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2019年2月

2019年2月28日 (木)

暮らしのユーモア短編集-73- 都会化

 どこに住んでいようと、文明の波はヒタヒタと音を立ててやってくる。文明が進むと私たちの暮らしは少しずつ都会化していく。それは一挙(いっきょ)に・・ということはないが、いろいろと理屈(りくつ)、時には屁(へ)理屈を捏(こ)ねて変化を重ねる。暮らしの中で日々、都会化は忍び寄ってくるのだ。あるときは日常生活で使われ古い人間でして、るほんの小さな物、またあるときは、景観といった大きな物・・と、変化の様相は様々(さまざま)だ。
 とある公園の道で、散歩中の犬を連れた二人の老人が立ち止まり、話し合っている。長話(ながばなし)に犬も、いい迷惑顔だ。しきりにリールを引っ張って先を促(うなが)すが、老人二人は、まったく動じる気配(けはい)がない。
「ほう! それがスマホとかいう電話ですかっ! 便利になりましたなっ! 私は昔人間でして、今の時代のことはサッパリで…」
「ははは…私もそんな新しい人間じゃないんですがね。なんとか言うんでしょ? そういうの…」
「…アナログ人間ですか?」
「そう、それっ! 前の携帯を孫にダサいっ! とか言われましてねっ! それで仕方なく、家族づきあいのため、買い換えた・・というようなことで…」
「ははは…家族づきあいも大変ですなぁ~!」
「ええええ、そらもう…。老人生活も侘(わび)しくなりましたよっ、ははは…」
「文明進歩は見えない力で押し寄せています」
「都会化ですなっ! 抗(あらが)えませんっ!」
「まことにっ!」
 そのとき、スマホに換えた老人の携帯が鳴った。ところが、使い方が分らない老人は弄(いじ)くりながら右往左往し出した。連れられた犬が、ダサいご主人だっ! とばかりに老人を見る。
「ははは…切りました。やれやれです」
 呼び出し音が途切れ、老人は人心地ついたのか、安堵(あんど)の溜息(ためいき)を一つ吐(つ)いた。
「ははは…都会化は、侮(あなど)れませんなっ!」
「ははは…まことにっ!」
 二人の老人は軽くお辞儀をすると、ようやく左右に別れ、歩き出した。ようやく歩けるようになった二匹の犬は、老人は侮れない…と思った。

       
                   完

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2019年2月27日 (水)

暮らしのユーモア短編集-72- やるか、やらないか…

 どこに住んでいようと、文明の波はヒタヒタと音を立ててやってくる。文明が進むと私たちの暮らしは少しずつ都会化していく。それは一挙(いっきょ)に・・ということはないが、いろいろと理屈(りくつ)、時には屁(へ)理屈を捏(こ)ねて変化を重ねる。暮らしの中で日々、都会化は忍び寄ってくるのだ。あるときは日常生活で使われ古い人間でして、るほんの小さな物、またあるときは、景観といった大きな物・・と、変化の様相は様々(さまざま)だ。
 とある公園の道で、散歩中の犬を連れた二人の老人が立ち止まり、話し合っている。長話(ながばなし)に犬も、いい迷惑顔だ。しきりにリールを引っ張って先を促(うなが)すが、老人二人は、まったく動じる気配(けはい)がない。
「ほう! それがスマホとかいう電話ですかっ! 便利になりましたなっ! 私は昔人間でして、今の時代のことはサッパリで…」
「ははは…私もそんな新しい人間じゃないんですがね。なんとか言うんでしょ? そういうの…」
「…アナログ人間ですか?」
「そう、それっ! 前の携帯を孫にダサいっ! とか言われましてねっ! それで仕方なく、家族づきあいのため、買い換えた・・というようなことで…」
「ははは…家族づきあいも大変ですなぁ~!」
「ええええ、そらもう…。老人生活も侘(わび)しくなりましたよっ、ははは…」
「文明進歩は見えない力で押し寄せています」
「都会化ですなっ! 抗(あらが)えませんっ!」
「まことにっ!」
 そのとき、スマホに換えた老人の携帯が鳴った。ところが、使い方が分らない老人は弄(いじ)くりながら右往左往し出した。連れられた犬が、ダサいご主人だっ! とばかりに老人を見る。
「ははは…切りました。やれやれです」
 呼び出し音が途切れ、老人は人心地ついたのか、安堵(あんど)の溜息(ためいき)を一つ吐(つ)いた。
「ははは…都会化は、侮(あなど)れませんなっ!」
「ははは…まことにっ!」
 二人の老人は軽くお辞儀をすると、ようやく左右に別れ、歩き出した。ようやく歩けるようになった二匹の犬は、老人は侮れない…と思った。

                   完 やるか、やらないか…という分岐路に立たされたとする。さて、どちらを選ぶか…というとき、人には二つのタイプがある。安全と思える道を多くの人は選ぶのが通例だが、そのとき、危険な方を進むのには決断力がいる。果たして出来るのか? と自分自身に問えば、いや、やめた方が無難(ぶなん)だ。また、別の機会にやろう! …と安全策を取る方が間違いがないからだ。だが、それではコトが一歩も前進しないのも確かである。ええぃっ! なろうとままよっ! と開き直り、やると決めた人は強い。無理かも知れないと分かっている分(ぶん)、普通では考えられない力(ちから)が出るのだ。火事場(かじば)の馬鹿力(ばかぢから)・・と言われるやつだ。自分自身でも知らないうちに徹底的にやってしまうのである。その意味では、やるか、やらないか…の分かれ道に立ったときは、やった方がいいのかも知れない。やっていれば…と、のちのち後悔(こうかい)するよりは、ずっとよい。
 登山途中の二人が峠の分かれ道で迷っている。
「無理ですよ、どう考えても…。今からですと、このまま下った方が無難(ぶなん)だと思うんですかね…」
「いやっ! 大丈夫ですっ! 日暮れまでには山小屋へ着けるはずですっ!」
「…本当に大丈夫ですかっ!?」
「大丈夫、大丈夫っ!  やるか、やらないか…ですよ、はっはっはっ…」
「そうですか? …でしたら、そうしましょう」
 渋々(しぶしぶ)ながら、慎重派の男は積極派の男に押し切られ、山小屋へ向う道を進むことにした。
 一時間後、二人は、かろうじて山小屋へ辿(たど)り着くことが出来た。暗闇(くらやみ)のベールがあたり一面を覆(おお)い尽(つ)くす直前だった。
「なんとかなったでしょ!」
 山小屋の前で積極派の男はそう言った。面目躍如(めんもくやくじょ)といったところだ。
「確かに…」
 消極派の男は頷(うなず)くしかなかった。そして二人は山小屋へと入った。
「お客さんっ! 悪いんですが、満員なんですよっ! 入口でも構いませんかっ?!」
 山小屋の受付係員が間髪(かんぱつ)おかず、ひと声、かけた。
「…はいっ、分かりました。それで結構ですっ!」
 本当のところ、結構もなにもあったものではない。幕営(ばくえい)装備を持たない二人だったから、外なら凍死も覚悟せねばならなかったのだ。
「半額にしときますよっ、ははは…。まあ、夜露は防げまさぁ~」
 受付係員は気楽に笑い、黒々と伸びた顎鬚(あごひげ)を自慢たらしく撫(な)でつけながら山男らしく言った。消極派の男は、俺の方がフカフカの布団だったぞ…と思った。
 ところが、この話には余談がある。この日、下界は天候が大荒れに荒れていたのである。もし、二人が下りていれば、麓(ふもと)まで辿(たど)り着けたかどうか? という命の危険があったのだ。やはり、積極派の男が正解だった・・ということになる。
 やるか、やらないか…? 男なら、やってみなっ! というところだが、女性の場合にも言えることは確かである…。^^

        
                  完

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2019年2月26日 (火)

暮らしのユーモア短編集-71- 信用力

 殺伐(さつばつ)とした事件もののドラマがテレビ画面を賑(にぎ)わし、物騒で何も信用できない信用力が低下した世の中になってきている。物騒なドラマが物騒な事件を起こすのか? あるいは、物騒な事件が起こるから物騒なドラマがテレビ映像化されるのかは分からないが、これはある意味、卵(たまご)が先か? 鶏(にわとり)が先か? の例(たと)えにも似た話だ。ただ、殺伐としたドラマが殺伐とした世の中を生み出していることは否(いな)めない事実である。作り手側の制作責任が存在するのは確かで、作り手の責任もあるぞっ! と怒れる一件だ。^^
 長蛇(ちょうだ)の列が出来た観光地で、二人の観光客が揉(も)め出した。
「あなたねっ! 私がいたからあなたが、こうして並べるんでしょ!!」
 同じように並(なら)んでいる周囲の者はその様子を、いい年をして…という迷惑顔で眺(なが)めている。
「そりゃそうですけどねっ! 私が来たんだから、もういいでしょっ!」
「それはないでしょ! 散々(さんざん)、長い時間、並ばせておいて、私が来たからもういいっ! なんて、よく言えますよっ! そう言うからには、私の方もチャ~~ンと、やって下さったんでしょうねっ!」
「いや、それが都合で…」
「出来なかったんですかっ!! そりゃ、ひどいっ!! あなたを信用してお任(まか)せしたんですよっ! だから、代わりに並んであげたんじゃないですかっ!!」
 並んでいた観光客は恩着せがましい顔で、やってきた観光客に言った。
「いや、それはそうなんですが…」
 やってきた観光客は防戦一方となった。周囲に並んでいる観光客の迷惑顔が、ほう! 何ごとだいっ! この先、どうなるっ?! といった野次馬顔へと変化し出した。
「あんたの信用力はゼロだっ!!」
「旅の途中ですよっ! そこまで言わなくても…。たかが、温泉卵じゃないですかっ!」
 それを聞いた途端、周囲に並んでいる観光客の顔は、なんだ、温泉卵かいっ! とばかりに、ふたたび迷惑顔へと変化した。
 信用力とは温泉卵に相当するのである。^^

                            完

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2019年2月25日 (月)

暮らしのユーモア短編集-70- 焦(あせ)らない

 短編集-39- 焦(あせ)る・・の続編だが、逆の場合で、焦らない・・もアリか? という話だ。
 とある会社の営業部長室である。部長の肉尾(にくお)が、やはり美味(うま)そうな赤ら顔で激怒(げきど)している。出勤直後で、朝陽(あさひ)が太枠(ふとわく)の大窓サッシから射(さ)し込んでいる。
「どうなっとるんだっ、鍬淵(くわぶち)君! 先方からの電話がひっきりなしじゃないかっ!!」
「妙ですねぇ~」
 肉尾は眩(まぶ)しいのか、怒り顔でスクッ! と立ち上がると、ブラインドをこれ見よがしに力いっぱい引き下げた。が、これがいけなかった。ブラインド紐(ひも)がブチッ! と引き千切(ちぎ)れたのである。別にドォ~でもいい気分の鍬淵は、菊菜(きくな)物産の焼麩(やきふ)さん、あれほど確認したのにどうしたんだろっ? くらいの軽さで、千切れたブラインド紐を見つめた。肉尾としては怒っている場合ではない。幸い、部長室の中だったから課長の鍬淵以外、他には誰もおらず、恥(はじ)だけは掻(か)かずに済んだのだが、美味そうな赤ら顔は、たちまち白焼きの鰻(うなぎ)顔へと変化し、蒼褪(あおざ)めた。
「ど、どうするっ!」
 焦る肉尾の顔からはジュ~シィ~な汗が滴(したた)り落ちた。
「部長! 焦らないことです。たかがブラインドの紐です!」
 お前にゃ言われたくない…という気分で肉尾は鍬淵を見た。だが次の瞬間、常務昇格は無理だな…と自(みずか)らの無能さを感じた。^^

         
                   完

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2019年2月24日 (日)

暮らしのユーモア短編集-69- 少しずつ

 少しずつ・・という文言(もんごん)は良い場合、悪い場合を問わず、曖昧(あいまい)な状況で暈(ぼか)しながら僅(わず)かに進捗(しんちょく)する、あるいは、させることを意味する。価格は同じだが、ウインナ・パックの本数が7本→6本に減ったり、トイレットペーバーの巻き幅が14cm→13cmに細くなったり、あるいは、長かった歯磨きチューブが短くなったり・・と少しずつは密かに国力の衰微(すいび)を深刻化させていくのである。預け入れの利息が0.6%だったものが0.02%とかに低く下げられたのもその一つだ。これで消費[有効需要]が伸びる訳がない。消費が伸びなければ企業は物を作っても売れないのだから潤(うるお)わず、先細(さきぽそ)りとなる。先細りになった企業をなお支援しようとゼロ金利政策とかのアホな政策を実行すれば、ますます消費が冷え込み、企業にとってなんのメリットもないばかりか、国力は少しずつ勢いを増して衰微する・・と、こうなる訳だ。
 二人のご老人の会話である。
「年金、また減りましたなっ!」
「そうそう! 確かに…。2ヶ月分の振込額が¥94減りました…」
「ほんの僅かですが…」
「最初の決定額からすると、少しずつですが相当、減ってますなっ! 国は上手(うま)く国民を騙(だま)しますなっ! ははは…」
「少しずつですから、気づかないっ!」
「そうそう! 実に上手いっ! 巧妙(こうみょう)な手口(てぐち)ですっ!! これは、火付け盗賊改め方でも捕(とら)らえるのは無理ですなっ!」
「ええ。聞いたところでは、3年後から年金額改定時の物価変動率の考え方が変わるんでしょ?」
「そう! 賃金上昇率で決するようになるようですなっ!」
「考え方が少しずつ変わってるんでしょうなっ!」
「まあ、貰(もら)えるだけ有難いと感謝しますか」
「ですなぁ…。生きてるだけで儲(もう)けものってやつですっ、はっはっはっ…」
「はっはっはっ…。別の話になりますが、防衛庁が防衛省、それに集団的自衛権とかも少しずつ…」
「少しずつ、自然も減ってますしなっ! 世の中、少しずつ世知辛(せちがらく)くなって参りました…」
「まあ、せいぜいあと50年の命ですから、我慢(がまん)しましょう、ははは…」
「ははは…」
 そういえば、100年以上前から少しずつ平均寿命も延びている。^^

         
                 完

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2019年2月23日 (土)

暮らしのユーモア短編集-68- 糸車(いとぐるま)

 電子ゲーム機器で遊べるようになった今日(こんにち)では、糸車(いとぐるま)で遊ぶ・・などと言えば、子供達に、? と訝(いぶか)しがられるか小馬鹿にされるのが落ちだが、売られた遊び道具がなかった時代は、それぞれ工夫して遊び道具を作っていたのである。五寸釘(ごすんくぎ)があれば土に突き刺し、[線切り]という遊びが出来た。空き缶(かん)があれば[缶蹴(かんけ)り]、石ころ一つあれば土の上へ線を引き[ケンパ]、女子(おなご)竹を切って吹き玉・杉の実鉄砲、竹で紙鉄砲・竹馬、自転車の車輪があれば転(ころ)がして[シャーリング]となる。輪ゴムがあればゴム飛びだが、糸車もその輪ゴムを使った遊びの一つだ。市販の糸巻の糸が使われて無くなれば、あとには巻かれていた木製あるいは強化プラスチック製の小物(こもの)が残る。それに輪ゴム、ボタン、割り箸(ばし)などで作るのが糸車である。
 朝から月川(つきかわ)は、あ~でもない、こ~でもない…と、輪ゴム、割り箸を弄(いじ)くっていた。ふと、遠い昔を思い出し、糸車を作ってみようと思い立ったからである。というのも、市販の糸が巻かれていた使用後の小物があったからだ。輪ゴムは多くあったから、容易(ようい)に作れそうに思えた。月川は最初、輪ゴムを小物へ通し、マッチ棒を両側へ付けて転がしてみた。
「? 妙だなぁ~~」
 糸車は少しも動く気配を見せなかった。そして、月川の壮絶(そうぜつ)な格闘(かくとう)が始まったのである。
「簡単なようで…」
 月川は独(ひと)りごちた。コトは実に簡単だ…と思えたが、それは甘く、なかなか侮(あなど)れなかったのである。恰(あたか)も、関ヶ原の戦いで上田攻めに手古摺(てこず)り、とうとう関ヶ原には間に合わなかった史実とよく似通(にかよ)っていた。
 その後、どうなったのか? むろん、転がるようになった・・とだけは言っておきたい。これも、歴史ずきのお方ならよくご存知の、大津城・謁見(えっけん)が叶(かな)った史実に似通っている。読者諸氏は当然、お知りになりたいだろうから、詳細を掻(か)い摘(つま)んで申し添(そ)えれぱ、ボタン、割り箸がバレーボールの選手のように交代して付けられた・・とだけご報告させて戴(いただ)きたい。^^

         
                   完

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2019年2月22日 (金)

暮らしのユーモア短編集-67- ホッコリ感

 人は働(はたら)いて楽しみ、そしてまた楽しむために働く。その楽しみは、いろいろとあるが、家族の安らぎ、趣味の楽しみなど、さまざまだ。それらを楽しむことで、人はホッコリとした気分になり、メンタル[心理]面で寛(くつろ)げる時間を得(う)る。要は、癒(いや)される訳だ。そして満足な気分を満タンにして明日(あす)の殺伐(さつばつ)とした社会へと向う訳である。このホッコリ感で癒されないと、人はトラウマに陥(おちい)ったり、フラストレーション、ストレスの類(たぐい)を鬱積(うっせき)することになりかねない。その点でも、ホッコリ感を得るのは暮らしの中で重要となる。
 早朝の公園である。ラジオ体操が終わり、いつもの話好きのご老人二人が、いつもの石段に腰をかけ、ペチャクチャと語り出した。座る石段の位置も同じ、語るタイミングも同じ・・といった具合で、周囲の老人達に迷惑をかけている訳でもないから、取り分けて苦情も出ない。というか、苦情はあったとしても、話すのをやめて下さい! とも言えないから、他の老人達は見て見ぬ振りを決め込んでいる感がなくもなかった。だが、二人にとってはホッコリ感を得る至福(しふく)の、ひとときだったのである。
「そうそう、最近は頓(とみ)に悪質化してますなっ!」
「ですなっ! 私らの頃は、まだいい方でした…」
「今日は、こんな情報が入りました…」
 一人の老人は、もう一人の老人に、なにやら書かれたメモ書きを手渡した。
「どれどれ…。ほう! なるほど! これは、いけません、いけませんぞぉ~~っ!!」
 二人が座る周囲の老人達は、警報のサイレンが鳴ったときのように迷惑顔で二人から離れ出した。老人の声が大きくなり始めたからである。二人にとってはホッコリ感を得るいい時間だったが、他の老人達にはホッコリ感を失う悪い時間だったというお話である。この二人のご老人、元制服組でエリートの軽視監だった。
 ホッコリ感は、密(ひそ)やかに味わう方がいいようだ。^^

         
                   完

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2019年2月21日 (木)

暮らしのユーモア短編集-66- 最適化

 必需品のようにもて囃(はや)されるようになった最近のPC[パソコン]事情だが、インターネットの普及(ふきゅう)にともない、さまざまなトラブルが発生するようになった。ウイルスとかバグとか、なにやら厄介(やっかい)な盗賊一味(とうぞくいちみ)のような存在が暗躍(あんやく)するようになったからだ。これが組織的に行われると、さらに悪質なサイバー攻撃・・とか言われる機密内容の漏洩(ろうえい)や機能無能化の攻撃に晒(さら)される。まあ、これは大々的な問題だが、個人的にも、PCが傷つかないよう、セキュリティ面で細心の安全確保が必要となる。この中の一つが最適化・・と呼ばれる保守方法だ。
 最適化は、なにもPCに限ったことではなく、暮らしのさまざまなところで必要視されている。職場での人事管理、物流管理、職場の人間関係、家族関係、学校環境・・など、多岐(たき)に亘(わた)る。
 とある職場の上司と部下の会話である。
「アレ、どう思います? 課長」
「ああ、いつやらのアレな…。アレはそのままでいいだろう」
「いや、僕は最適化しておいた方が、後々(のちのち)のためにも、いいのではないかと…」
「後々のためなぁ~。…アレはそんなに力むほどのことでもないだろ?」
「そうですかぁ? いや、最適化は必要ですよ、絶対っ!!」
 部下は意固地(いこじ)になって強調した。
「いや、その必要はないって!」
 上司も意固地になって部下に返した。
「アレですよ? 課長」
「アレだろ? 一昨日(おととい)話していた花瓶の位置」
「違いますよっ! 在庫ですよっ、在庫っ!!」
「…? おっ! おおっ!! それは、最適化しておかんとなっ! おおおお!」
 アレは二人の間で大きな違いを見せていた。
 最適化が求められるのは重要課題や事項であり、花瓶の位置ではない。^^

           
                  完

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2019年2月20日 (水)

暮らしのユーモア短編集-65- 慎(つつし)む

 日々、暮らしていると、どうしても欲が出てくるものだ。アレも欲しい…コレも欲しい…いや、ソレも…いやいや、コチラも、いやいやいや、ソチラも・・となる。こうした心を慎(つつし)むには、やはり自分自身に自戒の念が必要となる。巷(ちまた)では、人々を誘惑しようとする魔物が、虎視眈々(こしたんたん)と機会を窺(うかが)っているのだ。
 とある高級洋服店である。一人の客が、アチラ…いや、コチラ…と注文を決められず、迷っていた。
[1]「誠に申し訳ございません。そろそろ閉店の時間でございますので…」
 早く決めろよっ! という気分を、店の店員は遠回しに言った。
「ああ、悪い悪い。君なら、どちらがいいと思う?」
[2]「ははは…どちらも、よくお似合いで…。お決めになるのはお客さま次第でございます」
 どっぢでも、いいだろうがっ! 全然、似合ってねぇ~よっ、どっちもっ! という気分を、店の店員は、また遠回しに言った。
「そうかねぇ? いや、実は少し欲が出てきてねっ! 値段は高いが、この二つよりアチラの方がよかぁ~ないかい?」
[3]「はあ、確かに…。ですが、そろそろ…」
 いい加減、慎むのがアンタの相場だっ! 早く買って、とっとと帰ってくれっ!! という気分を、店の店員は、またまた遠回しに言った。[1]~[3]とも、店員としての慎む言い方だったが、[1]→[3]と進むにつれ、トーンだけは幾らか高く、大きくなっていた。
 真(しん)に慎む心は、その人の声に表(あらわ)れるようだ。^^

           
                  完

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2019年2月19日 (火)

暮らしのユーモア短編集-64- 過失治療

 人は暮らしの中で、さまざまな過(あやま)ちを犯(おか)す。多くの場合、やろうとしてやった訳ではない、過失と言われる過ちである。しかし、一度(ひとたび)起こされた過ちは、二度と元へ戻(もど)すことが出来ない。切り倒された樹木は、苗木(なえぎ)を植樹したとしても、数百年以上、経(た)たなければ元の生(お)い繁った姿を取り戻すことは出来ない・・ということだ。文明進歩は人を駆使(くし)して、さまざまな破壊や悪さを、し続けている。もちろん、表面上は便利で快適な暮らしを提供しているかのように見せかけてはいるのだが…。その蔭(かげ)では、絶滅する生命や破壊された自然が泣いている・・といった寸法(すんぽう)だ。では、どうすればいいのか? だが、それが過失治療・・と呼ばれる世間には到底(とうてい)、存在しない治療法なのである。
 とある植物医院である。と言っても、この世にそんな医院が存在する訳もない。それは盆栽好きの植川(うえかわ)の昂(こう)じた妄想(もうそう)の世界でしかない。^^
『先生! 患者さんがお見えになりました…』
「ああ、そう。お通(とお)しして…」
 妄想看護師で美人の苗浜(なえはま)に言われ、植川は単に返した。むろん、相手がいない独(ひと)り言(ごと)である。
「どうされました?」
『いやぁ~、火傷(やけど)負(お)わされちまいましてねぇ~』
 庭の木は症状を訴(うった)えた。
「ほう! どれどれ…。ああ、なるほど…。これなら大したことはない。大事に至らずよかったですなっ! お薬(くすり)をお出ししときましょう! 君! いつやらのお写真をお渡ししてっ!」
『はい、先生っ!』
「過失治療は氷(こおり)しかないんですわっ!」
『はあ?』
 意味が分らず、庭の木は訝(いぶか)しげに植川を見た。
「いや、ご説明いたしますと、過去の姿に現状復帰するまで待つしかない訳です。それまでは、過去のお写真で…つまり、時代劇ですなっ! 数ヶ月の短期から数百年規模の長期に至るまで、過失治療には様々(さまざま)あるというお話です。幸(さいわ)い、あなたの場合は完治するまで数ヶ月でしょう。お大事に…」
『はあ…』
 燃やされた剪定ゴミの焼却(しょうきゃく)で葉が焦(こ)げついた木は、首を傾(かし)げながら写真薬を貰(もら)うと帰っていった。もちろん植木が動ける訳がなく、薬を貰える訳もない。これも飽(あ)くまで、植川の脳裏(のうり)に描かれた妄想の世界である。
 患者が帰ったあと、植川は肥料と活力剤を焦げた木の根元に施(ほどこ)した。ふと、顔を上げると、遠くに見えていた大木が切り倒され、景観(けいかん)が空虚(くうきょ)になっていた。
「ありゃ、数百年の口だな…」
 植川は過失治療を思い、ふたたび独りごちた。
 過失治療は過ぎ去った記憶に頼(たよ)るしかない・・という、実にもどかしいお話である。^^

      
                   完

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2019年2月18日 (月)

暮らしのユーモア短編集-63- 頭を冷(ひ)やす

 頭を冷(ひ)やす・・と聞けば、熱が出たのか? と、すぐ思い浮かぶが、その意味意外でも使われることがある。
 とある役場の財政課である。朝から課長になったばかりの吹玉(ふきだま)が偉そうに採用されたばかりの職員、椙鑿(すぎのみ)を叱責(しっせき)していた。ちょいと出世風を吹かせたい気分がなくもなかった。
「あのなっ! あ、頭を冷(ひ)やせっ!! 椙鑿っ!」
「はい…何か問題でも?」
 椙鑿は、吹玉が怒っている意味が分らず、怪訝(けげん)な面持(おもも)ちで吹玉の顔を窺(うかが)った。
「馬鹿野郎っ!! 歳入歳出は同額だっ! こんな入りと出が違う予算書がどこにあるっ!!」
「ええぇっ~~! そんな馬鹿なっ!! 同額で加味(かみ)さんに渡したはずですっ!」
 椙鑿は自分の仕事には自信があったから、頭を冷やすのはお前だろっ! と内心で思いながらも、そうとは言えず、単に否定したした。
「よ~~く見ろっ! これが同額かっ!!」
 吹玉は机上(きじょう)に置かれた出来立ての予算書を片手で椙鑿の前へ突き出した。椙鑿は、マジマジと予算書を見たあと、軽く言った。
「あ~~~っ、これ、加味さんの打ち間違えですわっ、課長!」
「なにぃ~~っ!!」
 吹玉は突き返された予算書をマジマジと見た。確かに計算は合致(がっち)しており、総額欄(らん)の数値だけが異(こと)なっていた。
「… ああ! いやいや、ごくろうさんっ! ははは…」
 吹玉は180°変身した笑顔で椙鑿を小さく見た。椙鑿は、何が、ははは…だっ! と怒れたが、思うにとどめ、自席へと戻(もど)った。
 頭を冷やす間違いは、やはり、熱を帯(お)びると起こるようだ。^^

        
                   完

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2019年2月17日 (日)

暮らしのユーモア短編集-62- オリジナル

 オリジナルという言葉も私達の暮らしの中で、もはや日本語化して根づいている和製英語の一つだ。コピーに対する対義語で、独創的で他に似通(にかよ)った存在がない場合に使用される言葉である。
 とある研究所で実験に明け暮れる入豚(にゅうとん)という風変わりな教授がいた。彼はオリジナルな発想で、ここ数十年の間(あいだ)、講義時間以外は人工重力生成の研究を続けてきたのである。
「先生! もう、やめましょうよっ!!」
 長年、入豚の助手を務め、ここ最近、講師に昇格したばかりの引力(いんりき)が、極限に達した金切り声(ごえ)を上げた。
「ここまで続けてきたんだぞっ! いまさら、君っ!!」
「来年から大学の研究費も出なくなる・・ってことですよっ!」
 引力は、それでも続けるんですかっ! とも言えず、遠回しに言った。
「もう少しじゃないかっ、引力君っ!! このオリジナル理論が完成を見れば、私達は一躍(いちやく)、世界のホープだぞっ! もちろん、ノーペリストだっ!!」
「しかし、先生…。また、ですよ~っ!!」
 引力は、理論が振り出しに戻(もど)ってるじゃないですかっ! とも言えず、ふたたび、遠回しに言った。
「今度は大丈夫だっ!」
「なら、いいんですが…」
 引力はオリジナルよりコピーの方がいいなっ! と本音で思った。ところが、入豚の理論は事実、完成に近づいていたのだから面白い。
 オリジナルは失敗の積み重ねから偶然(ぐうぜん)、生まれるようだ。^^

        
                   完

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2019年2月16日 (土)

暮らしのユーモア短編集-61- 樹木と組織

 組織は一本の樹木に似通(にかよ)ったところがある。組織を・・平たく言えば会社や店、家族などだが、これらを樹木の枝や葉、根、幹(みき)に分かち、それぞれを組織の構成部分に当てはめることが出来る。葉は言うまでもなく従業員、社員、家族の個人などといった末端の人々に当たる。例(たと)えば会社だが、会社自体は幹であリ、根は末端に広がる組織、これも平たく言えば、出張所、支社、個々の店舗・・などといった類(たぐい)に当たる。枝葉(えだは)や根を繁らせたり張らせ過ぎたりすれば、強い雨風で幹がボキッ! と折れるし、枯らすことにもなる。海外の現地生産工場や支社は根に相当するだろう。海外へ進出し過ぎた結果、根腐れで幹が枯れ、倒産とかのお通夜な事態に至る。チ~~ン! と鉦(かね)が鳴るようなことは戴(いただ)けないから、経営トップには留意が求められる。
「また種(たね)が飛んで生(は)えてるな…」
 ご近所の大木から飛んだ種が自然生(しぜんば)えし、輿神(こしがみ)の家の敷地内に多数、芽吹いた。輿神は、まったり・・とした気分で何も考えず、それらの芽を抜くと鉢へ植えたり、ご近所の敷地に植え替えたりしたあと、敷地内の際面(さいめん)部分に除草剤を、まったりと撒(ま)いた。ところが、それがいけなかった。家の庭木がその影響で枯れ始めたのである。迂闊(うかつ)を通り越し、ぼんくら・・だな…と輿神は自(みずか)らのアホさ加減(かげん)を、まったりと思った。が、過失は元に戻(もど)しようもない。過失責任を償(つぐな)うという気分でもなく、輿神は水に溶かした栄養剤をまったりと施(ほどこ)し、樹木の回復を願った。そして、その庭木を、しんみりと見て、まったりと思った。
『飛んで生えた芽は、さしずめ産業スパイか…』
 と。そして、また考えた。
『事態に気づかず、何げなく除草剤を撒(ま)いて庭木を弱らせる・・というのは機密情報が漏(も)れることを意味する…』
 と。そして、またまた考えた。
『そうなると、組織は弱体化し、下手(へた)をすれば倒産だな…。家族なら崩壊(ほうかい)か…。この木、大丈夫かっ!?』
 と。
 その後、輿神の庭木がどうなったのか? 私はよく知らない。ただ、樹木と組織が、よく似通っていることは確かだ。^^

                            完

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2019年2月15日 (金)

暮らしのユーモア短編集-60- 完璧(かんぺき)

 暮らしの中で完璧(かんぺき)を求めるのは至難(しなん)の業(わざ)である。人の世は完璧でない、どこかファジー[あいまい]な部分があって初めて成立するといったところがあるのだ。要するに白でもなく黒でもない、適度な灰色なのである。むろん、黒過ぎれば警察沙汰(けいさつざた)になるし、白過ぎれば、社会生活に馴染(なじ)めず、生き辛(づら)い。
 霜川は朝からDIY[DO IT YOURSELFの略で自分でやる・・意となり、日曜大工を意味することが多い]で垣根のペンキを塗り始めたのだが、最初の目論見を外(はず)し、3分の1ほど残したところで昼のチャイムを聞いた。当初の予定より手間取ったことになる。
「チェッ! 昼かっ!!」
 霜川は思わず愚痴(ぐち)っていた。だが、現実はどうしようもなく、変えることは出来ない。完璧を追求する霜川には耐(た)えられなかった。
「よしっ!!」
 開口(かいこう)一番、下川は作業を継続することにした。空腹はカップ麺で手早く済ませ、作業を急いだ。そして、昼の3時を回った頃、ようやく作業は終結し、完璧に垣根は塗り終えられた。…いや、やに見えた。それは迂闊(うかつ)にも、霜川が色を塗り間違えていたからである。霜川の予定では白ペンキで塗るはずだった。それが、朝陽の関係からか、霜川の早とちりからか・・は定かでないが、塗った色はアイポリーだったのである。アイボリーは白に少し黄味(きみ)の混ざった色合いで、間違えやすいのは否(いな)めない。
「チェッ! 色違いかっ!!」
 霜川は思わず愚痴(ぐち)っていた。だが、現実はどうしようもなく、変えることは出来ない。完璧を追求する霜川には耐(た)えられなかった。
「よしっ!!」
 開口(かいこう)一番、下川は作業を継続することにした。
 作業が終結に近づいたのは夕暮れだった。ほんの数時間のつもりで始めた作業が、完璧に一日を費(ついや)してしまったのである。それでもまあ、霜川としては完璧に作業を終結出来そうで満足だった。ところがっ! である。今度は、あと少しのところで白ペンキが足らなくなった。霜川はDIY専門店へ買いに急いだ。生憎(あいにく)、DIY専門店は棚卸(たなおろ)しで臨時休業していた。
「チェッ! 臨時休業かっ!!」
 霜川は思わず愚痴(ぐち)っていた。
 完璧を極(きわ)めるのは、やはり至難の業のようだ。^^

        
                   完

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2019年2月14日 (木)

暮らしのユーモア短編集-59- 使いきる

 物を有効に使うことは必要なことだ。最近の社会は、この考えとは真逆(まぎゃく)の方向、早い話、物を使い捨て感覚で捉(とら)えている節(ふし)が、なくもない。個人のボイ捨て感覚もそうだが、電化製品の部品保有期間がその顕著(けんちょ)な具体例で、部品さえあれば修理可能だった物が、粗大芥(そだいごみ)と化すのは悲しい話である。部品永年保管部の設置を企業にお願いしたいくらいのものだ。
 凡倉(ぼんくら)は勤め休みの朝、ふと、漬物(つけもの)壷(つぼ)の蓋(ふた)を開けた。
「まだ、いけるとは思うが…」
 そう独(ひと)りごち、凡倉は水洗いしたあと、適当な大きさにスライスし、ひと口、頬張(ほおば)った。食べられなくはないが、味はかなり酸(す)っぱかった。乳酸発酵が進んだものと解された。
「ちょっと無理か…。とはいえ、捨てるのもなぁ~」
 凡倉は母が作っていた塩し茄子(なすび)を想い出した。茄子が獲れ過ぎ、食べられない分を塩を効(き)かせて漬け込むのだ。そして、食べるときは水で塩抜きしながら炊(た)く訳である。
「茄子がいけるなら、大根もいけるだろう…」
 凡倉は単純なアホのように作業を開始した。休日だったから時間はたっぷりとあった。
「使いきる・・っていうのは大事なことだっ!」
 凡倉は偉そうに断言し、調理を続けた。とはいえ、それはただ水で煮るというだけの作業で、これといって工夫をした・・という訳ではなかったのだが…。
 そうこうして、何度か味を見ながら炊き直したが、いっこう酸っぱ味(み)は抜けなかった。凡倉は次第に焦(あせ)り出した。果たして美味(うま)い一品(いっぴん)に仕上がるのだろうか? 凡倉は少しずつ疑心暗鬼(ぎしんあんき)になり始めた。
 さて! その結果はどうなったのか・・だが、それは来週のお楽しみ・・続くっ! とはいかないから、結果報告すれば、まあなんとか食べられなくもない・・といったところだった・・と言っておきたい。捨てずに食べられたのなら、それでいいじゃないかっ! と言われる方もおられるだろうが、問題は美味(おい)しく食べられたのか?・・である。私は聞いていないが、食べた凡倉本人にしか分からない。
 使いきるのも、技術が必要なようだ。^^

       
                   完

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2019年2月13日 (水)

暮らしのユーモア短編集-58- 恒例(こうれい)

 早いもので毎年、恒例(こうれい)となっている春の剪定(せんてい)と整枝(せいし)作業の季節が巡ってきた。
「忘れずに、よく伸びるなぁ~」
 彦崎(ひこざき)はそう言って大きな溜め息(ためいき)を一つ吐(つ)くと、庭先の足継ぎ石から居間へと上がった。この日は休日で、彦崎が勤める村役場は当然、休みだった。
 彦崎の朝の庭巡りは恒例となっている彦崎の日課で、これをしないと朝食が美味くない…と常々、彦崎は思っていた。そして、今朝も当然、そうしたのだが、生憎(あいにく)、彦崎の目に飛び込んだのは、伸びた松の芽立ちだった。毎年、この時期には伸びた枝や芽立ちの剪定と整枝をするのが恒例になっていたから、彦崎の脳裏にふと、そのことが過(よぎ)ぎったのである。過ぎればどうなるか・・それは、分かりきったことで、『ああ、またか…』という気分になり、溜め息を吐くことになる。それならやらなければいい訳だが、彦崎は、つい、やってしまっていた。彦崎はパブロフの犬・・のように、条件反射的に動いたとも考えられる。
「さてっ! やるかっ…」
 朝食を終えた彦崎は、水を得た魚のように、勢いよくキッチンを出た。顔には心なしか笑(え)みさえ浮かべて…。彦崎の恒例となっている人間的な生活の朝の始まりである。
 彦崎の家前の水田に白鷺が舞い降り、餌を啄(つい)ばみ始めた。
 この光景も恒例となっている動物的な生活の朝の始まりである。^^

         
                  完

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2019年2月12日 (火)

暮らしのユーモア短編集-57- 都会化

 都会化するのは、なにも悪いことではないが、長閑(のど)な自然が消え、人の動きが殺伐(さつばつ)とするのは考えものである。殺伐・・実に上手(うま)く出来た言葉で、征伐(せいばつ)して殺すのだから、なるほど長閑さが消え、人の心もギスギスする訳である。まあ、そういった意味で、自然を甚振(いたぶ)る今の人々は、馬鹿を通り越してアホなのかも知れない。^^
 鎮守(ちんじゅ)の森の木々が生い茂る神社を、二人のご老人がお参りしようとしている。
「いいお天気ですなぁ~!」
 皺(しわ)の多い老人が頭髪(とうはつ)の残り少ない老人に声を投げた。
「はいっ! 暑(あつ)からず寒(さむ)からず…でいいですな。境内(けいだい)へ入ると、ムッ! とする熱気が消えるのは何故(なぜ)なんですかな?」
 頭髪の残り少ない老人が皺の多い老人に訊(たず)ねた。
「おそらくは、この茂る森のお蔭(かげ)なのでは?」
 皺の多い老人は皺枯(しわが)れた声で朴訥(ぼくとつ)に返した。
「ああ、なるほど…。そうかも知れませんなっ! 都会化すると木々が減り、滅法(めっぽう)、暑くなるそうですぞ」
「そうそう! ヒート・アイランド現象とか申しておりましたな…」
「それそれっ!!」
「その点、神社、仏閣(ぶっかく)は都会化しておりませんからな」
「…ですなっ!!」
「このいい風はビル街(がい)では無理ですぞ、絶対っ!」
「そうそう!」
 二人は散々(さんざん)、都会化を扱(こ)き下(お)ろしたあと、都会のチェーン店が開店しているレストランで美味(うま)い料理に舌鼓(したづつみ)を打った。
 都会化は木々を美味い料理に変えるようだ。^^

       
                   完

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2019年2月11日 (月)

暮らしのユーモア短編集-56- まあ、いいか…

 物事をやっていると、どうしてもやらねばならない重要ごとと、まあ、いいか…というような、どうでもいい内容が出現する。重要ごとは当然、やってしまわないとその後(ご)に影響が出るから最優先されるが、どうでもいい内容は後(あと)回しされ、まあ、いいか…と、時には忘れ去られることだってあるのだ。
 通勤帰りの夕方、とある駅近くを歩く先輩、後輩社員の会話である。
「そんな急ぎの用でもないんでしょ? 先輩っ!! まあ、いいじゃないですかっ! キュ~~ッ!! っと!」
「そう言われりゃ、そうだな…。明日(あす)でも、まあ、いいか…」
「そうですよっ! 行きましょ!!」
「ああ…」
 後輩社員に押し切られ、先輩社員は行きつけの飲み屋街へと後(あと)に従って歩き出した。ところが、である。その物事は、ちっとも、まあ、よかなかったのである。その結果が出たのは、ヘベレケになった二人が飲み屋街からフラフラと千鳥足(ちどりあし)で駅へと歩き出したときだった。
「せ、先輩、鳴ってますよっ!」
「ウイッ! …な、なにがっ?」
「携帯ですよっ。携帯っ!」
「んっ? おおっ! け、携帯さんでしたなっ! 携帯さん、出世されたんですなっ! ス、スマホさんにおなりでしたかっ?!」
 先輩社員は、背広の内ポケットからやっと最近、買い換(か)えたスマホを出し、手にした。
「えっ!! なにっ! …先方がっ?! わ、分かった! すぐ、帰るっ!!」
「ウィッ! …どうかしたんですか~、先輩?」
「先方のご両親がお見えらしい。すぐ帰らんとっ!!」
「すぐ帰らんとっ! って、すぐ帰れませんよっ! 次は確か…10:40でしたから、まだ半時間はあります! あるんですっ!! …ウイッ!」
 後輩社員は腕を見ながら、千鳥足に加え、呂律(ろれつ)が回らない口調(くちょう)で言った。
「まあ、よかないが…ウイッ! まあ、いいか…」
 酩酊(めいてい)は、急ぎの事態を、まあ、いいか…と変えるようだ。^^ 

         
                   完

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2019年2月10日 (日)

暮らしのユーモア短編集-55- 応急処置

 大事に至るまでに、とりあえず食い止める・・この未然防止策を応急処置と人は言う。この策を実行していないと涙・・そして、また涙のお通夜的な結果が予想される。もちろん、応急処置が必要になる以前に気づいて予防策を実行するに越したことはないが、予想外の突発的事態だけは避(さ)けられないから、応急処置は精度と最大効果を必要とする。
 深夜である。祁(けたたま)しい唸(うな)りをあげて鳴り響くサイレンと同時に、見てくれっ! と言わんばかりのド派手な赤色回転灯を点滅させ、救急車が再入会(さいにゅうかい)病院へと滑(すべ)り込んだ。ストレッチャーに乗せられ、急患専用エントランスから慌(あわただ)しく急患が運び込まれる。
「ど、どうなんだっ!!」
「み、見てのとおりですっ!!」
 状況説明をベテラン看護師の熊胆(くまのい)に詳(くわ)しく訊(たず)ねようとした新米(しんまい)担当医の笹尾(ささお)だったが、肩透(かたす)かしを食らって土俵にドッペリと転(ころ)がった上位力士のように臍(ほぞ)を噛(か)んだ。
「とっ! ともかく、おっ! 応急処置だっ!!」
 そんなことっ、言われなくても分ってるわよっ! とでも言いたげな顔で笹尾を一瞥(いちべつ)し、熊胆は急患専用室へと患者が横たわるストレッチャーを急がせた。なんといってもインターン上がりの心もとない担当医なだけに、笹尾は看護師達に信用ゼロだったのである。看護師達にとって、唯一(ゆいいつ)の救いは、時折り往診で病院を訪れる元担当医でベテラン医師の南宮(なんぐう)だった。南宮にかかれば、治(なお)らない患者も治るのだから不思議で、再入会病院七不思議の一つと言われていた。その南宮が、深夜だというのにちょうど、顔を見せたのである。
「せ、先生!!」
 喜色満面(きしょくまんめん)の顔で、熊胆は声高(こわだか)に叫(さけ)んだ。
「どうした熊胆君?」
「き、急患なんですっ!」
「ああ、そうか。いつもの応急処置だっ!」
「はいっ!!」
 ベテランと新米の応急処置は、こうも違うのである。^^

          
                   完

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2019年2月 9日 (土)

暮らしのユーモア短編集-54- 料理

 暮らしの中で出される家庭料理は数々(かずかず)ある。確かにあるにはあるが、世界に散在(さんざい)する総(すべ)ての料理の数として考えれば、それは宇宙の中のほんの星屑(ほしくず)の一つに過ぎないのである。要は、日々、違う料理を朝昼晩と食べ続けたとしても、一生かかっても食べ尽(つ)くせない・・ということを意味する。
 仲のよい友人二人が久しぶりに出くわし、とあるレストランで食事をともにしている。
「おやっ? そんなので、いいんですか? 壷焼(つぼやき)さん。メニューはいろいろ他(ほか)にありますが…」
「ははは…砂浜(すなはま)さん。私は粗食を旨(むね)と致(いた)しておりますので、この程度で…。お構(かま)いなくっ」
「そうですかぁ~っ? その料理では、あんまり…」
 壷焼がオーダーしたのはミート・スパゲティとホット・ミルクだった。比較ではないものの、砂浜がオーダーしたのはフルコースであり、なんとも不釣り合いな二人が向かい合って席に座っているのだった。
「ははは…料理ものは、もう食べ飽(あ)きましてなっ! 今では、まあ、この程度で…」
「そうですかぁ~っ? なんだか悪いですなっ!」
「いえ、ちっとも! 遠慮なく…」
 そうこうして、二人は運ばれた料理を食べ始めた。壷焼の前は、なんとも貧相(ひんそう)で、片(かた)や砂浜はゴージャスこの上なく、壷焼は傍目(はため)には見るも哀(あわ)れに映(うつ)った。壷焼は平静(へいせい)にスパゲティをフォークで啜(すす)っていたが、言葉とは裏腹に、砂浜の口にする料理に舌なめずりしていたのである。実のところ、二人の違いは財布の内容量の多少だった。
 料理は財布の内容量の多少に影響される・・ということだろうか?^^

        
                   完

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2019年2月 8日 (金)

暮らしのユーモア短編集-53- 童謡(どうよう)

 文明が進み、世の中が科学一辺倒となった今の時代、なぜか童謡(どうよう)が心を擽(くすぐ)るのは何故(なぜ)だろうか。それは、長閑(のどか)でゆったりとした時の流れがあったよきあの頃を、想い出すからではないのだろうか。
 二人の老人が閑静(かんせい)に流れる川の土手道を歩いている。
「あの頃はようございましたな、曽根崎さん」
「ええええ…あの頃はようございました。今の候(こう)ですと♪蛍の宿♪ですかな?」
「そうそう…♪ほぉ~たるぅ~のぉやどはぁ~ かわばたぁ~やなぎぃ~♪でしたか」
「はい、そうでしたな…」
 聴くに堪(た)えない音痴な声で歌い出した峯尾(みねお)を、歌うなっ! とも言えず、曽根崎は我慢して思うに留(とど)めた。
「曽根崎さんも一曲、いかがですかな?」
「はあ…。ではっ! ♪なのはぁ~なぁ ばたけぇにぃ~ いぃりぃひぃうすれぇ~~♪」
 歌い出した曽根崎の自分以上に音痴な声に、峯尾は上には上がいるものだ…と思いながら、我慢して聴いた。
 しかし、童謡はいいものである。^^ 

         
                  完

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2019年2月 7日 (木)

暮らしのユーモア短編集-52- いい風

 心地(ここち)よく風が頬(ほお)を撫(な)でれば、誰しも気分いいものだが、いい風は、なにも気候に限って吹くものではない。
 とある商店街の二人の店主が自然公園で話している。
「どうですか? 最近はっ」
「どうもこうもありません。鳴かず飛ばずで…」
「ははは…枝で止まって、ジィ~~っとしている訳ですなっ?」
「ははは…そのとおりです」
「私とこもそうです。なかなか、いい風が吹いてくれません」
「今日はいい風が吹いとるんですがな」
「確かに…。なにか吹くようないい手はないもんですかな?」
「ははは…。あれば、国がやっとるでしょう」
「それもそうです…。薬剤を空から撒(ま)いて雨は降らせられるんでしょ?」
「ああ、そのようですな。人口雲・・とかでしょ?」
「ええ。ははは…風は流石(さすが)に無理ですか?」
「ははは…でしょうなっ!」
 今ひとつの二人は思わず微(かす)かに揺れる木々の梢(こずえ)を見上げた。そのとき、いい風が二人の頬を擽(くすぐ)った。
 いい風が吹くタイミングは誰にも分からない。^^

         
                   完

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2019年2月 6日 (水)

暮らしのユーモア短編集-51- 骨が折れる

 日本語には上手(うま)い言い回しがある。骨が折れる・・という言い回しもその一つだ。本当に骨が折れた訳でもないのに、そう言い回して苦しい状況を説明しようとする場合の言葉である。
 梅雨(つゆ)どきの、とある繁華街である。湿川(しめかわ)とその友人、乾山(かわやま)が鬱陶(うっとう)しく降りしきる雨空(あまぞら)を見上げながら、歩道を歩いている。
「ほんとに、よく降るなぁ~」
「いや、そうでもないんじゃないか。毎年、こんなもんだよ」
「そうかぁ~?」
「ああ…」
「こう降ると、外回りの営業が大変だっ」
「ああ、まあそうだな。骨が折れる訳だ…」
「ああ、この傘(かさ)、今年で三本目だ。嫌(いや)になるよっ!」
「そんなに?」
「ああ…。折り畳(たた)む機会が多いからさ」
「ははは…骨が折れて、骨が折れる訳だ」
「上手いっ!」
「骨が折れりゃ、接(つ)げばいいだろっ?」
「骨折じゃあるまいし…」
「俺達だって、折れりゃプレート入れたりするじゃないかっ!」
「まあ、それはそうだが…」
「やってみる価値はあるぜっ! 買い替えでポイ捨てるだけじゃ、どうも戴(いただ)けない。だろっ?」
「ああ、まあ…。どの道、骨が折れるかっ!」
 二人は大笑いした。
 次の日、梅雨は上がった。

         
                   完

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2019年2月 5日 (火)

暮らしのユーモア短編集-50- 無い生活

 暮らしの中で欲しいモノが手に入らないと、人はそこにある別のモノで代用する。さらに、そうした事態が続けば、違うモノでその欲しいモノに近いモノを作ったりする。これは人類に備わった特殊な能力で、無い生活に順応しよう・・とする力だ。歴史に残る発明、発見は、そうした類(たぐい)だ。逆に、有る生活が続く現代社会では、人類に備わったこの能力が鈍化(どんか)したり退化(たいか)する現象が生じる。この事象を、そんなことはないっ! と否定する学者連中も当然いるのだろうが、長い時の間隔[スパン]で捉(とら)えれば、否定しようがない事実なのである。
 薹(とう)が立ち過ぎた熟年夫婦の会話である。
「おかしいなぁ~? ここに入れておいた小物入れ、お前、知らないかっ!?」
「知らないわよっ、そんなのっ! どこかに紛(まぎ)れ込んでんじゃないのっ!!」 
 妻に逆襲された夫は、ティラノザウルスに追い立てられる小物の草食恐竜のように撤収(てっしゅう)を余儀(よぎ)なくされた。
「…そうか、仕方がない。アレを小物入れの代わりにしてみるか…」
 そう呟(つぶや)いた夫は、スゴスゴと自室の書斎へと消え去った。
 ここは、書斎である。夫は見当をつけた代わりの品を手にしてみた。ところがそれは小物入れにしては大きく、どう見ても中物入れに見えた。
「まあ、無くても支障(ししょう)はないが…」
 夫は負けず嫌いのように無理矢理、納得し、一端(いったん)は諦(あきら)めた。がしかし、やはり諦めきれず、五分ばかりするとふたたび腕組みをした。
「… これを少し小さくすれば、小物入れになる訳だ。…まあ、出来なくもない。やってみるか…」
 そうして、中物入れの小物入れ化への作業が始まったのである。
 やがて小一時間が経過したとき、どうやら小物入れ化の作業は完成を見た。
「ははは…出来たぞっ!! 無い生活は新しいモノを作る訳だなっ!」
 夫は満足した快心(かいしん)の笑みを浮かべ、出来上がった小物入れを広げてみた。ところがそのモノは底が抜け、残念ながら小物入れ化していなかった。
 無い生活は、工夫するという種々(しゅじゅ)の可能性を与えるが、必ずしも成功するとは限らないようだ。^^

            
                  完

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2019年2月 4日 (月)

暮らしのユーモア短編集-49- 文明

 文明が進めば私達の暮らしが快適になるのか? といえば、必ずしもそうではない。むしろ、暮らしにくくなり、以前のあの頃がよかった…と振り返る日々(ひび)が多くなったりする。文明を進めているのは人類だが、地球に息づく他のすべての生物は、ちっとも文明を進めて欲しい・・などとは思っていないはずだ。絶滅種(ぜつめつしゅ)、絶滅 危惧(きぐ)種が増えることは彼らにとっていい迷惑! を通り越し、もはや、人類は敵! なのである。文明の進歩は地球生物の現状維持が担保(たんぽ)されたものでなければならない訳だ。
 社員総数が50名ばかりのとある小さな会社の昼食時間である。課長の薄蕪(うすかぶ)はいつも妻が入れてくれる愛妻弁当の蓋(ふた)を開(あ)け、訝(いぶか)しげに呟(つぶや)いた。
「おやっ!? いつものブロッコリーが入っていない…」
「どうされました、課長?」
 間髪(かんぱつ)入れず、次期、課長代理補佐の昇進がかかった係長の庵沢(あんたく)が、ご機嫌(きげん)取りのひと声をかけ、係長席から振り向いた。課長代理補佐は課長代理の下の役職で、その課長代理の上にはもう一つ副課長というポストが職偕制として敷(し)かれていた。
「いや、私の好物(こうぶつ)のブロッコリーがね…」
「えっ? ブロッコリー…ですかっ?」
「ああ、ブロッコリー。いつも入れてくれてんだが…。なかったのかな?」
「お好きなら、家庭菜園のプランターでお作りになればいかがですか?」
「ああ、そうだな。そうしよう! 買えば済むという文明には、何か落とし穴があるなっ!」
「はい、確かにそうですね…」
 そのとき、薄蕪の携帯が鳴った。
「んっ? ああ…。あっ! そうだったかっ! いや、うっかりしたよっ! 道理(どうり)ででかい弁当箱だと思ったんだ、ははは…」
 薄蕪は悪びれて携帯を切った。
「課長、いかがされましたっ?」
「私としたことが間違えたよ、ははは…。息子の弁当箱だった」
「ははは…」
 二人は一笑(いっしょう)に付(ふ)した。
 文明は時折り、間違いを与えるようだ。^^

       
                   完

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2019年2月 3日 (日)

暮らしのユーモア短編集-48- もどかしい

 日本語は実に語彙(ごい)[ボキャブラリー]に豊んでいる。日々の暮らしの中では、自分の思いのままにならない状況がある。もどかしい・・と表現される言葉だが、この言葉も語彙の多さを物語る言葉の一つだ。思いのままにならない政治、生活など、もどかしい状況は私達の暮らしの周(まわ)りに渦巻(うずま)いている。
「そろそろどうでしょう、衣(ころも)さん!」
「えっ? …」
「いやですよ、アレです!」
「アレ! アレと言いますと、あのアレですか?」
 訊(たず)ねられた衣は、はて? と訝(いぶか)しげに揚油(あゆ)の顔を見た。
「そう、そのアレですよ」
「アレはもう買って食べてしまいましたよっ! 嫌だなぁ~ははは…」
「食べたっ!? アレをですかっ? アレは食べられんでしょう、ははは…」
「なにをおっしゃる! 美味(おい)しく食べましたよ、ははは…」
「アレですよっ!? アレは食えない、ははは…」
「いや、美味しかったですよっ!」
「あなたが言っておられるのは、ナニじゃないんですかっ!」
 揚油は、もどかしい顔つきで返した。
「いや! ナニじゃない。アレですっ!」
 衣も、もどかしげに返した。
 実は二人ともアレとナニの名をド忘れし、出てこなかったのだ。
 この二人の遣(や)り取りこそ、実に、もどかしい話なのである。^^
 
  
                       完

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2019年2月 2日 (土)

暮らしのユーモア短編集-47- 遠からず

 日々、暮らしていると、先々(さきざき)、起こってくるだろう…と何となく思うことがある。不確定要素ながら、そうなるだろう・・とかそうなるらしい・・、あるいはそうなるようだ、みたいだ・・と予測できる場合だ。むろん、これは、確定された予定とは異なる。この不確定な場合、人々は、遠からず…と偉そうに予測する。これが霊能者の場合だと予言となる。孰(いず)れにしろ、遠からずは飽くまでも不確定で勝手な未来観測でしかない。
 とある大学の中の会話である。教授とその助手の古家(ふるいえ)が語り合っている。
「地球は絶滅するでしょう、遠からず…」
「ええっ!! 先生、んっな馬鹿なっ!!」
「いや、これは飽(あ)くまでも私の推論に他なりません…。ただ、この推論は実証する必要があるっ! 古家さん、手伝ってくれますか?」
「そらもう! 先生のためなら、たとえ湯の中、水の中っ! …熱湯や氷水(こおりみず)は嫌(いや)ですがっ! ははは…」
「フフッ、面白いことをおっしゃる…」
「遠からず、ということは、必ずに近い確率で、ということになりますよね?」
「ええ、まあ…。おそらくです。そう、ならないことを祈るのみですが…。このまま人類が文明を進めたとすれば、という仮定に立った話です。人類は文明の進歩に追いつけなくなっている! まあ、この推論の生じる確率は不確定ですが…」
「おそらく、たぶん・・といった程度、may be[メイ ビー],perhaps[パハプス],probably[プロバブリー]ですね?」
「そうです…。むろん、希望的観測のzero[ゼロ]も当然、含みますが…」
「そのzero[ゼロ]の確率はっ!?」
「だから、その実証を手伝って欲しいと言ってるんじゃありませんかっ!」
「分かりましたっ! 不肖(ふしょう)、この古家、壊(こわ)れて平地(ひらち)の駐車場になろうともっ!」
「そこまでは結構(けっこう)ですがね。壊れちゃ、元も子もないっ、ははは…」
「冗談ですよっ、冗談! ははは…」
 談笑する二人が実証しようとしている研究が、遠からず実証できなくなる怖(こわ)い事態を、おそらく二人は知らない。

         
                   完

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2019年2月 1日 (金)

暮らしのユーモア短編集-46- 家庭冷却化

 近年、地球温暖化の話題が、マスコミでよく取り沙汰(ざた)されている。温室効果ガスなどで少しずつ地球の気温が上昇している・・という現象らしいが、こうした現象は家庭内でもよく起こっているのである。ただ、家庭の場合は真逆(まぎゃく)で、次第に冷却化していく・・という性質のものである。正確に言えば、家庭冷却化と呼ばれる悲しげな現象だ。
 初老にさしかかった、とある中年夫婦の会話である。
「こんなんじゃなかったろっ!!」
「なにがよっ!!」
「着替えがなかったら、以前はちゃんと買ってたじゃないかっ!」
「仕方ないでしょ! 以前は以前! 今は年金暮らしなんだから、始末しなくっちゃ!! 家のローンも、まだ10年も残ってんのよっ!」
「それは分かってるさっ! 分かってるけど、これは、いくらなんでも…」
 主人は妻に綻(ほころ)びの継(つ)がれた下着を突きつけながら愚痴(ぐち)った。
「私だって我慢(がまん)してんだから、それくらい我慢してよっ!」
「下着ぐらい、そんなにしないだろうがっ!」
「ローンの支払いが終わるまでよっ!」
「ほんとかっ!」
「ほんとよっ!」
 どういう訳か、部屋の温度は1℃ばかり下がっていた。家庭冷却化の現象である。以前から、その予兆(よちょう)は見られたが、息子と娘が結婚して都会で暮らすようになるまではそうでもなかったのだ。だが、ここ最近、家庭冷却化は一層、深刻化を増していたのである。主人が唯一(ゆいいつ)、楽しみにしていた夕飯のおかずが三品(さんびん)から二品(にひん)に減らされたのも、その一つの現れだった。あと数℃、冷却化が進めば、離婚調停ということもあり得た。
 そのとき、息子夫婦が、幼い子供を伴って、久しぶりに帰宅した。
「父さん、これ、土産(みやげ)だよ…」
「ほう!! 都会にはこんなものがあるのか…」
 家の中は笑声(しょうせい)が溢(あふ)れ、冷却化現象はたちまち止(とま)った。不思議なことに、家の温度は2℃ばかり、一気に上昇した。
 家族円満は冷却効果ガスを取り払う触媒(しょくばい)のようだ。^^

         
                  完

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