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2018年10月

2018年10月31日 (水)

泣けるユーモア短編集-53- 遅参(ちさん)

 予定の時刻に間に合わず、遅(おく)れることを時代的に小難(こむずか)しく言えば遅参(ちさん)となる。現代なら遅刻(ちこく)と一般に言われるもので、学校、職場、デート・・などといった、いろいろな場合や場所で生じる。ただ、許して貰(もら)えるとか、そう大した損失(そんしつ)にならない場合はいいが、ぅぅぅ…と泣けるような本隊三万八千の精鋭を率(ひき)いた徳川秀忠公の関ヶ原遅参などといった状況になるのは戴(いただ)けない。取り返しがつかないからだ。
 このデートで決めるぞっ! と意気込んで小一時間ばかり早く家を出たにもかかわらず、どうした訳かその日は列車事故で、駅で待つ破目となった御門(みかど)は、イラつきながらタクシーへと切り替え、飛び乗った。腕を見れば、待ち合わせの時間にはまだ20分ばかりあったから、やれやれ、これでひと安心…と、後部座席に凭(もた)れ、御門は安心の荒い吐息(といき)を一つ吐(は)いた。だが、その御門の考えは甘かった。今度はどういう訳か、道路の渋滞(じゅうたい)である。俺は、運に見放されているのかっ! と、御門は、ぅぅぅ…と泣ける気分で焦(あせ)った。
「急いでるんですっ! なんとか、なりませんかねっ!!」
「はあ…。渋滞ですからなぁ~、ははは…」
 運転手の呑気そうな笑いに、御門は、何が、ははは…だっ! …と、怒れてきた。
「もう、いいですっ!」
 矢も盾(たて)も堪(たま)らず、御門は料金を支払うとタクシーを降り、走り出した。
 荒い呼吸で待ち合わせ場所へ御門が着いたとき、時刻はすでに40分ばかり過ぎていた。ダメだったか…と、御門は気力が抜けた諦(あきら)めの気分で、トボトボと歩き始めた。そのときである。ツカッ、ツカッ、ツカッ…と早足で近づく音がした。御門が振り返ると、一人の女性が荒い吐息で近づいてくるではないか。それは紛(まぎ)れもなく待ち合わせた公美に間違いなかった。公美も遅参したのである。双方が遅参した場合は、泣けることにはならず、笑いとなる。

        
                   完

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2018年10月30日 (火)

泣けるユーモア短編集-52- 強風

 強風は、吹いていい場合と悪い場合がある。まあ、いい場合の方が少ないことは明々白々(めいめいはくはく)である。家屋(かおく)が壊(こわ)れたりして、ぅぅぅ…と泣けるような災害になりやすいからだ。
「ぅぅぅ…偉いことになりましたよ、蛸口(たこぐち)さん!」
「どうされましたっ! 烏賊尾(いかお)さんっ!」
「いゃ~、なんと言っていいのかっ! この前の強風で大事な盆栽鉢が…」
「割れましたかっ?!」
「いや、割れてはいないんですっ!」
「? …と、いいますと?」
「飛びましてねっ?」
「どこへ?」
「いゃ~、それがなんと言っていいのかっ! 行方(ゆくえ)知れずなんですっ! 家出なんですっ!」
「家出? ほう! どこかへ飛んでしまった・・ってことですか?」
「ええ、まあそんなとこで。ぅぅぅ…。戻って来るでしょか?」
「私に訊(き)かれましても…」
「辛(つら)いんです、私…」
「ええ、まあそうなんでしょうな? お気の毒です」
「この心中(しんちゅう)、分かっていただけますかっ!?」
「ええ、ええ。そらもう! ぅぅぅ…」
 強風は、訳が分からないことで泣けることもあるのだ。

          
                   完

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2018年10月29日 (月)

泣けるユーモア短編集-51- 手抜かり

 人はどれだけ出来のいい人でも手抜かりをする。優秀な人で、まさかあの人が…と周囲の者を思わせる人ほど、本人にとって、その手抜かりが、ぅぅぅ…と泣けるような大打撃となる。というのも、メンツが丸つぶれとなるから、その口実を上手(うま)く考えなければならないからだ。それに比べ、普通の人の場合だと、別にどぉ~ってことはなく、周囲の者もそう気にしないから、なんだ! またミスか…くらいに軽く思われて終わる。
「あの人は,呑気(のんき)でいいねぇ~」
「ああ、田草(たぐさ)さんかっ。確かに…」
「あの人、出世したくないのかねぇ~?」
「そうそう。手抜かりばかりで、課長に怒られっばなしだしな。 それに、見ろよっ! 未処理のファイルだらけだ、デスクの上…」
「なのに、休暇だって? どういう神経なんだ?」
「さあ~俺に言われても…。たぶん、かなりズ太いんだろ!」
「肖(あやか)りたいぜ、まったくっ!」
「いや、会社じゃ、もう崇(あが)め奉(たてまつ)ってるそうだ。なんでも田草さんの手抜かりファンクラブ・・とかいうのが出来たそうだぜ」
「手抜かりファンクラブ?」
「ああ、手抜かりファンクラブ。手抜かりしてもまったく気にならない功徳が授(さず)かるらしい」
「あの田草さんがな?」
「ああ、あの田草さんが」
 職場は手抜かりニモマケズ、動じないズ太い田草の話題で盛り上がっていた。
 手抜かりは手抜かりと思うと、ぅぅぅ…と泣けるが、手抜かりと思わなければ手抜かりではなくなるから全然気にならず、泣けることなく楽しく生きられる・・ようだ。

         
                   完

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2018年10月28日 (日)

泣けるユーモア短編集-50- 泣きたくない

 誰しも泣きたくはないだろう。だが、世の中は無常にも人を泣かせる。この泣ける場合も、二通りあり、心からぅぅぅ…と泣ける心情的な場合と、仕事で怒られて泣けるとかの一般的な場合がある。
とある会社の商品開発課である。
「どうした? 竹川君! 最近、元気がないじゃないかっ…」
「あっ! 平松部長…」
「課長の君がそんなんじゃ、課の連中が困るじゃないかっ!」
「そりゃ、そうなんですが…。実はいよいよ春でして」
「ああ、そらまあ春だわな。それが? ああ! 花粉症とかで泣けるやつか?」
「いや、そうじゃないんです。私、いよいよ食われる季節なんですよっ!」
「…食われる? 言ってる意味が分からん」
「ぅぅぅ…食われるんですっ! 美味(うま)い美味いって…」
「ああ、竹の子か? ありゃ美味いっ!」
「部長までっ! ぅぅぅ…」
 竹川は、よよと泣く崩(くず)れた。
「ははは…君が食われる訳じゃなかろう」
 平松は竹川の肩を、やさしく撫(な)でて慰(なぐさ)めた。
「いや、それが…。次長にでもならないと食われるんです、妻に…」
「いや、益々(ますます)、分からん!」
「妻は出世しないと怒るんです」
「ああ、そりゃまあ、怒るだろうな…。それが?」
「怒ると食欲が増して出費が…」
「なるほど…それで?」
「小遣(こずか)いを減らされます。ぅぅぅ…」
「ああ、それで食われると、か。確かに、食われて泣きたくないわな」
「はいっ!}
 こんなユーモア溢(あふ)れる泣きたくない泣ける事情も、あるにはあるのだ。

       
                   完

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2018年10月27日 (土)

泣けるユーモア短編集-49- 騒音

 誰しも快適に暮らしたいものだが、時として、騒音に苛(さいな)まれる場合がある。これだけ文明が進みながら、相も変わらず騒音を撒(ま)き散らす工事音。これは近所の住民にとって、いい迷惑以外の何ものでもない。だが、短に騒音がするから・・という理由では騒音を止めることは出来ない。極端な騒音以外は、個々の受け止めようによる心理的な不快感であり、そう気にならない人も当然、いる訳だ。しかも、実害がない。しかし、音を気にしながら物事をしている人にとっては、ぅぅぅ…と泣けるような不快感となる。
 とある家庭の一場面である。
「なんなんだっ! 朝からっ! ダダダダ、ダダダダとっ!」
「騒音? そんなこと、私に言われても…。ご近所の道路工事か何かでしょ」
「…まっ、そらそうだっ…」
 確かに…と思えたのか、夫(おっと)は溜飲(りゅういん)を下げ、押し黙った。
「それより今、手が離せないのっ? もう、お昼よっ!」
「ああ…ごらんのとおりだっ!」
 夫が指さす周辺は、いかにも見てくれっ! と言わんばかりにDIY[英語のDo It Yourselfから派生した略語で、一般的に、自身でやる日曜大工を意味する]の道具、材料で満ち溢(あふ)れていた。
「そう…」
「しかし、五月蝿(うるさ)いなっ! あの音はっ!!」
「あなただって相当、五月蝿かったわよっ!」
「そうかぁ?」
 夫は、いっこう完成しないDIYに、ぅぅぅ…と泣ける思いで呟(つぶや)いた。
 自分が出す騒音は、割合と気にならないようだ。サイレントな機器、工具の商品開発が望まれるが、ただ、奥様方の騒音はお父様方に我慢していただく他(ほか)はないだろう。^^

         
                   完

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2018年10月26日 (金)

泣けるユーモア短編集-48- トラブル

 トラブルには目に見えたトラブルと見えないトラブルがある。見える方は修正しやすいが、見えないトラブルは厄介(やっかい)で、原因がなかなか判明(はんめい)せず、ぅぅぅ…と泣ける場合が多い。
 日曜の朝、とある普通家庭の居間である。
「何を朝からゴチャゴチャしてるのっ?」
 娘の真菜が父親の一樹(かずき)を訝(いぶか)しげに見ながら言った。
「お前、これどうすりゃいいか、知らないかっ?」
 一樹は目の前の長机の上に置かれたノートパソコンを弄(いじ)くりながら、偉(えら)そうに上から目線で言った。娘に弱みを見せたくないっ! という父親特有の物言いだ。
「パソコンがどうかしたのっ? お母さんがご飯にするからって…」
 真菜は肩透かしで用件だけを言った。
「ああ、そうか…」
 肩透かしを食らった一樹にすれば形(かた)なしである。といって、メンツもあるから頼む訳にもいかず、さて…と困った。
「フリーズか…」
 チラ見し、パソコンのトラブルに気づいた真菜が踵(きびす)を返しながら捨て台詞(ぜりふ)を吐(は)いた。親としては無視されたようで形なしである。
「お、お前な…。分かってんなら、なんとかしろやっ!」
 今度は強権発動である。
「そこは、お願いします・・でしょ?!」
「…お願
します」
 小声で一樹はボソッと返した。
「どれどれ…」
 真菜が弄り始めると、パソコンのトラブルは数分で、何ごともなかったように解消された。
「じゃあね…」
 真菜は格好よく立ち去った。
 トラブルは父親の威厳(いげん)をなくすのである。

                             完

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2018年10月25日 (木)

泣けるユーモア短編集-47- つい…                      

 つい…と、知らず知らずのうちに無意識でやってしまうことがある。ぅぅぅ…しまった! と泣ける場合だが、これは身体が経験則で記憶している悪い例だ。よい場合は、瞬間に身を躱(かわ)す・・といった具合になる。
 春の木漏(こも)れ陽(び)が射(さ)すとある公園のペンチに、二人の老人が座っている。いつも散歩で出会う二人だ。
「鯖岡(さばおか)さんっ!」
「なんです? 鮒海(ふなうみ)さんっ!」
「実は…」
「どうかしましたか?」
「いえ、べつに…」
 いつも自分から話しかける習慣が身についていた鮒海は、話題もないのに話しかけたことを悔(くや)やんだ。内心では、つい…といったところだ。
「それにしても、いい天気ですなぁ~。春らしくなりました。ほら、紋白蝶が…」
 話しかけられたとき、必ず新しい話題で返す・・という習慣が知らず知らず身についたのか、鯖岡も話題を出し、蝶が優雅に舞う方向を指さしていた。
「おお! 珍しいっ! いや、実に長閑(のど)な風情です…。こういう自然が都会では少なくなりました」
 話題ができ、やれやれ…と、鮒海は安堵(あんど)して鯖岡に応じた。
「はいっ! 嘆(なげ)かわしいことです。ぅぅぅ…」
「そんな泣くようなことでも…」
 急に涙目(なみだめ)で声を詰まらせた鯖岡を訝(いぶか)しげに鮒海は見た。
「いや、失礼しました。私、花粉症でして…」
「この季節、泣けますか?」
「はい! 泣けるんですよ、つい…」
「泣くつもりじゃないんですね?」
「もちろん! これで泣ける訳がない! ただ、理由もなく涙を流していれば、格好がつかないじゃありませんかっ!」
「なるほどっ! それで…」
「はい。つい…」
 つい…は、いろいろ起きるという話である。

       
                    完

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2018年10月24日 (水)

泣けるユーモア短編集-46- 浅はか

 余り深く考えず行動し、あっ! しまった…と悔(く)やむ。このことを、人は[浅はか]と言う。短慮(たんりょ)、軽率(けいそつ)・・とも呼ばれる性質のもので、総じて、うっかりミス程度のことなら、ははは…と笑い捨てられて済むが、取り返しがつかない大失態ともなれば、ぅぅぅ…と泣けるド偉(えら)いことになる。
「ソンナ~コトハ、マエモッテ・・ケイサンニ、イレテ~オクベキ・・ダッタンジャ~・・ナ~イデスカッ? ・・途端(トタン)サン!」
 工程表を見ながらイギリス本社から新(あら)たに赴任(ふにん)した設計技師で支社長のガスケットは工事をした現場監督の途端に苦言(くげん)を呈(てい)した。
「浅はかでしたっ! 短にガムテープを貼り合わせるバビリで済むだろう・・と、つい急がせたもので…。すぐ、やり直させます」
「アサハカ? ワタシハ~コーキング・ガスケット、デス。ココニ~アリマスッ! …マア、ワ~カッテ・・イタダケマスレバ、ソレデ、イ~~ン・・デスッ! スウジツノ~ウチニ、ヤ~ッテ・・イタダクコトハ、ワタ~シノ・・カオモ、タツト~オモワレマス…。スワル~ノハ、イタダケマセン・・デショ?」
「はあ? ええ、まあ…。では、急いでっ!」
 途端は慌(あわ)てて事務所を出て行った。
「アァ~! ヘルメット…」
 ガスケットが呼び止めたとき、途端の姿はすでになかった。
「アサハカ・・デスネェ~? ワラエテ、ナケマスッ!」
 ガスケットは忘れられたヘルメットを手にし、呟(つぶや)いた。
 浅はか・・は、笑えて泣ける場合も起こるようだ。

        
                   完

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2018年10月23日 (火)

泣けるユーモア短編集-45- 早春(そうしゅん)

 早春(そうしゅん)といえば、悲喜(ひき)こもごもの季節である。ははは…と笑える場合もあれば、なぜか、ぅぅぅ…と泣けるような、もの寂(さび)しい場合も当然、ある訳だ。
「ぅぅぅ…また、異動ですっ!」
「また、異動かっ! ははは…しばらくの付き合いだったな。また戻(もど)ってこりゃいいさっ! 夜逃げじゃないんだからなっ、異動ってのはっ! ははは…」
 今年も異動の辞令を受けた巡査部長の蒲鉾(かまぼこ)は警部の先輩刑事、山葵(わさび)に醤油(しょうゆ)で食われていた・・いや、慰(なぐさ)められていた。そこへ現れたのが副署長、滝盾(たきたて)である。滝盾は炊(た)き上がったばかりの美味(うま)そうなご飯顔(はんがお)、いや、赤ら顔で訊(たず)ねた。
「どうかしたのかね?」
「いやぁ~副署長。どうってことないんですよ。山葵がまた異動だそうで…」
「ははは…またかっ! 君は異動向きなんだなっ! まあ、また戻りゃいいさっ! 気にしないで…」
 滝盾は蒲鉾を山葵(わさび)醤油(じょうゆ)に絡(から)ませ、熱々(あつあつ)のご飯で頬張(ほおば)った・・いや、肩を軽く撫(な)でて慰(なぐさ)めた。
 早春は笑えて泣ける長閑(のどか)な、いい季節である。

            
                  完

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2018年10月22日 (月)

泣けるユーモア短編集-44- ったくっ!

 他人から、ったくっ! とダメを出されれば、誰しもテンションが下がる。下がる程度ならまだしもで、遣(や)り直してOKが出ればいい訳だが、問題はいくら遣り直してもOKが出ず、ぅぅぅ…と泣ける困った場合である。当然、テンションはダダ下がりとなり、前向きなアグレッシブさも消え失(う)せてしまう。そうなれば必然的に、…ったくっ! と相手を益々(ますます)、怒らせることになり、埒(らち)が明かない。
「ったくっ! 君は何をやらせてもポカがあるねぇ~。この仕事、向いてないんじゃないのっ?!」
「はぁ…」
 上司の課長、矛坂(ほこさか)にダメを出され、盾板(たていた)は、この日もテンションを下げていた。こう毎日、テンションが下がれば、一過性(いっかせい)ではない拗(こじ)れた慢性(まんせい)の炎症のようなもので、日常生活に影響が出る・・というものである。盾板の場合も、ご他聞(たぶん)に漏(も)れなかった。
 散々、矛坂からお小言(こごと)を頂戴し、すっかりテンションを下げた盾板は、ガックリ! と肩を落として自分のデスクへ戻(もど)った。そのとき、昼のチャイムが課内に響き渡った。
「ぁぁぁ…、飯(めし)にするかっ!」
 課長席の矛坂が急に両腕を広げ上げ、一(ひと)回(まわ)ししながら大声で言った。
「はいっ!!」
 その言葉を、盾板はテニスのリタ-ンエースのような剛速球で打ち返した。盾板のテンションは完全に回復していた。
「ったくっ! お前は食うことだけはポカをせんなっ!」
 ふたたび矛坂は盾板にダメを出した。課内が爆笑の渦(うず)となった。だが、盾板のテンションは、このときばかりは下がらなかった。
 食い気は、ったくっ! の影響を完璧(かんぺき)に跳(は)ね返す力があるようである。

          
                   完

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2018年10月21日 (日)

泣けるユーモア短編集-43- 心地(ここち)よく

 誰しも心地(ここち)よく生活することを望んでいる。なにも辛(つら)い思いをしてまで人生を送りたくはないはずである。だが、世の風は無情にもそうした人々の心を逆撫(さかな)でするかのように冷たく吹く。
「ああっ! 風呂上りの一杯は、実に美味(うま)いっ!!」
 と、左団扇(ひだりうちわ)で大邸宅の空調(くうちょう)に身を委(ゆだ)ね、豪勢(ごうせい)な高級食材を摘(つま)みながらグラスを傾ける誰かさんとは懸(か)け離れた話ではある。
 経団連に名を連ねる、とある有力企業の二人の会長の会話である。
「なかなかの豪邸ですなっ! 捏根(つくね)さんっ!」
「ははは…お笑い下さい。いやなに、たかだか数億程度の安(やす)普請(ぶしん)でございますよ、ははは…」
 捏根は、もう一人の会長、芋煮(いもに)に悪びれながら、心底(しんてい)では、どうだっ! 立派な邸宅だろうがっ! …と、少し鼻高々に笑い流した。
「いや、ご謙遜(けんそん)を…」
 と芋煮は返したが、心底では、ふんっ! その程度かっ! 私の邸宅など十数億だっ! …と、勇(いさ)んでいた。
 二人の会話は美酒(びしゅ)と豪勢な料理を囲んだ会食の中を進んでいったが、お互いの心底は見栄を張りあい、心地よく・・とはいかない時の流れであった。
 捏根の大豪邸から少し離れた空き地公園に身を寄せる二人のホームレスの会話である。
「なかなかブ厚いダンボールですなっ! 大根(おおね)さん」
 下濾志(おろし)は心底から、これは心地よく住めるなっ! …と思いながら大根に言った。
「いや、お蔭(かげ)さまで…。この前、いいのが芥(ごみ)で捨ててありましてねっ! ぅぅぅ…」
 と大根は涙ながらに返し、心底から、有難いことです…と思った。
 二人の会話は拾ったカップの残り酒とレストランの捨て場で見つけた残飯を囲んだ会食の中を進んでいった。お互いの心底は見栄を張らない、心地よく・・といった時の流れであった。
 心地よく・・とは、ぅぅぅ…と泣けるような感謝から生まれるようだ。

         
                   完

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2018年10月20日 (土)

泣けるユーモア短編集-42- 寂(さび)れ街

 街が大きくなり、次第に都会化するにつれ、当然、賑(にぎ)やかな地域とそうでない寂(さび)れた地域が生じる。こうなることを誰も止めることは出来ない。1年とかの短い期間では、そうした変わりようは分からないが、10年、20年といった長い間隔[スパン]になれば、そのさま変わりは如実(にょじつ)に現れる。あれだけ人々が溢(あふ)れていた街通りが、人っ子ひとり通っていないのを目(ま)の当たりにすれば、思わずぅぅぅ…と泣ける人も出てこようというものである。
「やあ! お珍しいっ! 河馬口(かばぐち)さんじゃありませんかっ!」
「おおっ! これはこれはっ! 犀野(さいの)さんじゃありませんかっ! お買いものですか?」
「ええまあ…散歩がてら」
「それにしても、この辺りも寂れましたな」
「はい! ぅぅぅ…」
「何もお泣きにならずとも…」
 急に目頭(めがしら)を押さえた犀野に驚き、河馬口は慌(あわ)てた。
「これが泣かずにいられますかっ! せっかく楽しみにしていたべーカリーが、来てみたら、このざまですっ!」
 犀野は片手の指(ゆび)で、閉ざされた毛馬べーカリーを指(さ)した。店のシャッターに貼られた一枚の紙が犀野の涙の訳を語っていた。
━ 長らくご愛顧いただきました当店ではありますが、諸般の事情により月末を持ちまして50年の歴史に幕を下ろすこととなりました。つきましては、長きに渡り当店のパンをお買い求めいただきましたお客様に対しまして、心より暑く御礼を申し上げる次第でございます。万感迫る思いでございます。遠くからではございますが、お客様各位の幸多からんことをお祈り申し上げ、閉店の言葉に変えさせていただきます。長きに渡るご愛顧、心より御礼を申し上げます 店主 従業員一同 ━
 この毛馬べーカリーの貼り紙を見た河馬口も、泣ける顔を思わずハンカチで覆(おお)った。
 寂れ街は泣けるのである。

                            完

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2018年10月19日 (金)

泣けるユーモア短編集-41- 花粉症

 春めくと花粉症が俄(にわ)かに脚光(きゃっこう)を浴(あ)びるようになる。植物の杉の花とかが咲き、花粉が一斉(いっせい)に空気中へ放出されるシーズンが到来するからだ。そうでない人は別にど~ってこともないが、花粉症の人々にとっては、ぅぅぅ…と泣ける試練の季節となる。完璧(かんぺき)な治療も望めず、マスクとかで予防する他はないからだ。
「水尾(みずのお)さんは気楽でいいですねっ! 私なんか、もう頭が痛い季節で…」
「ああ、そういや藁小路(わらこうじ)さんは花粉症でしたねっ」
「そうなんですよ、苦難の季節です。まだ、雪で凍(こご)えてるほうがいいっ! ぅぅぅ…」
「なにも泣くことはないでしょ!」
「いや、これが泣かずにおかれますかっ! ぅぅぅ…数ヶ月はっ!」
「治(なお)らないんですか?」
「予防法はあるんですが、完璧に治る! というのは体質だそうで、無理なようです…」
 話しながら藁小路はマスクを装着(そうちゃく)し始めた。
「そうなんですか…」
 水尾はそのとき、おやっ! と訝(いぶか)しく思った。庁舎の中に居て、別に花粉が飛ぶ屋外へ出る用もないからだ。理由はすぐ分かった。藁小路が、ぅぅぅ…と泣けるほど苦手(にがて)とする中年キャリア女史(じょし)の皺宮(しわみや)副部長が近づいてきたからだった。
 花粉症は苦手から顔を隠す、いい道具にもなるのだ。

        
                   完

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2018年10月18日 (木)

泣けるユーモア短編集-40- もう少し

 今、一歩のところで…ということがある。懸命に頑張ったり努力はしたけれど、残念ながら目的を果たせなかった・・という場合である。要は、[もう少し]といった状況なのだが、これは非常に口惜(くちお)しく、目的を果たせなかったことでぅぅぅ…と泣けることになる。
 春めくと、甲子園がぅぅぅ…の状況を観せる。言うまでもなく、高校球児達が相手チームに敗れ、相手高の校歌をダッグァウト前で横一列に並び聞く姿だ。まさに、泣ける姿が現出され、観ている者をして、ぅぅぅ…と泣かせる訳だ。これがプロ野球の場合だと、そうはいかない。ぅぅぅ…というより、チェッ! もう少しで…と、舌打ちさせるのが関の山だ。加えて、破れたチームはサーポーターやファンに同情どころか、お小言(こごと)を頂戴(ちょうだい)する破目(はめ)になる。まあ、選手達もその辺は心得ていて、まあ明日、勝てばいいさ…くらいの気分で、大してぅぅぅ…にはならないのだろう。そこへいくと、明日がない高校球児達は、もう少しだった…という泣ける気分で、ぅぅぅ…と砂をサンドバックに入れる訳だ。観客は、その姿を観せられ、ふたたびぅぅぅ…と熱くなる。
 結論として、[もう少し]は、観客の心を熱くする。
「もう少し成績を上げないと無理だな…」
 言われた生徒は、目頭(めがしら)を熱くする。

        
                  完

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2018年10月17日 (水)

泣けるユーモア短編集-39- いつもの

 桜田は駅前の駐車場へいつものように車を止め、いつもの駅の改札へスゥ~っと流暢(りゅうちょう)に入った。そして、いつもの勤務地へと、それもいつもの通勤用の鞄(かばん)を右手に持ち、いつもの時間帯の電車に乗るつもりで階段を上がってホームへと下りた。すべてが、いつもの繰り返しだった。今日もこうして流れていくのか…と、桜田が半(なか)ば溜め息を吐(つ)きながらホームのベンチで電車を待っていると、どういう訳かこの日に限って電車が来ない。妙だなぁ~? と訝(いぶか)しげに辺(あた)りを見回せば、これも妙なことに人っ子ひとりいないのである。そんなこたぁ~ない! と自分に言い聞かせ、桜田はベンチを立つとホームをウロウロと動き出した。そのときである。
『まもなく2番線に○□行きの快速が入ります。危険ですから、黄色い線の内側まで下がってお待ち下さい』
 聞きなれた駅自動放送が桜田の耳に飛び込んできた。桜田は、やれやれ、人はいる…と、ひとまず安心し、いつものライン番号近くのベンチに座って電車の到着を待った。だがしかし、数分が経(た)っても、いっこう、いつもの○□行きの快速電車が来ないのである。桜田は、ふたたび、そんなこたぁ~ない! と自分に言い聞かせ、駅員を探そうと立ち上がった。ところが、どういう訳かこの日に限って、駅員の姿がどこにも見当たらない。桜田は焦(あせ)る必要がないのに焦った。
「おぉ~~いっ!!」
 桜田は、いつの間にか叫んでいた。
「どうしたのっ! 遅刻するわよっ!!」
 大声に桜田が瞼(まぶた)を開けると、ベッドの上にはいつもの妻が警視総監が指揮するような厳(いか)つい顔で立っていた。桜田は悲喜こもごものビミョ~な感情に、思わずぅぅぅ…と泣けるのを我慢(がまん)した。

         
                   完

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2018年10月16日 (火)

泣けるユーモア短編集-38- 雛祭(ひなまつ)り

 雛祭(ひなまつ)りが男子にとってぅぅぅ…と泣けるほど居心地(いごこち)が悪い日なのか? といえば、実は案外そうでもない。まあ、女子、取り分け子供の場合、女子が威張(いば)れる日であることには違いないのだが…。しかし、やはり男子、取り分け子供の場合、居心地が悪い・・という状況に変わりはない。甘酒・・これを女子から、せしめるには、お呼ばれ・・という雛飾(ひなかざ)りの前で、女子達がどうのこうの…と言い合う会話に付き合い、その会に招(まね)かれる・・所謂(いわゆる)、[お招き]という一(いち)行程(こうてい)を経(へ)なければならないからだ。家の母親におねだりし、甘酒を…などという男子の甘い考えは、「あんたっ! 男の子でしょ!!」とかなんとか、お小言(こごと)を頂戴(ちょうだい)するのが関の山なのである。
 とある家の和間に飾られた豪華な雛壇(ひなだん)の前で、女子小学生が集まり雛祭りを楽しんでいる。その中に一人、借り物の猫のように小さくショボくなっている男子小学生がいる。小さくならねばならないのなら招かれねばいいのだが、まあ仕方なく…招かれたようだ。
「♪灯りをぉ~つけましょ、雪洞(ぼんぽり)にぃ~♪」
 女子小学生達が歌い、仕方なく小声で男子がお付き合いで歌う。これも、甘酒と菱餅(ひしもち)を食べるためだっ! という気分の歌いようである。
「お母さぁ~~ん! 甘酒はっ?!」
「はいはい! 持って来ましたよっ!」
 男子小学生は、してやったりっ! とガッツポーズを心でする。当然、顔はニヤけている。ところがどうした訳か、置かれた盆の上の茶碗が人数分(にんずうぶん)より一人分、足りない。
「お母さん、ひとつ足りないわよっ!」
「あらっ! ごめんなさいっ! もうないのよぉ~~!!」
 招かれた家の母親の声が男子小学生にとっては、なんともやるせなく、ぅぅぅ…と泣けるように聞こえる。当然、自分は飲めない・・と予想できたからだ。ところが、どっこい! である。
「お母さん、もう一つ、お茶碗。皆(みんな)のを少しずつ、
ければいいじゃないっ!」
 この女子小学生の声が、男子小学生には、なんともぅぅぅ…と泣けるように聞こえた。
 長閑(のどか)だった昭和40年代の雛祭りの一光景である。時代は移ろえど、こういうことは今もありそうだ。^^

          
                   完

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2018年10月15日 (月)

泣けるユーモア短編集-37- 邪魔

 ぅぅぅ…と泣ける出来事が起こるのは、邪魔の仕業(しわざ)だっ! と、よく言われる。だが、邪魔からすれば邪魔なりの言い分(ぶん)があり、邪魔されるには邪魔されるだけの原因があるだろうがっ! と、邪魔は開き直る訳である。そういや、そうか…と気づいて得心(とくしん)し、改悛(かいしゅん)の情(じょう)を示せば、邪魔としても、それなりに邪魔はしないでおこうか…などと殊勝(しゅしょう)にも思ったりもする。要は、邪魔をする意味がなくなるからで、邪魔し甲斐(がい)がある新天地を探して消え去ることとなる。
 雲一つない快晴の空、富士が一望(いちぼう)できるとある展望台に立つ二人の会話である。
「道の駅、閉まってましたな。ははは…私はサンドウイッチを娘が作ってくれたんでいいんですが…。それにしても、いい眺(なが)めですなぁ~」
「そりゃ、そうでしょうよ。なにせ世界に誇(ほこ)る富士ですからっ!」
 返された男は、乗りの悪い男だっ! 言わなきゃよかった! …と臍(ほぞ)を噛み、おし黙(だま)った。実は、邪魔がそう言わせたのである。声をかけられた男は、「ですよねっ! 来てよかった…」と当初、予算的に言おうとしていたのだ。ところが邪魔がスゥ~~っとどこからか現れ、本来なら開いているはずの道の駅を閉ざさせた。そうなれば、当然、チェッ! という気分になり、空きっ腹(ぱら)で嫌味(いやみ)を言う破目(はめ)に陥(おちい)る。結果、聞かれた男は補正の予算を立て、どこかで空腹を解消せねばならなくなった・・という訳だ。全(すべ)からく国家の予算財源が狂い、政府首脳が、ぅぅぅ…と泣ける原因は、邪魔の仕業(しわざ)と言っても過言ではない。

                            完

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2018年10月14日 (日)

泣けるユーモア短編集-36- 焦(あせ)り

 物事をしようとするとき、焦(あせ)りは禁物(きんもつ)である。どんな些細(ささい)なことでも焦れば、ぅぅぅ…と泣ける失敗を招(まね)きやすくするからだ。誰も、ぅぅぅ…と泣ける失敗はしたくない。
 とあるレストランの厨房(ちゅうぼう)である。
「料理長、最近の鴨羽(かもば)さん、随分、盛りつけが慎重(しんちょう)になられましたねっ!」
「そりゃ君さぁ~、ああいうことがあったろ? 面子(メンツ)丸つぶれだったからさぁ~」
 猪尾(いのお)は当然とばかりに、新米コックの戸坂(とさか)に返した。
「ちょいとした焦りだったんですよね。客に直接、運ばれたのが悪かったんですねっ、お得意ということでっ!」
「客が込んでいた上に、ウエイトレスが生憎(あいにく)休んで数が少なかった・・ということもあるしなっ!」
「ええ、そうでした。確か、皿を二枚重ねで出されたんでしたねっ!」
「鴨羽さんは私の大先輩なんだし、本当は料理長なんだぜ。腕もいいしな…。料理の失敗じゃないから泣ける話だが、きっと、自分を許せんのだろう…」
「ですかね…。焦りは禁物ですっ! あっ! 洗い場を片づけないとっ!」
 焦ったばかりに、戸坂は滑(すべ)って躓(つまず)いた。
「お前も焦りは禁物だなっ!」
 戸坂はフロアで打った脚(あし)を摩(さす)りながら苦笑(にがわら)いをした。

                             完

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2018年10月13日 (土)

泣けるユーモア短編集-35- 無意識

 意味もなく自然と身体が動き、無意識でなんとなくやってしまう・・ということがある。だが、このなんとなく無意識でやってしまう・・という行為の奥には潜在的にそうしたいと思っている深層心理が存在するのだ。人はそれに気づかず、ついついやってしまう。当然、無意識でやる行為の結果、可と不可が生じる。はっはっはっ…と喜びで笑える結果もあれば、ぅぅぅ…と泣ける結果まで、さまざまな結果が起こり得(う)る。
 昼前の法律事務所の中である。デスクに座った弁護士の二人が、なにやら語り合っている。
「腹が減りましたね…」
「はあ、もうこんな時間ですかっ! ちょっくら買ってきますか?」
「頼みますっ! いつもので…」
 蛸崎(たこざき)は決まり文句のようにそう言うと、烏賊尾(いかお)に小額紙幣を一枚、渡した。
「はい、分かりました。それにしても、よく飽(あ)きませんね。いつも魚フライ弁当で…。身体に毒(どく)ですよ」
「ははは…、ついつい無意識でね。あの店の魚、日変わりなんですよっ! それが楽しみなんだなぁ~!」
「そんなもんですか…」
「ええ、そんなもんなんです。それでついつい…。今日は何だろっ!」
「知りませんよっ! それじゃ!」
 烏賊尾は付き合ってられない思いでデスクを立つと事務所を出ていった。そして10分足らずすると、いつものように二つの袋を提(さ)げ、戻(もど)ってきた。
「すみません! 今日はどういう訳か魚フライ弁当が出来ないそうなんで、豚(トン)カツ弁当を…」
 烏賊尾は申し訳なさそうに豚カツ弁当が入った袋とお釣りを蛸崎のデスクの上へ置いた。
「ええっ! ぅぅぅ…魚フライ弁当じゃないんだっ!」
「そんな泣くようなことでも…」
 突然、涙目になった蛸崎を見て、烏賊尾は呆(あき)れ顔で小笑いした。
「いやっ! 昼は魚でしょうがっ!! 魚でないとっ!!」
 いつしか蛸崎の身体(からだ)は、無意識のうちに魚フライ体質に洗脳ではなく、洗体されていたのである。
「そう言わずに食べてくださいよっ!」
「そりゃ、態々(わざわざ)、買ってきてくれたんだから食べるよっ! 食べるけどねっ! ぅぅぅ…」
「今、お茶、淹(い)れます…」
 烏賊尾は蛸崎を見ながら、この人、大丈夫かっ? …と思ったが、思うに留(とど)め、話を切った。
 無意識も習慣となれば、けっこう怖(こわ)いのだ。


         
                  完

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2018年10月12日 (金)

泣けるユーモア短編集-34- 疲れる

 人は体力を消耗すれば、当然のことながら疲れる。これは程度の差こそあれ、人であれば誰にも共通する症状だ。疲れないぞっ! と言う人がいるなら一度、お目にかかりたいくらいのものだ。ただ、この[疲れる]という症状には、一つの特徴(とくちょう)がある。気力が漲(みなぎ)っているときに行動し、あるいは熟考して出る疲れと、そうでない状態で行動したときに出る疲れは、明らかに程度の差を見せる・・ということである。これが重なれば、両者には大きな差異が生じ、気力のないときに行動した者は過労で、ぅぅぅ…と泣けることにもなるということだ。もう一方の気力が充実して行動した者は、「どれっ! 疲れたから焼肉で一杯やり、サウナで汗でも流すかっ!」というようなアグレッシブさで[疲れる]という刺客(しかく)を逆袈裟(ぎゃくけさ)斬(ぎ)りにスパッ! と片づける・・といったことになる。
 社員食堂の片隅(かたすみ)で、同期入社の二人が食事をしながら語り合っている。
「灯台(とうだい)さんは全然、疲れませんよねっ! 」
「ははは…私だって疲れますよ、そりゃ。ただ私の場合は、疲れる・・ということを楽しんでるんです」
「どういうことです?」
「ものは考えよう・・疲れるということは、それだけ働いている→働かせてもらえる→動けてる→動ける→健康・・と考えれば、有り難いことじゃないですかっ!」
「ウワァ~~ッ! ものすごく前向きなんですねぇ~!」
「そんな訳でもないんですが、そう考えれば、生活が充実しますよっ!」
「私なんか、また疲れるのか…と、ついつい考えて、ぅぅぅ…と泣ける口なんで…」
「岬(みさき)さんはネガティブ思考だから、余計に疲れるんですよっ!」
「そうかも知れません…。今日は、いいお話を聞かせていただきました。有難うございました。参考にします」
 二人は別れ、お互いの課へ戻(もど)った。

           
                  完

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2018年10月11日 (木)

泣けるユーモア短編集-33- 不言実行(ふげんじっこう)

 これからやろう! と思ったことを、口に出してペラペラ話したりすると、出来なくなってしまい、ぅぅぅ…と泣けることになる。しよう! と思えば、黙(だま)ってやるのが得策(とくさく)・・ということに他ならない。
 快晴の春五月、小気味(こきみ)よい風が頬(ほほ)を撫(な)でる草原のキャンプ地である。手羽崎(てばさき)は、妻と子供二人を従え、このキャンプ地へ来ていた。他にも何組かの家族が思い思いにテントを張り、アウトドアを楽しんでいる。すでに11時を回り、そろそろ、どの家族も昼食の準備を始めようとしていた。
「ははは…お隣(とな)りは、どうもバーベキューのようだな。うちはカレーにしよう!」
 お隣りの家族が車からバーベキューセットを下ろしたのを見ながら手羽崎は、はっきりと妻に言った。
「カレー? カレーは夕方の予定だったんじゃないっ? お昼はコレッ! でしょ?!」
 妻が持ってきたサンドウイッチが入ったバスケットを持ち上げ、膨(ふく)れ面(づら)で言った。それもそのはずで、手羽崎の妻は朝早くから起き出し、家族四人分のサンドウイッチを精魂(せいこん)込めて作っていたのだ。手羽崎も手羽崎だ。玉ネギ、ニンジンなどの野菜を言う前に剥(む)くか切るかしていれば、「なんだ…もう始めちゃったの? 仕方ないわね。じゃあコレ、お三時にね…」くらいの話にはなったはずなのだ。それが、調理ナイフを取り出したとき口にしたものだから直撃を受け、無残にも撃沈したのである。不言実行していれば、カレーが美味(おい)しく食べられた・・ということに他ならない。まあ、サンドウイッチだからタマネギで泣けることはなかったものの、手羽崎の気分は、ぅぅぅ…と泣けることになってしまった。
 言わぬが花・・とは上手(うま)く例(たと)えたもので、物事はやってから話そう…程度の不言実行(ふげんじっこう)の気持が必要・・ということになる。

         
                   完

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2018年10月10日 (水)

泣けるユーモア短編集-32- 人

 人はさまざまで、ピンキリである。どの辺(あた)りからがピンで、どの辺りからがキリなのかは各自の判断次第だが、まあ、いろいろと種々雑多(しゅじゅざった)な人が存在することは事実である。
 とある、うらぶれた飲み屋に常連(じょうれん)客が屯(たむろ)している。
「ええっ! ¥20も安いドーナツが手に入った、だって?!」
「はいっ! 私も腕を上げたでしょ?」
「ははは…そんな大した腕でもないがなっ! 俺なんか、この前、売れ残ったタコ焼きを¥50で買った。人が途絶える時間帯があるからなっ!」
「それそれ! 店じまい前! 確かにあります。タイミングとコツですよね!」
「んっ? ははは…タイのコツ酒か、ありゃ美味(うま)いっ!」
「コツ酒…そういや、そろそろ甘酒の雛(ひな)祭りだぜ」
「甘酒にドーナツやタコ焼きは合わんぞっ! やはりそこは、菱餅(ひしもち)だろがっ!」
「ぅぅぅ…そんな怒るなっ!」
「泣ける話でもなかろっ!」
 飲み屋で、こういう呑気(のんき)な話ができる人々もいるから、人は様々だということになる。

        
                    完

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2018年10月 9日 (火)

泣けるユーモア短編集-31-  食べる

 食べる・・というプロセスが成立するには、幾つかの条件が必要となる。その必要条件が、すべて満たされないと、[食べる]という行為は成立しない訳だ。まず、第一の必要条件として、[健康]という条件が挙(あ)げられる。当然、心身ともに、である。第二の必要条件として、[食物を得る手段]という条件がある。これには貧富の差は関係なく、要は、食物を入手し得るか? という条件が問題となる。食物が手に入らなければ、いくら金があっても食べることは出来ない。さらに第三の必要条件として、[摂取時間]が要件となる。これは、食物を調理したり、調理した食物を食べる余裕時間があるか? ということに他ならない。食物はあるが、忙(いそが)しくて食べる時間がない・・では話にならない訳だ。他にも細々(こまごま)とした条件があるが、まあ大まかにいって、この三条件が必要不可欠な条件と言えるだろう。
 昼近い、とある市役所の商工観光課である。
「いい陽気になってきましたね、課長…」
 窓サッシに広がる春めいた青空を見遣(みや)り、課長補佐の煮蕗(にぶき)が課長の生節(なまぶし)に語りかけた。
「ああ…。どれどれ、久しぶりに昼飯は外で食うかっ! 君もどうだっ?」
 デスクの書類から目を離し、生節も窓サッシを見遣る。
「はいっ! 食堂ばかりでしたからね」
 当然、そうくるだろう…と、見越したような元気さで、煮蕗は返した。
「食べることが出来る。なんて有り難いことだっ! そうは思わんかっ? 煮蕗」
「はぁ?! …そうですね」
「食べたくても食べられん人々が、どういう訳か撃ち合っている…」
「今朝のアフリカ内戦のニュースですか?」
「ああ…。撃ち合ってないで、食物を耕作していれば、ユニセフの世話は必要なくなるんだが…」
「栄養失調の子供達ですね…」
「そう! この国では捨ててるしな。困ったもんだっ!」
「食べることの有り難さを忘れてしまったんですね、きっと…」
「そういうことだな。健康で食物があり、しかも食べられる・・有り難いことだっ!」
「感謝、感謝! …さあ、出ますかっ!」
「ああ…。しまった! 財布を忘れたっ! 君、今日は頼むっ! ははは…また奢(おご)るからさっ!」
「エエ~~ッ!!」
 うっちゃられた煮蕗は、ぅぅぅ…と泣けるようにテンションを落とし、ガックリと肩を落とした。
 食べる・・というプロセスが成立するまでには、さまざまな要素が介在(かいざい)する訳である。

       
                   完

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2018年10月 8日 (月)

泣けるユーモア短編集-30-  馬鹿につける薬

 馬鹿につける薬はない・・と、よく言われる。ところが、上手(うま)い具合に、いい薬があるのだ。その薬とは、馬鹿である。馬鹿と馬鹿がタッグを組めば、マイナス[-]×マイナス[-]でプラス[+]になるという具合だ。正確に言えば、そうなることがある・・程度の精度なのだが、それでも一応、馬鹿につける薬はある・・ということになる。馬鹿にとっては誠(まこと)に喜ばしい限りの話ではある。
 垣根越しにご近所のご隠居二人が語り合っている。少し品(しな)を作り、お互いを意識して自分を少しよく見せようとしているから話し合っている・・というのではなく、語り合っている訳だ。
「今朝はよく冷えましたな…」
 新調したばかりの着物の襟(えり)を両手で寄せながら、コレゾ! とばかりに見せびらかし、ご隠居が向かいのご隠居に語る。実のところ、この着物は息子の嫁が安物を買ってきて、「お義父(とう)さま、お高い着物が頃合いのお値段で手に入りましたの…」とかなんとか言い含めてプレゼントした品なのである。それを真(ま)に受けたご隠居は、明らかに馬鹿だった。
「ははは…さよ、てすなっ!」
 向かいのご隠居は『ったくっ! 安物(やすもの)ですぞっ!』とは瞬時に分かったが、そうとも言えず、愛想(あいそ)笑いをして応じた。そして、腕の腕時計を、コレゾ! とばかりに見せびらかし、向かいのご隠居がご隠居に語る。実のところ、この時計は娘婿(むすめむこ)が安物を友人に貰(もら)い、「お義父さん、これ少し値が張りましたが…」とかなんとかいい顔をしてプレゼントした安物なのである。それを真(ま)に受けたご隠居は、明らかに馬鹿だった。
「おっ! もうこんな時間ですかっ!」
「ははは…さよ、ですなっ!」
ご隠居は『ったくっ! 安物(やすもの)ですぞっ!』とは瞬時に分かったが、そうとも言えず、愛想(あいそ)笑いをして応じた。
「ではっ…」「ではっ…」
 二人の馬鹿なご隠居は笑顔で左右に別れ、家の中へと姿を消した。
 馬鹿につける薬は馬鹿で、ぅぅぅ…と泣けるほど安くつく・・という馬鹿なお話である。

        
                    完

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2018年10月 7日 (日)

泣けるユーモア短編集-29-  とりあえず…

 ぅぅぅ…と泣けるようなことが起こる前に用意を周到(しゅうとう)にしておくことは大事なことだ。所謂(いわゆる)、とりあえず…と、やっておく準備のことである。囲碁のプロ棋士なら、石を取られないよう万一の場合を考え、保険をかけておく・・とか格好よく言うそうだが、別に保険をかけておかなくても常備薬を用意する・・という解説でもいいのではないか…と思えるが、まあ、そんなところだ。
 山奥に立つ、とある村役場の課内である。
「石黒(せきぐろ)さん、今朝は随分(ずいぶん)、早いご出勤ですな?」
 いつも遅刻ギリギリに出勤する石黒を訝(いぶか)しげに眺(なが)め、白石(しろいし)がポツリと言った。
「ははは…私だって早いときもありますよ。昨夜は雪が舞ってましたから、こりゃ、積もって遅刻だ…と思いまして、とりあえず…」
「そう大したこともなかったですね」
「はい。もう、三月(さんがつ)近いですからね…。しかし、万が一・・ということもあります。それに、昨日(きのう)の事務処理が私、まだ残ってましたから…」
「なるほど! それで、ですか?」
「ええ、まあ…。若い灰川課長補佐に嫌味(いやみ)を言われるのも癪(しゃく)でしたからね、とりあえず…」
「積もってりゃ、皆、遅いんでしょうが…」
「そうですね。…あれっ?!」
 石黒は、鞄(かばん)の中を小忙(こぜわ)しそうに探し始めた。
「どうされました!?」
「いえ…おかしいなぁ~。…ああっ!」
 妻が入れてくれた弁当を、石黒は慌(あわ)てたため、玄関へ置き忘れたことを思い出した。
「なんでしたっ!?」
「ぅぅぅ…弁当をっ!」
「ははは…忘れられましたか。とりあえず…よかったら」
 白石はデスクに隠し入れたカップ麺を一つ、石黒に手渡した。
「ど、どうも。ははは…、とりあえず…頂戴しておきます」
 とりあえず…は、ぅぅぅ…と泣けることを予防する手段となるのである。

         
                   完

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2018年10月 6日 (土)

泣けるユーモア短編集-28-  苛(いじ)め

 人は不満が鬱積(うっせき)すると、それを晴らそうと苛(いじ)めをしたくなる。苛めることを自(みずか)らの不満の捌(はけ)け口(ぐち)にして、解消しようとするのだ。なにもこれは、人対人に限ったことではない。人対社会、人対自然、人対物・・と、さまざまに分化する。木が切り倒され自然の姿が消えていく、ポイ捨て芥(ゴミ)がいたるところに氾濫(はんらん)する、生徒の苛めが横行する、ハラスメントが職場で頻繁(ひんぱん)に起こる・・など、具体例を示せば枚挙(まいきょ)に暇(いとま)がない。
 平サラリーマンの芥岡(ごみおか)と河原(かわら)は仕事を終えた帰り道、久しぶりの屋台で一杯やっていた。
「んっ? 前の森、少し景観が変わりましたね、親父さん」
 芥岡が夕焼けた外景を指さし、屋台の親父にそれとなく言った。
「ええまあ…。伐採(ばっさい)ですよ。落葉が・・とか枝が・・とか、前のビルから苦情が入ったそうです。立派な大木(たいぼく)だったんですがね。私なんか、落葉を貰(もら)って帰って、家の庭木に敷いてたんですよ。残念です…」
「そうですか…」
 芥岡は頷(うなず)いて皿のコンニャクに箸(はし)をつけた。
「人が自然を苛める権利があるのかねぇ~」
 河原が不満たらしくグビリ! とコップ酒を飲みながら言った。
「そうだな…。自然の管理を任されているだけだからな、人は…」
「だいいち、自分達が生まれる前からある命だろ?」
「まあ、そう言うな。今はそんなご時勢だ…」
 芥岡が河原を慰めた。
「おっしゃるとおりです。いい国なんですがねぇ~」
「悪くなってきてますか?」
「まあね…。人なら問題になりますが、これは実害のない苛めですよ。…これ、サービスですっ!」
 親父が二人の皿に、よく味が染(し)みた厚揚げを長箸(ながばし)で摘(つま)んで乗せた。
「あっ! どうも…」「どうも…」
 二人は軽く頭を下げた。
「ぅぅぅ…苛めは、やってられねぇ~や。私も一杯、いただきますっ!」
 親父はコップに一升瓶の酒を注ぐと、泣ける目を押さえ、一気に半分ほど飲み干した。
 苛めは上りのスパイラル[螺旋(らせん)]状に不満を増長させる。

       
                   完

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2018年10月 5日 (金)

泣けるユーモア短編集-27-  争(あらそ)い

 世界には、人々が暮らすいろいろな国があり、地域がある。より快適に? 生きていくために国々は切磋琢磨(せっさたくま)し、文明を高めている。いや、つもりなのだろう。だろう・・というのには理由がある。切磋琢磨すれば双方の摩擦(まさつ)が生まれ、争(あらそ)いとなることは誰にも分かるだろう。国という地球域の細分化は、必然的に自国や自政権を守る争いを生む訳だ。双方が衝突すれば、これも必然的に多くの人々の尊(とうと)い犠牲(ぎせい)が出るから、ぅぅぅ…と泣けることになる。このように、争いは怖(こわ)く、人々がぅぅぅ…と泣ける状況を生み出すから曲者(くせもの)だ。
 繁華街にある、とある老舗の斜(なな)め向こうに同業種の新店舗が開店した。それ自体は、どうってこともなかったのだが、やはり顧客(こきゃく)の分散は避(さ)けられず、老舗にすれば客の減少が気になりだした。新店舗の方は、まあ、客数はこのくらいか…という程度の気分である。
「なぜ、私の店の前に同じ店を出すんですっ!!」
「ええっ? なぜ、と言われましてもねぇ~」
「フツゥ~、同じ洋服店を近くには出さんでしょ!」
「…ええ、まあ…。しかし、私の店はレトロ専門店ですから」
「…そりゃ、そうだがっ! 現に、私の店の客数がへっとるんですっ!」
「それが、私の店の所為(せい)だと?」
「所為だとは言ってませんが、影響は、現にある訳ですからっ!」
「で、私にどうしろとっ! 争うとでもっ?!」
「争う?! なにを言っとるんだっ、あんたはっ! そんなことは言っとらんでしょうがっ!」
「いや、これはどうも…。ははは…昨日(きのう)観た、二百三高地のことが、つい…」
「二百三高地? ああ、そういや私も観ましたよ、争いは怖いですな。思わず、ぅぅぅ…と泣けました」
「私もです。同じ人間同士が殺し合う。無益(むえき)なことですな。争いは泣ける。ぅぅぅ…」
 店の話は消え去り、争いの話で二人は泣きながら盛り上がった。

        
                    完

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2018年10月 4日 (木)

泣けるユーモア短編集-26- サクラサク

 年が明けると、いよいよ受験シズーンの到来(とうらい)である。桜咲く・・サクラサク・・これはもう、受験生にとっては、なんとも心地よい響きの言葉である。合格通知なら思わず顔は緩(ゆる)み、ニコリ! となるが、逆に、ぅぅぅ…と泣ける者も出る。
「あ~あ…全然、咲かなかったなぁ~」
 魚乃目(うおのめ)は合格電報を手にガックリと肩を落としていた。大学は落ちるわ、肩は落ちるわ…サッパリだっ! と低いテンションで泣ける気分を如何(いかん)とも出来ず、魚乃目は深い溜め息を一つ吐(は)くのだった。
 気晴らしに街へ出ると、偶然、同級生だった黒子(ほくろ)に出会った。
「おう! 魚乃目!」
「なんだ、黒子か…お前、どうだった?」
「まあ、なんとか滑(すべ)り止めは受かった」
「よかったなっ! 俺は全滅(ぜんめつ)だっ…」
「全滅か…まあ、気落ちすんなっ!」
 黒子は魚乃目の肩に片手を軽く置いた。
「家の都合で浪人は出来んからなっ!」
「お前、人事院の3種、受かってたろ?」
「ああ、まあな…」
「だったら、とにかく就職して、夜学でいいじゃないかっ!」
「ああ! その手があったなっ! そうするか…」
「見ろっ! 桜が満開だっ! 落ちた者にも桜は咲くっ!」
「ぅぅぅ…」
「ははは…美味(うま)いものでも食うかっ!」
「ああ…」
 二人は元気に歩き出した。
 合否(ごうひ)に関係なく、季節が巡ればサクラサクとなる。

      
                     完

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2018年10月 3日 (水)

泣けるユーモア短編集-25- 気楽(きらく)

 誰でも気楽(きらく)に生きたいと考える。だが、世間の柵(しがらみ)が、そうはさせじっ! と待ち構えている。この柵は、手を変え品(しな)を変え、いろいろな方法で忍び寄ってくる。恰(あたか)も魔の手のように・・である。それでも人はそのアゲインストな風[向かい風]に立ち向かい、果敢(かかん)に挑戦して生き続ける。この七転び八起きの姿が神仏(かみほとけ)をして、ジィ~~ンとさせるのだろう。見てられないっ! という場合には直接、出現され、救いの手をお差しのべになられる・・という場合だってあるのかも知れない。
 山吹は実(み)のない人生に疲れ果てていた。蓑(みの)ひとつだに、無(な)きぞ悲しき・・である。
「あ~あ…」
 山吹の口か
漏(も)れるのは溜め息ばかりだった。
 そんなある日のことである。一人の老人が家を垣根越しに見遣(みや)る姿が、ふと山吹の目に留(と)まった。だが、その老人は普段(ふだん)、余り見かけたことがない老人で、近所の知り合いでもなかったから、山吹には訝(いぶか)しく思えた。それでも、遠くから散歩で通りかかった老人・・という可能性もあり、山吹はそのまま見過ごすことにした。一端、家の中へ入り、数十分してふたたび庭へ出てみると、先ほどの老人が同じ位置に立ったまま、まだ山吹の家を見ているではないか。そのとき初めて山吹は、こりゃ、尋常(じんじょう)ではないぞ…と、思うに至った。
「あの…何か私の家にご用でも?」
「… ああ、私ですかな? 通りすがりの者でわい。あなた、お可愛そうに、気楽に生きられぬお方じゃな…」
 山吹はその言葉を聞き、初対面の者に、なんと失礼なっ! と一瞬、怒れたが、次の瞬間、その通りだな…と思った。
「気楽に生きる秘訣(ひけつ)をお教え致(いた)しましょうわい」
「ええ、是非(ぜひ)!」
 老人に訊(たず)ねられた山吹は、すぐ返した。
「こう、しよう! しなければっ! などと、思わぬことじゃ。行く雲、流れる水のように生きる・・ということじゃわい。はっはっはっ…、では、失礼…」
 その老人の姿は、言葉とともに跡形(あかたと)もなく消え去った。山吹は、ぅぅぅ…と泣ける夢のような現実に、思わず涙した。
 気楽には生きられない人の世だが、ぅぅぅ…と泣ける現実があって欲しいものである。

         
                   完

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2018年10月 2日 (火)

泣けるユーモア短編集-24- 0.1MPa[メガパスカル]

 0.1MPaとは0.1メガパスカルという空気圧のことである。0.1MPa=100KPa[キロパスカル]に等しい。
 鼬穴(いたちあな)はこの日、ネット通販で買ったコンプレッサーの到着を、今か今かと心待ちにしていた。自転車の空気入れが古くなったためか、今一、タイヤ空気の充填(じゅうてん)に手間取り、10分以上かかるため、すぐ出たいときに出られなかったから、コンプレッサーを欲しいな…とは常々思っていたのだ。しかし、値が高いから無理か…という発想も現れ、そのまま買わず終(じま)いになっていた。ところが、パソコンを検索(けんさく)すると、割合と手頃な価格で売られていたから、これはもう、入手する他は考えられない…と鼬穴は思い至ったのである。ところが、このことが、ぅぅぅ…と泣けることになろうとは、そのときの鼬穴は夢にも思わなかった。
 品物は思った以上に、早く宅急便で到着した。そうなればもう、梱包(こんぽう)を開けない訳にはいかない…という気分に鼬穴は襲われた。そして、取説[取扱説明書]に書かれた内容をウキウキと読み、そのとおり実行に移していった。
 鼬穴の軽自動車の適正タイヤ圧は前輪が160KPaで後輪が180KPaと書かれている。コンプレッサーの使用最高空気圧は0.7MPa=700KPaだったから、これはもう、十分にOKだ…と思った鼬穴は、イソイソと楽しげに作業にかかった。が、しかしである。取説どおり準備、接続をし、空気を充填しようとしたが、いっこう空気圧を示す器具の目盛が動かず、空気が充填されているのか充填されていないのかが分からないのである。それどころか、次第にタイヤ圧が減ってきているように鼬穴には感じられた。手でタイヤを触(さわ)ると、空気を入れる前より柔らかい。完全にアウト状態に至ったのである。鼬穴の気分はウキウキから、ぅぅぅ…と泣ける破目に陥(おちい)った。幸(さいわ)い、予備のタイヤがあったから取替え、ガソリンスタンドへ走ることになった。ガソリンスタンドで無事、空気が減ったタイヤの充填は出来たものの、鼬穴の心は曇(どん)よりと晴れなかった。まあ、自転車くらいは大丈夫か…程度に今は思っているらしい。哀れで泣ける話である。

                             完

 ※ 皆さん! なんとかしてやって下さい。^^

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2018年10月 1日 (月)

泣けるユーモア短編集-23-  田園(でんえん)

 皆さん、田園(でんえん)が荒廃(こうはい)すると、ぅぅぅ…と泣ける事実をご存知(ぞんじ)だろうか。もちろん、荒廃した農地を見て悲嘆(ひたん)に暮れ、思わず涙する・・というものではない。回り回って、ぅぅぅ…とならざるを得なくなる・・ということだ。この事実は不特定多数の国民をそうさせる。それは貧富に関係なく、程度の差こそあれ、等しく襲ってくる。実りを齎(もたら)した田園が雑草で覆(おお)われ、永田が草田になるとき、国は滅びることになる。当然、ぅぅぅ…と、国民は泣ける訳だ。
「最近、私の住む町も都会になりましてな。もうトンボもいませんわ…」
「ああ、そういや、お宅の周辺の夏の蛍、見ものでしたよね」
「ええ、困ったもんですわ。蛍は蛍でも空き缶が放(ほ)ったる・・でっさかいな」
「蛍と放ったる・・上手(うま)いっ!!」
「いやいやいや…そないなとこで感心してもろたら、どもならんわ」
「いや、失敬! しかし、永田が草田ではねぇ~」
「永田町と永田・・上手いっ!!」
「ははは…私のジョークも感心してもらえたようですな…」
「田園ジョークで盛り上がりましてもなぁ~」
「確かに…」
「泣けるご時勢(じせい)ですなぁ~」
「確かに…」
 二人は、それほどのことでもないのに、どうしたことか、ョョと泣き崩れた。

        
                   完

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