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2018年8月

2018年8月31日 (金)

逆転ユーモア短編集-92- 子泣き唄

 よくよく考えれば、子守唄は赤ん坊や子供にとっていい迷惑なのかも知れない。これは穿(うが)った見方だが、逆転してそうとも言えない可能性もあるのだ。というのも、大よそ赤ん坊や子供は唄など聴(き)かない方が寝やすい場合もある・・と考えられるからである。
『♪~どうたらぁ~こうたらぁ~なんとかぁ~かんとかぁ~♪』と、唄い手の父親は、いい気分なのだろうが、『やかましぃ~~!』と、赤ん坊や子供は思っている可能性も否定できない訳である。
「おお、よしよしっ! 眠ったなっ…」
 妻に逃げられた父親は久しぶりの名調子を浪曲調のダミ声(ごえ)でガナった。しばらくすると、赤ん坊は瞼(まぶた)を閉じて眠った。いや、両眼を閉じ、眠った振りをした。そうでもしないと、やかましくて眠れない…と、感じたからである。要は、最悪の状況だと思ったのだ。そうとも知らない父親は馴(な)れもしない子守唄を、どれどれ、もう一節(ひとふし)! …と、ふたたびダミ声でガナり始めたのである。赤ん坊としては堪(たま)ったものではない。こりゃ、ダメだっ! とばかり、身の危険を察知(さっち)したように号泣(ごうきゅう)し始めた。
「オ、オ、オギャァ~~~!!!」
 父親はそのとき初めて、しまった! と気づいたのだがもう遅(おそ)い。赤ん坊としても泣き始めた以上、意地がある。そう簡単に泣き止(や)む訳にはいかなくなったから泣き続けた。父親は、これは偉(えら)いことになったぞ…というところだ。
 その後、どうなったのか? という事後話は読者の方々の想像にお任(まか)せしたいが、子守唄は逆転して子泣き唄となることに心して戴(いただ)きたいとは思う。

         
                   完

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2018年8月30日 (木)

逆転ユーモア短編集-91- 地力(じりき)

 地力(じりき)とは土地が農作物を育てる生産力という意味だが、相撲界では力士が持っている本来の力・・となるらしい。
 新月(しんげつ)は、夕方前、畑の除草作業をしていた。すると、ポッコリと掘られて土が盛り上がった部分が目についた。
『また、モグラか…』
 新月は除草しながら、ボソッと独(ひと)りごちた。二年ほど前から、畑のところどころが盛り上がり、モグラの活躍した痕跡(こんせき)が見られていた。除草を終えて家の中へ入った新月はテレビのリモコンを押した。画面は始まった大相撲の中継をやっていた。
『ええ、黄金華(こがねはな)は、かなり地力ができてきましたねぇ~』
『どうでしょう? 来場所の大関は?』
『私からは何ともいえませんが、優勝には絡(から)んで欲しいですよね』
『ああ、なるほど…』
 担当アナウンサーは、解説者にあっさり納得して頷(うなず)いた。画面を何げなく見ていた新月も、なるほど、地力か…と頷いた。新月の頭の中では畑にいた黄金虫が浮かんでいた。そして、ニタリ! と思わず笑った。
『関取は、すごい地力だからなぁ~!』
 新月が思った関取とはモグラである。新月の頭の中ではモグラ華という関取が地力がついて活躍していた。新月としては逆転した発想で、余り活躍はして欲しくなかった。

         
                   完

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2018年8月29日 (水)

逆転ユーモア短編集-90- その時(とき)

 日々、何げなく過ごしていると、その時(とき)という瞬間を意識しなくなっている。というよりは、知らない間(あいだ)に無駄にしてしまっているのが日常の私達の生活といえる。ところが、よくよく考えてみれば、その時という瞬間にこそコトの成否(せいひ)が隠されている・・と、逆転して考えられるのだ。例(たと)えば、老ノ坂にさしかかった戦国武将、明智光秀が、『敵は本能寺にありっ!』と言ったかどうかまでは直接聞いていないから分からないが、その時、決断したことは史実に残る事実である。
 とある野外公園のトイレの前にはイベント開催の関係からか、長蛇(ちょうだ)の列(れつ)が出来ていた。
「まだ? でしょうね…」
 列の最後尾(さいこうび)に並ぶ男が、それとなくその前に並ぶ男に声をかけた。
「ええ、当分はっ! どうも進んでないようですから…」
 その時、前の男は突然の声にギクッ! としたが、振り向いて咳払(せきばら)いを一つした。そして、襟(えり)を正(ただ)してそう言うと、また前を向いた。
「弱りましたな。出そうなんです…」
 最後尾の男は、言うでなく呟(つぶや)いた。その声が聞こえれば無碍(むげ)にも出来ない。前の男は、また振り向いた。
「漏(も)れる方ですか?」
「ははは…そちらじゃないんです」
 その時の笑いが、最後尾に並ぶ男の明暗(めいあん)を分けた。前の男は、その笑いに、『余裕あるじゃねぇ~かっ!』とカツンッ! と頭にきたのである。
「そうですか、お気の毒に…」
 前の男は内心で『馬っ鹿! 漏らせ漏らせっ!』と笑いながら、外面(そとづら)は同情っぽく言った。
 その時という瞬間は、どうしてどうして、なかなかの曲者(くせもの)で、侮(あなど)れないのである。

           
                   完

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2018年8月28日 (火)

逆転ユーモア短編集-89- 雑食性

 人ほど雑食性の動物はいない。えっ! こんなものまでっ!?  というものまで食べてしまう。ある意味、人は他の動物以上に下世話(げせわ)な生き物なのかも知れない。他の動物は必要な食物(しょくもつ)は本能に従い残虐(ざんぎゃく)なまでに獲(と)って食べるが、その種類は限られている。そこへいくと人は雑食性で、珍味だっ! とかなんとか屁理屈(へりくつ)を捏(こ)ねて何でも食らうのである。
 とある飲み屋のカウンターで会社帰りのA、B二人の客が話しながら飲み食いをしている。AはBの上司だ。
「えっ! アレ、食べますかっ?」
「食べるよっ、もちろん! 美味(うま)いよっ、どうだい、一度?」
「有難うございます。機会がございましたら是非、一度…」
 Bは早や逃げをした。これが、いけなかった。
「そうかい! じゃあ、これからどうかね? ちょうど、いいのが入ったって聞くし、ここから近いからさぁ~」
「はあ…」
 Bはあっさりと土俵を割っていた。なにを隠そう、アレとはカラスのステーキで、雑食性のAが誘ったのはカラス料理専門店だった。すでにAはカウンターを立っていた。
「あっ! これから約束がありましたっ! 次の機会ということで…」
「そうかい? それじゃ…」
 二人は飲み屋の外で別れた。Bは雑食性のAから、かろうじて食われずに(のが)逃れたのである。
 ほうほうの態(てい)で家へ逃げ帰ったBは、ホッ! と一息(ひといき)つき、冷蔵庫へ向かった。
「疲れたときは、コレがいいんだよな、コレがっ!」
 Bが冷蔵庫から取り出したもの、それはスズメ蜂(ばち)の蜂蜜煮だった。
 雑食性とは、ものすごく野蛮(やばん)なのである。

           
                  完

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2018年8月27日 (月)

逆転ユーモア短編集-88- 安(やす)らぎ

 強い国と住みよい国は違う。わが国は第二次世界大戦で多くの尊い犠牲(ぎせい)を出し、敗北した結果、修羅から解き放たれ、有史以来の、安(やす)らぎを得た。敗北したことは、逆転して勝利したことに他ならない。
 ご近所同士の二人が話し合っている。
「ははは…よかった、よかった! あんた、あの弁当、買わなくてよかったよっ!」
「ええっ! そりゃないよぉ~。お宅(たく)は買えて美味(おい)しく食べたんでしょうけどっ!」
「いや、それがさぁ~。並んだまではいいけど、今、一歩のところで売り切れて終わりっ!」
「そうでしたか。用事で買えず、よかったんだ。ははは…」
「ははは…じゃないよ。まあ、それでも、いい方(ほう)なんだけどね」 
「いい方って?」
「実は、3日後に知ったんだけどさ。買った人、軒(のき)並み食中毒!!」
「ええ~~っ!!」
「買えなかったから、ひと安心! っていうのも妙なんだけどね…」
「すると、私が一番、ラッキーってことになりますよね」
「そうそう。あんたが、やすらぎでは一番っ!」
「やすらぎ・・ですか」
「ええ、そうですよ。やすらぎ! 寒い中、並ばずで、食べなかったから食中毒にもならずっ!」
「はあ、まあ…。食べたかったんですけどねぇ~」
「ある意味、あんたはノロウィロスに勝ったんだから大したもんだっ!」
「ははは…そうですかねぇ~」
 用事で買えなかった男はそう言われ、したり顔をした。
 やすらぎとは、かくも単純明快(たんじゅんめいかい)な気分なのだ。

         
                  完

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2018年8月26日 (日)

逆転ユーモア短編集-87- 一歩(いっぽ)ずつ

 このスピード時代に、のんびり歩いていれば、世の中にものすごく取り残されたような錯覚(さっかく)に陥(おちい)る。それだけ世の中の動きが加速しているからだが、実はそうでもないのだ。━ 急がば回れ ━ とは、よく言ったもので、その格言は理に適(かな)っているのである。
 とある学会の会場控え室である。来賓(らいひん)に予定されている皺川(しわかわ)教授の姿が見えず、関係者は表へ出たり中へ入ったりと、教授の到着にヤキモキしていた。講演予定まで残された時間は、おおよそ1時間だった。事態は緊迫(きんぱく)の度を増していた。
「皺川さんは、まだお着きになられませんか?」
 黒鼻(くろばな)教授が焦(あせ)りの声を上げた。
「はい。先ほどの携帯のメールでは、どうも道路が渋滞(じゅうたい)しているそうです」
 皺川教授の後輩である顎田(あごた)準教授が返した。
「弱りましたなぁ~。それにしても、皺川先生ともあろうものが渋滞を事前に予測できなかったんですかねぇ~!」
「はあ…。助手の腹下(はらした)さんは早かったですよね」
 顎田準教授は、会場に早くから到着し、のんびりと焼き芋を食べながら茶を啜(すす)る腹下助手に話を振った。
「ああ、僕は3時起きで歩いてきましたから…」
「あ、歩いてっ!!」
「ええ、歩いて1歩ずつです。僕は重要な会合の場合は、いつも間に合うよう、そうしてるんです…」
 腹下助手は、さも当然のように言うと、熱い茶をまたフゥ~フゥ~しながら啜った。すでに焼き芋は3個、完食している。
「急がば回れ・・ですか?」
「ははは…そんな訳でもないんですがね。ただ、きっちり! したい性分(しょうぶん)でして…」
「いや、いい心がけです。ははは…」
 ヤキモキした顔の黒鼻教授は仕方なく笑った。 
「黒鼻先生! 今、皺川教授からメールがっ! 間に合いそうにないから、腹下さんに代わりを頼んでくれとっ!」
 腹下は晴れて初めての講演の舞台へ立てることになったのである。
 1歩ずつは遅(おそ)いようだが、逆転してコトを成就(じょうじゅ)させるのだ。

    
                       完

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2018年8月25日 (土)

逆転ユーモア短編集-86- 道理(どうり)

 世の中で[無理が通れば道理が引っ込む]とは、よく言われる名言だ。だが、間違った無理は正して通さないようにしないと道理が消え、積もり積もれば逆転して道理が道理でなくなるから、その点は注意を要する。
 一人の男が歩道を散歩していた。すると、とある家の前に捨てられているチューインガムの噛(か)み屑(くず)に気づいた。まあ、普通の神経の持ち主なら人の家の前にポイ捨てはしないだろう…と男は常識的に思った。しかし、その思いはマナーと呼ばれる道理であり、別に捨てたところで非常識ながらも警察に捕(つか)まる訳ではない。そう気づいた男は、少しテンションを下げ、その家の前を通過した。しばらく歩くと公園があったから、男は設置されているベンチの一つに座った。すると、先ほど通った家の前の噛み屑が脳裏(のうり)に、ふと浮かんだ。男は無性に気になりだした。
「よしっ!」
 開口一番(かいこういちばん)、ベンチを勢いよく立ち上がった男は、捨てた人物になり変わり、道理を貫(つらぬ)くことにした。男はその家の前まで戻(もど)ると捨てられた噛み屑を手で拾(ひろ)い、また公園までUターンした。そして、設置された屑篭(くずかご)へ捨てた。男は[無理]という目に見えない悪霊(あくりょう)を屑篭へ捨てて退治(たいじ)したような、いい気分になり帰宅した。男のテンションは道理を通したことで逆転し、高くなっていた。

       
                   完

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2018年8月24日 (金)

逆転ユーモア短編集-85- ああして、こうして…

 物事をしようとする場合、ああして、こうして…と普通、人は考える。この思考には個人差があるが、突飛(とっぴ)もなく短い人と十分考える長い人の2種類に分かれる。両者の考え方は逆転していて、前者は、結果を求めず、まず率先(そっせん)して動く実行派で、後者は失敗しない結果を考えてから動く頭脳派である。両者の間には大きな確執(かくしつ)があり、対立が生まれる。
 太閤殿下なきあと、豊臣家臣団は行動派と頭脳派の2派に別れ、激しい火花を散らしていた。
「許せんっ!」
 加賀の前田利家がこの世を去ると、行動派七将は頭脳派、石田光成を襲撃しようと画策(かくさく)した。それを事前に察知(さっち)した光成は、ああして、こうして…と熟考(じゅっこう)した挙句(あげく)、屋敷を脱出し、こともあろうか、徳川屋敷へと逃げ込んだのである。
 その後の結末は歴史が物語るとおりだが、ああして、こうして…はタイムラグ[関連する二つの事の間に生ずる時間的なズレ]を生じ、逆転して反対の結果を導(みちび)きやすい。

         
                   完

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2018年8月23日 (木)

逆転ユーモア短編集-84- 努力(どりょく)

 今まであった状態を、より以上いい状態にしよう! と心してやるのが努力(どりょく)と言われる行為だ。別に現状維持のままでいい場合もあるが、大よその場合は悪い状況にあり、逆転してそれ以上によくしようと改善(かいぜん)を試(こころ)みる行為が多い。悪い通知簿を受け取った子供が冬休みで3学期こそっ! と、いい成績を目標に猛勉強をしたり、営業成績の悪かった社員が新規の顧客(こきゃく)開拓(かいたく)だっ! といい営業成績を目指(めざ)して動き回る・・といった行為が努力と言われる。努力が足りないと当然、結果も出ない訳だから、現状維持~現状悪化の道を進むことになる。
「弱りましたな…」
 ご隠居が一人、盆栽を見ながら腕組みをし、悩んでで呟(つぶや)いた。そこへ偶然、お隣(となり)の主人が散歩から帰宅し、二人は、バッタリと垣根越しに出くわした。
「何がです?」
 お隣りの主人は訝(いぶか)しげにご隠居に訊(たず)ねた。
「いや、なにね…。少し努力が足りなかったみたいでしてな」
「努力? と申されますと?」
 事情を隣の主人が訊(き)くと、しばらく海外旅行をしている間に、盆栽の枝が伸び放題に伸び、樹形がまったく整わなくなった・・のだと言う。
「ははは…なんだ、そんなことでしたか。いいじゃないですか、枯れた訳じゃなし。これから努力で整えられればっ!」
「あっ! その手がありましたなっ! これからも努力をねっ! ははは…」
 努力とは、逆転してあっけなく解決する話題なのである。

          
                   完

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2018年8月22日 (水)

逆転ユーモア短編集-83- 安定力

 人には不安定な人と安定した人の二種類が存在する。その安定感の違いは、生まれ持った個人の安定力によって決定される。不安定な人は結果を逆転されやすく、安定力がある人ほど社会に信用されることになる。
 とある社内の事務室である。隣席同士の二人の社員が残業をやっている。
「ははは…塩釜(しおがま)さんは相変わらずマイぺースですねっ! じゃあ、お先に…」
 そう言いながら隣りのデスクに座っていた真鯛(まだい)は、処理を終えたファイルを閉じながら椅子から立ち上がった。真鯛は仕事が速く、課内での処理量も群(ぐん)を抜いていた。そこへいくと塩釜は仕事が遅(おそ)く、仕事の処理量も今一で、鳴かず飛ばずの無能社員・・といったところだった。ところが、実態は、そうではなかった。というのも、真鯛は仕事が速く処理量も多かったが、その半面、凡ミスが多く、結果として上司の評価はマイナス査定だった。逆に塩釜は仕事が遅い半面、間違いがほとんどなく、安定力に恵まれていた。当然、上司の評価はかなりのプラス査定だった。
「お疲れさんでした…」
 塩釜は課を出ていく真鯛の後ろ姿に声をかけた。
 次の日の朝、二人のファイルが課長席にあった。
「これじゃなっ! やり直してくれたまえ、真鯛君」
 真鯛は課長の蟹崎(かにざき)に叱責(しっせき)され、渋面(しぶづら)でファイルを突き返された。それから数分後の逆転場面である。
「ごくろうさんでした。ははは…やはり、安定力が違いますな。よく出来てましたよ、塩釜さん。これで部長への顔も立ちます」
 蟹崎は笑顔で塩釜を褒(ほ)め称(たた)え、握手を求めた。
 安定力は仕事の処理量、速さとは別のものだということだ。

         
                  完

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2018年8月21日 (火)

逆転ユーモア短編集-82- 休めない人

 休めないのは大変だが、逆転して考えれば仕事があるだけ有り難い…と喜ばないといけないのかも知れない。働きたくても働けない人もいるからだが、休めない人々の存在は、休むことも人として大事だということを忘れている。結果は過労死とかになる。休んで楽しむ人がいるから、そのために働く人の出番がある訳で、休めない人で世の中が満(み)ち溢(あふ)れれば、働く人の出番もなくなり、働くことの意味がなくなるのだ。いや、それだけでは留(とど)まらず、負のスパイラル[渦(うず)巻き]で働く仕事もなくなってしまうことになる。回り諄(くど)いから、分かりやすい話を一つ紹介することにしよう。
 ここは、とある工場の生産ライン現場である。
「桶丸(おけまる)さ~ん! すみませんねぇ。明日もお願いできないでしょうか?」
「いいですよ。大した楽しみもありませんから…」
 桶丸は快(こころよ)く主任の多織(たおる)の頼みを聞き入れた。工場の他の工員達は、影で桶丸を[休まない男]と揶揄(やゆ)していた。真実を言えば、桶丸が休まない訳ではなく、やすめなかったからである。というのも、桶丸は頼(たの)まれれば嫌(いや)! と言えない性格だったから、どうしても人員不足の代替要員にされがちだった訳だ。桶丸のそんな性格が桶丸を休めない人にしたのである。
 休む気のない人は利用されて逆転し、休めない人になるから、かわいそうな人になるのだ。休めない人に神仏のご加護あらんことを…。

        
                   完

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2018年8月20日 (月)

逆転ユーモア短編集-81- お金持ち

 お金持ち・・という言葉を聞けば、大概(たいがい)の人が羨(うらや)ましくなる。それは、自分達がお金持ちではないからだ。ところが、お金持ちというのは人々が羨むほどでもない存在なのである。逆転の発想でよくよく考えれば、お金持ちでない方が、返って幸せが長続きする場合が多い。その生活がたとえ、侘(わび)しく質素(しっそ)なものであったにしろ、幸せが持続するとすれば有り難い話なのである。それにひきかえ、お金持ちにはお金持ち特有の柵(しがらみ)が付き纏(まと)って離れない。それは手を変え品を変え、お金持ちの隙(すき)や油断をつけ狙(ねら)っている。まあ、よくよく考えれば、そんな人の不幸を狙う手間(てま)暇(ひま)があるのなら、地道(じみち)に働けっ! と怒れる話ではある。
 とある会社の事務室である。
「蛸岸(たこぎし)さぁ~ん!」
「なんですっ!? 烏賊場(いかば)さん!」
「… いや、なんでも」
 蛸岸は最近、社内で理由なくお金持ちになった。その理由を訊(き)き、自分もその恩恵にあやかろうという手合いがひっきりなしで、今朝の烏賊場もその一人だった。
「社内で飛び交(か)ってる私の噂(うわさ)のことですか?」
「ええ、まあ…」
「ははは…別にどうということでもないんですがね」
「どうということもない・・と言われますと?」
「いや、ほんとに。ど~~ってこともないんですよ」
「その、ど~~ってこともない・・と言われるのは?」
「ですから、ど~~ってこともないんですよ。成りゆき、ええ、成りゆきですよ」
「成りゆき・・で、ですか?」
「ええ、そうそう。成りゆき成りゆき、ははは…」
「で、どういった成りゆきで…?」
「どういったも、こういったもありません。自然と、です」
「自然と? そこんとこをお訊きしたいんですが…」
「そこんとこも、ここんとこもありませんよ、ははは…。ただ自然と、です」
「自然とお金持ちに、ですか?」
「誰がです?」
「いえ、蛸岸さんが」
「ええ~~っ! 私がっ!? 私はお金持ちじゃないですよ」
「でも、社内じゃ、そういう噂ですよ」
「ははは…、お金は持ってますがね。屑(くず)鉄ばかりです、ははは…」
 お金持ちは裕福だとは限らない訳だ。

       
                   完

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2018年8月19日 (日)

逆転ユーモア短編集-80- 吝(やぶさ)かではない

 吝(やぶさ)かではない]という都合のいい言い回しがある。私としては積極的にやろう! という気持はないが、どうしてもやってもらいたいと言われるなら、やること自体に不満はなく、やらせていただく・・という積極的な参加を回避(かいひ)する遠回しの了承なのである。この、[吝かではない]という言い回しは、実は非常に強(したた)かで、なかなかの曲者(くせもの)ということに多くの人は気づいていない。この[吝かではない]と発する人の気持は、実は逆転して相当に[吝か]なのだ。もう少し分かりやすく言えば、[吝かではない]のだが、出来れば他の人にお願いしたい・・の意味を含む逆転した逃げ言葉なのである。
 とある法律事務所の中である。
 「念を押すようでなんなんですが、遠山さんは明日からお休みでしたよね?」
「はい! 大岡さんは知っておられると思いましたが?」
「ええ! もちろん知っております。知ってはおりますが、念には念を入れたまで、です」
 所長代理の大岡は妙な言い訳をした。
「それが、なにか?」
 副所長の遠山は訝(いぶか)しげに大岡を見た。
「ははは…いや、どう! ということはないんですが…」
 大岡は語尾(ごび)を濁(にご)した。
「それで、よろしいんですよね?」
「ええ、もちろん! それでいいんですがね」
 大岡は奥歯に物の挟(はさ)まったような言い方(かた)をした。
「えっ? と、言いますと?」
「ええ…、私があなたの代わりに出勤するという訳です」
「えっ?」
「出勤することには、吝かではないんですが、出切れば、他の方に…」
「と言われるのは、休みは駄目だと?」
「いえ、駄目だとは申していないんですが…」
「では、どうしろと!」
 遠山は少しイラついた。
「明日は休みたいんで、明後日(あさって)からでは?」
「それならそうと言われればいいじゃないですかっ! 私は明後日からでも、吝かではないんですからっ!」
 [吝かではない]はその後、事態を逆転させるこの法律事務所の流行(はや)り言葉となった。 


        
                   完

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2018年8月18日 (土)

逆転ユーモア短編集-79- 外見(がいけん)

 正月休みが終わり、屠蘇(とそ)気分でグデェ~ンとしていた枯居(かれい)にも、出勤が明日(あす)に迫(せま)っていた。明日からの出勤だという前日にもかかわらず、妙にテンションが上がった枯居は、何の目的もなくフラリと街頭へ出た。そこでバッタリ! と出合ったのは、故郷の幼馴染(おさななじ)み、平目(ひらめ)だった。
「おおっ! 平目じゃないかっ!」
「枯居かっ! 久しぶりだなっ! こんなとこで出会うとは…」
 二人の外見は対象的で、枯居は普段着とサンダル履(ば)きで飛び出したものだから貧相な格好だったが、平目は高級スーツ、高級靴に身を窶(やつ)していた。枯居は内心で、『こいつも、かなり出世したなっ!』と思った。逆に平目は、『こいつも、俺と同じ、鳴かず飛ばずか…』と思った。ところが事実は逆転していたのである。明日に出勤が迫っていたとはいえ、枯居は会社の重役だったから自動車のお出迎えで、平目は明日から土木作業の現場が待っていたのだ。
 人は外見で判断できない・・という話だが、外見は美女、イケメンの方がいいのは逆転しない事実ではある。

                           完

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2018年8月17日 (金)

逆転ユーモア短編集-78- 考える葦(あし)

 パスカルは、━ 人間は考える葦(あし)である ━ だとかなんとか、小難(こむずか)しいことを言ったそうだ。本人から直接、聞いた訳でもないから詳しい意図は分からないが、別に葦ではなく、水草でもいいようには思える。物事を理解して、新しい発想で事物を作り、発展させることの出来る最たるものは、確かに人間である。ただ、逆転して、この能力は毒にも薬にもなり、危険この上ない代物(しろもの)だ。例(たと)えば多くの生物を絶滅させたり、地球破壊兵器を作ったり・・と、枚挙(まいきょ)に暇(いとま)がない。
 閉店が近づいた、とある店である。
「今日はもういいですよ、霧川(きりかわ)さん」
「そうですか? じゃあ、お先に、あがらせてもらいます…」
 熟練店員の霧川は店長の霜林(しもばやし)にそう言うと店奥へスゥ~っと消えた。いつもよりは数十分、早かったから、この時間をどうしたものか…と霜林は考えなくてもいいのに考える葦のように考えた。すると、やっておきたい買物があったことを、ふと思い出した。霜林は着替えて店を出ると、ソソクサと目的の店へと向かった。
「いやぁ~、昨日まではあったんですがねぇ~。売れちまったんですよ。どうします?」
「どうします? って、無いものは買えないでしょうが…」
 霜林は少し怒り口調で返した。
「いやっ、そうじゃなくって! お取り寄せしますか?」
「出来るのっ?」
「ええ、まあ…。出来るような出来ないような…」
「煮え切らない! どちらなんですっ!」
「ええ、ですから、あればっ! の話です。たぶん、ないとは存じますが…」
「もう、いいですっ!」
 霜林は店をあとにしていた。早くあがった数十分は、疾(と)うに過ぎ、霜林は考える水草のようにプカプカ街頭を歩いていた。
 考える葦も逆転して考えれば、大した存在ではない訳だ。

             
             完

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2018年8月16日 (木)

逆転ユーモア短編集-77- 潮目(しおめ)

 世の中の動きには変わる潮目(しおめ)があるという。平たく言えば、変化する時流(じりゅう)ということになる。これでも分かりにくいから、より薄くプレス[圧縮]して語れば、世の中が進んでいる今現在の方向が変化するということになるだろう。自分一人が反発したところで世間がそれを肯定(こうてい)しているのだから、その流れに従って生きていくしかない訳だ。ひょんなことで、まったく違った方向へと流れが変化するのだから面白い。それをいかに早く感知して新しい方向へと進むか・・が、成功への秘訣(ひけつ)ということになる。逆転する潮目・・これを知るのは、ひとつの個人能力に等(ひと)しい。
 とある会社の昼休みである。そろそろ午後の勤務時間が近づいていた。課員達が社内食堂や外食からザワザワと戻(もど)ってきている。その中の一角で、隣席(りんせき)同士の社員二人がベチャベチャと語り合っている。
「いやぁ~参(まい)ったよ。値下がりで大損(おおぞん)さっ!」
「先輩は株で一発! 派でしたからね…」
「いやぁ~、そんな訳でもないが、潮目を見誤(みあやま)ると、まあ、こうなる。哀れなもんさっ、ははは…」
「で、おいくらくらい?」
 先輩社員は片手の人さし指を一本、立てた。
「いっ、一千万っ!!」
 先輩社員は無言で立てた指を揺らし、顔を左右に振りながらニヤけた。
「…でしょうね。百万でしたか。まあ、相場です…」
「じゃないんだなっ!」
「なんだ、10万ですか…」
 後輩社員は、『まあ、そのくらいなら自分でも…』という顔で得心(とくしん)し、頷(うなず)いた。
「いや、そうじゃないんだ。1億さっ! …まあ、この前、3億ほど稼(かせ)がせてもらったからいいけどさっ、ははは…」
「ぇぇ…」
 後輩社員は唖然(あぜん)として言葉を失った。
「俺としたことが、だっ! 潮目を読むのは難(むずか)しいのさっ、ははは…。さあ、仕事仕事っ!」
 後輩社員は先輩がなぜ安い給料で働いているのか? が分からなかった。
 潮目が読める人は、ある意味、堅実(けんじつ)なのだ。

           
                  完

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2018年8月15日 (水)

逆転ユーモア短編集-76- パフォーマンス

 体裁(ていさい)を繕(つくろ)う・・とは、よく言われる言い回しだ。所謂(いわゆる)、他人に対して格好をつける、見栄(みえ)を張る・・ということだが、よく口にするパフォーマンスという言葉がピッタリと当てはまる。
 とある会場の体育館では年末恒例の腕相撲大会が行われている。大会はいよいよ佳境(かきょう)へと進み、準決勝に勝ち残った二人の選手が多くの観客に対し、雄叫(おたけ)びを上げながら登場した。少し、テレビのK1実況中継を真似ていないでもない。
「決勝戦を行います! …赤コーナ~~!! ○□町、禿川(はげかわ)選手~~!!!」
 MC[マスター・セレモニー]がマイクを強く握(にぎ)り締(し)め、興奮した大声でガナリ立てた。それに呼応(こおう)するかのように、禿川は力瘤(ちからこぶ)を観客に向けて大げさに見せるパフォーマンスをした。この辺(あた)りもテレビ中継と似ていなくもない。
「青コーナ~~!! △◎村、髪白(かみしろ)選手~~!!!」
 髪白も禿川に負けてはいない。片腕を激しく回わすパフォーマンスを観客に見せつけた。両者とも外見は強そうに見えた。ところが、である。内情は二人とも逆転していた。禿川は勝ち上がってきた試合で筋肉に痛みを覚え、限界を感じていた。片や髪白も腕を回したとき関節に痛みが走っていた。審判[ジャッジ]が二人の手の握りを確認したときだった。二人はパフォーマンスとは裏腹に試合を棄権(きけん)した。結果、3位決定戦が事実上の決勝となり、優勝、準優勝者は餅(もち)を鱈腹(たらふく)食べられることになった。
 世情はパフォーマンス流行(ばや)りだが、パフォーマンスは逆転して、力量に乏(とぼ)しい。

                            完

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2018年8月14日 (火)

逆転ユーモア短編集-75- 追い抜く

 快晴の中、駅伝が行われている。食材(しょくざい)高校のアンカー、葱川(ねぎかわ)は先頭を走る調理(ちょうり)商業の鴨岸(かもぎし)に35秒差をつけられ、2位に甘んじていた。襷(たすき)を受け取ったときは先頭と20秒差だったから、差を広げられたことになる。沿道から指示を出しているのは、コーチ、出汁(だし)である。出汁は、大声で、「差が広がってるっ! ぺースを上げろっ! ぺースをっ!!」と、大声でガナリ立てた。当然、その声は葱川に届(とど)いていた。コーチの意思を知った葱川は『追い抜くんか~~いっ?!』と、心で愚痴った。次の瞬間、葱川の脚はギア・チェンジされ、速度が増し始めた。コース残りは、ほぼ半分の3Kmである。葱川は取り分けて相手を抜こうとは思っていなかった。
「どうなんでしょう?」
「ええ、ひょっとすると、逆転するということも…」
 テレピの実況中継がアナウンサーと解説者の会話を流していた。
「入れ替わる・・訳ですね?」
「入れ替わりはしませんが、順位が変わるかも知れません」
 アナウンサーは、『それが、入れ替わる、ってこったろうがっ!」と、心で吠(ほ)えた。その怒りが葱川に伝わったのかは不明だが、葱川のぺースは瞬く間に上がった。
 半時間後、競技場のゴールでニッコリ微笑んでいたのは、調理商業の鴨岸ではなく食材高校の葱川だった。追い抜く気がなかった葱川は、結果として追い抜き、順位が逆転したのだ。出汁のガナリ立てがよかったのか、駅伝は美味(おい)しく茶の間(ま)で食べられた。

         
                  完

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2018年8月13日 (月)

逆転ユーモア短編集-74- 弱肉強食(じゃくにくきょうしょく)

 世は当(まさ)に、せち辛(がら)い弱肉強食(じゃくにくきょうしょく)の様相である。強い者は弱い者を弄(もてあそ)ぶように利用して好き勝手に生きられるが、弱い者は強い者に虐(しいた)げられ、這(は)い蹲(つくば)って生きねばならない世界なのである。この世界が一定の段階まで到達したとき、逆転して主客転倒すれば面白いだろう。
 これからお話しする世界は西暦○○○○年のとある町での出来事である。
 一定の高度を法定速度でスムースに飛ぶ飛行タクシーの中で、乗客の二人が語り合っている。
「ははは…まあ、今の弱肉強食もそう長いことじゃないはずですよ」
「いや、それは弱肉の私もそう思っとるんです。なにせ、コレだけ暮らし向きが苦しくなってる訳ですから、そろそろお迎えがねっ!」
「はいはい、それそれっ! そろそろと、私も踏んどるんですよ、ははは…」
 お迎えとは立場が逆転し、富んだ暮らしをしていた強食者達は虐げられていた弱肉者達と同じ奈落の底へ沈み、逆に、虐げられていた弱肉者達は強食の富んだ暮らしを満喫(まんきつ)できるという経済システムのチェンジである。
「すると、食われてばっかりの私なんか、どうなるんっすかねっ?」
 運転手がバックミラー越しに二人を見ながら、話に割って入った。
「ああ、弱肉のあんたか…。あんたも会社の役員くらいにはなれるんじゃないのっ!」
「そうそう、あんたが座ってる運転席は、たぶん強食の専務くらいが座ってるだろうさ、ははは…」
「ははは…強食から弱肉ね。そりゃ、いい」
 運転手は陽気な声で返した。
「ただ、いつからか・・が、分からないからっ!」
「それそれっ!」
「でしょ?!」
 客同士が掛け合い漫才のように間合いよく話した。
「早くお願いしたいもんですなっ!」
 運転手が加えた。
「それそれ!」「それそれ!」
二人の客は異口同音に返した。やがて、飛行タクシ-は二人の客が指定したターミナルへと着陸した。
「おお! かわりましたなっ!」
 ターミナルの電子掲示板が地球経済のシステム変化を告げていた。
 このお話は飽くまでも弱肉強食が逆転するというフィクション[虚構]です。^

       
                   完

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2018年8月12日 (日)

逆転ユーモア短編集-73- 注文

 とある高級酒店へ寄った矢川(やがわ)に、ふと昔の記憶が甦(よみがえ)った。かなり以前の記憶で、夜も更けたスナックのカウンターに矢川は座っていた。
『安ものなら、いくらでもありますよ。それで、よろしいか?』
『ああ、ともかく今日は飲みたいんだっ! 適当に作ってくれっ!』
『矢川さん、何かあったんですか?』
『ああ、まあな…』
 会社の労働争議に巻き込まれた中間管理職の矢川は、会社と社員達の板ばさみに合い、身動きも取れないまま、ショボい気分でスナックへ入り、注文したのだった。
 注文を受けたマスターが出した酒は、どういう訳か実に美味(うま)かった。
『これ…美味いな』
『安ものシロップのジン・ライムです…』
 矢川がそんな回想を巡っていると、女店員が奥から出てきた。
「ジン・ライム、ない?」
 無意識で、矢川は注文していた。
「ジン・ライムですか? ジン・ライムでしたら、こちらになります…」
 女店員が誘導(ゆうどう)し、示した棚(たな)に並んでいたのは、高級ジン・ライムの瓶(びん)だった。
「いやっ! こうゆうんじゃないんだっ」
「えっ?! どういった?」
「シロップだよ、シロップ!」
「シロップ? そういう安ものは当店では扱っておりません…」
 上から目線の、めかし顔で、さも上品を気取って返した女店員の言葉に、矢川は思わずムカッ! とした。
「いやっ! もういいですっ!」
 吐(は)き捨てるように小さく言うと、矢川は足早(あしばや)に店を去った。
 人が要求する注文は、なかなか他人には理解しづらい。

      
                   完

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2018年8月11日 (土)

逆転ユーモア短編集-72- しんみりとあたふた

 落ちついてくると、しんみりした気分になる。心が安らいで、椅子(いす)にドッコイショ! と座ったような具合だ。ひょっとすると、心は茶などを啜(すす)っているのかも知れない。逆転して、心が騒いだ状態では、しんみりと茶など啜っている場合ではなくなるから、心は椅子から立ち上がり、右へ左へ・・と、あたふたと、し出す。ただ、これは当事者だけが分かる感覚で、赤の他人には皆目(かいもく)、しんみり、あたふた感は分からない。
「ブルマンをもらおうか…」
 とある駅前の古風な喫茶店である。店へ入った渋い感じの中年男がパーコーレーダーが置かれたカウンター席へと座り、しんみりした語り口調で格好よく言った。まるで西部劇に出てくる、カウボーイが酒場へ入った、いい場面に似た雰囲気だ。
「はい。しばらく、お待ちを…」
 老(お)いた店主も負けてはいない。落ちついたもの静かな語り口調で、しんみりと返した。ところが二人とも、言葉とは裏腹に、心はあたふたと焦(あせ)っていた。店主は今にも漏れそうなほどの尿意を感じていたから、あたふたしていた。一方、客の中年男は、店の窓越しに見える駅の乗降客に焦っていた。というのも、待ち合わせた時間が過ぎていたが、一向にその女の姿が見えなかったからだ。態(てい)よく振られた格好なのだが、この男のプライドがそれを許さなかった。必ず来るはずだっ! が、この男をあたふたさせていたのである。
 しんみりとあたふたには、こういう逆転した二面性があるのだが、他人には分からないのだから面白い。

         
                   完

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2018年8月10日 (金)

逆転ユーモア短編集-71- 起死回生(きしかいせい)

 起死回生(きしかいせい)・・とくれば、逆転・・という言葉がよく合う。それほど、起死回生の四文字には、ほぼ諦(あきら)めていた当事者をオオッ! と感動させるオーラ[雰囲気]がある訳だ。むろん、起死回生された側からすれば、ほぼ、こちらの…と勝利を確信していたのだから、チェ! とテンションが下がることにはなる。
 明日の発表会に向けたママさんコーラスの最終打ち合わせが公民館の和室で行われていた。確認をしているのは部長の大口(おおぐち)だ。
「奥目(おくめ)さん! 出席できますかっ!?」
「出来ないとは思いますが…」
 奥目は小さな声で大口に返した。
「えっ? どちらなんです?」
「それが…上手(うま)くすれば参加、出来るんですが、ほぼ出来ない・・というようなことで…」
「出来ない・・で、よろしいですね?」
「ええ、まあ…」
「はい! それじゃ、顎長(あごなが)さんは?」
 大口の出欠確認は進んでいった。奥目はお茶を飲みながらお茶を濁(にご)した。奥目がはっきりしなかったのには理由がある。中学二年のドラ息子の不始末で学校に呼び出されていたのだ。重(かさ)なった時間から見て、早く済めば発表会に間に合い、長びけばアウトとなる。ここは起死回生の妙案が浮かべば…と奥目は考えたが結局、欠席・・ということで家路に着いた。
 起死回生は夕食どきに訪(おとず)れた。
「な~んだ! それなら、俺が行ってやるよっ!」
 ポ~ン! と長打のホームランを打ったのは夫だった。上手(うま)い具合に会社の休みが取れたのだという。
「よかったわっ!!」
 起死回生は、逆転のいい気分にさせる即効薬である。

                        完

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2018年8月 9日 (木)

逆転ユーモア短編集-70-  時間配分

 満員電車に揺(ゆ)られ、白髪(しらが)は疲れた身体を引き摺(ず)るように家に辿り着き、重そうに玄関戸を開けた。
「 人の生き様(ざま)には関係なく、時間は誰にも平等に流れている。ということは、有効に上手(うま)く時間を使い熟(こな)した人が好結果を得られるということだ。時間を逆転させ、過去へ戻(もど)れない以上、これから先の時間配分は人生を成功させる重要な鍵(かぎ)となってくる。
 とある店の事務所前である。
「土鍋(どなぺ)さん! 申し訳ないんですが、明日の昼出(ひるで)なんですが、朝勤(あさきん)でお願いできないでしょうか?」
「なにかあったんですか?」
「ええ、実は朝勤の鉄蓋(てつぶた)さんに急用ができましてね…」
 事務の係長、焼石(やきいし)は勤務簿を見ながらロッカールームから出てきた土鍋に懇願(こんがん)した。土鍋としては突然、湧(わ)いた話である。明日は昼出だから午前中に煮物を作っておこう…との腹積(はらづ)もりだったから、さて、どうしたものか…と一瞬、戸惑(とまど)った。
「いや、何かご用がお有りなら、どうしてもという訳ではありませんので…」
 焼石は美味(おい)しいビビンバのように、サッ! と体を躱(かわ)して引いた。相撲で言うところの立ち合いの変化である。
「いや、そういう訳では…」
 土鍋はあっけなく土俵に転げ落ちた・・という訳ではなかったが、機先(きせん)を制(せい)された。
「そうですか。でしたら、よろしくお願しますね。お疲れさまでした」
 リズムよくトントントン・・と畳(たた)みかけられては、土鍋としても断る訳にはいかない。「はあ、分かりました…」と、思わず頷(うなづ)いてしまった。
 帰路、土鍋は自転車を漕(こ)ぎながら思った。
『そうだ! 時間配分を変えればいいだけのことだ…』と。時間配分を変え、明日の昼から煮ればいいだけのことなのだ。何も、必ず朝に煮なければならない・・という話ではなく、急ぐ訳でもなかった。土鍋は、朝から煮物を…との考えに捉(とら)われ過ぎたばかりに、時間配分を忘れてしまったのである。火を止めても、土鍋はしばらくの間、熱を保つから雑炊(ぞうすい)には適している

         
                   完

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2018年8月 8日 (水)

逆転ユーモア短編集-69- 意味

 満員電車に揺(ゆ)られ、白髪(しらが)は疲れた身体を引き摺(ず)るように家に辿り着き、重そうに玄関戸を開けた。
「ただいまっ!」
 見回したが誰もいない。すると、奥庭から出てきた飼い猫の虎丸(とらまる)が、ひと声、「ニャァ~~」と可愛(かわい)く鳴いた。人の耳には可愛く聞こえるのだが、内容は逆転していて、『お帰りっ! あんたも毎日、大変だなぁ~』くらいの意味である。
「ああ…。お前だけになったな、やさしく迎(むか)えてくれるのは…」
 いかにも侘(わび)しい声で、楚々(そそ)と白髪は虎丸の頭を撫(な)でた。虎丸は、また、ひと声「ニャァ~~」と可愛く鳴いた。可愛く鳴いた・・というのは、飽(あ)くまでも白髪の感受性で、虎丸にすれば普通に声を出した程度の話なのである。人の心は、良くも悪くも、意味をデフォルメ[変形]させる。
「そうかそうか、分かってくれるか…」
 虎丸はちっとも分かっていなかった。『そんな馬鹿話はどうでもいいから、早く食べさせてくれぇ~~』という意味である。
「さて、着替えるかっ! ああ、そうだ。そろそろ腹が減っただろ?」
 白髪は、そう言いながら虎丸の頭を、また撫でた。虎丸は三度(みたび)、「ニャァ~~」と可愛く鳴いた。『あんたも、ようやく分かってきたじゃないかっ!』くらいの意味である。
「ほう、そうか…。待てよっ! すぐ着替えるからなっ」
 と、すぐ虎丸は「ニャァ~~」と返した。『着替える前に準備しろよっ!』くらいの、催促(さいそく)する意味だった。
 自分の言おうとする意味を自分以外に理解させたり、してもらうのは小難(こむずか)しい・・ということだ

                            完

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2018年8月 7日 (火)

逆転ユーモア短編集-68- 繰り返し

 物事が同じように繰り返されれば進歩がない・・と考えるのが一般的だが、逆転して考え、当然、進歩の逆で荒廃も有り得る・・と考える人は少ないだろう。だから世の中は新しい方向へと進んでいく訳だが、これは世界にとって正しいようで非常に怖(こわ)い、注意を要することなのである。
 とある商店街の中で、昔ながらの佇(たたず)まいを残し、商(あきな)いを続ける一軒のうらぶれた店があった。周囲の店はすべてが新しい近代的な店に様(さま)変わりしていたから、その店だけが目立っていた。ある時、もの珍しさで訪れたテレビ局の取材があった。
「川原津(かわらず)さんのお店は昔とちっとも変わりませんねぇ~。懐(なつ)かしい当時の物が、いつも置いてあるという評判なんですが、お見受けしたところ確かに…。あの…つかぬ事をお訊(き)きしますが、こんなものを今の時代でも仕入れられるんですか?」
「えっ? ええ、まあ…。私らの店は世間の店とは少し違ってましてね、異質ですから…」
「異質? といいますと?」
「異質(いしつ)は異質です。並みの質(しつ)じゃないということです」
「並みの質じゃない? …そのあたりのところを、もう少し詳(くわ)しくお聞かせ願えないでしょうか?」
「ほう…いいですよ。昔のことを繰り返しておるだけですから…」
「繰り返し・・ですか?」
「ええ、繰り返しです。もう、いいでしょうか?」
「はい…」
「この取材が繰り返しになるといけませんから…」
「はあ?」
 インタビュアーは意味が分からず、訝(いぶか)しげに川原津を見た。
「いや、まあ、そういうことです…」
「はあ…」
 訝しげに取材陣は取材を終え、撤収した。繰り返し・・とは、まあそういうことなのである。

       
                   完

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2018年8月 6日 (月)

逆転ユーモア短編集-67- 纏(まと)まる

 見解の違う両者が歩み寄り、話が纏(まと)まるのは並(なみ)大抵(たいてい)のことではない。主張し合う両者は言いたい放題(ほうだい)だからそれでいいが、纏まるよう纏める者は、両者の言い分をそれなりに得心(とくしん)させなければならないから難しい。逆転して考えれば、両者以上に大変な作業なのかも知れない。 
 [1]と[3]は見解の相違で、もめていた。両者の代表が数十年に渡り和解を試(こころ)みたが、思うようには進展しなかった。
「いや、そのお考えは、絶対にいかんですよっ! 遺憾(いかん)に思いますっ!」
「なにをおっしゃる。私の考えこそが私どもとあなた方の関係を改善する一歩になるはずですよっ! あなたの、そういう考えこそ憤慨(ふんがい)ものでいかんですっ! 遺憾に存じますっ!」
 [1]に反発し、[3]も言い返した。このままで両者の言い分が纏まるのは困難かと思われたその時である。
「まあまあ、お二方(ふたかた)。ここは私の顔を立て、お二方の言い分どおり、双方(そうほう)の言い分を認める・・という融和(ゆうわ)案を了承(りょうしょう)願えないですかなっ!」
 [1]と[3]に割って入ったのは、両者の仲裁(ちゅうさい)役を買って出ていた[2]である。
「… [2]さんがそう言われるのなら、あなたの顔を立てましょう!」
「ええ、私も依存(いぞん)はありません。[2]さんの顔を立て、了承しましょう!」
 拗(こじ)れていた数十年にも渡る[1]、[3]の見解の相違は逆転し、あっけなく決着したのである。[2]の顔は立ち、どういう訳か目出度(めでた)く笑顔でVサインの記念撮影となった。
 まあ、話が纏まるときは、逆転して嘘(うそ)のようにあっけなく纏まるようだ。

         
                   完

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2018年8月 5日 (日)

逆転ユーモア短編集-66- 軽微(けいび)なルール

 世の中の動きを知るのに役立つのが軽微(けいび)なルールである。もちろん、どこまでが許される範囲なのか? という線引きは難(むずか)しいのだが、概(がい)して法律の定めを自分の意思で破るか、あるいは守らないか・・という程度と見るべきだろう。世の中でルールが無視されれば、社会は混乱し、悪化の一途(いっと)を辿(たど)ることになる。それがたとえ軽微なルール違反だったとしても、━ 塵(ちり)も積もれば山となる ━ の格言どおり、軽微が逆転して大ごとになるという、とんでもない社会が到来(とうらい)することは必死だ。つい、うっかり…ならまだしも、意思のあるポイ捨てや信号無視は決して許されるべきものではない。
「石田さん、駄目ですよっ! ルールは守らないとっ! 危ないじゃないですかっ!」
 思わず赤信号を渡ってしまった石田を叱責(しっせき)したのは福島だった。
「そう、目くじらを立てるほどのこともないでしょ。車も通ってないんですし…」
 石田は、さほど悪びれる様子もなく、福島へ返した。
「その軽微なルールを守るか守らないか・・が大事なんですよっ!」
 福島の発想は石田と逆転していた。西暦1600年、東西両軍はついに関ヶ原にて激突したのである。

       
                   完

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2018年8月 4日 (土)

逆転ユーモア短編集-65- 使いよう

 得心(とくしん)できる、いい格言(かくげん)がある。━ 馬鹿(ばか)と鋏(ハサミ)は使いよう ━ だ。どんなものでも、その使いようを考えれば、上手(うま)く利用できる・・という訳だ。使う人の使いようによって、成否(せいひ)が逆転する・・ということも当然、有り得ることになる。
「灯守(とうもり)さん、急(せ)かせてすみませんが、アレどうなりました?」
「ああ、アレですか。ははは…アレはまだ…」
 部長の狭島(せまじま)に訊(たず)ねられた第一課長の灯守は一瞬、しまった、忘れていた! と思ったが、顔には出さず、悟(さと)られまいと余裕めかした笑顔で開き直った。
「そうでしたか、いや、どうも…。君の仕事は100%間違いがないが、出来るだけ早く頼みます」
 穏やかに返した狭島だったが、内心は、人選を誤(あやま)ったか…と、悔(く)いた。要は、人材の使いよう間違いを・・である。第二課長の短崎(たんざき)だったら、出来ていたか…とも思えたが、灯守がいる手前、微笑(ほほえ)んで濁(にご)した。一応、安全策を取るか…と、さらに巡った狭島は、短崎にコンタクトを取り、灯守に依頼した仕事を打診した。
「ああ、アレですか。アレなら万が一を考えて、私もやっときました。明日、お持ちしましょう!」
「なんだ! そうでしたか。それは助かりまります! いや、有難う!!」
狭島は短崎の手を両手で握り締め、礼を言って感激した。専務の呼び声が高い狭島としては、これで
役員の面々に対し面目(めんもく)躍如(やくじょ)といったところである。そんなことがあった日以降、短崎は狭島の剃刀(カミソリ)として、切れのいい腕で使われるようになった。で、一方の灯守は? といえば、これもまた、剃刀仕事後の確認役として重宝されている。これが、使いよう・・ということだろう。

      
                   完

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2018年8月 3日 (金)

逆転ユーモア短編集-64- 待つ

 待つ・・という気分は、どんな状況であれ、人それぞれで違う。気が急(せ)く性分の(しょうぶん)の人は当然、急いでいるからだが、そうでない場合でも小忙(こぜわ)しがらない人はいる。そういう人は急いてはいるのだが、そう大して焦(あせ)らない。前述の性分の違いによるものだが、逆転してそう急かなくてもいい場合がある。
「主事には先ほど了解を得ましたので鼠野(ねずみの)さん、明日は頼みましたよ」
「分かりました、猫崎(ねこざき)さん。明日は日勤でいいんですね」
 勤務交代の了解を得た性分の鼠野は、首を縦に振って小忙しくセカセカと職場から消えた。明日の勤務を猫崎が日勤→夜勤に、鼠野が夜勤→日勤に交代したのである。猫崎はおっとり刀の性分で物事を柳に風と受け流したから、取り分けて勤務交代はどうでもよかったのである。そこへいくと、セカセカと消えた鼠野のスケジュールはびっしり詰まっていて、一日の余裕すらなかった。突然、夜に俄(にわ)かの予定が入り、鼠野は猫崎に勤務交代を頼んだ訳だ。ところが、である。鼠野は夜、勤め帰りにセカセカと約束の場へと向かったが、いつまで待っても相手は現れなかった。小忙しい性分の鼠野は待つことに耐えられず、その場をあとにした。一方の猫崎は、夜勤になったものだから、日中はのんびりと映画見物をし、美味(おい)しい食事を堪能(たんのう)したあと、レストランをあとにして職場へ向かおうとした。まだ夜勤には、たっぷりと時間があった。猫崎が街路を歩いていたときである。
「なんだ、猫崎さんじゃないですかっ!」
「おおっ! これは獅子川さんっ!」
「まあ、立ち話もなんですから、そこでお茶でも…」
「はあ、20分ぐらいでしたら…」
 猫崎は腕を見てそう言った。二人はすぐ傍(そば)の喫茶店へ入った。話に花が咲き、獅子川は鼠野との約束をすっかり忘れてしまった。
「今日は夜勤ですので、それじゃ、そろそろ…」
「そうでしたか。お引止めしてしまいました。それじゃ、お元気で」
「はい、あなたも…」
 猫崎は仕事が待つ職場へ、ゆったりと向かい、獅子川は鼠野との約束をすっかり忘れてしまっていたから家路についた・・とまあ、話はこうなる。待つ・・その後は、人それぞれの性分で変化をする

         
                   完

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2018年8月 2日 (木)

逆転ユーモア短編集-63- やらねばっ!

 寒い凍(こご)えるような日でも人が行動するのは、やらねばっ! と思うからだ。そう思わなければ、人は動かない。やらねばっ! という気力の源泉(げんせん)を辿(たど)るなら、それは生活の手段である。生活の手段として、自分の意思を超越(ちょうえつ)する気力がそうさせるのだ。働くのはそのためで、誰も働かずに、美味(おい)しいものを鱈腹(たらふく)食べ、絶景を堪能(たんのう)しつつ優雅(ゆうが)な気分で暮らしたいはずなのである。が、しかし、それが出来るのは一部の富裕層(ふゆうそう)のみで、多くの人は、やらねばっ! という柵(しがらみ)に支配され、優雅に暮らすだけでは許されない。
 とある会社の営業統括部である。
「最近、どうも利益が出ないようだが、どうしてだろうね、谷底さん」
「部長は私のせいだとおっしゃるんですかっ!」
 部長室の応接室で語り合うのは、次長の谷底と部長の頂(いただき)だった。 
「何もそんなことは言ってないよ」
「では、どういう意味でしょう!」
「いや、他意はない。君に分かるか訊(たず)ねただけだよ」
「そうでしたか…。興奮して申し訳ありません」
「いやいや…」
「そういえば、一つ思い当たるのが社員達のやる気の萎(な)えでしょうか。どうも、やらねば! という気力といいましょうか、アグレッシブさが弱くなったように…」
「それが原因だと?」
「いや、そうだ! とは断言できませんが、最近、派遣社員が増えておるでしょ?」
「ああ、4割を超えたな…」
「会社方針だから仕方がありませんが、どうもその辺(あた)りに原因があるような、ないような…」
「どっちなんだい!?」
「いや、まあ、あるように私には思えておるんですが…」
「なるほどね。それが、やらねばっ! という気力を削(そ)ぎ、利益に影響が…」
「はあ、まあ…。逆転した発想で、派遣法(はけんほう)を逆手(さかて)に取る・・というのは?」
「だな…。役員達に諮(はか)ってみることにしよう。人件は会社の宝だからな、ははは…」
「はいっ!!」
 半年後、経営方針大転換により社員達のやらねばっ! という意識は自(おの)ずと高まり、この会社の業績(ぎょうせき)は飛躍(ひやく)的な改善を見せたのである

        
                   完

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2018年8月 1日 (水)

逆転ユーモア短編集-62- 雨の日

 雨が降っている。しかし、よくよく考えれば、雲海の上は晴れている・・と、話は逆転する。早い話、お日さまは楽しい休日となる訳だ。お日さまが日々の疲れを取ってお休みになるのは、いわば、人が骨休みで快適な旅に出て保養する・・みたいな感じだろう。恐らくは、新鮮で美味(おい)しい霞(かすみ)なんかを食べ、舌鼓(したつづみ)を打たれていることだろう。
「ああ…降っているか。まあ、今日は別にすることもないからな…」
 歯を磨(みが)きながら下界の川豚(かわぶた)は朝から降り出した雨空(あまぞら)を見上げ、陰鬱(いんうつ)にブツブツと呟(つぶや)いた。こういう雨の日は、なぜか心のテンションも下がるというものだ。そこへ飼っている猫のミケが現れた。動物病院の獣医、鳥海(とりうみ)が、「ほう! 三毛で雄(おす)とは珍しいっ!」と、驚いた曰(いわ)くつきの猫だ。今年で三才になる。そのミケが顔を手でナデナデしたあと、ニャ~~とひと声、鳴いた。
『雨ですか…』
 ミケはそう言ってご主人である川豚の様子を窺(うかが)ったのだった。
「はいはい…」
 ミケは川豚の気分を言ったのだが、ニャ~~の意味が分からない川豚は、さてと…と、餌(えさ)の準備を始めた。ミケは、ふたたびニャ~~と、やや大きめの声で鳴いた。
『そうじゃないんですよっ!』
 雨の日は意味が通じない逆転した誤解を生むようである。

       
                  完

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