« 逆転ユーモア短編集-68- 繰り返し | トップページ | 逆転ユーモア短編集-70-  時間配分 »

2018年8月 8日 (水)

逆転ユーモア短編集-69- 意味

 満員電車に揺(ゆ)られ、白髪(しらが)は疲れた身体を引き摺(ず)るように家に辿り着き、重そうに玄関戸を開けた。
「ただいまっ!」
 見回したが誰もいない。すると、奥庭から出てきた飼い猫の虎丸(とらまる)が、ひと声、「ニャァ~~」と可愛(かわい)く鳴いた。人の耳には可愛く聞こえるのだが、内容は逆転していて、『お帰りっ! あんたも毎日、大変だなぁ~』くらいの意味である。
「ああ…。お前だけになったな、やさしく迎(むか)えてくれるのは…」
 いかにも侘(わび)しい声で、楚々(そそ)と白髪は虎丸の頭を撫(な)でた。虎丸は、また、ひと声「ニャァ~~」と可愛く鳴いた。可愛く鳴いた・・というのは、飽(あ)くまでも白髪の感受性で、虎丸にすれば普通に声を出した程度の話なのである。人の心は、良くも悪くも、意味をデフォルメ[変形]させる。
「そうかそうか、分かってくれるか…」
 虎丸はちっとも分かっていなかった。『そんな馬鹿話はどうでもいいから、早く食べさせてくれぇ~~』という意味である。
「さて、着替えるかっ! ああ、そうだ。そろそろ腹が減っただろ?」
 白髪は、そう言いながら虎丸の頭を、また撫でた。虎丸は三度(みたび)、「ニャァ~~」と可愛く鳴いた。『あんたも、ようやく分かってきたじゃないかっ!』くらいの意味である。
「ほう、そうか…。待てよっ! すぐ着替えるからなっ」
 と、すぐ虎丸は「ニャァ~~」と返した。『着替える前に準備しろよっ!』くらいの、催促(さいそく)する意味だった。
 自分の言おうとする意味を自分以外に理解させたり、してもらうのは小難(こむずか)しい・・ということだ

                            完

|

« 逆転ユーモア短編集-68- 繰り返し | トップページ | 逆転ユーモア短編集-70-  時間配分 »