務の中洲(なかす)が川端に押されていた。
「まあ、どうしても! と言われるのなら、お引き受けしますが…」
「このとおり、恩にきますから…」
 中州は川端に両手を合わせて懇願した。中州の説明によれば、浮
以外の他の部長達は、アレコレと手を回し過ぎて話が拗(こじ)れるのだという。そこへいくと、損得勘定も何もない川端の折衝(せっしょう)は返って相手を信用させ、適任と見なされたのである。
「私でよければ…」
「はい! お任せします。なにぶんよろしくっ!!」
 次期社長の呼び名が高かった中州としては、いろいろあった。何もない川端は、その折衝を纏(まと)め上げ、どういう訳か副社長に抜擢された。逆転された中州は啼(な)かず飛ばずで、そのまま専務に甘んじた。

          
                  完

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2018年7月30日 (月)

逆転ユーモア短編集-60- いい話、悪い話

 表立っては、なるほどっ! と得心(とくしん)が出来るいい話でも、悪い話だった・・ということがある。世の中は、そう甘くないことを裏づける厳然(げんぜん)たる事実だが、昨今(さっこん)、いい話は逆転して悪い話だ・・と考えてもよさそうな殺伐(さつばつ)とした時代に至っている。マルチ商法のいい話に、ついフラフラと乗せられ、自殺を考えるほどの大損(おおぞん)をさせられた哀(あわ)れな独居(どっきょ)老人の話には、思わずぅぅぅ…と涙を誘われるが、まあ不用意だった・・という自己責任も当然、ある筈(はず)だから、[痛(いた)し痒(かゆ)し]といったところかも知れない。むろん、犯罪行為は許されるはずもないが…。
「コチラとソチラ、滝山さんはどちらがいいと思われますか?」
「なんです? 急に…」
 川釣り専門店で偶然、出くわした愛好会の二人が語り合っている。話し合っているのではなく、語り合っているのである。ただ短なる世間話ではなく、釣り仲間の専門的な話だから語り合っている・・と、まあこうなる訳だ。
「いや、どちらか買おうと思いましてね」
「そらぁ~私は、コチラの竿(さお)の方がいいと思いますが、使うのは岩池さん、あなたですからな…」
「なるほど、コチラですか…。特価品ですが、コチラですか?」
「いや、コチラじゃなくちゃ! という訳ではないんですよ。ソチラでも十分、いいと思います。懐(ふところ)具合さえいいようでしたら…」
「そうですか…。安いのは何かあるんじゃ? と思えるんですよ、私には」
「でしたら、ソチラでいいと思います」
 どっちでもいいだろっ! と内心、迷惑気分で滝山が選んだコチラの釣り竿は、店が限定販売した見切り品で、超特価の安さだった。ところが、である。一見(いっけん)、特価品には何か問題がある・・と思われがちなコチラの釣り竿が、実はお買い得商品の代表格の品で、普段ならソチラの倍の値がする最高級品だったのである。要は、いい話だったということだ。逆に、岩池が選んだソチラの釣り竿は、高価な上に質(しつ)が余りよくなかった。
「それじゃ、滝山さんの言うとおりコチラに…」
 岩池は折れ、滝山に従った結果、折れなかった。危うく悪い話になりそうだった買物が、いい話へと逆転した訳である。世の中に逆転は付きものだ。

      
                     完

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2018年7月29日 (日)

逆転ユーモア短編集-59- 時雨(しぐ)れる

 冬場になると、どういう訳か、よく時雨(しぐ)れる。晴れているな…と軽く自転車で出たりすると、帰りに時雨れて偉(えら)い目に合う。ああ! さっぱりだった…と濡(ぬ)れ鼠(ねずみ)で帰宅し、着替えをしていると、空模様が俄(にわ)かに逆転して晴れてくる。チェッ! 晴れてきたかっ! と怒っても、それが冬場の天候なのだから仕方がない。
 伊勢川は、やっと取れた久しぶりの休日に、溜(た)まっていた洗濯をしていた。空は快晴で、いい塩梅(あんばい)に晴れ渡っていた。少し寒かったが、吹いていた昨日の木枯らしもこの日は吹いておらず、青空が心地いい。こりゃ、外干しだな…と、伊勢川は軽く考えた。だが、それは軽率な判断で、大きな間違いだった。洗濯物を外の物干し竿に吊るし、中の整理をしている間に天候が逆転し、空は暗雲に覆われて時雨出した。時雨れるとは予想だにしていなかった伊勢川は少し焦(あせ)りながら洗濯物を取り入れた。取り入れた洗濯物を、さてどうするか? と悩んでいると、また天候は逆転し、雲が去って晴れてきた。なんだ、取り入れる必要はなかったか…と、また外へ干し、中へ入った途端、またまた逆転し、時雨れてきた。伊勢川は空を見上げ、もう、いいっ! と怒った。すると、それが伝わったのか、また晴れてきた。伊勢川は、そうは問屋が…と空模様を信用せず、そのまま中(なか)干しにした。するとそのまま晴れ続け、夕暮れとなった。
 時雨れる日は深い読みが必要・・ということになるだろう


 
                   完

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2018年7月28日 (土)

逆転ユーモア短編集-58- 慌(あわただ)しい

 物事(ものごと)をやろう! として急(せ)くと、慌(あわただ)しい気分になる。[慌]という漢字の字義は、心が荒れる・・というのだから、正(まさ)にそのとおりだ。
「広背(ひろせ)さん!」
「やあ! 立鼻(たちばな)さん!」
 慌しくなってきた歳末のある日、偶然(ぐうぜん)、ばったりと繁華街で出くわした二人は、とある店で再開を祝(しゅく)した。
「私、急ぎますので、この辺で…」
 小一時間、飲み食いし、ほどよく酔いも回ってきた頃、立鼻が急に鼻を弄(いじ)り出した・・いや、腕を見た。
「えっ?! まだ、9時前ですよっ!」
 広背は訝(いぶかし)げに背を伸ばした・・いや、立鼻を窺(うかが)った。
「私、アレコレあるんですよっ! 済まさないと落ちつかない性分(しょうぶん)でして、すみません。これ、連絡先です。お近いうちに、ごゆっくり…」
「そうですかぁ~? 残念だなっ! じゃあ、そういうことでっ! 私も店を出ますよっ、一人で飲んでいても、つまらないだけですから…」
「そうですか? それじゃ」
 二人は席を立つと勘定を済ませ、店を出た。
「いや、私も実はアレコレじゃないんですが、ドコソコに用がありましてねっ」
「ドコソコですか?」
「お互い慌しいですな、ははは…」
「ははは…そうですなっ! それじゃ!」
「はいっ! お元気でっ」
 ほろ酔い気分の二人は、駅近くで別れた。
 二人が慌しく動き出したのはその直後だったが、アレコレもドコソコもすでに済んでいて、まったく慌しくなかった。
 逆転して考えれば、慌しいことは慌しくないのかも知れない。

                           完

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2018年7月27日 (金)

逆転ユーモア短編集-57- 邪魔(じゃま)

 邪魔(じゃま)とは、人がしよう! とする行為を制限することである。これは、強制的に相(あい)反する行為をすることで相手の行為を妨(さまた)げることに他ならない。ところが、強制した者は回り回って必ずその報(むく)いを受ける・・という破目に陥(おちい)る。この3次元世界の科学では到底、説明がつかない現象を、残念で悲しいことながら、誰も認識できていない。平たく言えば、自業自得(じごうじとく)となる・・ということを。
「登入(といれ)さん! 悪いが明日(あす)、私に変わって忘年会に出てくれませんか? 私、ちょっと急用が出来ましてね」
「ああ、はい。いいですよ…」
 課長の糞野(ふんの)に頼まれた係長の登入はニタリ! と思わずしそうになり、懸命に堪(こら)えた。というのも、登入にとってこういった会合は楽しみ以外のなんでもなかったのだ。だが、今一、仕事が遅(おそ)い登入は、いつも残業を余儀なくされ、出席できなかったのである。そこへ、この天女が舞い降りたような幸運な話だ。美酒(びしゅ)に酔いしれ、美味(うま)い料理に舌鼓(したつづみ)を打つ・・なんとラッキーだっ! …と、登入はニヤけ出した。
「んっ? どうかしたの、登入さん」
「いや、べつに…」
 懸命に堪えていたものが、ついに…である。それを近くの席で見聞きしていた課長補佐の手蕗(てふき)は面白くない。課長、俺でしょ?! と思わず言いそうになり、不満げに机上のパソコンへ視線を落とした。よしっ! こうなっては妨害以外に俺が頼まれることは、まずない…と思えた手蕗は、登入が忘年会へ出られないようにしようと策を練(ね)った。
「登入さん、このファイル整理、明日(あした)までにしてもらいたいんだ、よろしくねっ!」
 手蕗は内心で、フフフ、これで明日の忘年会は無理だろう…と読んだ。ところが、である。次の日の朝が巡ると、事態は一変していた。他の課から回された急な仕事が課長の糞野から手蕗に命じられたのである。しかも、登入が手蕗に頼まれたファイル整理は、これも課長命令でボツになったのだった。
「じゃあ! 課長。出席させてもらいますっ!」
「ああ、なにぶん、よろしく頼むよ」
 近くの席で聞いていた手蕗は、思わずチェッ! と舌打ちした。
 結論として言えることは、邪魔をすれば逆転して邪魔をされる・・ということだ。

         
                  完

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2018年7月26日 (木)

逆転ユーモア短編集-56- 先を越す

 人は先を越すことに固執(こしつ)する余り、争(あらそ)う傾向が強い。中には柳に風・・と受け流す温厚な人もいるが、気短かな人ほど先を越そうとする。まあ早い話、それだけ出来が悪い・・と言われても仕方がない人々だ。しかも、こういう人ほど失態を起こし自滅するケースが世の中ではあとを絶たないのである。遅(おそ)過ぎるのも考えものだが、人生、そう急いだからといって変わるものではない。世の中が都合が悪いのだ・・と考えれば、また別の機会に・・という気分にもなれる。そういう人は間違いを起こしにくく、起こしたとしても、すぐ修正が出来る人だ。こういう気長(きなが)な人は医師に向いている。先を越したつもりが、いつの間にか逆転して先を越されている・・といったこともよくあることだ。
 一台の車が時速50Km制限の道を走っている。この車を運転する男は、のんびりした性格の持ち主(ぬし)で、取り分けて急ごうともしていないのか、アクセルを踏まない。50Km少しくらいの速度で安定して車を走らせている。と、そのときだった。一台の車が左斜線から猛スピードで男の車を追い抜いた。70Kmくらいは出ているように思われた。追い越された車は制限速度一杯少々の遵法(じゅんぽう)速度ぎりぎりなのだから、先を越した車が法違反を犯したことは疑う余地がなかった。
「おっと! 危ないなぁ~ …」
 追い越された男は、思わず呟(つぶや)いたが、そのまま遠ざかる車を見るだけだった。そのときである。先を越して追い抜いた車が道路の側壁へぶつかり大破したのである。逆転して先を越された男は、結局、再逆転したということだ。後々(のちのち)、男が聞いた話では、事故を起こした車の運転者は即死だったそうである。
 先を越すと死ぬのだから怖(こわ)い

                             完

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2018年7月25日 (水)

逆転ユーモア短編集-55- 植え替(か)え

 盆栽はある程度の年月で植え替(か)えをしなければ木が痛み、場合によっては枯れる。根が伸び過ぎ、用土が細かくなリ過ぎた結果、通気性が損なわれて枯れる訳だ。そのために植え替え作業となる訳なのだが、これがどうして、簡単なようで、なかなか難しく馴(な)れがいる。馴れればどうってこともなくなるが、それまでは経験の積み重ねが大事となる。人の場合も同様で、人事異動は丁度、この植え替え作業と似ていなくもない。公務員の鴨崎(かもざき)にとって迫(せま)る四月の異動は、恰(あたか)も植え替えを待つ盆栽の鉢(はち)だった。
 盆栽の植え替え作業は植木職人だが、課長の鴨崎が勤務する場合は、泣く子も黙る人事部管理課[略称は人管]だ。この人管によって多くの同僚が悲喜こもごもの涙を流したのである。嗚呼(ああ)、いよいよ俺の番か…と鴨崎は深い溜め息を一つ吐(つ)いた。
「鴨崎さん、ちょっと!!」
 部長の鍋蓋(なべぶた)が煮えたぎった顔で、今にも出し汁(じる)へ放り込みそうな声で鴨崎を呼んだ。
「は、はいっ!!」
 鴨崎は、俎板の鯉のような気分でイソイソと部長席へ近づいた。
「実は…先ほど人管から内示を受けてね」
「はい…」
「君は四月から別の鉢へ、いや、別の部へ移動が決まったよ。一応、内示しておくから、心しておくように…。部は○□部で、次長せま)待遇だっ! よかったなっ!」
 ○□部の次長待遇なら、万年課長だった鴨崎にとっては御(おん)の字だった。
「はっ! 有難うございますっ!!」
「いや、私は何もやっとらんよ。君の日常の努力が認められた結果だ。よかったな!」
「は、はいっ! 有難うございますっ!! ぅぅぅ…」
 万感(ばんかん)迫(せま)った鴨崎は、思わず嗚咽(おえつ)の声を漏(も)らした。
「馬鹿野郎! 泣くやつがあるか。ははは…」
 鴨崎は上手い具合に植え替えられ、ようやく、いい鉢へと収(おさ)まった。

      
                   完

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2018年7月24日 (火)

逆転ユーモア短編集-54- 氷と水

 氷はコチコチで固く、まったく動かない。水はその反対で、グ二ャグニャで変化して、よく動く。人々が暮らす世間でも、この両者は鬩(せめ)ぎ合っている。どちらがいいとか悪いという問題ではなく、両者には一長一短があるのだ。
 とある中学校の職員室である。
「堅仏(かたぶつ)先生! アノ用紙、出来てます?」
「アノ用紙? アノ用紙といいますと、先だってテストされたアノ書類ですか?」
「ええ、アノ用紙です」
「アノ用紙は昨日(きのう)、お渡ししたはずですが…。おかしいなぁ~」
「何言ってるんです。受け取ってませんよ」
 教師の軟泰(なんたい)は堅仏に不満たらしく返した。堅仏は一週間前の記憶を思い出したのである。明らかな勘違いである。この一週間前の記憶の氷が軟泰によって解かされないと、アノ用紙は堅仏の自宅の机の中で眠ったままになる・・という由々しき事態を招いていたのである。アノ用紙とは大事な試験の答案用紙で、急がしかった軟泰が同僚教師の堅仏に採点を頼んでおいた用紙だったのだ。さらに深刻なのは、有名高校への進学の鍵(かぎ)を握る模擬(もぎ)テストだったから、最悪の事態だった。
「弱ったなぁ~! さて、どうする?」
 軟泰は困り顔で堅仏を見た。ところが、話は逆転するような勘(かん)違いで、少しも軟泰が困る必要はなかったのである。というのは、軟泰は先を読み過ぎていたのだ。有名高校の試験は3年生に実施されるべきはずの模擬テストだったのだが、軟泰がテストさせたのは2年生だったのである。1年先の有名高校試験用の模擬テストを2年生に受けさせたのだった。軟泰はその勘違いにまったく気づいていなかった。
 物事を氷のようにいつまでも維持(いじ)し過ぎるのも問題だが、逆転して水のように先へ先へと軽く流し過ぎるのも問題となる訳だ

         
                   完

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2018年7月23日 (月)

逆転ユーモア短編集-53- 仕事

 仕事をしていることを、さも当たり前のように思う人も多いが、仕事に就(つ)けて働ける・・という状況は非常に有難いことなのである。この逆転した発想は、普通なら働けばお金をもらえるのは当然じゃないか…と考えて誰も抱かないが、実は社会がその人を許容(きょよう)して受け入れていることに他ならない。受け入れてもらえなければ、誰も仕事に就けず働けないからお金は手に出来ない。そう考えれば、もらえるお金の多さ、少なさに不平を抱いたり満足したりするのではなく、仕事に就いて働けることが有難いことになる。しかも、健康で働ける状況にある今の自分に感謝しなければ罰(ばち)が当たる。…まあ、罰は当たらないだろうが、働く機会を与えられない人や働けない人に対し申し訳ないことになる。むろん、働けるのに働かない人は論外だ。
 とある会社の面接会場である。
「はいっ! 次の人っ!」
 呼ばれた次の人は、入ると椅子に座った。
「あなたの特技は?」
「手先の器用なことですっ!」
「この場で何かできますか?」
 次の人はマッチ棒を二本、服のポケットから出すと器用に鼻と唇に挟(はさ)み込んでみせた。審査員一同は、その何とも奇抜(きばつ)な特技に爆笑し、笑い転(ころ)げた。
「は、はい。ははは…もう、いいです。ははは…」
 この次の人は見事に合格し、会社へ就職できた。仕事は、もちろん営業部渉外課だった。 

        
                  完

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2018年7月22日 (日)

逆転ユーモア短編集-52- 肩(かた)叩(たた)き

 どうも疲れている…と、錦木(にしきぎ)は片手で肩をポンポン・・と叩(たた)き始めた。会社で残業する日が多くなったからな…と、錦木は思いながら得心した。ここ最近、会社内の雰囲気は悪く、そうでもしないとリストラ対象になりかねない状況だったから、いい意味ではなく悪い意味で肩をポンポン・・と叩かれては困る訳だ。そんなことで残業続きの日々となったのだが、錦木としては、たまには何も考えず、馴染(なじ)みの鮨(すし)屋で上トロを頬張(ほおば)りながら熱(あつかん)でキュッ! と一杯やりたい心境だった。その馴染みの鮨屋も、ここ最近、とんと、ご無沙汰(ぶさた)していた。
 錦木が暗い課内で机上の蛍光灯一つでパソコンに向かっていると、そこへガードマンが一人、懐中電灯を照らしながらドアを開けた。
「ああ・・錦木さんでしたか。遅くまでご苦労さまです!」
「ああ…警備の堀田さん」
 錦木は思わず手を止め、振り向いた。堀田は錦木のデスクへ近づいた。
「いやぁ~誰かがお残りなんだろうとは思いましたがね、これも念のためです。仕事ですから…」
「そら、そうです。いや、ご苦労さまです」
「お互いに…」
 二人は顔を見合わせ、笑い合った。錦木は首を回しながら肩をポンポン・・と何度か叩いた。
「最近、お疲れなんでしょうな」
「はあ、まあ…。会社の状況が今一、厳(きび)しいですから」
「実は私も、ポンポン・・の口なんですよ」
 堀田は隣りのデスクの椅子へ座った。
「…と、言われますと?」
「前の会社で肩を叩かれまして…」
「叩かれましたか…」
「はい、叩かれました。それで、今です」
 二人は顔を見合わせ、また笑い合った。
「私もお世話になりますかな」
「その気分なら、リラックスできて肩を叩くほどお疲れにはならないでしょう」
「ははは…それもそうです。その節(せつ)はよろしく」
 その日以降、腹を括(くく)った錦木は、残業しなくなった。成りゆきに任(まか)せたのである。この逆転の発想で、錦木の肩は凝(こ)らなくなった。

      
                   完

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2018年7月21日 (土)

逆転ユーモア短編集-51- コトの次第(しだい)

 とある町内での話である。一軒の家を男が訪(たず)ねた。
「はい? どちらさまで?」
「こういう者です。つかぬことをお訊(たず)ねいたしますが、この男、見かけられたことはありませんか?」
 男は背広の内ポケットからチラッ! と警察手帳と一枚の写真を取り出し、格好よく言った。
「あっ! はい…。いえ、見たことはないですな…」
 訊ねられた男は写真を凝視(ぎょうし)したあと、そう返した。
「そうですか。いや、失礼しました」
 訊ねた男は右手で軽く敬礼するような仕草をすると、写真を内ポケットに入れ、ソソクサと立ち去ろうとした。
「あのっ! その男がどうかしたんですかっ?」
 訊ねられた男は立ち去ろうとした訊ねた男の背に言葉を投げかけた。
「いや、なに…。そう大したことじゃないんですがね」
 訊ねた男は立ち止まってふり向くと、返答した。
「なんなんです?」
「いや、お話しするようなことじゃないんです」
「いやぁ~。だから、それを知りたいんですよ。そう焦(じ)らさないで…」
「焦らすもなにも、ほんとに小さいことなんですからっ! あんたも諄(くど)いなっ! もう、いいですかっ!!」
 訊ねた男は、訊ねられた男が逆転してしつこく訊ねるものだから、ついに怒り始めた。
「ええ、まあ…。どうぞ」
 訊ねられた男は煮え切らないまま、訊ねた男を解放した。
「たぶん、犯人を追ってるんだ、あの刑事さん…」
 訊ねた男が立ち去ったあと、訊ねられた男はそう呟(つぶや)いた。だが、コトの次第(しだい)は、そうではなかった。刑事は合っていたが、写真の人物は今年、警察表彰される優良人物で、行方が分からなかったのである。
 現実に起こるコトの次第はドラマ風ではなく、逆転するコトもある訳だ。

                           完

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2018年7月20日 (金)

逆転ユーモア短編集-50- 意気込み

 思ったことを、何がなんでもやってしまおう! というのが意気込みだ。意気込みがない思いつきは失敗を招(まね)きやすい上に、下手(へた)をすれば、逆転して取り返しがつかないことにもなりかねない。
 日曜の朝、味噌川(みそかわ)は、ふと思いついた料理を作ってみよう…と思わなくてもいいのに思ってしまった。テレビに映(うつ)っていた料理番組の料理が余りにも美味(うま)そうだったからだが、思ってしまったものは仕方がない。生憎(あいにく)、妻と子は田舎(いなか)の実家へ帰っていて、家の中は味噌川一人だった。まあ、思いようによっては横からとやかく言われず、やり易(やす)くはあった。ただ、綿密に計画を立てて、やろう! と意気込んだ調理ではなかったから、材料も当然、整っていなかった。それでも、まあ代用品でもいいか…とキャベツ代わりに白菜を、牛肉代わりに豚肉を使って調理することにした。主役が倒れたから急遽(きゅうきょ)キャストに代役を立てる・・というのに似ていなくもなかった。
「おかしいなぁ…」
 この言葉が味噌川の口から漏(も)れ出たのは、調理を始めて小一時間が経(た)った頃である。味はそれなりの味に仕上がっていたが、仕上がった外観がサッパリだった。どうサッパリなのか? といえば、見た目がグチャグチャで、材料をそのまま放り込んで煮た・・というような仕上がりだった。テレビでは綺麗(きれい)に皿へ盛り付けられていたから美味そうだったものの、出来上がった代物(しろもの)はサッパリ食欲が湧(わ)かなかった。
「まあ、仕方ないか、そのうち腹も減るだろう…」
 愚痴ともつかない言葉で調理をやめて片づけると、味噌川は他の雑用をやることにした。出来上がった料理は、容器に入れて冷蔵庫へ収納しておいた。
 それでも人間は上手(うま)く出来ている。雑用をしているうちに味噌川は腹が減ってきた。よしっ、食べるかっ! と、味噌川は意気込んで腹を満たすことにした。そして、冷蔵庫から意気込まずに仕上がった料理を取り出し、意気込んで食べ始めると、案に相違して美味かった。
 意気込むことは、大事なのだ。

        
                   完

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2018年7月19日 (木)

逆転ユーモア短編集-49- 手順前後

 料理教室の調理実習で2人の男がカレーを作っている。見守る審査員はプロの料理家2名である。審査を受ける片方の男のカレー鍋(なべ)は、コトコトコト…と美味(うま)そうに煮えている。すでに豚肉、タマネギやニンジンを十分に炒(いた)め、水を足して固形スープの素(もと)、香辛料などを入れたあと煮立たせている段階だ。あとはカレーのルーを入れてしばらくすれば出来上がるところまで完成している。もう片方の男は、そこまで至っておらず、フライパンを2丁使い、煮汁と炒めを別にして、ゆっくりと調理している。この男の思惑(おもわく)はカレー味を重視している点にある。片方のフライパンで野菜を十分に炒め、もう片方のフライパンで豚肉を炒める。そしてそこへ水を足して固形スープの素(もと)、香辛料などを入れて煮汁を作るという寸法だ。煮えればルーを溶かし入れ、炒めた野菜を軽く絡(から)めれば出来上がり・・となる。こうすれば、確かにカレーは甘くならない。恰(あたか)も片方の男が長刀の佐々木小次郎とすれば、もう片方の男は二刀流の宮本武蔵に例えられるだろう。佐々木小次郎は平凡な甘口カレーを、片や宮本武蔵はカレー味を重視している訳だ。
 調理後のプロ料理家による寸評(すんぴょう)である。
「確かに、甘口の方(かた)は、それはそれでいいんでしょうねぇ~」
「ええ。しかし、タマネギなどの野菜を煮立たせると味が甘くなる・・というもう片方の方の調理も頷(うなず)けます」
「それは、そうです。手順前後で甘口と辛口に分れるということでしょうね」
「手順前後は結果を大きく変化させます」
「…はい。私は妻より先に私の下着を洗い、叱(しか)られました」
「叱られましたか。手順前後にすれば叱られなかったでしょうね」
「はい…」
 料理会場に参加者達の割れんばかりの爆笑が起こった。

                             完

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2018年7月18日 (水)

逆転ユーモア短編集-48- 強制と自然

 強制するとは、人に対して自分の思う意思を通そうと無理に強(し)いることをいう。そうすると、相手も当然、自分の意思を持っているから、そこに両者の軋轢(あつれき)が・・早い話、摩擦(まさつ)が・・、ちっとも早くないが、新幹線ほどの速度でお分かりいただくなら、トラブルが・・生じることになる。トラブルは現代社会ではもはや、英語ではなく和製英語的に常用されているから、早く分かっていただけるだろう。まあ、そんなことはどうでもいい話だが、強制せず自然の流れに任(まか)せれば、コトは案外、スムースに、しかも早く片づくことが多い。…スムースも、もはや和製英語だが、これも、どうでもいい話だが…。
 北風が身に染(し)みる夜の10時過ぎのオデン屋台である。一人の湿気(しけ)た外見の男が床机(しょうぎ)に座ろうとした。
「すみませんねぇ~。今日はもう、店じまいなんで…」
「チェッ!」
 店の親父に断られると、その男は捨て台詞(ぜりふ)を残し、去っていった。強制して無理に客になろうとした訳である。その数分後、今度は通勤帰りの男が、首筋を揉(も)みながらやってきた。屋台の暖簾(のれん)を下ろそうとしていた親父の後ろ姿に、男は小さく声をかけた。
「終わりでしょうね?」
「あっ! これはこれは東崎(とうざき)さん! 今夜は随分、遅(おそ)いですなぁ~」
 東崎はこの屋台の常連客で、いつもは7時頃に顔を見せる客だった。
「ははは…困ったことに急の仕事が入っちまって、残業ですよぉ~」
「それはそれは、ご苦労さんでした。よかったら、やってって下さい」
「いや、悪いなっ、それはっ! 終わりでしょ?」
「ははは…いいんですよ。いつも寄っていただいてるんですから。小一時間くらいはっ」
「そうですかっ? それじゃ、冷(ひ)やで一杯! それといつものやつを適当に…」
「へいっ!」
 東崎は自然と客になった。
 これが強制と自然で生じた逆転の結果である。

                            完

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2018年7月17日 (火)

逆転ユーモア短編集-47- 接客指導

 明谷(あけたに)に言わせれば、今一、分からないのだという。何が分からないのか? といえば、それはレジへの接客指導である。レジとは誰しもご存知のように、スーパーで買物代金を支払うときに対応するレジ係のことだ。では、そのレジ係が接客する何が明谷に分からないのか? ということになるが、それはこれから追々(おいおい)と語ることにしよう。語ってもらわなくてもいい! と思われる方は、適当に寛(くつろ)いで戴いても一向に構わない。
 その日、明谷はいつものようにスーパーへ買物に出た。買うものが出来たからだが、別に変わったこともなく消耗した品を買うと手持ちの籠へ入れ、レジへと向かった。生憎(あいにく)、レジのカウンターは買物客でごった返していた。ちょうどその日が連休だったこともあったのだろう。明谷は、まあ、仕方ないか…と思うでもなく、無意識で客列の短そうなところへと並んだ。そして、しばらくは並んでいた。明谷が並ぶレジの後方のレジは係員がいなかった。そのとき、急に店内アナウンスが流れた。
『食品レジが、ただいま大変、混雑しております。お客様には大変ご迷惑をおかけいたします』
 女性アナウンスが流暢(りゅうちょう)にペチャクチャと捲(ま)くし立てた。明谷は、また思うでなく、『そらそのとおりだ。確かに混雑してる…』と思った。店内アナウンスは、なおも続いた。
『係員は食品レジへお入り下さい』
 そのアナウンスが終わるか終わらないかのうちに、女性レジ係と思(おぼ)しき女性店員が走ってきて、明谷の後方のレジへと入った。明谷は、前に並ぶ客が支払いを終えそうな状態で、『やれやれ、やっと俺の番か…』と思うでもなく並んでいた。そのとき、明谷の思いを覆(くつがえ)す逆転の声がした。今、走りこんだ後方の女性レジ係の声だった。
「あの…こちらへ、どうぞっ!」
 明谷は、嘘(うそ)だろっ! と、はっきり思った。というのも、明谷はすでに次の番で、ほぼレジ前にいるからである。後ろのレジへ移動する間にレジが済むだろうが…と思えたのは、なにも明谷一人ではなかったはずである。
「いいです…」
 明谷は逆転を固辞(こじ)した。少し妙な接客だな…と思えたのは店を出たあとだった。長蛇(ちょうだ)の列に並ぶ一番後方の客の待つ労(ろう)を察(さっ)して声をかけるのなら理解できるのだ。逆転した店の接客指導を、明谷は未(いま)だに分からないそうだ。

        
                   完

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2018年7月16日 (月)

逆転ユーモア短編集-46- 妨害(ぼうがい)

 人の行為を妨害(ぼうがい)して喜んでいたりすると、逆転して妨害されることになる。━ 身から出た錆(さび) ━ というやつで、悪事が同じ形(かたち)で自分に跳(は)ね返ってくる・・というのだから、この世は上手(うま)く出来ている。そういうことで・・でもないが、カラスも盗(と)ったり突(つつ)いたりしない方がいいだろう・・という結論となる。^^ むろん、その逆も言える訳で、いい事をすれば、その恩恵は必ずかどうかは別として、ある・・ということになる。ただ、この場合も、計算ずくでは何も起こらないか、下手(へた)をすると悪く報(むく)いるから怖(こわ)い。その具体例は童話の中にもよく登場する。
「坂畑さん、あなた、アレ知りませんか?」
「えっ? なんでした?」
「いやぁ~、いつも消えるんで不思議に思っとったんですよ」
「なんのことです?」
「屋上で焼肉パーティしようと置いておいた肉がね」
「ああ、その件ですか。いや、私も実は不思議に思ってたんですよ。私が幹事(かんじ)をしたときも、夕方、大恥(おおっぱじ)を掻(か)きましたよ」
「そうなんですよ。いや、私もね。不思議に思えて、皆(みんな)に訊(たず)ねたんですが、誰も運んだ覚えがない・・って言いますしね」
「マジックじゃないんですからね」
「ええ、時代劇でよく出てくる、悪党の急ぎ働(ばたら)きか何かですかね、ははは…」
「いや、笑えない話ですよ、これは。誰も知らないのに消える妨害ですから怖(こわ)い」
「ええ、まあ…」
 二人の顔は瑠璃(るり)色の光を放(はな)ち、少し紫色を帯びて蒼(あお)白(じろ)くなった。
「警察へ一応、被害届を出した方が…」
「いや、それはもう少し調べてからにしましょう」
「そうですね。状況がはっきりした上で、ですよね」
「ええ、カラスだった・・なんて話になれば、ここの信用にもかかわります」
「ええ、そうですとも!」
 しかし、事実は食べ残しをしない頭のいいカラスの仕業(しわざ)だった。さらに、カラスが食べたその肉は、生肉業者がどう間違えたのかカラス肉で、ポワレ[肉料理名]用の笹身(ささみ)だったのである。カラスはカラスを共(とも)食いして食べたことになる

    
                        完

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2018年7月15日 (日)

逆転ユーモア短編集-45- 修正

 人である以上、必ず失敗は付き纏(まと)う。ははは…私に失敗など、ありはしないっ! と嘯(うそぶ)きながら大笑いした途端(とたん)、躓(つまづ)いて捻挫(ねんざ)する・・といったような出来事は日常(にちじょう)茶飯事(さはんじ)である。問題は、失敗に気づいたあとの行動差だ。ただちに修正しようと行動する者、あとで修正しようと思う者、まあ、いいか…次から注意しようと思うだけの者と、三者(さんしゃ)三様(さんよう)の違いを生じる。
「長鼻(ながばな)はどうしたっ?!」
「ああ、長鼻さんは奥さんの出産が近いそうで早退されましたよ」
「ああ、そうだったな。弱ったな…。コレ、君に出来るか?」
「ああ、コレですか。コレは、その…出来そうな、出来なさそうな…」
 顎川(あごかわ)は副課長代理代行の足尾(あしお)に曖昧(あいまい)に返した。
「はきつかんヤツだっ! もう、いいっ!」
「いや、出来ますっ!!」
 足尾の言葉にムカッ! とした顎川は、思わずそう言ってしまった。
「本当(ほんと)かっ?! …まあ、いい。君しかおらんのだから仕方あるまいっ! じゃあ、明日までに頼んだぞっ!」
「はいっ!」
 返事はよかったが、顎川に先の見込みはついていなかった。
 足尾が去ったあと、顎川の奮戦が始まった。失敗しては、いや、まだまだ…と、心を新(あら)たに修正していった。いつの間にか退社時間となり、皆が帰ったあとも顎川の奮戦は続いた。いつしか外は漆黒(しっこく)の闇(やみ)になっていた。
「精が出るね…これ、コンビニ弁当。暖(あたた)めてもらったから、すぐ食べなさいっ!
 お茶とケーキも買っておいた。それじゃ、頑張ってなっ。頼んだよっ!」
「はいっ! 有難うございましたっ!」
 立ち去る足尾の後ろ姿を見て、足尾さんって、実はいい人なんだな…と、顎川は思った。そして、来年は、きっと副課長代理に出世されるだろう…と瞬間、思ったが、大した出世にも思えなくなり、修正して思うのをやめた。その後も顎川の奮闘は続き、失敗と修正を繰り返しつつ完成させ、いつの間にか眠ってしまっていた。気づけば明け方近くで、東の空が明るくなり始めていた。楽しみにしていたスキ焼パティーには参加できなくなった半面、顎川には達成感が残った。修正は逆転して達成感を生む。

                           完

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2018年7月14日 (土)

逆転ユーモア短編集-44- 苦

 苦も人生修行と思いなされ・・などと寺の高僧に言われれば、ああ、そんなものなのか…と私達凡人は思ってしまう。世俗(せぞく)にいるのだからそれも当然なのだろうが、落ち着いて考えれば、それもそうだな…と思えなくもない。逆転した考え方だが、苦が自分自身を高める・・という高級な発想だ。
 とある町役場の課内である。課長と思(おぼ)しき男が、やたらと歩き回り、アチラコチラと探している。
「妙だな? 平山さんの姿が見えんが、どうしたのかね、君?」
「えっ? あっ! おられないですね。つい今まで隣(とな)りのデスクでウトウト眠ってました、いや、おられましたが…。おかしいなあ~?」
「おかしいって君、隣りの席だろっ。分かりそうなものじゃないかっ!」
「課長はそう言われますがね。平山さんは、いつの間にかスゥ~っと消えられるんで、皆に幽霊職員と呼ばれてるんですっ!」
「だから、それがどうしたの! そうだとしても、フツゥ~は気づくだろうがっ! 隣りなんだからっ!」
「ええ、まあ…それはそうなんですけどね。妙だなぁ~」
「妙って君、隣りにいて、そんな」
「課長はご存知ないないだけですよ。あの人、苦のない方ですから。たぶんお身体(からだ)が軽いんじゃないでしょうか」
「ははは…上手(うま)いこと言うなあ、君。私なんぞ、苦だらけだから、かなり重いよっ。そんなことは、どうでもいいんだっ! …しかし、そういや、体重が増えたな…」
 課長は独(ひと)りごちた。
「それで課長。平山さんになんなんです?」
「んっ? なんだったかな…」
 課長は席へと歩き始めた。いつの間にか、苦のない平山は、またスゥ~っと席に着いていた。私ならここにいますが…と言おうとした平山に、二人は気づいていない。
 苦がないと自身の向上はなさそうだが、逆転して、どうも忍者の身軽さが備わるようだ

         
                   完

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2018年7月13日 (金)

逆転ユーモア短編集-43- 正しい掃(は)き方

 寒くなると北風が吹いて木枯らしを起こす。そうなれば当然、広葉樹の枝葉(えだは)は色づき、やがては枯葉となって地上へと降り注ぐ。その数のなんと多いことか…と、人々は溜(た)め息を吐(つ)きながら大量の葉を掃(は)き集めることになる。ここで問題となるのが、掃く方向である。風が吹いている日、吹く風に向かって掃く行為は、労力を費(つい)やすだけでなく、時間を取られ、せっかく掃いた落ち葉をまた散らされたりして腹立たしくさせるから、やめた方がいい・・という掃き方の結論が導き出される。かといって風が吹く方向に向かって掃けばいいのか? といえば、実は効果面からすると、そうでもないのだ。
『よしっ! あちらから…』
 禿川(はげかわ)は、そう心で呟(つぶや)くと北の隅(すみ)から風の向きに従って南方向へと掃き始めた。最初のうちは順調だった。というのも、風が吹いてどんどんと掃く方向へ落ち葉を運んでくれたからである。
『これは早いぞっ!』
 禿川はまた心で呟きながら、気分を高揚(こうよう)させて掃き続けた。ところが、である。案に相違して早く終わりそうに思えたそのときだった。状況は落ち葉の山が完成し、禿川は、そろそろ袋に入れよう…としていたときである。一陣の強風が吹き荒れ、あれよあれよ・・という間に元の掃き始めた元の状態へと戻(もど)してしまったのである。双六(すごろく)ではないが、振り出しへ戻る・・である。禿川はガックリと意気消沈(いきしょうちん)し、すっかりやる気をなくしてしまった。そして、もういいっ! と自暴自棄(じぼうじき)になってやめようとした瞬間だった。禿川はハッ! と気づいた。そうだっ! なにも今、掃かねばならない・・という決めはないんだ…と。そう気づいた禿川はタイミングをずらすことにした。いわゆるバレーボールで使用されるところの時間差攻撃というやつである。この攻撃法でいけば、北風は自然と落ち葉を北から南へと吹き流してくれることになる。すると、掃く労力もいらず、その時間分、他の事をできる訳だ。いわゆる逆転の発想である。すぐ掃いて綺麗(きれい)に・・という気分にはなるが、そこはそれ、━ 慌てる乞食(こじき)は貰(もら)いが少ない ━ と言うではないか…と馬鹿馬鹿しいことを巡りながら、禿川は家の中へと撤収(てっしゅう)した。
 1時間後、風はやんでいた。禿川は、ふたたび掃こう…と玄関戸を開けた。すると、禿川が予想したとおり、落ち葉の山がすでに南の隅に出来上がっているではないか。禿川は漁夫の利を得た気分になり、これが正しい掃き方だな…と、ニヤけた。

        
                   完

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2018年7月12日 (木)

逆転ユーモア短編集-42- ダイエット

 中年以降になると肥満体になりやすい。
「君さぁ~、もう少し痩(や)せた方がいいんじゃないか?」
「はあ…」
 真夏の午後、外回りの営業から会社へ戻(もど)った小橋に、課長の石桁(いしげた)が声をかけた。びっしょりと汗を掻(か)き、それをハンカチで拭(ふ)きながら課に入ったところを、運悪く石桁と鉢合わせしてしまったのだ。
 その日以降、小橋は太った体重を元に戻(もど)そうと、ダイエットに躍起(やっき)になった。まず、炭水化物を取らない作戦に出た小橋は、豆腐にカレーをかけて1年食べ続ける・・という離れ業(わざ)をやってのけた。まあ、離れ業というよりはアイデア業なのかも知れなかったが、馴(な)れると妙なもので、これがどうしてどうして結構、いけたのである。お蔭で体重も約10Kg落とすことが出来た。
「ほう! なかなかスリムになったじゃないかっ! 汗も掻かなくなったしさぁ~。いい塩梅(あんばい)だよ、小橋さん!」
 1年後、石桁は小橋にそう言った。
「はあ、どうも…」
 小橋は内心で少し自慢げに石桁を見た。すると、以前より少し石桁が太って見えるではないか。
「課長、太られましたね。少しお痩せになった方がいいんじゃないでしょうか」
「ああ…どうも」
 その日以降、小橋は太った体重を元に戻(もど)そうと、ダイエットに躍起(やっき)になった。立場が逆転していた。

        
                   完

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2018年7月11日 (水)

逆転ユーモア短編集-41- クローン

 すでに畜産界ではクローン牛の生産で食肉を増産しよう・・という時代に至っている。体細胞を卵子に注入して新個体を生産するという人工の繁殖技術だ。
 未来のとある時代である。
「確か、山吹さん…でしたね?」
「ええ、まあ。山吹は山吹なんですが…」
「と言われますと、枝番の方でしたか?」
「ええ、枝番の方です。自分が枝番の方・・という言い方もなんなんですが…。山吹1の2です」
「分かりましたっ! 山吹1の…」
「2です」
「はいはい! 山吹1の2さんね。ああ! ありました。山吹1の2さんは、お2階の6201号ですね。お渡しして…」
「かしこまりました…」
 受付のフロント・マスターに指示されたサブ・マスターは、1ヶの飴(あめ)ちゃんを山吹1の2に渡した。山吹1の2は、その飴ちゃんを口中(こうちゅう)へ放り込むと、美味(うま)そうに舐(な)め始めた。飴の成分は施錠(せじょう)装置と反応してドアを開けさせ、その者だけが室内へ入れるのである。忘れや内ロックといった前近代的なミスは、もはやこの時代では皆無(かいむ)だった。さらにコンシュルジュというシステムはすでになく、山吹1の2は手の平に浮かび出た映像を頼りに進めばよかった。荷物も自動転送装置により部屋へ届けられた。
 山吹1の2が去ったあと、フロント・マスターは小声で呟(つぶや)いた。
「それにしても、逆転してややこしい時代になったねぇ~。クローンだらけでクローン[苦労]するよ」
「過去の遺跡で発見された古いギャグですね」
 サブ・マスターは顔では笑わず、心でニヤけた。
「そう…」
「進み過ぎましたか?」
「進み過ぎたね」
 二人は顔を見合わせ大笑いした。実は二人も人口増産のために生産されたクローンだった。

         
                   完

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2018年7月10日 (火)

逆転ユーモア短編集-40- 上下関係

 戦国時代は下克上(げこくじょう)の時代と、よく言われる。身分にかかわりなく、弱者も強者もない時代である。強い立場だからといって安心は出来ない。今でいうクーデターというやつで、いつ家臣に寝首を掻(か)かれるか分からないのだ。そこへいくと、安心できるのはむしろ家臣の方である。これは逆転した安堵(あんど)感の差である。上下関係で下の方が安心できる・・というのは、どう考えても逆転現象なのである。
「蕗皮(ふきかわ)さん! ちょっと、すまないがね…」
 万年主任の蕗皮は課長席の生節(なまぶし)に呼ばれた。蕗皮と生節は同期入社だったが、蕗皮の方は長期病休のため万年主任を余儀(よぎ)なくされ、一方の生節は、順調に出世して課長に収(おさ)まった・・と、まあ話はこうなる。
「課長、なんでしたでしょう?」
「あなたには、誠に申し訳ないんだが、明日、都合がつかんか?」
「はっ? 都合ですか? 都合はつきますが、どういった都合でしょう?」
「いや、実はね…」
 生節の声は急に小さくなった。生節のヒソヒソ話によれば、酢味(すみ)専務の機嫌が悪かったのか怒られ、あと味がよくない・・のだという。
「はあ…それが明日の都合とどういう関係が?」
「いやぁ~酢味専務が、いたくあなたを贔屓(ひいき)していてね。あなた、部長と何かあったのか? 君はいいから、ゴルフを蕗皮君と・・と、こうだっ! 私はポイ捨てられた格好だよ」
「ああ、そういうことでしたか。実は家(うち)の娘が専務の息子さんと結婚することになりまして…。たぶん、それで、だと思います」
「ええぇ~~!」
 生節の驚愕(きょうがく)の大声に、課員達の視線は課長席へ一斉(いっせい)に注(そそ)がれた。
「恐(おそ)れ入ります…」
「いや! こちらこそ。どうりで最近、ひと皮、剥(む)けられたなと思っておりましたよ。今後ともよろしくお願いいたします…」
「はあ…」
 蕗皮と生節の上下関係が、美味(おい)しく逆転した瞬間だった。

         
                   完

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2018年7月 9日 (月)

逆転ユーモア短編集-39- 泣き

 ぅぅぅ…と泣ける場合を分析すれば、それが悲しいときばかりではないことが分かる。逆転して泣ける嬉(うれ)し泣き、もらい泣き・・といった場合がそうだ。だから、泣けるのは決して悲しいときばかりではないことになる。
「ははは…また、あの人、泣いてるぞ」
「ああ、あの隅(すみ)の人だろ…。俺は、あの人を肴(さかな)に、見ながらチビリチビリやるのが楽しみなんだ。ほら、今日も、そろそろ泣くぜ」
 とある町の場末(ばすえ)の飲み屋である。客は3人。他には店主と板前が1人の計5人が店にいる勘定だ。90°に折れ曲がったカウンターの片方で二人の客がヒソヒソ話をしている。反対側のカウンターの隅では、一人の客が顔を赤くしながらチビリチビリと飲んでいる・・という構図だ。
「親父、聞いてくれるか?」
「えぇえぇ、聞きますとも…」
 毎度のことらしく、店主は肴のキュウリと蛸の酢のものの小鉢を置きながら同調した。
「ぅぅぅ…ありがとよっ! 親父(おやじ)だけだっ! そう言ってくれるのはっ! ぅぅぅ…」
「どうしたんです」
「ぅぅぅ…これが泣かずにいられるかっ!」
「はい…」
「なっ! この蛸が赤いのは分かる。分かりますよ…ってんだっ! 分かりますがねっ、親父!」
「はい…」
「俺の顔の方が赤いっ! と、ははは…こうだっ!」
 泣いていた客が笑い出した。
「誰かが言ったんですか?」
「ぅぅぅ…それが誰も言わない。言わないが、言っているのが分かる…世間が言ってます! ぅぅぅ…俺は、もう死んだ方がいいんだっ! ぅぅぅ…。というのは冗談です。ですがですよ、ははは…俺は実に嬉(うれ)しい。ぅぅぅ…好きな蛸と一緒なんだからっ! なあ、親父!」
「そら、そうです…」
 二人の遣(や)り取りを、離れた二人の客が見ながら小声の含み笑いをしながらチビリチビリ・・とやっている。
「なっ! 泣いたろ。今日は実にいい泣きだっ!」
「ああ…。親父! もう一杯、冷や!」
「へいっ!! お前はいい」
 板前を制止し、店主は客から逃(のが)れる機会を得た獲物のように、勢いよく反対側のカウンターへ踵(きびす)を返した。
 泣きは逆転するいろいろな心理変化を人に与えるのである

       
                   完

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2018年7月 8日 (日)

逆転ユーモア短編集-38- 感覚

 虫達からすれば、人は天文学的に長生きする動物ということになる。このように逆転して考えれば、人から見た宇宙で起こるさまざまな天文学的現象も、なるほど! と理解できる。感覚として、1光年とかジュラ紀1億5,000万年と言われても、ピンッ! と来ないのに似ていて、桁(けた)はずれた世界が現実に存在するのだ。人には周(まわ)りの限られた感覚だけが理解できるのであり、ミクロ(微視的)過ぎてもマクロ(巨視的)過ぎても、感知できないのは仕方がない。
 とある家の前にある細道である。道伝いに植えられた広葉樹の梢(こずえ)も色づき、賑(にぎ)やかに葉を落としていた。家の前を掃(は)いている木葉(きば)に通りかかった男が声をかけた。
「木葉(こば)さんでしたね、確か?」
「いえ、私は木葉ですが…」
「そうそう、木葉さんでしたね」
「ええ、木葉です。一塊(ひとかたまり)で木に付いている木葉です」
 木場は色づいた広葉樹を指さし、笑顔でそう言った。
「はぁ?」
「いや、まあそういうことです…。で、どちらさんでしたか?」
「ははは…北風(きたかぜ)ですよ、いやだなぁ~、お忘れですか?」
「あっ! これはこれは、北風さん」
「落ち葉ですか…大変ですねぇ~」
「ははは…そうでもないですよ。ゴミだと思うと大変ですがね。逆転した感覚で、自然からのプレゼントと思えば、実に有難(ありがた)いものとなります」
「はあ、そういうものでしょうか…」
「はい! そういうものです。落ち葉は家の庭木の根元に敷(し)きますから。ははは…」
「なるほど! 感覚ですか…。それにしても、この道の木(き)の葉は天文学的ですなぁ~」
「木(こ)の葉です!」
「ああ、はい! 木の葉でした」
 北風は感覚として、木葉に教育を受けた。

         
                   完

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2018年7月 7日 (土)

逆転ユーモア短編集-37- 味覚の嗜好(しこう)性

 スキ焼は、なぜあんなに美味(うま)いのか? を真摯(しんし)に研究する風変わりな学者がいた。名を善哉(ぜんざい)という。もちろん、世間で表立って話せる学問ではないから、その学者はその研究を━ 一般大衆による味覚の嗜好(しこう)性 ━ と名づけることで正当化しようとした。むろん、大学からはその件に関する研究費が出る訳もなく、自費による別枠の研究として自分の研究所内で立ち上げたのである。迷惑に思う助手の辛口(からくち)は尊敬できない眼差(まなざ)しで善哉を見た。
「君、そういう目つきで私を見るんじゃないっ! この研究も、いつの日か世間で脚光を浴びる日が来るはずだっ!」
「来るでしょうか?」
「… 来ないかも知れんが、無駄(むだ)にはならないはずだっ!」
「そうでしょうか? 僕には無駄以外の何ものでもないように思えるんですが…」
「君はそういうがね。あの残り汁(じる)が実に、なんというか…堪(たま)らなく美味(うま)いんだよ」
「それは先生がそう思うだけでしょ。味覚には個人差がありますよっ!」
「君はそう言うがね。スキヤキという名の歌も過去にあったくらいだよ。逆転の発想でいけば、スキ焼には何かあるっ! ところで、研究材料は買ってあるんだろうねっ!」
「はいっ! 肉も白滝も焼豆腐、それから葱も買ってありますっ!」
「おいっ! シイタケと菊菜はどうしたっ!」
「あっ! 忘れましたっ!」
「駄目(だめ)じゃないかっ! シイタケと菊菜が風味づけなんだから…」
「どうも、すみません…」
 口では謝(あやま)りながら個人差、個人差! …と辛口は思ったが、思うに留(とど)めた。
「いいよ、いいよ…私がこれから買ってくるから」
 善哉が買いに出たあと、辛口は味覚の嗜好性の研究が心理学というより料理学に逆転しているな…と思った

                           完

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2018年7月 6日 (金)

逆転ユーモア短編集-36- 気楽にやる

 これから、やろう! …とすることを頭の中で正確に推(お)し量(はか)り、力んで行動しても上手(うま)くいかない場合が多い。まあ、先々のことを事前に考えておくことは大事だろうが、かといって、細部に至るまで緻密(ちみつ)なまでの正確さでやり過ぎれば、コトをし損じる・・ということになりかねない。逆転して、軽く気楽にやった方が返ってスンナリと終わる・・ことになる訳だ。
「入価(いるか)さん、そのAファイルが出来次第、このBファイルをお願します。昼までに出来ますか?」
「ああ、そりゃ大丈夫ですよ。私の処理量は1分当たり、おおよそ3枚ですから、Aファイルの残余枚数から逆算しますと、11時半ばには、Bファイルも含めすべて終える計算です」
「そんな正確にっ?」
「ええ! 間違いなく。さて、やるかっ!」
 海波(うみなみ)は、そんなに力まなくても…とは思ったが、口には出さず思うに留(とど)めた。もう一人、同じ仕事を任(まか)された籤螺(くじら)は入価とは正反対で、気楽にやろうとしていた。妙なもので、この適当にやる・・方法がよかったのか、暗に相違して11時前に籤螺はすべて終えてしまった。ところが一方の入価は、俄(にわ)かの携帯が入ったことでぺースを乱し、すべてを終えたのは昼休み抜きの1時過ぎだった。
「ご精がでますな、入価さん…」
 昼食を終えたあとの口元を満足げに楊枝(ようじ)でシーハーさせながら、籤螺は嫌味(いやみ)でなくそう言った。
 これは飽くまでも一例だが、正確より、逆転したその時々に処す・・という精神で、気楽にやる方がいいようだ。世の中は自分中心には回っていない・・ということになるだろう

        
                   完

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2018年7月 5日 (木)

逆転ユーモア短編集-35- 柵(しがらみ)崩(くず)し

 世の中を生きていく上で柵(しがらみ)は避(さ)けて通れない。相手があって初めて世渡りができるのであり、身の周(まわ)りの小事は別として、おおよそ人は一人で物事を進めるのは不可能なのである。そこには必ず、相手や物が存在する訳だ。当然、その相手や物と自分との間に柵が発生する・・という構図となる。
「チェ! パンがなくなってら…」
 野球の部活から帰った高1の嘉彦(よしひこ)は、冷蔵庫を開け、掻き回すように探した挙句(あげく)、小さく呟(つぶや)いた。当然、物であるパンは食べれば冷蔵庫から消えることになる。無くなったからといって、キノコのようにまたニョキニョキと姿を現す訳がない。そこに、買わねば・・という柵が生じる。逆転して考えれば、買わねばならないからこそ、人は人と交わって柵を生じることになるのかも知れない。
「あんた、昨日(きのう)、部活から帰ってラーメン食べたあと、足りないってパンも食べたじゃないっ!!」
「そうそう! …であるな。まっ! 仕方ないっ…。今日のところは見逃(みのが)して進ぜよう」
 昨日、部活から帰ったとき、偶然、父親が観ていた再放送のBS時代劇の台詞(せりふ)を嘉彦はそのまま言った。俳優の台詞が余りにも格好よかった・・ということもある。
「見逃すもなにもないでしょ! 小遣(こづか)いは多めに渡してあるんだから…。明日(あした)、帰りに買っときなさいよっ!」
「ああ…」
 味も素(そ)っ気(け)もなく母親に押し出され、嘉彦はあっさりと土俵を割った。ところが、柵は悪い柵をを呼ぶばかりではなかった。
 次の日の部活の帰り、嘉彦はいつも寄るパン屋へ入った。そのときである。
「やあ、ぼっちゃん! いいところへ来なすった。今日は開店20周年で、すべて半額!」
 聞いた嘉彦は、逆転だなっ! と、ニンマリした。倍の量を買えた帰り道、昨日、パンが冷蔵庫にあれば、寄ることもなかっただろうし、そうなれば、倍の量のパンも買えなかったことになる…と嘉彦は自転車を漕(こ)ぎながら思った。
「フフフ…。柵(しがらみ)崩(くず)し、見たかっ!」
 偶然にそうなったのであり、技(わざ)を披露(ひろう)した訳でもなかったが、誰に言うでなく嘉彦はぺダルを漕ぎながら嘯(うそぶ)いた。これも、昨日の時代劇ドラマの受け売りだった。柵は逆転を起こすようである


 
                   完

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2018年7月 4日 (水)

逆転ユーモア短編集-34- 理論と現実

 精密に考え出された理論も、現実にやってみると上手(うま)くいかない・・ということがよくある。要は、理論と現実は違うということに他ならない。
 今から50年以上前の公園である。二人の子供が竹籤(たけひご)に張られた木製紙ヒコーキのプロペラに輪ゴムをセットし、回転させて巻いている。
「その輪ゴム、結構、持ちがいいな…」
「でも、もうそろそろ切れると思うよ」
「いや、まだまだいけるんじゃないか」
「そうかな? 僕の巻き数理論だと、もうそろそろ切れる頃さ」
「なんだ? その巻き数理論ってのは?」
「父ちゃんが言ってた理論だよ」
「紙ヒコーキが理論か?」
「そうじゃないのが理論だけどね」
「どういうのが理論だ?」
「1+1=2だろ。そうなるというのが理論だよ」
「なるほど! で、お前の巻き数理論ってのは?」
「何回、巻いたら切れるかをノートにつけといたんだ」
「それで?」
「数だと、そろそろ切れるんだ」
「いやぁ~、それはどうだろ。まだまだ、いけそうに思うよ」
 逆転したその予想は当たっていた。現実には、全然切れなかったのである。切れたのは数ヶ月先だった。
「やっと、切れたよ」
「だろ?」
 理論は現実にならないと、逆転してただの考えに過ぎなくなる訳だ。

          
                  完

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2018年7月 3日 (火)

逆転ユーモア短編集-33- 最強の男

 プロの格闘家である黄金(こがね)は、最強の男・・の名を欲しいままにし、国内に敵などいなかった。世界の異種競技格闘試合はドローに終わったが、それはそれで全世界に名声を高められたのだから、黄金としては満足できる試合だった。巷(ちまた)では、もはや黄金の右に出る者などいないだろう…と噂(うわさ)した。ところが、どっこいである。右に出る者はいなかったが、左に出る者が一人いた。その男は、黄金と同じプロの格闘家だった。黄金とは逆転して実にひ弱で、出る試合出る試合に負け続けたから、この男が勝つ日は、もはや来ないだろう。早く引退したほうが…と誰しも思った。
 しばらくして、この男の話が偶然、最強の黄金の耳に入らなくてもいいのに入った。
「ほう! そんなに弱いやつがいたか…」
 黄金は同じプロとして、なんとかしてやろう…と、思わなくてもいいのに上から目線で思ってしまった。そして1勝をさせるため、鍛(きた)えてやろう…と、男が所属するジムを訪ねた。
「強くしてやろう! かかってきなっ!」
「はいっ! それじゃ、よろしくお願いいたしますっ!」
 男はヨタヨタと黄金に近づくと、なんの前触(まえぶ)れもなく黄金をぶっ飛ばしていた。黄金としては、こんなはずじゃねぇ…である。フラフラとマットから立ち上がると身構えた。
「おお! なかなか、やるじゃねえかっ! 今度は手加減しねえぞっ!!」
「はいっ! よろしくお願いいたしますっ!」
 男は黄金に近づくと、躊躇(ちゅうちょ)なく黄金を打ちのめした。黄金はマットから立ち上がれないまま、意識が遠退(とおの)いた。
 気づくと、黄金は病院のベッドに寝ていた。ひ弱で名が通った男に打ちのめされた・・とは絶対、言えず、黄金は病休とだけマスコミに伝えさせた。
『やつこそ最強だぜ…。なのに、なぜ負ける?』
 黄金には男がなぜ負けるのかが理解できなかった。原因は簡単明瞭(かんたんめいりょう)だった。男は有名になりたくなかった・・ただ、それだけの理由で負け続けていたのである。ならばプロになど・・と話はなるが、黄金が後々(のちのち)訊(き)いた話では、ジムから貰(もら)える僅(わず)かな金が楽しみだったそうである。この変わった男こそ最強の男だ…と黄金は逆転して思った。

        
                   完

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2018年7月 2日 (月)

逆転ユーモア短編集-32-  A→B→C→D→A

 厳(きび)しい仕打ちをした側は、回り回って自分が厳しい仕打ちをされる。これは必ず逆転して派生する三次元現象なのだが、世の中は上手(うま)く出来ているな・・と、世間では偶然(ぐうぜん)のように簡単に片づけられやすい。苦労[-]して[+]を世の中に起こせば、回り回って[+]が手に入って報われるという原理に他ならない。汗水を流すという[-]で働けば、必ずその代価となる収入[+]が手に出来るという仕組みだ。これは、三次元空間の理屈抜きの原理なのである。
 大手のA社が子会社のB社に突然、生産量の削減(さくげん)という厳しい仕打ちを言い渡した。
「そ、そんな…。ラインはすでに稼動(かどう)しておりますっ! 今からでは在庫を抱(かか)えることに…」
『それをなんとかするのが君の手腕(しゅわん)じゃないか。分かったね! じゃあ、そういうことで…』
 膠(にべ)もなく、ガチャリ! と電話は切れた。B社の社長は、ただちにラインを停止、孫会社のC社へ納品する部品量削減の電話をかけた。
「えっ! それは、いくらなんでも…。ええ…半減ですかっ?! 無茶なっ! すでに、いつもどおりの見込み量を作らせとりますっ! それでは、材料費の支払いが…」
『そう言われてもねっ! A社からの指示なんだから君、仕方ないだろっ! 悪く思わんでくれ。じゃあ…』
 B社の社長は厳しい仕打ちをC社に命じ、膠もなく、ガチャリ! と電話を切った。電話が切られたあと、C社の社長はただちに部品生産ラインを停止し、ひ孫会社のD社に部品の部品となる部品の納入をストップする電話をかけた。
「ええっ! 半減ですかっ! それじゃ、うちは潰(つぶ)れますっ! お宅からの儲(もう)けで従業員の給料と材料費の支払いを、ギリギリでやっとるんですからっ!」
『そう言われてもね…。B社からの指示なんだから仕方ないじゃないかっ、君!』
 C社の社長は厳しい仕打ちをD社に命じ、D社はその数ヵ月後、倒産した。部品納入が完全にストップすると、それはそれで困るのである。C社は、またその数ヶ月後、連鎖倒産した。倒産は倒産を呼び、半年後にはB社も会社更生法の適用を申請し、事実上、倒産した。さらに一年後には親会社のA会社までもが経営状態の悪化により多国籍企業[コングロマリット]傘下に参入される運(はこ)びとなり、厳しい仕打ちを受ける憂(う)き目となった。A→B→C→D→Aである。
 厳しい仕打ちをした側は、回り回って自分が厳しい仕打ちをされる・・という結果を導く。

          
                  完

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2018年7月 1日 (日)

逆転ユーモア短編集-31-  分からない

 人は見かけでは分からない。まあ、ある程度は雰囲気で分かるものだが、まったく逆転した出で立ちだと見損じることがよくある。
「あんたねっ! いい加減になさいよっ! これで何度目だね。私も終(しま)いには注意するだけじゃ済まなくなるっ!」
 尾頭(おかしら)巡査部長は、路地で寝込む浮浪者の阿羅(あら)に困ったような口ぶりで少し強めに言った。
「へへへ…旦那(だんな)、そのうち、他へ行きますから…」
「そのうち、そのうちって、もう何年になるんだっ?」
「かれこれ5年にもなりますかねぇ~」
「そうそう。私がここの赤鯛(あかだい)交番へ赴任(ふにん)した頃だったからねぇ~」
「そうでしたか…」
「君が懐(なつ)かしんで、どうするんだっ!」
「どうも、すいません。しかし旦那、今度のそのうちなんですがね、実は明日(あした)なんですよ。長い間、ご迷惑をおかけしました」
「明日?」
「ええ。詳しいことは言えないんですが、昨日(きのう)、それなりの目処(めど)がつきましたので…」
「そう…。とにかく、よかったじゃないか。私も来年は定年だからね。これで、問題が解決した、ははは…。それじゃ、元気でな…」
「はあ、旦那も…」
 尾頭巡査部長は知らなかった。何を隠そう、阿羅は公安警察の特別任務を帯びた特捜警部だったのである。密かに交番横のビルのマル秘情報を探っていたのだから、人は見かけでは分からない

                           完

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