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2018年9月 9日 (日)

泣けるユーモア短編集-1- 感涙(かんるい)に咽(むせ)ぶ

 感涙(かんるい)に咽(むせ)ぶ・・ということがある。悲しいことではなく、喜びの余り思わず感(かん)極(きわ)まり、知らず知らずのうちに頬(ほお)を幾筋(いくすじ)もの涙が伝う・・といった、そんな状況だ。無意識にぅぅぅ…と、思わず涙が頬を伝う訳である。当然、傍目(はため)にはその人物の心理状態が分からないから、おやっ? と他人が思える事態も多々(たた)、発生する。
 初土俵から苦節20年、35才にして初めて十両への昇進を決めた漬石(つけいし)部屋の大根(おおね)改め、大根山(だいこやま)は、番付表を手にして師匠の漬石親方の前で感涙に咽んでいた。
「ぅぅぅ…」
「よく、やった! ぅぅぅ…関取! がんばった、がんばった!」
 漬石親方も、感涙に咽び、頬から涙を流す大根山の肩を優(やさ)しく叩(たた)き、思わず涙した。その状況を他の部屋付き力士達も見ながら、思わずぅぅぅ…となった。そうなると、感涙は感涙を呼び、ぅぅぅ…の響(ひび)きは微細(びさい)な振幅音(しんぷくおん)の集合体と化して部屋の建物を振動させていった。漬石部屋の前の路地(ろじ)を歩く二人連れの老人は、思わず立ち止まった。
「じ、地震ですなっ!!」
「そ、そのようです…」
「それにしても妙ですぞっ。低い声が聞こえやしませんか?」
「ああ、そういやっ! …声がする地震なぞ、私も長いこと人生やっとりますが、初めてです…」
「いや、それは私もです…」
 苦節20年、泣ける関取の誕生は、感涙に咽ぶ地震を引き起こしたのだった。

                           完

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