« 泣けるユーモア短編集-21- 新旧 | トップページ | 泣けるユーモア短編集-23-  田園(でんえん) »

2018年9月30日 (日)

泣けるユーモア短編集-22- 気分次第

 いつもの通勤電車に揺られ、鰤尾(ぶりお)は疲れた身体を引き摺(ず)るように揺られて立っていた。今朝に限って、日々の疲れがドッ! と出たような身体の重さだ。満員電車だから両横も後ろも人また人で、身動きが取れない。だから吊(つ)り革(かわ)に縋(すが)るように立っている他なかった。思わず、ぅぅぅ…と泣けてきたのは、そのときだった。
「ど、どうされました!? ご気分が終わるいんですかっ?!」
 唯一(ゆいいつ)、スペースがある前方の座席に座る若い美人が、心配そうに鰤尾を窺(うかが)った。
「いえ、どうってことは…」
 語尾を濁(にご)して否定した鰤尾だったが、自分自身にも泣けた理由が浮かばなかった。
「どうぞ…私、次の駅で降りますから…」
 声をかけた若い美人は、スクッ! と急に立ち上がり、座席を譲(ゆず)った。吊り革に縋るように立っていた鰤尾にすれば御(おん)の字(じ)で、地獄で仏・・のような有り難さだった。
「どうも…」
 鰤尾は崩れ落ちるように座席に座っていた。すると妙なもので、美味(おい)しく煮つけられたように急に身体が軽くなった。目の前には若い美人が笑顔で立っている。この上なく美しい…と思えた瞬間、鰤尾の疲れは、なかったかのようにどこかへ消え去り、気分が喜びに満ち溢(あふ)れたのである。
 気分次第で、人は泣ける土砂(どしゃ)降りから快晴へと様(さま)変わりするのだ。

        
                   完

|

« 泣けるユーモア短編集-21- 新旧 | トップページ | 泣けるユーモア短編集-23-  田園(でんえん) »