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2018年7月 9日 (月)

逆転ユーモア短編集-39- 泣き

 ぅぅぅ…と泣ける場合を分析すれば、それが悲しいときばかりではないことが分かる。逆転して泣ける嬉(うれ)し泣き、もらい泣き・・といった場合がそうだ。だから、泣けるのは決して悲しいときばかりではないことになる。
「ははは…また、あの人、泣いてるぞ」
「ああ、あの隅(すみ)の人だろ…。俺は、あの人を肴(さかな)に、見ながらチビリチビリやるのが楽しみなんだ。ほら、今日も、そろそろ泣くぜ」
 とある町の場末(ばすえ)の飲み屋である。客は3人。他には店主と板前が1人の計5人が店にいる勘定だ。90°に折れ曲がったカウンターの片方で二人の客がヒソヒソ話をしている。反対側のカウンターの隅では、一人の客が顔を赤くしながらチビリチビリと飲んでいる・・という構図だ。
「親父、聞いてくれるか?」
「えぇえぇ、聞きますとも…」
 毎度のことらしく、店主は肴のキュウリと蛸の酢のものの小鉢を置きながら同調した。
「ぅぅぅ…ありがとよっ! 親父(おやじ)だけだっ! そう言ってくれるのはっ! ぅぅぅ…」
「どうしたんです」
「ぅぅぅ…これが泣かずにいられるかっ!」
「はい…」
「なっ! この蛸が赤いのは分かる。分かりますよ…ってんだっ! 分かりますがねっ、親父!」
「はい…」
「俺の顔の方が赤いっ! と、ははは…こうだっ!」
 泣いていた客が笑い出した。
「誰かが言ったんですか?」
「ぅぅぅ…それが誰も言わない。言わないが、言っているのが分かる…世間が言ってます! ぅぅぅ…俺は、もう死んだ方がいいんだっ! ぅぅぅ…。というのは冗談です。ですがですよ、ははは…俺は実に嬉(うれ)しい。ぅぅぅ…好きな蛸と一緒なんだからっ! なあ、親父!」
「そら、そうです…」
 二人の遣(や)り取りを、離れた二人の客が見ながら小声の含み笑いをしながらチビリチビリ・・とやっている。
「なっ! 泣いたろ。今日は実にいい泣きだっ!」
「ああ…。親父! もう一杯、冷や!」
「へいっ!! お前はいい」
 板前を制止し、店主は客から逃(のが)れる機会を得た獲物のように、勢いよく反対側のカウンターへ踵(きびす)を返した。
 泣きは逆転するいろいろな心理変化を人に与えるのである

       
                   完

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