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2018年12月

2018年12月31日 (月)

暮らしのユーモア短編集-14- 竹の子

 とある町に、竹の子と渾名(あだな)される風変わりな中年男がいた。医者でもなく、竹の子好きという訳でもなかったが、なぜか町内の者はその男をそう呼んだ。理由は至って簡単で、病的な寒がり男だったからである。真夏の40℃にもなろうかという灼熱(しゃくねつ)の日中でもガタガタ・・と震(ふる)え、着膨(きぶく)れするほど何枚も衣類を身に纏(まと)わないと暮らせない大層な寒がり男だったが、その寒がり体質を除(のぞ)けば、どこにでもいそうな普通のサラリーマンでもあった。
 朝の6時過ぎだが、夏場で外は日中の明るさである。隣のうどん屋の主人が、男の家に入ってきた。
「竹の子さん、熱いうどん、もってきてやったよっ!」
「ありがとうごさいます。食べてから出勤しますので、そこんとこへ置いといて下さい…」
 男の朝食は、うどん屋に毎朝、出前してもらう天麩羅うどんだった。
「暑くねぇ~のかい、あんた?」
「ちっとも…。むしろ、寒いくらいですよっ」
「変わってるねっ、あんたっ!」
「はあ、どうもすいません…」
「いや、別に悪かぁ~ないんだがねっ。少し不憫(ふびん)に思えてさぁ~。風呂や洗濯は、難儀なこったろうねぇ~。一枚一枚、剥(は)がさなくちゃなんないだろっ?」
「ええ。それは、まあ…」
「ははは…、やっぱり竹の子だよ、あんたっ。役場じゃ困ってんだろっ?」
「いや、それが…。上手(うま)い具合に…」
「どこだい?」
「外回りの徴収係で…」
「ははは…、こりゃ、いいやっ! 汗は出ないんだろっ?」
「はいっ! 快適、そのものですっ!」
 世の中には変わったこんな竹の子な人もいるのだから、人の暮らしは面白い。

        
                   完

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2018年12月30日 (日)

暮らしのユーモア短編集-13- 土作り

 春先ともなれば植物の勢いは増し、あちこちの田畑で耕運機が土を捏(こ)ね繰(く)りまわす。農作物を植える前段階の作業である。作物が生長するその基礎となるのは、やはり土作りにある。世界史でも有名なローマ帝国の偉大さを表(あらわ)す ━ ローマは一日にしてならず ━ という名言のとおり、━ 土作りも一日にしてならず ━ なのである。
「蛸川(たこがわ)さん! ご精が出ますなっ!」
「やあ、これはこれは…。久しぶりですな、壷山(つぼやま)さんっ!」
 日本史好きの蛸川が鍬(くわ)を手にして畑の土作りをしていると、畦(あぜ)前の野良(のら)道を、これも日本史好きの壷山が通りかかり、声をかけた。
「天下統一には 手間(てま)がかかりますなっ!」
「? …ええええっ! なかなか手ごわいですなっ、ははは…」
「もう、植えつけですかっ?」
「どうして、どうして。まだ、土作りの段階で、桶狭間ですよっ!」
「桶狭間! かなり天下統一は先長(さきなが)ですなっ!」
「ええええ、そのようで。ははは…今日は京へ上洛(じょうらく)を果(はた)たしましてなっ、まあ首尾(しゅび)よくいけば、姉川ぐらいまではと…」
「ははは…姉川ですかっ? 金ヶ崎にならぬようご用心っ!」
「ああ、有難うございますっ! 油断は禁物ですからなっ! そういや、雲が出始めましたっ!」
「ええ、そのことです。それじゃ、先を急ぎますので…」
 壷山はそう言うと歩き始め、野良道を遠ざかっていった。
 十日後の同じ場所である。この日は雲一つない快晴で、冷んやりとした風が頬(ほほ)に心地よく、ソヨソヨと吹いていた。そんな中で蛸川は、十日前と変わらず、畑を鍬で耕(たがや)していた。そこへ、また壷山がやって来なくてもいいのにやって来た。どうも、意図(いと)的に通りかかった節(ふし)がなくもなかった。
「その後の土作り、いかがですかな?」
「ああ、これは壷山さんっ! それが、いい塩梅(あんばい)に 醍醐(だいご)の花見となりましたっ!」
「ええっ!! 醍醐の花見ですか? それはそれは豪勢なっ! …かなり飛んだようですが?」
「ははは…時代の巡(めぐ)りとは早いものですなっ! この十日ばかりで、いろいろとありましたっ!」
「そりゃそうでしょ! なにせ、天下が変わったんですからなっ、ははは…」
「ええええ。土の中の石出しやら、藁灰(わらばい)や燻炭(くんたん)での中和やら、それに肥料と・・まあ、いろいろありましたからなぁ~」
「それはそれはご苦労さまでした。しかし、まだ気が抜けませんぞっ! これからが大変です。なにせ関ヶ原ですからなっ!」
「はい、心しますっ!」
「ではっ!」
 そして、時は移ろい、収穫の季節となった。蛸川の畑には完熟(かんじゅく)した種々の野菜が実をつけていた。土作りは成功し、徳川ならぬ蛸川の天下統一がなったのである。

       
                   完

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2018年12月29日 (土)

暮らしのユーモア短編集-12- 電話

 今の時代、生活する上で、電話は必需品となっている。が、しかし!、が、しかし! である。思わず首を捻(ひね)りたくなるような事例を紹介してみよう。
 立花は、どこにでもいるような普通の老人である。定年退職して10年、今では細々と年金生活をする、しがない独居老人だった。家族はすでに他界し、今では唯一の楽しみが近くの弁当屋で美味(うま)いから買う魚フライ弁当というのだから、侘(わび)しい暮らしを髣髴(ほうふつ)とさせる老人であった。
 とある暇(ひま)な日、その立花が、故障した電化製品を修理に出そうと、メーカーへ電話をかけた。それも、カップ麺に熱湯を注いだ直後である。
『電化ショップの総合商社、ピカリでございます。本日はお問い合わせをいただき、誠に有難うございます。商品に関するお問い合わせは[1]を、商品の修理に関するお問い合わせは[2]を、その他のお問い合わせは[3]をお押しください。なお、音声メッセージの途中でも可能でございます』
 音声メッセージが流れ、静かに最後まで聞いた立花は、聞き終えた直後、なんだっ、途中でもいいのかっ! と、怒(おこ)りながらダイヤルの[2]を押した。
『パソコン・周辺機器の修理に関するお問い合わせは[1]を、携帯電話・スマートフォンに関するお問い合わせは[2]を、生活家電の修理に関するお問い合わせは[3]を、その他の…』
「くそっ! [3]かっ! [1]にしろ、[1]」にっ!」
 立花はイラッ! として、音声メッセージの途中で[3]を押した。
『調理用品の修理に関するお問い合わせは[1]を、家事用品の修理に関するお問い合わせは[2]を、空調・季節関連の…』
「馬鹿野郎! [2]に決まってるだろうがっ!」
 立花は決まっていないのに激昂(げっこう)し、やはり途中でダイヤルの[2]を押した。
『洗濯機・掃除機の修理に関するお問い合わせは[1]を、布団乾燥機の修理に関するお問い合わせは[2]」を、掃除機の修理に関する…』
「[3]かっ! 梃子摺(てこず)らせやがってっ!」
 立花は怒(いか)り心頭(しんとう)に発し、憶測(おくそく)で[3]を押した・・と言いたいところだが、怒りで手が震え、下のダイヤル[6]を押してしまった。
『最初に戻る場合は[0]をお押し下さい』
 それを聞いた途端、立花はガチャリ! と受話器を置き、電話を切った。フタを開けると、カップ麺は伸び切り、しかも冷えていた。
 電話は迅速(じんそく)にコトを運んだり連絡を取るための用具であり、時間がかかったり、楽しむ用具ではないはずなのだが…。^^

                            完

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2018年12月28日 (金)

暮らしのユーモア短編集-11- ニンマリ

 川久保は修理用小物の予備を買おう! と勇んで家を出た。出たまではよかったのだが、粗忽(そこつ)にも財布の中を確認していなかったため、どれほど持って出たのか分からなかった。幸い、車の運転中には財布のことが脳裏に浮かばず、助かった。気づいたのは数キロ走った先にある雑貨屋の駐車場で、車のエンジンを止めた瞬間、ハッ! と閃(ひらめ)いたのである。アイデアとかの閃きならまだしも、忘れたことを思い出す閃きは戴(いただ)けない。そうはいっても、思い出してしまった以上は仕方がない。川久保は運転席に座ったままポケットに入れた財布を確認しようとした。だが、財布は家に忘れたようで、僅かな硬貨だけがポケットに入っていた。その額は、¥500硬貨1枚、¥100硬貨2枚、¥10硬貨1枚の計¥710だった。まあ、なんとかいけるか…と川久保は軽い気分で車から降り、店へ入った。
 店の中に目的の小物は、あるにはあった。内税のアナウンスが店内に流れていた。ということは、携帯で計算する必要もなく、表示価格そのままで買える訳である。川久保は、よしよし! とニンマリした。だが、そのニンマリは次の瞬間、消え去った。定価は¥720だった。¥10硬貨が一枚足りなかったのである。残念と言う他(ほか)はなかった。川久保は¥10硬貨に描かれている平等院を恨めしげに見た。そのとき、川久保の脳裏に救いの閃きが湧(わ)いた。
『こちらが表なんだよな…』
 川久保はふたたびニンマリを取り戻し、車へUターンした。
 ニンマリ・・は案外、小さいことで甦(よみがえ)るのである。

         
                   完

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2018年12月27日 (木)

暮らしのユーモア短編集-10- その気

 映画館を出た途端(とたん)、コロッ! と人が変わっている場合がある。まあ、一過(いっか)性のものだが、それでも僅(わず)かな間(あいだ)、人は観た映画の格好いい主人公になり切る。要するに、その気になるのである。
 とある田舎町の昼過ぎの映画館前である。久しぶりに町へ出た蕗尾(ふきお)は、さてどうしたものか? …と、映画館の前で思案に暮れていた。この時間帯で上映される映画が2本あり、どちらも観たい映画だった。
『[串カツ慕情]も面白そうだが[怪傑(かいけつ)葱頭巾(ねぎずきん)]も捨てがたい…』
 蕗尾の心は揺(ゆ)れに揺れていた。そこへやってきたのが、近所の生節(なまぶし)だ。
「やあ、これは蕗尾さんじゃないですか」
「ああ! 生節さん。映画ですか?」
「はあ、まあ…。葱頭巾を観ようと…」
「このシリーズは痛快ですよねっ!」
「ええええ、おっしゃるとおりで…。悪人を退治したあと、残していく1本の葱坊主が、なんとも格好いいっ!」
「そうそう。役人の大根(おおね)花助がやってきて、「また、葱頭巾にしてやられたかっ!』と口惜しがるあのワン・パターンが実に痛快ですっ!」
「はいっ! じゃあ、入りますかっ!」
「ええ!」
 二人は高揚(こうよう)して切符を買うと、映画館へ入った。
 数時間後、蕗尾と生節は完全にその気になり、二人の怪傑葱頭巾が映画館から美味(うま)そうに出てきた。

         
                  完

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2018年12月26日 (水)

暮らしのユーモア短編集-9- 色

 色は場面や出来事など、さまざまな分野で使われる言葉である。あるときは艶(なまめ)かしい意味で、またあるときは、『あんたっ! もうちっと色気を出しなよっ!』のように、欲の意味で使われる。またあるときは、現在と過去を使い分ける意味となる。モノトーンと呼ばれる色のない映像は過去を暗に示す訳だ。欲に溺(おぼ)れるのは戴(いただ)けないが、かといって欲がなければ、物事はなんの進歩も発展も見せない
 とある会社の、とある課である。。
「最近、色気が出てきましたね、高達(たかだち)さん」
「高達君か? …ああ、そうだね。随分、仕事熱心だからな」
「いやですよ、課長! 僕の言ってるのは綺麗(きれい)に、ってことですよ。いやだなっ! ははは…」
「おお、そういや、そうだな…」
 課長の角野(かどの)は係長の飛沼(とびぬま)にダメ出しされ、慌(あわ)てて追随(ついづい)した。
 若手OLの高達は課内で評判もよく、男性社員からマドンナ的存在として持て囃(はや)される存在だった。
「いい人でも、できましたかね?」
「ああ、かもな…」
 ところが、次の雨の日から、すっかり高達の色気がなくなった。それがちょうど、桜の落花と重なったから堪(たま)らない。いつしか高達は、桜色の女・・と渾名(あだな)されるようになったという。この話は私の聞いた話だから、本当かどうかは定かではない。
 ただ、色はいろいろ、不思議な姿を私達の暮らしに現すようだ。

          
                   完

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2018年12月25日 (火)

暮らしのユーモア短編集-8- 沈着冷静(ちんちゃくれいせい)

 四字熟語に沈着冷静(ちんちゃくれいせい)というのがある。日々の暮らしの中で、差し迫った事態にも慌(あわ)てず、騒がず、乱れず・・物事に平常心で取り組む心の有りようをいう。これが、どうしてどうして、言うは易(やす)く行(おこな)うは難(がた)し・・で、なかなか普通の者には出来ない。他人に吠(ほ)えられれば、つい吠え返したくなり、口喧嘩(くちげんか)になってしまう・・といった類(たぐ)いである。
 ほとんど散ってしまった葉桜(はざくら)を愛(め)でながら沈着冷静に花見ならぬ葉桜見をする風変わりな男がいた。桜の木の下に広げられたバランシートの上には、アレやコレやの酒、料理が、それこそ満開の桜のように置かれ、どちらが主役なのか分からない上下の景観を醸(かも)し出していた。
 通りかかった通行人二人が、そんな男をチラ見しながら話をしている。
「あの人、変わってるねぇ~」
「ああ、毎年、いるよ。いつやら、気になったもんでさぁ、声かけてみたんだ。『もう散ってますよっ!』ってね」
「やっこさん、なんて言った?」
「『沈着冷静に観(み)て下さい。まだ三分咲きです』だってよ」
「ふ~~ん。どう見たって葉桜だぜ、ありゃ」
「ああ…。だが、そう見るのはトウシロなんだってよっ! プロには三分咲きに観えるんだそうだっ!」
「イカれてるねぇ~!」
「ああ、イカれてるっ!」
 だが、ある意味で、このイカれた男は正しかった。男は、心に咲き乱れる翌年の花見を愛(め)で、楽しんでいたのである。
 沈着冷静になれば喜怒哀楽を離れ、先々の景観が浮かぶようである。

         
                   完

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2018年12月24日 (月)

暮らしのユーモア短編集-7- 嘆(なげ)かわしい現実

 この世では、余り知りたくない現実も多々ある。それを知らず、あるいは知らされずに私達は軽く生きている訳だ。知らない方が極楽で、知って地獄・・ということもあり、この世はそれほど狡猾(こうかつ)で生きにくい世界なのである。出世したからといって世の中を侮(あなど)って油断していると、出世する以前より酷(ひど)い仕打ちに会うことだってある。議員さん達には誠に申し訳ない例(たと)えとなるが、政治資金規正法の記載漏れ・・とかで、ガックリ! されることがある、あの類(たぐ)いだ。要は、一寸先の油断も出来ない世の中・・ということになる。ならば、知らず、知らされずに軽く生き、世の中を楽しんだ方がいいじゃないかっ! という結論に至るが、いや、それは違うっ! と声高(こわだか)に否定できないのだから怖(こわ)い世の中ということになるだろう。
 とある公民館で開かれている老人会の一場面である。
 出された幕の内弁当を食べながら、志和吹(しわぶき)は隣に座る銅毛(あかげ)へ朴訥(ぼくとつ)に訊(たず)ねた。
「最近、老尾(ふけお)さん、お見かけしませんが、あなたご存知ですかっ?」
「いゃ~、詳(くわ)しいことは知りませんが、聞くところによれば、オレオレ詐欺(さぎ)に引っかかられたとか…」
「銅毛さんが言われるんだから、そうなんでしょうな…」
「はあ、まあ…。実に嘆(なげ)かわしい現実ですっ」
「それで、この地を去られた・・ってことでしょうか?」
「いや、そこまでは…。ただ、お金に困っておられた・・とは聞いております…」
「ひと言(こと)くらい同じ老人会の私らに相談されてもよかったんですがね」
「ええ…。おいくつでしたかね?」
「確か…私より一つ下ですから、74(ななじゅうし)かと…」
「74ですか…。嘆かわしい現実になる訳です」
「7[な]げかわ4[し]い、だけに・・ですか?」
「ははは…まあ」
「ははは…。いや、笑いごとじゃないっ! いつ我が身とも分かりませんからなっ!」
「…ですな」
 嘆かわしい現実に、二人はテンションを下げ、急に押し黙った。

                            完

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2018年12月23日 (日)

暮らしのユーモア短編集-6- ワクワク感

 春の重賞レースの出走(しゅっそう)が間近(まぢか)に迫(せま)った競馬場である。当然ながら、多くの競馬ファンがワクワク感でレースの進行を見守っている。ジィ~~っと座席に座り、競馬新聞を片手にあ~でもない、こ~でもないと鉛筆を舐(な)めてデータ分析に明け暮れる頭脳派もいれば、ドタドタと場内を動きながらパドック[出走場の下見所]などを眺(なが)め、馬さんの調子を直(じか)に見ながら判断する行動派、そのどちらでもない中間派・・と、ファンは様々に犇(ひし)めき合っている訳だ。ただ、誰もがワクワク感で満たされ、今日のレースを待っていることは疑う余地がない。
「どうですっ!?」
「なにがですっ!?」
「もちろん、次のっ、ですよっ!」
「ははは…次はアレですよ、アレ。ははは…」
「そうですかねぇ~、私はナニだと思っとるんですが…」
「ナニですか…。ナニはコレコレでいけませんよっ!」
「そうですかねぇ~。アレもソコソコいけないと聞いとりますが…」
 さて、レースの出走がファンフーレとともに始まった。そしてその結果は、アレでもナニでもなかった。ソレだったのである。二人は、ガックリしたように気落ちしたが、ワクワク感が、その思いを拭(ぬぐ)い、帳消しにした。
 ワクワク感とはそんな感じで、実にいい気分なのである。

       
                  完

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2018年12月22日 (土)

暮らしのユーモア短編集-5- 手際(てぎわ)がよい

 暮らしの中で日々、過(す)ごしていると、結構、無駄な時間を使っている…と、気づかされることがある。手際(てぎわ)が悪いからで、よければそういうことにならない・・と気づかされる訳だ。
 とある店の中で、買い物客と店員が話をしている。
「お客さん、そう手際よくはいきませんよっ! なにせ出荷するのは、うちじゃないんですから…」
 商品の回転が悪いと客が苦情を言ったのである。
「いや、そらまあ、そうかも知れないけどさぁ~。よく見てよっ! この野菜、萎(しお)れてるよっ!」
 その瞬間、店員は店内を見回し、他の客に聞こえないよう、声を小さくした。
「さ、流石(さすが)お客さん。目のつけどころが違いますねっ!」
「煽(おだ)てたってダメだよ。手際よくしなさいよっ!」
「? …と、言いますと?」
「分からないっ? 手際よくだよっ、…例(たと)えば、¥20引きにするとかさぁ~」
「ああ、そういうことですか、なるほどっ!」
「だろっ?」
「はあ、まあ…。でも、そう手際よく安売りは出来ません。うちは日銭(ひぜに)の商(あきな)いでして…」
「だけどさ。これ、腐らせたら元も子もないでしょうよっ!」
「2束(たば)で同じ値というのは、いかがで?」
「…まあ、それでもいいけどさぁ~。3束にしなさいよっ!」
「分かりましたっ! 手際よく、今すぐそうしましょ!」
 そこへ店長が現(あらわ)れなくてもいいのに運悪く現れた。
「あっ! 店長…」
「ちょ、ちょっと、こっちへ来なさいよっ!」
 店長に突(つつ)かれ、店員と店長は客から遠退(とおの)いた。
「どうしたのっ?!」
「お客さんが、コレコレと言われまして、同じ値で3束に…」
「どうしてっ?!」
「萎れてるからです…」
「馬っ鹿だね、お前ってヤツはっ! こういうのは、あとから店の者で手際よく分けるんでしょうよっ!」
「あっ! そうでしたっ!」
「お前…手際が悪いねっ。手際がよいと、客にそういうことは言われないもんだっ!」
「どうも、すいません…」
「お客に、上手く言いなさいっ!」
 店員が売り場へ戻(もど)ると、苦情を言っていた客は手際よく姿を消していた。長びく…と、見切ったのだろう。
 手際がよい人は、することに一瞬の無駄もないのだ。

       
                  完

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2018年12月21日 (金)

暮らしのユーモア短編集-4- 適温

 個人差はあるものの、誰にも過ごしやすい適温というのがある。寒がりとか暑がりという人は、普通の人よりその適温が高かったり低かったりと、違う訳だ。
 いつものように夕食前に風呂へ入ろうと思った鰯板(いわしいた)は、浴室の脱衣場で汗ばんだシャツや下着を脱ぐと、一目散に風呂の湯をジャァーっとポリの洗い桶(おけ)で身体(からだ)へ浴(あ)びせた。
「ギャァ~~~!!!」
 次の瞬間、鰯板の口から出た言葉は、悲鳴にも似た絶叫だった。さらに次の瞬間、鰯板は蛇口を捻り、出た冷水を荒い桶に入れ、頭から被(かぶ)せていた。火傷(やけど)をするほどの熱湯だったのである。これは、中学生の三男をおいて他にないっ! …と思えた鰯板は、俄(にわ)かに三男への怒りが込み上げてきた。三男は野球部に入っていて、下手(へた)の横好きというヤツで、補欠にもかかわらず部活を続け、家へ帰れば風呂へ一番に浸(つ)かるのが日常だった。家族の者は、仕方なくそれを認めている・・という経緯(けいい)があったが、それをいいことに三男は益々、つけ上がっていた。最初のうちは次に入る次男を意識してか、適温にして出ていたのだが、この日に限りどういう訳か鰯板の帰宅が早く、適温が違ったのだ。次男は高めが適温で、鰯板は低めで、それもかなり低くなければダメという完璧(かんぺき)な猫舌(ねこじた)ならぬ猫肌だったのである。鰯板はヒリヒリする痛みで外科治療に数日、かかる破目になったらしい。
 まあ、適温のリズムが一つ狂えば、とんでもない事態に立ち至る・・という一例だろう。

        
                  完

 ※ 猫さんが熱い湯に弱いかどうかは、猫さんに訊(き)いていないので分かりません。^^

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2018年12月20日 (木)

暮らしのユーモア短編集-3- 風邪(かぜ)気味(ぎみ)

 妙に身体(からだ)、特に顔が少し熱ばったように熱く感じられ、どうも風邪をひいたのか? と自分自身で思える状態・・これを人は 風邪(かぜ)気味(ぎみ)と言う。この 風邪気味というのは実に厄介(やっかい)な状態で、風邪をひいたっ! ひいているっ! と断言できるほどのこともなく、そうかといって、風邪ではないっ! とも言いがたい、なんとも中途半端な状態なのだ。
「すみませんねぇ~、虎
野(とらの)さん」
「いや、いいんですよっ! 誰でも風邪はひきますから…」
「いえ、風邪ではないんです。風邪気味なんです、実は…」
「ええええ、まあそうだとしても…」
「いえ、それは違いますから、きちんとしないとっ!」
 虎野(とらの)は、この人、堅苦(かたくる)しい人だなぁ…と思いながら笑顔で聞き流した。
 話は小1時間ばかり前に遡(さかのぼ)る。
「妙だなぁ~。どうも口の中が熱張ります…」
「風邪なんじゃないですか?」
「そうなんでしょうか?」
「ええええ。ひき初(はじ)めは、そうしたものです。私、これから少し出ますので、買っておきましょうか?」
「…はい、それなら」
 風邪ではなく風邪気味の獅子岡は虎野に言われるまま、風邪薬を買ってきてくれるよう頼んだのである。そして、虎野は風邪薬を薬局で買ってきた・・と、まあ話はこうなる。そして、立て替えてもらったお金を支払おうとしたとき、堅苦しい話になったのである。
 風邪気味だと堅苦しい話になる・・ということだが、どうも発熱の影響でもあるようだ。

       
                   完

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2018年12月19日 (水)

暮らしのユーモア短編集-2- 晴れ

 空は曇(どん)よりと曇(くも)っていた。天気予報で昨日(きのう)、晴れると言っていたが…と、蜆川(しじみかわ)は早朝、部屋のカーテンを開けながら思うでなく欠伸(あくび)をした。まあ、曇よりといえば字のとおりで、雲の上はお日さまがグデェ~ンとされておられるかまでは定かでないが、輝いておられるのは疑う余地がない事実だった。それは、飛行機に搭乗(とうじょう)し、煌(きらめ)く太陽と広がる雲海(うんかい)を見れば分かることなのである。
「まあ、いいか…」
 何がいいのか、口にした蜆川も分からなかったが、そこはそれ、いつものワン・パターンで動き始めた。今日はこれといって予定がなかった蜆川は、洗面(せんめん)を済ませて庭へ出たが、雑草が伸び始めていることに、ふと気づいた。雑草には申し訳ないが、放っておけば草だらけの庭になる…と、これも思うでなく閃(ひらめ)いた蜆川は、愛用の移植ゴテを片手に除草を開始した。雑草は根ごと抜き取り、ポリ袋に入れて腐葉土がわりにリサイクルする。根ごと抜き取らないと、すぐ勢いを盛り返し、繁茂(はんも)することは明々白々(めいめいはくはく)で、考えるでなく自然と手先を動かし始めたのである。春先ということもあり、そう大した草量でもなく、除草作業は20分ほどで片づいた。家の中へ戻(もど)り、履(は)いていたサンダルを脱ごうとしたときである。蜆川はサンダルの裏が汚れていることに気づいた。こりゃ、洗っとかないとな…と、蜆川は思うでなく巡り、外の洗い場で洗い始めた。そして、ようやく洗い終えたときである。おやっ? と、蜆川は、また気づいた。サンダルの底に穴らしきものが開いているではないか。よく見れば、それは釘(くぎ)を踏み抜いたような感じの穴だった。これは…と蜆川は、またまたまた、思うでなく感じた。幸い、修理用の小物はDIY[do it yourself の略で、日曜大工を意味する用語]専門店で買っておいたから、それを塗(ぬ)って穴を塞(ふさ)ぎ、修理を終えた。そのときである。
「数日は安静にして下さい、お大事に…」
 蜆川は言うでなくサンダルに呟(つぶや)いていた。次の瞬間、蜆川は自分がアホに思えた。と同時に、雲間より微(かす)かな陽が射(さ)し始めた。

        
                  完

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2018年12月18日 (火)

暮らしのユーモア短編集-1- 気になる

 妙なもので、いつもはそれほど気しないことが、ふとした拍子(ひょうし)で気になることがある。そうなると、そのことがどうした訳か頭から離れなくなり、気になる状態が加速度的に大きくなる。さらにこの状態が高じると、矢も盾(たて)も堪(たま)らなくなり、他のことが集中できなくなるといった病的な心理状態へと進んでしまう。
 普通のどこにでもいそうな男、残毛(ざんげ)は、さて、どうしたものか…と、一向に改善しないあるコトで悩んでいた。そのあるコトとは、若さを甦らせる整髪剤と称して販売されているケハールを続けるべきか、いなか…であった。ケハールは、すごく効(き)きそうな謳(うた)い文句で宣伝されていた商品だった。
『はい! そのとおりっ! ご覧のように、この方、すごく若々しくなられましたっ!』
 テレビCMが今夜もケハールの宣伝を流している。そのとき、ふと、残毛は気づいた。これは化粧品か…と。そうなのだ。医薬品でない証拠(しょうこ)に、CMではひと言(こと)も増毛した事実は表現されていなかった。飽くまで、『若々しくなられましたっ!』なのである。そういや、ケハエールでじゃなくケハールか…とも残毛は思った。頭髪(とうはつ)の脱毛が気になる年齢になってからというもの、残毛は冷静さを欠き、いつの間にか育毛剤に拘るようになっていたのである。
 残毛は丸坊主にしてくれ・・と理髪店に頼んだ。それからというもの、残毛は嘘(うそ)のように頭髪の脱毛が気にならなくなった。
 気になると冷静さを欠き、暮らしに影響するようだ。

         
                  完

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2018年12月17日 (月)

泣けるユーモア短編集-100- お説教(せっきょう)

 誰しも、お説教(せっきょう)はされたくない。笑顔でヤンワリ言われるくらいならまだしも、泣けるような落雷(らくらい)のお説教は嫌(いや)だろう。
 不出来な生徒達が放課後の教室に残され、教師、佐渡(さど)にお説教をされている。佐渡が残す放課後の教室は、誰が言うともなく[お説教部屋]と呼ばれるようになっていた。そしてこの日も、お説教は始まっていた。当然、教室内は思わず、ぅぅぅ…と泣ける、見るも哀(あわ)れな惨状(さんじょう)を呈(てい)していたが、この生徒達の中にも変わり者はいて、お説教されることで快感を感じるマゾ的性格の生徒も存在した。
「せ、先生! もう、終わりなんですかっ!」
「おっ? おおっ! 今日はこれで終わりだっ! それにしても岡間(おかま)、お前は変わっとるなぁ~。俺に怒られて恐(こわ)くないのかっ?」
「いいえ、ちっとも…。もっともっと怒ってくださいっ! ぅぅぅ…」
 岡間は佐渡に縋(すが)るように泣き出した。
「き、気味(きみ)の悪いやつだなっ、お前っ!」
 佐渡は縋りつく岡間から、思わず身を躱(かわ)した。
 その日以降、岡間はお説教部屋から新設された別の教室、通称、[天国部屋]へと一人、移され、褒(ほ)めそやされることになった。佐渡が考えた新しいお説教の方法である。褒めそやすことが逆にお説教になる・・と考えたのだ。
 お説教が効果あるのか? までは、定かではない。^^

          
                   完

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2018年12月16日 (日)

泣けるユーモア短編集-99- 下(くだ)り

 腹が俄(にわ)かに痛くなり、催(もよお)すような泣ける状態を、腹[下(くだ)り]という。この[下り]には、いい場合と悪い場合の意味がある。おお、やれやれ! やっと下りか…と、峠に出た場合の[下り]は言うまでもなく、いい場合だ。列車でよく使われている上(のぼ)り下りの[下り]は、よくも悪くもない。^^ 天気は明日から下り坂です…などと天気概況を気象予報士が得意げに(失礼!)話す場合の[下り]は、悪い意味と思えなくもない。よくよく考えれば、地球上で天気が下ろうと回復しようと当然の話で、別にどぉ~~ってこともない訳だ。
 とある寿司屋でほろ酔い顔の二人の男が寿司を摘(つま)んでいる。 
「奥さん、早く帰らないと下りだよっ」
「えっ? 下り?」
「へいっ! 上(あが)りっ!」
 絶妙のタイミングで、寿司を握る親父が挟(はさ)む。言った男は思わず笑ったが、忠言された男の顔は笑えていなかった。内心では、そうだっ! と、気づいたのだろう。この場合の[下り]は、天気以上にものすごく怖(こわ)いのである。もちろん、ドヤされたりボヤかれたりで、男は泣けることになるからだ。
「お勘定!」
 言われた男は気も漫(そぞ)ろに席を立った。
 [下り]は、やはりマイナス作用が強いようだ。

         
                  完

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2018年12月15日 (土)

泣けるユーモア短編集-98- スンナリ

 滑(なめ)らか[スームス]にコトが進行して当初の目的が達成される・・これはもう、社会生活で理想の展開以外の何ものでもない。ところがスンナリとはいかず、追い[フォロー]で吹くか、向かい[アゲインスト]で吹くかは別にして、いろいろな目に見えぬ助けや妨害(ぼうがい)に支配される訳だ。助けられる方はいいが、スンナリを阻(はば)む妨害は泣けることになるから戴(いただ)けない。
「月代(つきしろ)さん! 今日まではまあ、いいとして、…明日からは絶対、いけませんよっ!」
「ははは…もちろん、分かってますよっ、日守(ひもり)さんっ!」
「…なら、いいんですがね。明日からは、こうスンナリとはいきませんからっ! いけません、いけません!」
「いけませんか?」
「はい、もう! いけない以外の何ものでもないっ!」
「と、いうことは、あなたはスンナリいく立役者(たてやくしゃ)だっ!」
「ははは…まあ。立役者かどうかは分かりませんが…」
 日守は月代に煽(おだ)てられ、悪い気がしないのか、ご機嫌な顔で返した。
「いや! 立役者だっ!」
「そうですかっ!? ははは…」
「で、明日からは?」
「…まあ、いけなくもないですが…」
 煽てれば、コトがスンナリと展開し、泣けることにはならないようだ。^^

       
                   完

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2018年12月14日 (金)

泣けるユーモア短編集-97- 生命の神秘(しんぴ)

 やはり老後の安心、いやいや、死後の安心・・と昨今(さっこん)は保険の種類も多様化しつつある。中には失業したときの収入保障という保険まで現れつつあるが、生命には関係ないものの、生命を繋(つな)ぎ生き続ける保障・・という意味では、大いに結構なことだ。さて、その生命だが、人に限らず、あらゆる生命がどういった条件で宿(やど)り、どういった条件で消滅に至るのか? という謎(なぞ)を人類は科学的に解き明かすには至っていない。その謎とは、生死の発生する瞬間だ。受精すれば生命は宿り、脳死や心臓の拍動停止により、ぅぅぅ…と泣ける死に至ることは科学的に明々白々(めいめいはくはく)で解明された事実だ。しかし、神秘(しんぴ)な生命が宿るビミョ~~な瞬間までは解明されていないぞ…などと、偉(えら)そうに思いながら、腹が減っていた深山(みやま)は鹿にやるつもりだった鹿煎餅(しかせんべい)を、パリッ! っと齧(かじ)った。
「結構、いけるなっ!」
 財布をホテルの部屋に置き忘れた、泣ける思いの深山の口から出たひと言である。
 生命の神秘はさりながら、人間行動の神秘は文明最先端のコンピューターをしても解き明かせてはいない。

        
                   完

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2018年12月13日 (木)

泣けるユーモア短編集-96- 見えない戦い

 楽しみにしていたカラ揚げ弁当の具材が二品(にひん)も減ったことで、豆川はすっかりテンションを下げていた。というのも、今までなら、厚焼き卵のひと欠片(かけら)と少量の牛蒡(ゴボウ)のキンピラが入っていたからだ。
『最近、すべての品が目減りしているように思える…』
 豆川は、見えない戦いが物流社会の中で起きている…と、なんとなく思った。事実、内容の目減りは各分野の商品で起きていた。トイレット・ペーパーの巻きの減り、ウインナ・ソーセージの小型化、袋入りのチョコレート数の減り・・等々である。とはいえ、それは泣けるほどのことではなく、減ったのか…くらいの感覚で軽く流せば、どうってこともなかったのだ。ところがドッコイ! 豆川は甘いもの好(ず)きながら、そんな甘い男ではなかったから、カツン! と頭にきた。人々が泣ける世の中は、断じて俺が許さんっ! と偉(えら)そうに正義感を露(あらわ)にした。
「あの…これ、数が減りましたよね」
「ああ、そうみたいですねぇ~。でも、ひと袋の値も¥10ばかり安くなりましたよ」
「…」
 店員に嫌味(いやみ)を言ったつもりが、逆に切り返され、豆川は、つまらんことを言ってしまった…と自悔(じかい)して押し黙った。
「ああそれから、袋入りのお餅が1ヶ、増量になりましたよっ!」
「フフッ! そうですかっ!」
 単純な豆川のテンションは、見事に回復した。
 世の中では見えない戦いが続き、私達はその戦いに左右され続けているのである。泣ける、笑える、怒れる・・の差は、ほんの紙一重(かみひとえ)なのだ。

         
                   完

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2018年12月12日 (水)

泣けるユーモア短編集-95- 大願成就(たいがんじょうじゅ)

 何が何でも、やらねばっ! と心で決意すれば、割合、大願(たいがん)は成就(じょうじゅ)するものである。要は決断力次第ということだ。ただ、意固地(いこじ)になり過ぎると成就しなくなり、泣けることになりかねないから注意しなければならない。人の意固地につけ込むのが大願成就を阻(はば)む甘くない人の世なのである。
 大衆食堂で偶然、出会った知り合い二人の会話である。
「相変わらずお安い食事ですな、素麺(そうめん)さん! 相席、よろしいですか?」
「ああ! これは肉鍋(にくなべ)さんでしたか、どうぞ…。そんな訳でもないんですが、大願成就! ですよ…」
 背後(はいご)から声をかけられ、きつねうどんを啜(すす)っていた素麺は、振り向くと肉鍋にそう返した。
「大願成就! …? なんです、それ?」
「いやいや、こちらのことです、ははは…」
 素麺は、きつねうどんの残り汁(づゆ)をグビリ! と飲みながら笑って濁(にご)した。濁されると、人はその先を知りたくなるものだ。
「そんなっ! 隠さず、言って下さいよっ!」
「隠してる訳じゃないんですがねっ!」
「なら、いいじゃありませんかっ!」
「あなたも諄(くど)いですねっ!」
「まあまあ、そう言わずに…」
 そのとき、店員が二人の座る席に近づき、水コップを置きながら肉鍋に訊(たず)ねた。
「あの…なにをっ?」
「ああ! これっ!」
 肉鍋は、思わず素麺のうどん鉢(ばち)を指さし、値段分の食券を机へ置いた。
店員は無言で頷(うなず)くと食券を手にし、不愛想(ぶあいそ)に席から離れていった。
 その訳を明かせば、なんのことはない。この大衆食堂では食券と交換にお楽しみ券が1枚もらえ、20枚になれば天麩羅(テンプラ)入りの、しっぽくが無料で一杯、食べられる・・というシステムになっていたのだ。素麺は、あと1枚のところまで迫(せま)っていた。素麺の大願成就とは、お楽しみ券で食べる天麩羅入りの、しっぽくだった。
 庶民の大願成就とは実に成就しやすく、泣けるほど安上がりなのである。

         
                  完

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2018年12月11日 (火)

泣けるユーモア短編集-94- いよいよ…

 刻々と自分の順番が近づいてくるときの心境は、いよいよ…と不安や緊張が高まる状態にある。この結果、個人差が出ることとなり、実力が出せず、ぅぅぅ…と泣ける人、ははは…と笑える人の差となる訳だ。実力があったにもかかわらず、その結果にぅぅぅ…と泣けた人は実に惜(お)しいし、悔(くや)まれる。そこへいくと、そう大した実力がないにもかかわらず、えいっ! 一(いち)か八(ばち)かだっ! などという開き直りの結果、笑えることにでもなった人は、これはもう腹立たしく怒れる。いよいよ…と緊張する人は、気の鍛錬(たんれん)が必要・・ということだろうか?
 とある二人の会話である。どういった関係か? は、読んでいただければ分かる。
「いよいよですなぁ~煮干(にぼし)さんっ!」
「はい、いよいよ…です、被物(ひもの)さん…」
「どうです? ご準備の方はっ!?」
 被物は白衣を脱ぐと、応接室で待つ煮干へ語りかけながら対峙(たいじ)して座った。
「ははは…もう、この年になりましたから、さして以前ほどは…」
「以前ほどは?」
「はい、緊張もなくなりました。毎年、落ちて三十年です。もう、馴(な)れですよ、ははは…」
「同じ医学部を出て、私は一発合格。あなたは三十年…。皮肉なものです」
「私はダメなんですよ、いよいよ…となれば」
「いい腕されておられるのに惜しいことです…。コレなんか、最高の出来ですっ! …そうそう、こんな貴重ものを頂戴し、ありがとうございましたっ!」
「いゃぁ~不出来な作で申し訳ございません」
「いやいや、そんなことはっ! 大臣表彰の作品ですっ!」
「まぐれですよ、ははは…」
「いやいやいや、人間国宝のあなたが、そんなことはっ!」
「ははは…落ちても落ちても試験を受けておる馬鹿な人間国宝です、お笑いください」
「いやいやいやいや…滅相(めっそう)もないっ!!」
「いやいやいやいやいや、これだけのものです。では、これで…」
 煮干は、応接椅子を立つと、被物に軽く頭を下げ、暇乞(いとまご)いをした。     
 いよいよ…は、結果と実力とを分かつ心理的な分水嶺(ぶんすいれい)なのかも知れない。

         
                   完

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2018年12月10日 (月)

泣けるユーモア短編集-93- 枯れ草慕情♪

 この手の話は過去、何度か登場したと思うが、やはり、ぅぅぅ…と泣けるのが演歌である。 乳草(ちちぐさ)牛夫(うしお)・作詞 搾(しぼり)飲也(のみや)・作編曲による演歌♪枯れ草慕情♪は史上まれに見る爆発的なヒットを放(はな)っていた。今の時代、演歌曲の不振が続く中、どういう訳かこの曲だけは、お年寄りから子供まで、老若男女(ろうにゃくなんにょ)が歌い、そして感動させずにはおかなかった。演歌ながら童謡のようでもあり、またポップスやロックとして聴けなくもないという妙な演歌で、この曲の特徴(とくちょう)は? といえば、聴く者をして泣かさずにはおかない・・という泣ける曲だったのである。
「聴きましたかっ、毛並(けなみ)さんっ!」
「ええ、ええ。聴きましたとも、飼葉(かいば)さんっ!」
「泣けましたなっ!」
「ええ、ええ。もう…」
 毛並は、そう言った途端、ぅぅぅ…と咽(むせ)んだ。それを見た飼葉も、ぅぅぅ…と涙目になり、目頭(めがしら)を押さえた。
 演歌♪枯れ草慕情♪は、話題にするだけで泣けるという奇妙な曲だった。世界中が日本の泣ける曲・・という話題で報道し続けた。

        
                   完

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2018年12月 9日 (日)

泣けるユーモア短編集-92- 癖(くせ)

 本人が無意識で知らず知らずにやってしまうことを癖(くせ)という。無くて七癖、あって四十八癖・・とかいわれるが、コレだけは本人が自覚しないと直(なお)らないが、中には病的に治(なお)らず、ぅぅぅ…と泣ける性質のものもある。
 尾焦下(おこげ)は以前から治らない心理的な癖で悩(なや)んでいた。というのは、見た女性を委細(いさい)なく、すべて好きになる・・という癖である。好色魔にすっかり魅入(みい)られた格好だが、これだけはどうしようもなく、成るに任(まか)せる他はなかった。その妙な癖は十日(とおか)もすれば、ケロッ! と消え去る性質のものだったから、他人のみならず、尾焦下自身にも理解できなかった。
 世の中とは広いようで狭(せま)いものである。あるとき、尾焦下が買物で街を歩いていると、十字路で一人の女性と出会い頭(がしら)に接触した。尾焦下もその女性も他意がない偶然の接触だったのだが、尾焦下は接触の瞬間、かつて感じたことのないビリッ! と身体に走る電流のようなものを感じた。相手の女性もそのようで、どちらからともなく謝(あやま)っていた。
「どうも、すいません…」
「いえ、私こそ…」
 のちのち分かったことだが、その女性にも以前から治らない似通(にかよ)った心理的な癖があった。それは、見た男性がすべて嫌いになる心理的な癖だった。ところが、尾焦下との接触以降、その妙な癖は跡形(あとかた)もなく消え去ったのである。むろん、尾焦下の方も同じで、二人は妙なところで±[プラスマイナス]が中和し、妙なことに離れられなくなり結婚したのだった。
 癖は、泣けること以外に、こうした慶事も起こすのである。めでたし、めでたし。^^

         
                   完

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2018年12月 8日 (土)

泣けるユーモア短編集-91- ご飯(はん)騒動

 朝から市松(いちまつ)家(け)では、ご飯(はん)の炊(た)き加減を巡る一大騒動が勃発(ぼっぱつ)していた。とはいえそれは、某国の内戦のような血生臭(ちなまぐさ)い泣けるような騒動ではなく、飽くまでも口論、人間関係の不和以上のものではなかったのだが…。
 下町の、とある中流家庭である。
「ほんとにっ、父さんはっ!! 入れ歯を入れて下さいよっ! 毎度、毎度! こんな雑炊(ぞうすい)みたいなご飯、嫌ですよっ!」
「なにぃ~~っ!! お前なっ! 文句言うくらいなら、自分で炊けっ!」
 居間では、朝から主人の古太郎(こたろう)と息子の新一(しんいち)の間で、食事を巡る口論が勃発していた。和間の長机(ながづくえ)の上には、妻の和代(かずよ)が作った各種の料理皿が置かれ、長机を囲(かこ)んで家族八人が座っている・・といった構図である。
「まあまあ、お父さん! お食事どきですからっ…」
「そうだよぉ~。お前は、だいたい口煩(くちうるさ)いんだよっ! 誰に似たんだろうねぇ~、いったい!」
 今年、卒寿を迎えた祖母の洋(よう)が茶々(ちゃちゃ)を淹(い)れる。
「母さんは黙ってて下さいっ! これは私と父さんのっ!」
 そこまで新一が言ったとき、新一の子で末っ子の幼稚園児、住也(すみや)が突然、参加した。
「黙って静かに食べましょう・・って先生、言ってたよ!」
「ははは…住也が言うとおりだっ!」
 住也の長兄で中学生の柱(はしら)も加わる。
「そうよっ!」「そうそう!」
 姉の小学生、美柄(みつか)、次兄の梁(はり)も合流した。こうなれば、古太郎と新一は押し黙る以外にはない。いつしか、ご飯騒動は泣けるようなことも起こらず静まった。

         
                   完

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2018年12月 7日 (金)

泣けるユーモア短編集-90- 陽気(ようき)

 陽気というのは妙なもので、陽気(ようき)がいい・・と言えば、なんとなく場が華(はな)やぐ。逆に、なんか陰気(いんき)だなっ! となれば、場は急にシラけて萎(しぼ)む。どちらも目には見えない雰囲気だが、陽気は世の中には欠かせない存在だ。というのも、世の中はどうしてもマイナス要因を導(みちび)きやすく、陰気な様相を帯びやすいからだ。分かりやすい例だと、事件、事故などだが、私達の生活に直結した暮らし向きなどでも見られる。
 うららかな春、とある公園のベンチで、どこにでもいそうな二人の老人がベンチで話し合っている。
「日銀がゼロ金利・・とかでしょ?」
「そうですなぁ…。この国、大丈夫なんでしょうか?」
「はあ…。この先、あまり大丈夫でもなさそうですな、ははは…。陰気な話です」
「ポカポカと陽気はよくなりましたがっ! ははは…」
「ええ、そのとおりでっ。金を預(あずけ)けることもできゃしないっ!」
「と、いうことは、どうなんです? 銀行のお金は?」
「お金が預けられない訳ですから、お金がない・・ってことですか?」
「はい、まあそうなりますか…?」
{はあ…。まあ、そうなるでしょうな。ということは、金を貸し出せなくなる?]
「はあ…。まあ、そうなるでしょうな。となれば、益々(ますます)、世の中、陰気になりますか?」
「はい! まあ、陽気にはならんでしょうな」
「負のスパイラルですか? アホですな」
「ええ! アホ、バカ、チャンリンってやつですよ。政策が守りの陰気政策です。もっと陽気にやらないとっ!」
「バッ! と?」
「バッ! とは、バブルでダメでしょうが…。国力を梃子(てこ)押しするそれなりの色気は必要なんでしょうな」
「色気は陽気? ですなっ!」
「そう、陽気! 好景気にモノトーンは似合わないっ!」
「なるほどっ! ということは、日銀はっ?」
「陰気政策ですから、アホなんでしょうな、きっと。ははは…」
「ははは…陽気な私らにはご縁(えん)のない世界の話ですがっ、ははは…」
「ははは…忘れましょ、忘れましょ。それにしても、いい陽気だっ!」
「ですなっ!」
 陽気は大らかで、泣けることはないようだが、実は値上がりで楽しみにしていた天麩羅うどんが食べられなくなり、泣ける思いの二人だった。

         
                  完

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2018年12月 6日 (木)

泣けるユーモア短編集-89- 評価

 評価とは、実に曖昧(あいまい)なものである。というのも、その目に見えない価値基準は人それぞれで違うからだ。ある人に、『ほう、実に素晴らしいっ! OKですっ!!』と、ベタ褒(ほ)めされたのを喜んで、うっかり別の人に見せたりすると、『誰が作ったんですっ!? このガラクタっ! えっ? あんたがっ!? ダメでしょ、コンナノっ!!』と、全否定され、思わずぅぅぅ…と泣けることになる。この二人の評価の違いは、個人差にある。
『ははは…まあ、ありきたりだなぁ~。フツゥ~~じゃないの?』
 と、評価する人もあるだろう。これが評価というものである。なかには、目に見えない影の圧力があり、程度以上に評価される場合だってある。
 学生食堂でテレビを見ながら二人の学生が話をしている。画面では、誰も美人と思わないようなアイドルが得意げに歌っている。
「あの娘(こ)、最近、売れてるよなっ!!」
「ああ…ブサイクだけどなっ?」
「…そういや、フツゥ~~のそこいらにいる娘と変わらないな…」
「だろっ!? まあ、メディアの評価と俺達の評価は全然、違うってことだろうな、ははは…」
「そうそう。困ったもんだよ、ははは…」
 評価を誤(あやま)ると、こんな陰口(かげぐち)を叩(たた)かれ、ぅぅぅ…と泣けることにはならないが、笑われることになる。^^

         
                   完

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2018年12月 5日 (水)

泣けるユーモア短編集-88- 冷静さ

 物事をするときは、冷静さが必要だ。人はどうしても待たされると小忙(こぜわ)しくなる傾向がある。これは宇宙人の友人が話していたことだから、おそらく間違ってはいないだろう。宇宙人!? 馬鹿も休み休みに言えっ! とお叱(しか)りを頂戴(ちょうだい)するといけないから前もって断っておくが、飽(あ)くまでも夢で! である。夢でなければ、こんなことを書く私は馬鹿に違いない。いや、アホかも知れないが…。孰(いず)れにしろ、冷静さは・・人の心を安定させ成功や成果へと導くことは事実だ。逆に、冷静さを欠けばぅぅぅ…と泣けることになる。…と、宇宙人の友は話していた。^^
 とある会場で開かれる歓迎会[レセプション]への出席を巡り、二人の間で意見が対立していた。
「これから、どうしても出るというんですか? 犀頭(さいとう)さんっ!」
「はあ、まあ…。出ないと、始まらんでしょ?」
「いやっ! 私は始まると思いますよっ、あなたが出なくてもっ!」
「いや、そんなことはないっ! 私が出ないと始まらないはずだっ!」
 犀頭は蒲尾(かばお)に完全否定され、意固地(いこじ)になった。
「いやいやっ! そんなことはないでしょう。始まりますよっ、絶対っ!」
 蒲尾も少し興奮し出した。
「なにをおっしゃる、蒲(かば)さんっ!! 出ないと始まりませんよ、絶対っ!」
 
犀頭は益々(ますます)、口調(くちょう)を高ぶらせる。
「いやいやいやっ! 始まりますって! 犀(さい)さんっ!」
 その頃、歓迎会は突然起きたハプニングで中止となっていた。二人とも冷静さをもって電話などで確認していれば、事足りたのである。無駄足を踏まなかった・・という成功、成果を得ていた訳だ。
 そんなことで、読者の方々には、学問ノ・・とまでいかなくても、冷静さをお勧(スス)メします。^^

         
                  完

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2018年12月 4日 (火)

泣けるユーモア短編集-87- 当選

 当選は笑顔のバンザ~イ! バンザ~イ! という事態になるから、いいものだ。逆に落選はショボく、ぅぅぅ…と泣ける事態を招(まね)くから、いただけない。
 選挙戦たけなわの、とある選挙事務所である。二人の選対本部役員が話し合っている。
「どうだね? 状況はっ!」
「大枠(おおわく)で五分(ごぶ)五分といったところでしょうかっ! あとは浮動票が、どう動くかっ…」
「そうか…。我々もだが、まあ、老骨(ろうこつ)に鞭(むち)打って、先生はよくやられたよ。あとは祈るだけだなっ!」
「対抗馬(たいこうば)は若手の新人ですからねっ!」
「今の時流(じりゅう)だと向かい風か…」
「いささか、不利でしょうか?」
「いや、必ずしもそうとは言えん天候もある」
「投票日の、ですか? …雨なら確かに、浮動層は動きません!」
「そうそう! 態々(わざわざ)、足を運ばんだろう」
「ええ…。となれば、先生は当選ですか?」
「ああ、まあな…。雨で当選、晴れれば落選かっ。ははは…妙な予想だっ」
「はい、確かに。ははは…」
 選挙当日である。天候は晴れるでもなく降るでもない曇りだった。二人は推測不能に頭を抱(かか)えた。
 老骨の当選には雨が必要なようだ。

                              完

 ※ 飽くまでも予想判断には個人差があります。^^

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2018年12月 3日 (月)

泣けるユーモア短編集-86- 雨(あま)寄る

 全天(ぜんてん)俄(にわ)かに、掻(か)き曇(くも)り・・などと言えば、今にも空から大粒(おおつぶ)の雨が降ってきそうな雲行きが想定されるが、それと、ザァ~~っと雨が降ることとは大きな違いがある。前者を人々は雨(あま)寄る・・と言う。雨寄ると、その先がどうなるかを見定めなければ、当然、濡(ぬ)れ鼠(ねずみ)となり、ぅぅぅ…と泣けることになる。
 新調(しんちょう)した背広に身を正し、家を出た月鍋(つきなべ)は、意気健康に会社へ車で向かった。。駐車場は会社から徒歩、十分ばかり離れた所にあった。これもジョギングがわりだっ! と、月鍋は健康保持を建前(たてまえ)に、駐車場を歩いて往復していた。
 その日は朝から雨寄っていた。月鍋はそう深くも考えず、まあ、大丈夫だろう…ぐらいの軽い気持だったから、雨傘(あまがさ)は持って出なかった。それが大きな凡(ぼん)ミスになったのだが、そのときの月鍋は、一人のアホに過ぎず、思慮(しりょ)に欠(か)けた。その結果、会社まであと5分ばかりのところでザァ~~ときて、ぅぅぅ…と泣けることになったのである。
 雨寄ると雨が降るとは大きな違いがあるから、泣けることにならないよう油断しないことが肝要(かんよう)だ。

          
                   完

 ※ 濡れ防止の方法として、雨宿り、タクシー、携帯で会社へ連絡などの手法はなかったのか? という素朴な疑問は生まれますが、月鍋さんは、ただのアホだったので、思い浮かばなかったのでしょう。^^

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2018年12月 2日 (日)

泣けるユーモア短編集-85- 劇的

 現実なのに、まるでドラマか映画を観ているような予想外の結果となる状況を劇的・・と人は言う。ほとんどの場合、好結果での幕切れが多く、ぅぅぅ…と泣けるケースとなりやすい。
 とあるスタジアムで、決戦となるサッカーの試合が行われている。満席近い人々の熱気が場内に溢(あふ)れ、歓声は割れんばかりだ。相手チームに対し、ホロハリビッチが指揮するチームは前半が終わった段階で0-1という厳(きび)しい試合を余儀(よぎ)なくされていた。このままでは、空(むな)しい結果となる…と、サポーターの誰もが思っていた。
「ははは…大丈夫!! まあ、見ていなさいっ! 必ず勝つ!!!」
 そのとき、サポーターとしてスタジアムに陣取っていた一人が、大らかな悲観を微塵(みじん)ほども感じさせない声で言い切った。試合はその男の言ったとおり、後半終了直前とアディッショナル・タイムで2点を取り、チームは勝った。まさに、絵に描(か)いたような劇的な勝利だった。多くのファンが、ぅぅぅ…と泣いた。予言した男も、大泣きしていた。
 劇的は、やはり泣けるのである。

     完

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2018年12月 1日 (土)

泣けるユーモア短編集-84- 落ちぬ先の針金(ハリガネ)

 転ばぬ先の杖(つえ)・・とは、よく使われる故事・諺(ことわざ)である。何事をするにも、前もって用心しておけば失敗を防(ふせ)ぐことが出来る・・とかの意味だ。
 日曜の朝、鋒先(ほこさき)が歯を磨(みが)いていると、ふと、壁にかけられた鏡の紐(ひも)が切れかかっていることに気づかされた。このままでは危うい! …と、瞬間、鋒先は思った。当然のことながら、フロアへ落ちれば割れ、ぅぅぅ…と泣けることになるのは必死(ひっし)だった。
「ははは…落ちぬ先の針金(ハリガネ)か、こりゃ」
 歯を磨き終えた鋒先は、意味不明な言葉を呟(つぶや)くと、細い針金を用意した。そして切れかかった紐の通っている穴に針金を通して結(ゆわ)わえた。
「これで、大丈夫。めでたしめでたし…。落ちぬ先の針金か。ははは…」
 鋒先は、また笑いながら独(ひと)りごちた。切れかかった紐と針金で吊(つ)るされた鏡。万一、紐が切れたとしても針金があるから大丈夫・・ということになる。
 世は受験シーズンに突入していた。鋒先も例外なく受験生の一人だった。担任の教師は、「この頭じゃ、A大は文句なく無理だからB大、いや、B大も今一な…C大にしときなさい」と、言いにくいことをズケズケと言った。鋒先は『こ、この野郎! 覚えてろっ! 目にものみ見せてやるっ!』と口走りそうになったが、思うにとどめた。よ~~く考えれば、落ちぬ先の針金か…とも思えからだ。鋒先はA大2部を針金にし、A大は落ちたが割れなかった。今は人事院に採用され、国家公務員3種職で働きながら2部に通っている。
 落ちぬ先の針金は、泣けることから人を救う。^^

                            完

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