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2019年3月

2019年3月31日 (日)

愉快なユーモア短編集-4- 贔屓(ひいき)

 誰にも贔屓(ひいき)というものがある。要は、自分の潜在意識に隠れている好みだ。例(たと)えば、プロ野球でAというチームが勝てば愉快な気分になる・・というのがそれで、Aチームを贔屓している・・ということになる。当然、負ければ、不愉快になる・・という性質のものだが、別にその者に不利益がある訳でもなく、むろん、利益もない。テレビ観戦程度もあれば、贔屓が高じてサポーターと呼ばれる手合いとなり、直接、その会場へ乗り込むようなことも起こる。
 とあるホールで女性アイドル歌手のコンサートが行われている。ステージ下に陣取った熱狂的な男子達が熱い声援を送り続ける中、ステージは次第に盛り上がり、いよいよ佳境(かきょう)に突入しようとしていた。
「♪~~~♪! ♪~~~♪!」とアイドル歌手が歌えば、『♪%$&#””$#~~♪!!!』と訳が分らない合いの手が男子達から入る。アイドル歌手もそれに呼応(こおう)するかのように歌を微妙な間合いで歌い続ける。他の一般聴衆者には分らない微妙な相互の関係だ。これがオッカケと呼ばれる贔屓達である。この贔屓達は当然、ファンクラブへ入会しているが、そうでない者もいる。カクレ・・と呼ばれる影での贔屓だ。
「いいねぇ~、若いっていうのはっ! ははは…なかなか賑(にぎ)やかでいいじゃないかっ!」
「そうですかぁ~? 僕は静かに聴いて欲しいんですけどねぇ!」
 課長と部下の社員がA席と呼ばれる1階の中央付近で小声で話し合っている。
「まあまあ、もらったチケットなんだから…。あとのレストランは私が持つからさぁ~」
「そうですかぁ! 悪いですね、課長」
「いやいや、私の方が付き合いさせちまって申し訳ない…」
「いいんですよ…」
 二人は静かになり、ふたたびアイドルと男子達の微妙な歌を聴き続けた。
 さて、ここで問題だ。真(しん)の贔屓は誰だったのか? である。このまま答えず終わるのはなんなので、正解を言えば、実はこの課長だった。課長はこの女性アイドル歌手のカクレで、娘に頼んで密(ひそ)かにチケットを二枚、入手していたのである。その理由は言わずもがなだ。カクレファンを悟られない擬装工作[カムフラージュ]だ。社員はその隠れ蓑(みの)に利用された訳である。社員は愉快ではなかったが、課長の内心は大いに愉快だった。
 真の贔屓は分りにくい・・というお話である。^^

   
                         完

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2019年3月30日 (土)

愉快なユーモア短編集-3- ゲーム

 どうして人はゲームをすれば愉快になるのか? この心理は学者をして、こうだっ! とは答えられない曖昧模糊(あいまいもこ)な感情である。ゲームで勝ったいい気分が高じると一過性(いっかせい)のギャンブル思考へと変化をしていく。さらにそのギャンブル思考が常態化すれば、これはもう言うまでもなくギャンブル依存症である。まあ、愉快な気分になるのはいいが、それも程度もの・・ということだろうか。
 長閑(のどか)だった昭和30年代のとある家庭の一場面である。居間の櫓炬燵(やぐらごたつ)へ集(つど)った家族の数人が和気藹々(わきあいあい)と正月のゲーム‎に興(きょう)じている。どうもトランプの[七並(しちなら)べ]のようだ。
「… ヒヒヒ…、これで僕の勝ちだな、どうも…」
 兄がニヒルに嗤(わら)いながら悪っぽい顔で言った。
「あらっ! そうは問屋が…。これでどうよっ!」
 してやったり! と、妹が邪魔をするカードを切った。
「あっ! お前、それは…」
 兄の悪っぽい顔は、途端(とたん)に困り顔へと変化した。妹は愉快な顔である。
「姉(ねえ)ちゃんいいぞっ! 兄(にい)ちゃん、困ってらっ!」
 下の弟が加勢をする。
「そんなこと言ってないでっ! あんたの番よっ!」
 妹の愉快な顔は注意顔へと変化した。弟は催促(さいそく)されて慌(あわ)てたのか、不用意に札(ふだ)を切ってしまった。
「へへへ…、やっぱり僕の勝ちだなっ!」
 兄の困り顔が変化し、ふたたび悪っぽい嗤い顔が復活した。
「あんたはっ!!」
 妹の注意顔が怒り顔へと変化した。
 ゲームは愉快な気分が二転三転する、スリルある遊びなのである。^^

          
                  完

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2019年3月29日 (金)

愉快なユーモア短編集-2- 多数

 次々に後に続く若者が同じ位置で止まり、全員がひと塊(かたまり)となった。
「さあ皆(みんな)、どうするっ!!」
 リーダー格の若者が叫んだ。
「俺は、こっちを…」
 俺も俺も・・となり、多数が左ルートを選んだが、ただ一人、リーダー格の若者だけは右を下りると宣言した。そして、全員が滑り下りていった。
 数十分後、リーダー格の若者は雪が寒々と舞う中、どういう訳か猿の群(むれ)と同じ雪山の温泉の湯に浸(つ)かっていた。猿達はどういう訳か逃げ出さず、妙な生き物が来たな…という目つきで若者を見るだけで、別にどうということも起こらなかった。
 その頃、他の若者達は手足に軽い凍傷(とうしょう)を起こしながらも、かろうじて施設へ辿(たど)り着いていた。
「おいっ! リーダーはどうしたっ!」
 山岳救助隊員の一人が若者達に訊ねた。
「さぁ~」  
「さぁ~って、お前っ!!」
 山岳救助隊員は怒り、さっそく、捜索が開始された。
 半日後、リーダー格の若者は愉快な気分で温泉に浸かっているところを快適に救助された。
 多数が必ずしも正解で、愉快になるとは限らないのだ。^^

         
                  完

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2019年3月28日 (木)

愉快なユーモア短編集-1- 無理

 所詮(しょせん)出来ないことは、初めからやらないに越したことはない。いくらやっても、出来ないことは天地がひっくり返ろうと出来ないからだ。しかしこれは、努力して自分の技(わざ)を高めるとか、工夫や研究を続けて新製品を開発する、治療薬の発明や治療法を発見する・・といった性質のものを除外した話であることを知っておいて戴(いただ)きたい。
 ここは、とある高校の体育館である。朝から縄跳(なわと)び競技が行われている。体育の時間らしく、昇級しようとチャレンジする多くの生徒達で体育館内は、ごった返していた。
 ただ一人となった最低級の6級の試技(しぎ)に合格せず、古典(ふるのり)は繰(く)り返し繰り返し、何度も挑戦を続けていた。とはいえ、受けられる試技は一授業、三度までという制約があった。
「あいつ…よくやるよなっ! 無理なものは無理なんだよっ!」
「どうも運動神経が・・ってやつかっ!?」
「まあな…。落ちても落ちても6級、一人でやってるぜっ!」
「跳(と)べないなら、『先生! 僕、無理ですっ!』で、いいんじゃねえのっ!」
「だよな…。今日もこれで三度目だぜ。俺達の4級なんか当然、無理だよなっ!」
「ああ、そうだな…」
 刈林と森畑の二人は他の生徒達に混ざり、古典が始めようとしている三度目の試技に注目していた。恐らく、今度もダメだろう…と誰しも思ったその直後、奇跡は起こった。スイスイ・・と鮮やかに古典は試技を終えたのである。むろん、合格である。
「おおっ! 奇跡だっ!!」
「ああ…」
 刈林がボソッ! と呟(つぶや)き、森畑もあとに続いた。多くの見守る生徒達も同じ心境のように思えた。
 そして日は変わり、この日も縄跳び競技が行われていた。古典は5級の試技に挑戦していた。二度失敗し、いよいよ、この日最後の三度目の挑戦である。
「ははは…いくらなんでも続いて5級は無理だぜっ!」
「まあな…」
 刈林と森畑は古典の試技を見守りながら解説者のような口調で呟いた。何人かの生徒が試技に失敗して脱落していく中、残ったのは古典、ただ一人となっていった。
「なかなか、やるな…。でもまあ、無理だろう…」
「ああ…」
 多くの生徒も二人と同じような視線を古典に注いでいた。古典は跳び続けた。そしてふたたび、奇跡は起こった。減速はしたものの、古典はものの見事に試技を終え、クリア[達成]したのである。古典は喜び勇んで体育教師のところへ駆け寄り、名前を告げた。多くの見守る生徒達は、ふたたびの奇跡に唖然(あぜん)とした表情で古典に見入った。
「無理じゃなかったな…」
「ああ、俺達と同じ4級だ…」
「…」「…」
 二人は押し黙った。
 続けて4級の試技が行われた。古典は刈林、森畑、他の生徒達に混ざり試技に挑(いど)んだ。
「おいっ! ウソだろっ!」
 試技が始まる直前、刈林と森畑は同じ言葉を同時に発した。
 無理は、無理でなくなる愉快な場合も当然、起こる。^^

         
                  完

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2019年3月27日 (水)

暮らしのユーモア短編集-100- 黒々(くろぐろ)しい

 知っているのに知ったかぶりをする人がいるが、こういう手合いを白々(しらじら)しい人という。暮らしの中では仕方がない場合も多々あるが、まあ出来れば避(さ)けたい所作(しょさ)だ。逆に、包み隠さず知っていることを真(ま)っ正直に言う人はどうなんだろうか? ということになるが、白々しいの反対だから、黒々(くろぐろ)しいと例(たと)えられるのではないか…と思える。色彩(しきさい)的に言えば、黒は白に比べて悪い意味で使われがちだが、こういう逆の場合で使うこともある訳だ。^^
 とある仲のよい近所の老人二人が、とあるうどん屋でバッタリと出食(でく)わした。
「おお、あんたも…」
「いや、そういうあんたも…」
 なんとも、白々しい二人の会話が始まった。
「かけ、かい?」
「ああ、まあ…。あんたも?」
「んっ? ああ、まあ…」
 すると、注文もしないのに、うどん屋の主人が、かけうどんを二杯、運んできた。この主人も二人と仲がよかった。
「ほれ、いつものだよ…」
「…」「…」
 二人は置かれたかけうどんを無言で食べ始めた。腹が減っていたのである。その食べ方は素直で黒々しかった。食べ終え、白々しく小銭(こぜに)を支払おうとしたとき、主人が止めた。
「いいよ、いいよ…」
 二人は、そう言われることを分かっていたのだが、一応、支払う振りをしたのである。
「いつも、すまないねぇ~」
 二人は黒々しく素直に礼を言って店から立ち去った。
 日々の暮らしの中では、白々しく生きるより、出来れば黒々しく生きたいものである。^^

                            完

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2019年3月26日 (火)

暮らしのユーモア短編集-99- 貧乏ゆすり

 多くの人々が、恐らくそうだと思うのだが、誰しも、お金は欲しいものであろう。世の中を生きていく処世(しょせい)として必要不可欠なのがお金・・ということだ。しかし、多くの人々の場合、そうならないのが、常にお金なのである。お金がないと、どういう訳か出てくるのが貧乏ゆすり・・と言われる無意識の身体の動きだ。むろん、貧乏ゆすりをするから貧乏ということではなく、お金持ちでもするのだが、まあ、名前がそう付(つ)いている以上、その傾向があることは否(いな)めない。
 とある大衆食堂の一角(いっかく)に座った一人の男がいる。しばらくして、もう一人の男が店へ入ってきた。店内は、かなり込んでいる。
「あの…合い席(せき)でよろしいですかっ?」
 女店員は座っている男にポツリと言った。言われた男
に、これといって断る理由はなかった。
「…ああ! いいですよっ!」
 男は小さくそう返していた。すると、それを待っていたかのように、もう一人の男がテーブルの向かい側の席へ厚かましそうに座った。
「何になさいますっ?」
「ああ…僕はレバニラ炒(いた)め定食っ!」
 先に座った男が冷静な声で、そう言った。あとから来た男は無言で貼(は)られた品書(しなが)きを眺(なが)め、しばらくして口を開いた。
「俺は…そうだな、その隣(となり)のニラレバ炒め定食…」
「はいっ! レバニラ炒め定食がお一つとニラレバ炒め定食がお一つですねっ!?」
 噛(か)まずに上手(うま)く言い返された二人は無言で頷(うなず)いたが、女店員が厨房(ちゅうぼう)へ取って返そうとする後(うし)ろ姿に、思わず声をかけた。それも、同時に、である。
「あの…どう違うんですっ?」
「えっ? ああ! レバニラとニラレバですかっ?」
 女店員はギクッ! として振り返って言った。
「はいっ!」「はいっ!」
「同じですよっ!」
 女店員は当然のように返した。
「でも、値段がっ!」
 確かにレバニラ炒め定食はニラレバ炒め定食に比べ、値段が100円高かったのである。
「ああ、レバーとニラの分量差です、オホホ…」
 女店員は似合わない上流の品(しな)を作って笑った。それに、イラッ! としたのが後から座った男で、なにがオホホ…だっ! と、思わず貧乏ゆすりを始めた。先に座った男は最初、悠然(ゆうぜん)と構えていたが、次第に貧乏ゆすりが激しさを増すにつれ、迷惑顔へと変化し出した。それでも『やめてくれっ!』とも言えず、グッ! と我慢して思うに留(とど)めた。しかし、貧乏ゆすりが腹立たしいことに変わりはない。思うに留めていた男も五分後、ついに貧乏ゆすりを始めた。
 貧乏ゆすりは、こうして世間に蔓延(まんえん)していくのである。^^

        
                   完

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2019年3月25日 (月)

暮らしのユーモア短編集-98- もう一丁(いっちょう)っ!

 暮らしの中で、もう一丁(いっちょう)っ! と言う場合があるが、なにも豆腐を店で追加注文するときに使う言葉・・とは限らない。
「関取っ! もう一丁っ! お願いしますっ!」
 別の部屋へ出稽古(でげいこ)に出向いた幕下力士の言葉だが、この場合のもう一丁っ! は、もう一番、取り組みをっ! …の意である。
 「… フゥ~~! もう一丁っ!」と登るのは山道だし、「ぅぅぅ…もう一丁っ!」と負けた勝負に悔(くや)し涙(なみだ)を流しながら訴える場合だってあるだろう。
「ははは…お前も、もう一丁前だなっ! そろそろ暖簾(のれん)分けせんとな…」と、笑顔で親方に弟子が言われる光景は、恐らく料亭の板場(いたば)に違いない。このように、もう一丁っ! には、様々な場面の展開を可能にする力があるのである。
 遠浅(とおあさ)の砂浜が長く続く、とある海水浴場である。
「どれどれ…もう一丁っ! 泳ぎますかな…」
 ひと泳ぎしたあと、長い時間、身体をコンガリと陽に焼いていた初老の男がスッ! とチェアーから立ち上がり、もう一人の初老の男に言った。言われた男は疲れが出たのか、うだったい顔つきで立った男をチェアーに寝そべったまま見上げた。
「お元気ですな…」
「ははは…いやいや。このあとのもう一丁っ! が堪ら
く美味(うま)いんですわっ!」
「ああ、冷奴(ひややっこ)をツマミに生ビールですか?」
「はいっ! なにせ、ダブル一丁っ! ですからな、ははは…」
 そう言いながら元気な初老男は波が寄せる砂浜へと消え去った。
 小一時間後である。
「隊長、今日はもう一丁っ! 上がりましたよ…」
 水難事故を警備、監視する海難救護隊である。戻(もど)ってきた隊員が報告書を隊長に手渡しながら言った。
「そうか…」
「やめときゃいいのに…」
「んっ?」
「いや、元気よく泳がれていたんですがねっ! その後(あと)がいけません! 両足の痙攣(けいれん)ですわっ!」
「でっ!」
「運よく、命(いのち)に別状はなかったんですが、無理はいけませんなぁ!」
 もう一丁っ! は、危険が伴(ともな)う場合も当然ある。^^

        
                   完 

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2019年3月24日 (日)

暮らしのユーモア短編集-97- とりあえず

 この世に長く暮らしていれば気づかされるが、一寸先は闇(やみ)・・というのがある。何が起こるか分からないご時勢ということだが、であれば、とりあえず○○しておこう…とコトを済ませたり、用心して備(そな)えておくのが無難(ぶなん)ということになる。とりあえずは、失敗を未然に防ぐ手段として最(もっと)も有効なのだ。
 とある老人会である。十分、この世で長く暮らしてきた老人達が、まだ50年は…という気分で和気藹々(わきあいあい)と語らっている。
「ほう! そうでしたかっ! 私なんか、そうなるだろう…と裏の裏を読んで、そのままにしておきましたよ、はっはっはっはっ…」
「ということは、備えなしで…」
「ええ。備えも何もせず、ってことです。どうも、予報が危(あや)うげでしたからなっ! ははは…」
「仰(おお)せのとおりで…。梅雨(つゆ)入り宣言も早過ぎましたし、今回の台風も、何もなかったようにスゥ~~っと通過しましたから…。とりあえずも、確かさ次第ですなっ! 私は、どうも心配性でいけません」
「いやいや、その方がいいんですが…。まあ、時と場合によりけり・・ってことですかなっ、ははは…」
 とりあえず・・も、度(ど)が過ぎれば無駄(むだ)となる危険性を、とりあえず孕(はら)んでいるのである。^^

         
                   完

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2019年3月23日 (土)

暮らしのユーモア短編集-96- いつものペース

 暮らしの中で、いつものペースを守る・・というのは重要な生活態度である。もちろん、生活習慣病などという、いつものペースは避(さ)けねばならないのだが…。いつものペースを維持(いじ)するとは、相撲で言われるところの得意の形(かた)である。ハズ? でいっきにもっていったのが、この関取の…とか解説者が、お上手(じょうず)に語られるが、その形こそが備わったいつものペースなのだ。当然、このペースを乱そうと周囲は来るから、それに対応する多くのペースを持つ者が上位力士となり得るのだろう。
 いつものペースで相撲の実況中継が始まっている。
「そうですねぇ~~。地力(じりき)は十分に備わってるように思えるんですよっ! あとは下位の力士に取りこぼさないことですかねぇ~」
「なるほどっ! もう、ソコまで届いてるんですねっ?」
「届いてるかどうかは分かりませんが、もう十分にそれだけの力は備わってる・・と、私は見てますっ!」
「と、いうことは、この一番も…」
「ええ、いつものペースなら問題ないでしょう!!」
 そう言いながら解説者はアナウンサーをチラ見した。いよいよ制限時間が一杯となった。解説で注目される力士の相手は、平幕の小兵(こひょう)力士だった。
相撲インタビューである。勝負は一瞬のうちに決着した。
『やりまたねっ!! 関取っ!』
『はいっ! 慌(あわ)てず、いつものペースでやりましたっ!』
「…」
「…」
 解説者の二人は言葉を失っていた。注目の力士は足を(すべ)らせ、自(みずか)ら転(ころ)んで破れたのである。まだ、いつものペースが地に着いていなかったのである。^^

    
                        完

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2019年3月22日 (金)

暮らしのユーモア短編集-95- 出会いと別れ

 日々を暮らす私達にとって、出会いと別れは付きものである。出会いはいいが別れは辛(つら)く寂しい。ただの別れなら、また会えることもあるだろうから、そう辛くはないが、死に別れは辛い。逆にオギャァ~~!! と泣かれる新たな命との出会いは、やかましいが嬉しく心が弾(はず)む出会いとなる。
 久しぶりに出会った二人の老人が、とある集会場で語り合っている。
「惜しいことに、あと一歩で百(ひゃく)ですよっ! それが、旅立たれましたから…」
「祝い金をゴッソリ貰(もら)ってから旅出(たびだ)ちゃいいものをっ!」
「それそれっ! あと3ヶ月ですよっ! わたしゃ、腹が立って腹が立って!」
「そうそう! 貰わない手はないっ!」
「死に切れなかったでしょうなっ!」
「ええ、そう思いますよっ! 私なら、石に齧(かじ)りついても生き続け、札束を握って死にますっ!」
「地獄の沙汰(さた)も金(かね)次第(しだい)って言いますからなっ!」
「そうですっ! それにしても、腹立たしい別れでしたな…」
「そういや、この前は曾孫(ひまご)さんが生まれられたとかで…」
「でしたなっ!」
 二人は立て続けに起きた予想外の出費に、ブツクサ言い続けた。出会いと別れに、出費は付きものなのである。^^

                            完

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2019年3月21日 (木)

暮らしのユーモア短編集-94- 妨害と協力

 暮らしの中で個人的な行動がスンナリいくかどうかは、その時々の目に見えない影響力で定まる。目に見えない影響力・・これは昔風に例(たと)えれば、その個人の軍勢の力である。いくらお金を持っていても、そのお金がすぐ無くなってしまうような不確かなお金であれば、これはもう、烏合(うごう)の衆(しゅう)とでもいう軍勢で、力としてはまったく頼りにならない・・ということだ。おそらくは、桶狭間の戦いのように惨敗(ざんぱい)するに違いなく、討ち取られることも当然、覚悟しなければならない。要は、コトを果たせず、ほうほうの態(てい)で目的も果たせないまま撤退を余儀なくさせられる・・ということだ。コトが上手(うま)くいく場合は協力で、その反対が妨害である。どちらも見えない雰囲気という力だから、私達では及ばない。人はその力を神や仏などに例えてお願いするのである。多くの人々がお願いするのだから、お願いされる方は堪(たま)ったものではない。『ファ~~ッ! はいっ! 次の方っ!』くらいの等閑(なおざり)な気分にはなることだろう。
 とある駅の売店である。一人の男が、いつもの列車から下り、立ち食い蕎麦屋へ入った。
「いつもの…」
「はい…」
 常連客なのか、ツゥ~と言えばカァ~の間合いで、蕎麦屋の主人は天麩羅蕎麦(てんぷらそば)を準備し出した。双方とも乗り継ぎ時間が15分ばかり・・ということはよく理解できているから、見えない影響力も協力する。と、そこへ一人の一見(いちげん)客が現れ、注文した。
「かけ蕎麦!」
「すみませんっ! 少しお待ちをっ!」
 さあ、協力と妨害の鬩(せめ)ぎ合いが始まった。 主人は常連客に協力し、一見客をヤンワリと妨害した。ヤンワリは力強い。
「ああ、そう…」
 一見客は待たざるを得なくなり、敗走を余儀なくされたのである。
 まあ、こういう具合に世の中の暮らしは続いているのである。^^

        
                   完

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2019年3月20日 (水)

暮らしのユーモア短編集-93- 効率よく

 暮らしの中では効率よくコトを運ぶ・・という行動パターンが欠かせない。分かりやすく言えば、無駄がなく効果もあり、なおかつロスが少ない・・という行動パターンである。一例を挙(あ)げれば、朝の涼(すず)しいうちに買い物に出ればいいものを、灼熱(しゃくねつ)の暑い昼の最中(さなか)に、出なくてもいいのに自転車で出る・・といった場合だ。効率よく朝に動けば、汗をビッショリ掻(か)かず、衣類の洗濯もせずに済む・・といった話になる。自転車は小回りが利(き)くが、暑さ、寒さ、雨などには不向きだ。しかし、快適な気候で時間がある場合などは自転車で・・というのが運動にもなるから、効率よく・・といえるだろう。時と場合[ケース・バイ・ケース]で判断して使い分けること・・これこそが効率よく・・の基本形なのである。
 仕事が早く終わり、早乙女(さおとめ)は、さて、これから…と、考えていた。いつもより小一時間ばかり早い五時に職場を出てしまったからだ。アノ店へ寄れば、いい気分で酩酊(めいてい)し、まあ少なくとも三時間は壷(つぼ)入りすることになる。小一時間を引いたとしても二時間だから、五時+二時間=七時か…と、早乙女は足を一端、止めた。歩道の途中で急に止まったものだから、往来の人は訝(いぶか)しそうな顔で早乙女を見ながら通り過ぎていく。七時は妻の機嫌(きげん)を損(そこ)なう恐れがあるギリギリの時間だからだ。早乙女は、ここは効率よくいこう! と、目論(もくろ)んだ。ウダウダと適当に飲めば、恐らく七時は過ぎるだろうから、ボトルで数杯! ・・これで効率よく六時半には…という算段だった。
 アノ店は誘惑(ゆうわく)の光を灯(とも)らせ、早乙女を待ち構(かま)えていた。
「…いらっしゃいませっ!」
「… キープ!」
「はいっ…」
 常連に多くの言葉は要(い)らない。早乙女とバーテンは、二言三言(ふたことみこと)言葉を交(か)わしただけだった。コトは早乙女の目論見(もくろみ)どおり進むかに思えた。がっ! しかし、である。効率よく進み過ぎ、考えていた時間より20分ばかり早く進んでしまったのである。これは、いかん! …もう、1杯っ! 早乙女は思わず、そう口走っていた。
 結果は…多くを語らずとも、読者の方々には、もうお分かりだろう。早乙女家から五月蝿(うるさ)いばかりの叱声(しっせい)が聞こえるではないか…。^^
 効率よく・・は、失敗しないことを含(ふく)むのである。

         
                               完

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2019年3月19日 (火)

暮らしのユーモア短編集-92- 手動と自動

 暮らしも日々、便利になり、大よそのことは機械化された時代である。例(たと)えば農耕(のうこう)だが、昭和30年代は後部にY字形の鋤(すき)をつけた牛が人に急かされるように追われて田畑を耕(たがや)していたのである。耕運機という自動で耕す機械がなかった時代だから、それも必然だったのだろうが、今の時代は便利さが異常なほど多様化して人がずぼら[ルーズ]馴(な)れしてしまい、非常に嘆(なげ)かわしい。
 駅前の喫茶店でコーヒーを啜(すす)りながら、二人の老人が四方山話(よもやまばなし)に花を咲かせている。
「どうも最近は、いけませんなぁ~。ええ! いけませんいけません!!」
「なにが、そんなにいけないんですかな?」
「ええ、よくぞ聞いて下さいましたっ! 世の中、すべて自動ですぞっ!」
「ええ、そうです。昔に比(くら)べりゃ、随分(ずいぶん)と便利になりました…。それが、いけませんかなっ?」
「ええ! いけませんいけませんっ! 便利はいいんですが、どうも便利になり過ぎましたっ!」
「便利になり過ぎた・・とは?」
「手動で出来ることでも自動ですぞっ!」
「ほう! 例えばっ?」
「例えば…そうですな。今朝、私がやっておりました草(くさ)取りです」
「草取り? …除草ですかなっ?」
「ええ、そうですっ! 私の場合、根から手動でやっつけ、ビ二ール袋ですっ!」
「…ビ二ール袋?」
「はい、中へっ! 数ヶ月で土に戻(もど)ります…」
「なるほどっ! さしずめ、温(あたた)かい料理ですなっ!」
「…温かい料理?」
「はいっ! 温かい料理! 温かくて美味(うま)い料理ですなっ! ひと味(あじ)違いますっ!」
「よくぞ言って下さいましたっ! 手動ですなっ!」
「そう! 手動っ! 手間(てま)をかけた分(ぶん)、いい味になりますっ! ははは…」
「ははは…」
 そんな話をしながら、二人は三十分後、自動の列車に乗り、旅立った。^^

         
                   完

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2019年3月18日 (月)

暮らしのユーモア短編集-91- 細(こま)かい

 暮らしの中で、人はいろいろな人と出会う。怒りっぽい人、のんびりした人、気短(きみじ)かな人、気長(きなが)な人、大雑把(おおざっぱ)でザックリした人、そして細(こま)かい人・・と、多種多様である。中でも、細かい人は傍目(はため)から見れば神経質に映(うつ)るのだが、実はそうとも限らないのだ。というのは、細かいからこそ見落としがちな細かい変化やミスに気づける・・というメリットも持ち合わせているのである。
 とある小売店である。
「ありがとうございます。¥979頂戴いたします」
 女子店員にそう言われ、客の煮出(にで)は、おやっ? と一瞬、訝(いぶか)しく思った。煮出の脳裏(のうり)には、前回までは確か・・¥958で買えた…という細かい計算式が成立していたのだ。ところが実際は、¥21の値上げとなっており、店のパンフレットにも写真入りで掲載されていたのである。ということはっ! である。細かい計算をした煮出が間違っていたのではなく、細かい価格差ながら、商品の値上げが行われた・・と、まあ、話は世知辛(せちがら)くなる。¥958のつもりで煮出は¥960をレジ台へ置いたのだが、追加で財布から¥10硬貨を2枚も追加して出さざるを得なくなった。価格改定でそうなったのだから、ブツブツ愚痴っても仕方がない。煮出は後ろ髪を引かれる思いで2枚の¥10硬貨を財布から出し、ぅぅぅ…という不幸この上ない気分でレジ台へと置いた。幸いにも女子店員の対応が細かいことながらよかったせいか、腹が立たなかったのは不幸中の幸いだった。
 細かい性分の人は、ほんの細かいことで気分を上げ下げするようだ。^^

         
                   完

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2019年3月17日 (日)

暮らしのユーモア短編集-90- いよいよっ!

 楽しみにしている人にとって、コトが刻々(こくこく)と迫(せま)ってきたとき、いよいよっ! とウキウキするものだ。私はウキウキなどしないっ! と思われる方も、そこはそれ、我慢をしてお聞きいただきたい。
 いよいよっ! と感じる期待(きたい)感の度合いは当然のことながら人によって異(こと)なる。ある人は心臓の鼓動(こどう)が早くなり、ウキウキして手に汗握ることだろう。ところが、そうでもない人の場合、まったく平常時と変わらず、あっ、来たか…くらいの軽さで出された料理を食べるに違いない。この違いを個人差だ! と、ひと言(こと)で片づけてしまえばそれまでだが、いよいよっ! という場面が暮らしの中で心に期待感を抱(いだ)かせるのは事実だろう。
 とある二人の男が鰻(うなぎ)の専門店へ入った。
「あっ! 定食…」
 片方の男が先に口走った。もう一人の男は単品(たんぴん)で鰻重(うなじゅう)を注文しようと思っていたから、出鼻(でばな)を挫(くじ)かれた格好(かっこう)だ。自分が知っている店に誘って入ったのだから、面子(メンツ)が潰(つぶ)れた・・という気まずさも残る。
 そして、しばらく時が流れた。いよいよっ! と期待して待っていたもう一人の男にとって、出された鰻重は定食のため時間がかかったのか冷めたく、余り美味(おい)しく感じられなかった。もう一人の男は、鰻重は単品にかぎるなっ! と、改(あらた)めて思った。
 いよいよっ! という鰻重の期待感は、単品にかぎるっ! ・・というニョロついた鰻のお話である。^^

            
                  完

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2019年3月16日 (土)

暮らしのユーモア短編集-89- 品種(ひんしゅ)

 暮らしの中で、物には他(ほか)と区別するため、すべてに名が付けられている。動物は無論のことで、植物もまた然(しか)りである。品種(ひんしゅ)と呼ばれ、便宜上(べんぎじょう)、グループで区分けされている。生物以外の単なる物にも種類別に詳細(しょうさい)な名前が付けられており、入手しやすくなっている。意味的には同じで、品種といえば品種だ。^^
 春遅(はるおそ)い候である。とある園芸店の店先(みせさき)で、老いた冬服姿の紳士が立ち止まり、展示(てんじ)された花鉢(はなばち)をシゲシゲと見ている。
「どうです! 綺麗(きれい)に咲いてるでしょ! ひと鉢、どうですっ!?}
 如雨露(じょうろ)を片手に持ち、水遣(みずや)りに店内から出てきた店主が、元気よく紳士に声をかけた。
「ああ、どうも…。この花は、なんという品種です?」
「ああ! これはチョウゲですっ!」
「? …チョウゲ? どう書くんです?」
「えっ? ああ、それは…どうでしたかね、ははは…」
 店主は分からず、笑って暈(ぼか)した。
「品種はダンチョウゲとか聞きました。三日ほど前、入荷(にゅうか)したんですよっ! うちの家内(かない)なら詳(くわ)しいことを知ってると思うんですが…。奥にいるんで、呼びましょうか?」
「いや、結構です…。いやぁ~、それにしても、この白い小花がなんとも粋(いき)ですなっ!」
「ですよねっ!」
 店主は別にどうも感じていなかったが、客あしらいとして話を合わせた。店主は別のことを考えていた。この暑いのに、冬服とはっ! この紳士、どういう品種なんだろう…と。もちろん、そんな失礼なことを口に出来ないから、思うに留(とど)めて、である。たが、ついに、暑さのせいで本音(ほんね)が出た。
「今日は蒸(む)しますなぁ~!」
 店主は額(ひたい)に噴(ふ)き出した汗を手拭(てぬぐ)いで拭いながら、呟(つぶや)くように漏(も)らした。
「そうですか? 私は、さほど…」
 それを聞いた店主は、この冷性(ひえしょう)の紳士、どういう品種なんだろう・? と、益々(ますます)、知りたくなった。
「あの…日本の方ですよねっ?」
「はい、もちろん!」
「…暑くないんですかっ?」
「ああ! この服ですかっ。ははは…、ほらっ!」
 紳士は背広の裏を垣間(かいま)見せた。背広服の裏には、保冷剤がビッシリと張り詰められていた。
「ああ…」
 店主は、なんだ、ただの同じ品種か…と捨(す)て鉢(ばち)に思った。

       
                   完

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2019年3月15日 (金)

暮らしのユーモア短編集-88- 五感(ごかん)

 日々、暮らしている私達は快適に過ごそうと、さまざまな五感(ごかん)に支配されながら生きている。もちろん、人それぞれに五感の感じ方は違うのだろうが、それでも支配されて生きていることは同じである。外で響く草刈機の音を、うるさいなぁ~ …くらいの軽さで雑音と捉(とら)える人、やかましいっ!! …と、イライラ怒る人、ほう! ご苦労さま…と、意に介さず聞き流せる人・・と、さまざまだ。それでも五感に影響されていることに違いはない。
 五感には、味覚(みかく)、触覚(しょっかく)、聴覚(ちょうかく)、視覚(しかく)、臭覚(しゅうかく)があるが、読者の方々の中にも、最近、○○に影響されているなぁ~ …と心当たりがある方もおられることだろう。
 とある集会場で、自治会長が得意そうに熱弁をふるっている。どうも自治会長になったことが自慢っぽい語り口調だ。ところが、どうもこの手の話は得意(えて)でないのか、話す内容が今一つ要領を得ない。それをクドクドと長く続けるものだから、聞かされる住民は堪(たま)ったものではない。欠伸(あくび)をしながらウトウト…と眠りだす人も出てきた。
「で、ございますから、ナニナニは必要な◎◎でして、誠に恐縮なのではございますが、皆様方それぞれのご家庭にホニャララさせていただきたいと…」
『フン、地震の緊急情報かいっ! 死んで聞いてるさっ! 馬っ鹿だねぇ~~!! 住民・サイドからインフラ・サイドへ緊急発信の方が必要だがなぁ~。話しづらいD.V、急に倒れたお年寄りとかもあるしなっ! …逆なんじゃないのっ! 高い予算執行なんだろうから…』
 ウトウトし出した人は、自治会長の熱弁を波の音のように心地よく五感で感じ、微睡(まどろ)みながらも正解の発想をしていた。
 五感が満たされると正解が出るらしい。^^

         
                   完

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2019年3月14日 (木)

暮らしのユーモア短編集-87- 歌詠(うたよ)み

 暮らしの中の趣味の一つとして、歌詠(うたよ)み・・がある。これには、川柳、冠句、俳句、そして和歌、連歌(れんが)などがあり、詠むことにより、風流な気分を堪能(たんのう)し、フフフ…と雅心(みやびごころ)で独(ひと)り、悦(えつ)に入る訳だ。^^ 個人的な趣味だから、詠むこと自体、何も思わない他人からすれば、どぅ~~ってことない…と思えるに違いない。
 とある二人の老人が一句(いっく)、詠んでいる。
「老いの脚 ころんで 見上げ 朧月」
「…転(ころ)びましたか。転んじゃ、いけませんな。大丈夫でしたかっ?」
「ええまあ、お蔭(かげ)さまで。軽い打ち身くらいで…」
「そりゃ、ようございました、お大事に。… ウキウキと 開ける戸棚に オハギなし」
「ははは…誰ぞに先を越されましたな。残念なことでっ!」
「孫でした…」
「ほう! お孫さんでは怒(おこ)れませんな…」
「ははは…左様(さよう)で」
 二人が座る床机(しょうぎ)近くに植えられた川辺(かわべ)の柳が風に楚々(そそ)と揺れる。ピンッ! とくる人には、もうお分かりだろう。感じさせる・・これが雅心なのである。二人の歌詠みは続いていく。^^

        
                   完

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2019年3月13日 (水)

暮らしのユーモア短編集-86- 単調(たんちょう)

 また、これかっ! と、食事どきの出された惣菜(そうざい)に怒られるご主人もおありなのだろうが、日々の暮らしの中で同じように繰り返される単調(たんちょう)なリズムというのは大事なのだ。その平和なサイクルの有難(ありがた)さを、ほとんどの人は気づいていないか、気づいていたとしても、ついつい忘れがちとなり、愚痴(ぐち)るのである。むろん、個人的な悪い癖(くせ)や生活習慣病・・などという繰り返しは、単調な、いいリズムとは言えないが…。
 とある夜間の大学構内である。まだ講義が始まっていないのか、長机(ながづくえ)が並ぶ講義室内は、勤めに疲れながらも講義を受けようとする二部の学生達でざわついている。ざわつける余力の存在は、若さの所以(ゆえん)だ。
「あいつ、また食ってるなぁ~」
「だな…。今日もカップ麺か」
「…蟹崎(かにさき)かっ! ははは…それも同じ机の同じ場所で、だっ!」
「生協食堂で湯を入れて、それでご到着だっ! 飽(あ)きもせず、単調だな、あいつ…。明日、先に座ってやれば、どうするだろうなっ?」
 悪さを思いついた猿野(さるの)は、硬柿(かたがき)と投下(なげした)を意地悪っぼく見ながらそう言った。
「発想がお前らしいっ! 猿野。俺は遠慮しとく…」
「俺も、そういうのは…」
 硬柿と投下は、はっきりと辞退(じたい)した。
「そうかぁ~? 別に悪さをする訳じゃないんだが…。んじゃ、俺がワルになるかっ、ははは…」
 次の日の夕方、早めに講義室へ入った猿野は、いつも蟹崎が座る席で講義が始まるのを待った。そして、一時間が経過した頃、学生達が講義に集まりだした。蟹崎も当然、入ってきたが、いつもの席に猿野が座っているのを見て一瞬、躊躇(ちゅうちょ)した。が、しかし、次の瞬間、ひと息、大きな深呼吸をすると、席の後部フロアへ、ドッペリと臼(うす)のように胡坐(あぐら)をかいて座った。その表情は何事も無かったかのように、である。罰(ばつ)が悪いのは悪さを思いついて座った猿野だ。なにせ、自分の後部下には蟹野が座ってアンパンを頬張っているのである。
「…よ、よかったら」
 いつの間にか、悪びれた猿野は蟹崎に弱い声で席を譲(ゆず)っていた。ナントカ合戦の終結である。^^
 単調ないい繰り返しは、やがて実を結ぶ訳だ。^^

       
                  完

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2019年3月12日 (火)

暮らしのユーモア短編集-85- レトロ

 最先端の文明社会を生きる人々がレトロを求め、寛(くつろ)ぎの空間で、しばし、憩(いこ)いの世界に浸(ひた)るのは何故(なぜ)? と皆さんはお考えにならないだろうか。レトロ・・これこそ過去の姿を残すゾーンなのである。殺伐(さつばつ)とした今の時代だからこそのレトロなのだろうが、レトロには、どこか秘められた謎(なぞ)の力があるのかも知れない。
 昔馴染(むかしなじ)みの老人二人が旅に出て、レトロに満ちた古刹(こさつ)を巡っている。
「いいですなぁ~…なぜか、こういう自然を眺(なが)めておりますと癒(いや)されますなぁ~」
「左様で(さよう)…。私の近くなど、以前は閑静(かんせい)な佇(たたず)まいだったのですが、最近は随分(ずいぶん)と騒がしくなりまして、とても人が暮らせる空間ではなくなりました…」
「そうですか…。私の所にしたって同じです。50年も前は車が一台とて通っておらなかったのですが、今じゃ、数珠(じゅず)繋(つな)ぎでして、ははは…」
「いや、私の所とて同じです…」
「こういう所は変わりませんなぁ~」
「ある意味、氷の世界ですな。水の世界は動きまくりますからなぁ~」
「ええ…。動いてどんどん流れればいいのですが、一度(ひとたび)流れが止まれば、澱(よど)んで腐(くさ)ります」
「確かに…。最近は特に世の中の澱みを感じますなぁ~」
「ええ、臭(にお)ってきましたからな。明日の暮らしだって分りゃしないっ!」
「そうそう、こういう変わらない古刹で、ずう~~っと暮らしたいものです…」
「名残(なごり)はつきませんが、そろそろ、澱んだ方へ戻(もど)るとしますか」
「そうしますか…。ははは…実のところ、戻りたくはないのですがなっ!」
「そうですなっ!」
 二人は溜息(ためいき)を一つ吐(つ)くと、旅先の古刹の一角に設(もう)けられたベンチから立ち上がった。そして、お抱え運転手によって開けられた高級外車の後部座席へと乗り込み、ゆったりと帰途に着いた。実は、この二人、とある最先端企業財閥の元会長だったことを付言(ふげん)させていただきたい。
 最先端の水の流れは、変わらないレトロな氷の世界に魅(み)せられる傾向にあるようだ。^^

                          完

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2019年3月11日 (月)

暮らしのユーモア短編集-84- もう一息(ひといき)

 諸事をしていると、つい時間が経つのを忘れてしまい、昼食、夕食になるとか、他の用事をしなければならないことがある。そのやっている事が、もう一息(ひといき)という場合、続けるべきか、ひとまず止(や)めるべきか…で、囲碁のプロ棋士がよく大盤解説されるときに語られる ^^ 悩ましい・・ことになる。一端(いったん)止められればいいのだが、後ろ髪を引かれる思いになるのは、そのあと何をしたとしても気も漫(そぞ)ろとなり、実に悩ましいのだ。職人さんの場合は、その仕事全体の完成が一つの切り・・となるから、細かなもう一息は軽くなる。ところが個人の場合は、その小事だけだから、ついつい意固地(いこじ)となり、始末が悪い。
 とある家庭の昼前の光景である。日曜ということもあり、DIY[do it yourself の略で、自分自身でやること→特に、日曜大工を指すようだ]を朝から庭先で始めた主人は試行錯誤(しこうさくご)を繰り返しながら、ようやく完成に近づけていた。
「あなたっ! もう、お昼よっ!!」
 そこへ、かけなくてもいいのにキッチンから大声をかけたのが妻である。妻は何も主人のDIYを邪魔しようと声をかけた訳ではなかったが、結果的にそうなってしまったのだ。
「ああっ!! もう少しだからっ!」
「ピラフが冷(さ)めてしまうわよっ!!」
「ああ、分かった分かった!」
 主人が分かった分かった・・と繰り返したのがいけなかった。
「なによっ! 分かった分かったって!! いいなら、私が二人前、食べてしまうからっ!」
 予想外の妻の反発である。もう一息・・というところまで完成していたDIYの大石(おおいし)は、エイッ! とばかりに、妻に切断されてしまった。主人は悩ましい立場(たちば)に立たされた訳だ。これ以上、豚(ぶた)のように太られては堪(たま)らん…という気分も少しあったことも事実なのだが…。^^
「すまん、すまんっ!」
 後ろ髪を引かれる思いで完成間近のDIYを見ながら主人は庭から消えていった。
 もう一息(ひといき)は後ろ髪を引かれ、禿(はげ)やすくなるのである。^^

          
                  完

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2019年3月10日 (日)

暮らしのユーモア短編集-83- 曇(どん)よりした日

 晴れる日、曇る日、雨の日、嵐の日・・と、日々は流れていくが、なんとも曖昧(あいまい)なのが曇(どん)よりした日である。ぱきつかない・・というか、中途半端な日で、降るのか降らないのか、それとも晴れるのか、はっきりしろっ! …と、気の短い人なら思わず空に向って愚痴(ぐち)る日、それが灰色の雲が全天(ぜんてん)を覆(おお)い尽(つ)くす曇よりした日なのだ。何もこの曇(どん)よりした日は、報道される気象上の天候だけを指(さ)すのではない。私達が暮らす日常でも絶えず渦巻いている事象なのである。過去の政治史で使われた[灰色高官]もその一例だろう。ただ、今は? と訊(たず)ねられても、私は中央政界の諸事情には疎(うと)いので、ニャゴらずワン! とも言わないことにしたい。^^
 薄墨色(うすずみいろ)の空で覆われた空を見上げながら、とある一人の主婦が洗濯物を干(ほ)す場所で迷っている。
「軒(のき)に干した方がいいかしらっ?」
 そこへ現れなくてもいいのに現れたのが、欠伸(あくび)をしながらボリボリと首筋(くびすじ)を掻(か)く主人である。
「外でもいいんじゃないか…」
 主婦としては委員長への越権行為にも等しく、大きなお世話な訳だ。それに、人ごとのような物言いが、なんとも腹立たしい。
「そんなこと、分かんないじゃないっ!!」
 ここは強く出ないと…と、主婦は強行採決に打って出た
「いや、大丈夫だって! この空は降らんっ! 俺の長年の勘(かん)だっ!」
 主人は強行採決を阻止(そし)しようと意固地(いこじ)になり、恰(あたか)も主婦を取り囲むかのように反論する。
「まあ、いいわっ! でも、降ったときはあなたが責任とってねっ!」
 主婦は付帯決議付きで議案を通過させた・・のではなく、洗濯物を軒へ干し始めた。
 二時間後である。主人は激しく降り始めた空を恨(うら)めしげに見上げながら洗濯機を回していた。
 曇よりした日は、やはり油断がならないのである。^^

     
                        完

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2019年3月 9日 (土)

暮らしのユーモア短編集-82- 話(はなし)

 日々(ひび)の暮らしの中では、ドコソコでコンナことがあった、ソンナことがあった・・と、さまざまな話(はなし)が取り沙汰(ざた)され、一日は過ぎていく。当然、いい話もあれば聞きたくない話もあるのが日常だ。勤(つと)めから疲れて帰り、風呂上がりの至福の一杯をやりながらテレビのリモコンを押した途端、『ドコソコで身元不明の白骨化遺体が発見されました…』などと、すまし顔のアナウンサーに語られたぶんにゃ、もうっ!! と、思わずOFFにして消してしまうのが落ちである。いい気分で寛(くつろ)いでいる最中(さなか)に、そんな陰気で場違いな話題は聞きたくない訳で、明日への労働意欲も褪(あ)せてしまうというものだ。
 二人の男が都心を歩きながら話し合っている。
「最近、暮らしにくくなったように思わんかっ?」
「ああ、そういやそうだな。俺なんか、とても時代についていけんっ!」
「まあ、お前が時代についていけるいけんは、どうでもいいがな…。文明が進み過ぎたせいもあるか…。もう、やめよう! こんな陰気な話はっ!」
「ははは…そうだなっ! 7匹、入ってたメザシのパックが6匹になった。ははは…これも陰気かっ!」
「まあ、陰気とは言わんが、セコい話だっ!」
「セコいっ!  といえば、防災頭巾(ぼうさいずきん)っ!」
「ああ、アレなぁ…。アレはセコいというより、ダサいっ!」
「ははは…今どき、空襲警報発令ってかっ!?」
「歴史は繰り返す・・って言うぜっ?」
「馬鹿っ! それは核のない時代の話だっ!」
「なるほどっ! 放射能でアウトか。話は最先端を行かんとな…」
「まあな…。地震、水害とかの自然災害に人は絶対、勝てんっ! だが、頭巾を縫(ぬ)うのは手先と頭を使うことで、ボケ封じにはなるっていう無駄がない話ではある」
「なるほどっ! ボケ封じな…。で、ここは
? どこだっ!」
「ははは…ここは、ここさっ! んっ? どこだっ?」
「お前が訊(き)いてどうするっ! …二人で考えよう」
「…そうそう!! 国会議事堂前の辺(あた)りだっ! 確か…」
「ああ、そうだっ! 俺達、予約で見学に来たんだっ!」
「そうそう!!」
 話も、いろいろとあるが、国会議事堂前では、どういう訳か記憶がなくなる話になるようだ。^^

                            完

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2019年3月 8日 (金)

暮らしのユーモア短編集-81- 人はどこから来てどこへ行く

 ゴーギャンという世界的に名が知られた画家がいる。その作品の中の一枚に、人の存在性を問うような意味深(いみしん)なタイトルの絵画(かいが)がある。長いから掻(か)い摘(つま)んで端折(はしょ)れば、人はどこから来てどこへ行くのか・・といったようなタイトルだ。確かに、人は生まれる前も知らず、死んだあとも知らないまま、否応(いやおう)なく生き、日々を暮らし続けているのである。
 夕暮れどき、疲れきって電車に座って家路につく、二人のサラリーマンの会話である。
「先輩、毎日がほんとに嫌(いや)になりますねぇ~」
「だな…。帰りの一杯がなけりゃ、やってられん御時世(ごじせい)だっ!」
「家(うち)の父が言ってましたっ!」
「なんてっ?」
「『人はどこから来てどこへ行くんだろうな』って…」
「確かに…。俺達、どこへ行くんだろうなっ!」
「来たときも知りませんが…」
「ああ…。さっき出た芋(いも)の煮っ転(ころ)がしが、どうしてああ美味(うま)いのか? に似た話だ…」
「はあ…」
 後輩は、それは少し違うじゃないか…と思ったが、口には出さず、思うに留(とど)めた。
「高くなったしなっ!」
「そういやあの店、量も減りましたねぇ~」
「あの芋、どこから来てどこへ行くんだろうなっ!」
「ははは…それは分かってますよ、先輩! 市場(いちば)から来て、私らのココですっ!」
 後輩は背広の腹を指でさし示した。そのとき、電車の車内アナウンスが流れた。
『次はぁ~~竹串(たけぐし)ぃ~~。手羽崎(てばさき)線は乗換えとなりますすぅ~~』
 聞いた二人は、どこから来てどこへ行くのか・・という当初の話題をすっかり忘れ、焼き鳥も美味いな…と単純に思った。

           
                  完

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2019年3月 7日 (木)

暮らしのユーモア短編集-80- 冷却(れいきゃく)

 暮らしがマンネリ化すると、自然と、とんでもない個人の我侭(わがまま)が噴(ふ)き出すことになる。その我侭を自制(じせい)出来るうちはいいのだが、マンネリ化すると適度な緊張感が消え、その我侭をとめることが出来なくなる。すると、どうなるか? 懸命(けんめい)な皆さんなら、よくお分かりのはずである。口に出せば、当然ながら相手の聴覚がその我侭を聞くことになる訳だ。相手にすれば、そんな他人の我侭など聞きたくもない訳で、場合によっては反発されたりして拗(こじ)れることにもなる。だが一端、拗れて双方が熱くなれば、放っておくことで加熱して喧嘩になる可能性もあり、非常に危(あや)うい。この事態を食い止める手段が冷却(れいきゃく)なのである。冷却といっても、何も温度を下げて冷(ひや)す・・ということだけではない。冷静になる・・という場合でも使われる言葉だ。
 マンネリ化した、とある熟年夫婦の会話である。
「朝には出しといてくれ! と言ったろっ!!」
「あら、そうだった…」
「ったくっ! 俺の話をちゃんと聞いてろっ!」
 顔を洗ったばかりの夫(おっと)は、朝からご立腹(りっぷく)である。その怒り具合は、恰(あたか)も薄くなった頭頂部から湯気(ゆげ)が立ち上る感がしないでもない。
「そこまで言うこと、ないでしょ! 頭を冷しなさいよっ!」
「やかましいっ! 冷すのは、お前だっ!!」
 そのとき、どういう訳か火災警報器が作動し、天井(てんじょう)に設置されたスプリンクラーから噴霧上の水の放水が始まった。ビショ濡れの二人は右往左往(うおうさおう)して慌(あわ)てた。そして、口喧嘩のことなどすっかり忘れてしまった。双方、頭を水で冷され、冷却されたのである。
 マンネリ化した暮らしの中では、冷却が重要な部分を占(し)めることになる。^^

        
                   完

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2019年3月 6日 (水)

暮らしのユーモア短編集-79- 暇(ひま)な人

 暮らしの中では幾(いく)らでも時間が欲しい小忙(こぜわ)しい人と、欠伸(あくび)をしながらボケェ~~として時間を持て余すような暇(ひま)な人に分かれる。世の中の多くの人は、程度の差こそあれ、ほぼその中ほどを生きている訳だが、完全な右派、左派がいる事実は否定できないだろう。
 一人の老人が、することもなく、とある公園のベンチに座り、寛(くつろ)いでいる。それはなにもこの日に限ったことではなく、生活習慣病のように雨の日も風の日も決まった時刻に決まったベンチ・・というのだから、これはもう、表彰物以外の何物でもない。
「おおっ! 今日もやはり、おられましたなっ!」
 散歩で通りかかったもう一人の老人が立ち止まり、ベンチの老人に声をかけた。
「はぁ?! ああ、まあ…。日課(にっか)というよりは、もう、癖(くせ)ですなっ! ははは…お笑い下さいっ!」
「ご一緒しても構いませんかな?」
「ああ、どうぞどうぞ…」
 常連(じょうれん)の老人はベンチを少し横へ移動して座り直した。
「お互い、暇ですなぁ~」
 通りかかった老人が話題を投げた。ズシッ! とキャッチャーミットが音を出す重くて速い直球(ストレート)である。
「ああ! そうですなぁ~! 暇で暇で…。家じゃ息子(むすこ)の嫁(よめ)に煙(けむ)たがられますからなぁ~、ははは…」
 常連の老人が内情を吐露(とろ)し、球(たま)を投げ返す。
「確かに…。家(うち)もそうです。暇な人は辛(つら)いですなぁ~~! 実に辛いっ!」
 通りかかった老人は、また重い剛(ごう)速球を常連の老人のキャッチャーミットへ投げる。言っておくが、むろん、心のグラブへ・・である。
「ご趣味はっ?」
 常連の老人は手馴れた仕草でミットへ収(おさ)まった球(たま)を投げ返す。
「ははは…あれば、こんなところ・・いや、失礼! 今時分(いまじぶん)、来ませんよっ!」
 通りかかった老人は、やや受け答えに困り、球の速度を落とす。その球はストンッ! くらいの遅(おそ)めの速度で、常連の老人のミットへと収まる。
「私もです…。どうです? これから鳥の声が何種類だったか調べる・・というのはっ?」
「ほう! この公園のですかっ?! 面白そうですなっ! 日本野鳥の会のようで…」
「ははは…そんな、いいものではありません。暇な人の会・・くらいですかなっ!」
 暇な人は、暇なことを思いつくのである。^^

                          完

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2019年3月 5日 (火)

暮らしのユーモア短編集-78- この先

 日常の暮らしの中で繰り返し訪(おとず)れる生活時間のサイクル・・人は至極(しごく)当然のようにその日その日を送っている。だが、よくよく考えれば、この先どうなるか? という事態は、誰にも分からない訳だ。1、2分先のことを、恐らくこうなるだろうから…と脳裏(のうり)に描きながら人は動いてはいるが、妨害(ぼうがい)、予想違い、突然の勃発(ぼっぱつ)事態といったことで、この先の目的が果たせなくなることは起こり得るのだ。それが、私たちが生き続ける人間社会なのである。
 まだ都市化していない町に建つ、とある日本家屋の一軒家(いっけんや)である。ようやく本格的に降り出した梅雨空を庭から眺(なが)めながら、どこにでもいそうな中年男が、ぼやいている。しょぼ降る雨はやんだり降ったりを繰り返し、梅雨だぞっ! と、恰(あたか)も主張しているかのようだ。
「ふんっ! 随分(ずいぶん)なご挨拶(あいさつ)だったなっ! 梅雨入りした見込みですっ・・とかなんとか言ってたがっ! 見込みじゃなかったんじゃないのっ! これが、梅雨だよっ! 梅雨ってもんだよっ! もう一度、出し直せよっ!!」
 そこへ前庭から男の妻が現れた。
「なにブツブツ言ってるのっ?」
「いや、なにもないさ…」
 男は、聞こえなくてよかった…と思いながら暈(ぼか)した。
「傘で玄関が濡れるから、ここから上がるわねっ!」
「…」
 男は、勝手にすりゃいいだろっ! くらいの気分で、口にするのが憚(はばか)られたのか無言(むごん)で流した。というのも、今夜はスキ焼にするわっ! と明るく言って妻が買い物に出た・・という食事情があったせいだ。口にすれば、この先、どういう事態になるか? は、妻の性格からして男には十分、分かっていたのである。妻は傘を庭先に置くと、足継ぎ石の上で靴を脱ぎ、上がった。
「安くて、いいお肉が手に入ったの…」
「おお、そうかっ! そりゃ…」
 男は、この前の肉は硬(かた)かったぞっ! 今日(きょう)のは柔(やわ)らかいんだろうなっ! とは思ったが、この先を考えれば口にするのが憚られ、また思うに留(とど)めた。
 この先・・を全(まっと)うするには、事前の手当(てあて)や予防、下調(したしら)べ、それに我慢(がまん)などが必要なようだ。^^

        
                   完

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2019年3月 4日 (月)

暮らしのユーモア短編集-77- それでも、まあ…

 日々(ひび)、暮らしていると、アレやコレやと欲しいもの、自分の思いどおりにやりたいことなどが膨(ふく)らんでいく。しかし、世の中はそう甘くはなく、それらの夢を打ち砕(くだ)いてしまう。人々は打ち砕かれては心を萎(しぼ)ませ、明るさや純心(ピュア)さ、積極性などを、その都度(つど)、失(な)くすことになる。だが、屈(くっ)していては、一日も生きていけない。そこで考えたのが、それでも、まあ…と思う心である。この心は、自分以下の人々のことを思うことによって、自分が置かれている状況を、恵まれている…と納得させる慰(なぐさ)めの心である。この心がないと、人は自暴自棄(じぼうじき)に陥(おちい)ったり、狂(くる)ったり、場合によっては自殺をし、惨(むご)い事態を引き起こしてしまう。その意味から、それでも、まあ…と一歩下がる心は、暮らしの中で不可欠なのである。
 とある飲み屋で、顔馴染(かおなじ)みの常連(じょうれん)二人がチビリチビリと杯(さかずき)の酒を飲みながら話をしている。
「いやぁ~参ったよ。いつもと同じだと思って買ったらさぁ~、『お客さんっ! もう¥30足りませんっ!』って、こうだよっ!! やっちゃ、いられないっ!」
「なるほどっ! 値上がったんですなっ!?」
「そうそう! 生憎(あいにく)、持ち合わせがないっ。そこで、俺は言ったねぇ~~!」
「なんて!?」
「決まってるだろっ! 次からにして、今回は・・だよぉ~!」
「でっ!?」
「ダメですっ! と、こうだよっ!? やっちゃ、いられないっ!」
 よく、やっちゃいられない人だなっ! …と、カウンター前に立つ店の親父(おやじ)は聞いていたが、そうとも言えず、思うに留(とど)めた。
「そうでしたかっ!」
「ああっ! とはいえ、ダメと言われりゃ仕方がないっ! それでも、まあ…と思い直してさっ! 少し量を減らして買って帰ったよ。ははは…」
「それでも、まあ…ですか?」
「ああ、それでも、まあ…だっ!」
「ですね…」
 二人は顔を見合わせて意味深(いみしん)に頷(うなず)くと、押し黙ってチビリチビリとまた飲み始めた。店の親父は、ツケのたまりを払ってくれるよう言おうとしたが、それでも、まあ…いい話を聞いたからと、思うに留めた。
 それでも、まあ…の心は、この世に欠かせない。^^

         
                   完

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2019年3月 3日 (日)

暮らしのユーモア短編集-76- 確認

 最新情報は、この短編集-26-に登場したが、もう少し話を膨(ふく)らませたい。決して腹を満腹に膨らませるだけの下世話(げせわ)なお話ではない・・とだけは申し添(そ)えたい。^^
 最新情報は得たとしても、その確認が大切となる。確認を怠(おこた)れば、最新情報の意味を成さなくなるからだ。今日はそんなお話である。
 日曜の朝、笠舟(かさぶね)家では一大騒動が勃発(ぼっぱつ)していた。
「だからっ! そこへ置いといたって言ってるでしょうがっ! 疾呼(しつこ)い子ねっ!!」
「だって、お姉ちゃん・・ないもの…」
 小学校1年になったばかりの蕾(つぼみ)は、姉の茎葉(くきは)に完全否定され、半ベソを掻(か)きながら勉強部屋の角(すみ)を探し回っていた。昨日の夜、両親に買ってもらった新しいぬいぐるみを茎葉に見せたあと、すぐにお風呂へ入り、そのまま眠ってしまったのである。毎晩、ぬいぐるみを抱いて眠る蕾にしては珍しい失態? ^^で、朝になって気づき、訊(たず)ねた・・という場面だ。
「ちゃんと、そこへ置いといたわよっ! 寝る前に確認したんだからっ!」
 二(ふた)つ上で3年生の茎葉も意固地(いこじ)になってきた。
「ぅぅぅ…だって、ないよぉ~?」
 とうとう蕾はシクシクと泣き出した。ついに本格的な梅雨(つゆ)入りである。
「置きましたっ!!」
 茎葉の太平洋高気圧も勢いを増し、前線を押し上げようとする。
「だってぇ~~っ!!」
 蕾の泣き声が大きくなる。大陸の春の高気圧も負けていない・・といったところだ。そこへ、キッチンにいたママの花美(はなみ)が勉強部屋へ入ってきた。
「あらっ! どうしたのっ!! 苛(いじ)めちゃダメでしょっ! お姉ちゃんなんだからっ!」
「苛めてなんかいないわよっ! 蕾が勝手に泣いてるだけっ!」
「…どうしたの、蕾?」
「ぬいぐるみがぁ~~! ぅぅぅ…」
 梅雨の雨足(あまあし)は激しさを増す。
「ああ! アレっ? アレは私が茶の間へ置いといたわよ…」
 蕾は茶の間へと駆け出したが、すぐ戻(もど)ってきた。
「ぅぅぅ…ないよぉ~~っ!!」
 雨は、いよいよ、その激しさを増す。そこへ庭の手入れをしていたパパの幹男(みきお)が勉強部屋へ現れた。
「ははは…なんだなんだっ! 朝から偉(ええ)い賑(にぎ)やかだなっ!」
「パパぁ~~!!」
 蕾は幹男に、しがみつく。
「どうした、蕾っ! ははは…」
 幹男はすぐ、蕾を抱き止めた。
「蕾のぬいぐるみ…」
 花美が事情を説明する。
「ああ! 買ってやったアレかっ! ははは…庭に降りる前、茶の間にあったから、俺がベッドに…」
 幹男の声が終わらないうちに、蕾はベッドへ駆け出していた。
「あったぁ~~!!」
 Uターンした蕾の顔に笑みが戻り、梅雨明けとなった。
 なにごとも、最後の確認が重要・・というお話である。^^

         
                   完

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2019年3月 2日 (土)

暮らしのユーモア短編集-75- 使い捨(す)て感覚

 最近、暮らしの中で、使い捨(す)て感覚が日増しに増幅していることを皆さん、お感じにならないだろうか。^^
 書けなくなったとき、「高(たか)がボールペン一本じゃないかっ! 買ったほうが安いぜっ!」と近くの職場仲間から言われたとき、あなたならどうするだろう。いや、替(か)え芯(しん)を買おう! と思うか、あるいは、そうだなっ! そんなに値段も変わらないから新しいのを買おう…と、思うかの二択(にたく)である。世間の巷(ちまた)では後者の割合が増えている。この現実は、使い捨て感覚の人が増えている・・と言い換(か)えても過言(かごん)ではない。
 使い古(ふる)したような、とある夫婦の会話である。
「ったくっ!! もう、いい加減に捨てなさいよっ! 格好(かっこう)悪くて、歩けやしないっ!」
「それそれっ!! お前なっ、その考えが地球を滅(ほろぼ)ぼすんだぞっ!」
「ウワァ~~~っ!! 大きく出たわねっ! そんな訳、ないでしょっ!!」
「いや、あるんだっ、それがっ! お前は甘(あま)いっ!! 実に甘いっ!!」
「ええええ、甘くて結構っ!! 私、先に出るわよっ!」
 連れだって外出しようとしていた矢先、夫(おっと)が愛用のポロっちい服を着込んだのがいけなかった。妻は完全に旋毛(つむじ)を曲(ま)げ、先に家を出た。
「あいつは地球が置かれている今の立場を分かってないっ!! 使い捨て感覚が人類、いや地球そのものを滅ぼすんだっ! 終戦直後は拾(ひろ)い捲(まく)ってたじゃないかっ! それが約70年経(た)った今じゃ、捨て捲くってるっ! 人は懲(こ)りないねぇ~~!!」
 着飾(きかざ)って玄関を出ていった妻を遠目(とおめ)に見ながら、夫はポロっちい姿で大きな溜(た)め息を一つ吐(つ)いた。
 さて、あなたなら、この一件、如何(いかが)お考えだろう。^^

 
               完

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2019年3月 1日 (金)

暮らしのユーモア短編集-74- 心地(ここち)

 人々にとって必要な休養は、なにも身体(からだ)に限ったことではない。心身ともに・・という言葉があるように、暮らしの中で心の休養、リフレッシュも必要なのだ。ああ…いい心地(ここち)だっ! と感じるのは、心が寛(くつろ)いでいる状態であり、恰(あたか)も心がのんびりと温泉に浸(つ)かり、いい気分で湯治(とうじ)しているような状況である。♪アァァァ~~~♪と、鼻歌が出ているかも知れない。夢見心地・・という言葉も、心の一杯気分でリフレッシュしている、そんな状態を指(さ)す言葉だろう。
 久しぶりに温泉旅行に出かけた二人の列車内の会話である。田畑が散開(さんかい)する中、列車は長閑(のどか)にゆったりと揺れ、走っている。
「なんか、流れる自然の風景を眺(なが)めているだけで、いい心地ですなっ!」
「そうですっ! どういう訳か心が和(なご)みますなっ!」
「え~~と、次は腰板(こしいた)駅で乗り換えてと…祇部洲(ぎぶす)線の地量(ちりょう)駅でしたなっ!」
「はい、そうですっ! 地量駅からは里波尾里(りはびり)線で目的地の対印(たいいん)温泉まででした、確か…。地方のローカル線は、なんとも風情があっていいっ! 無人駅が結構、ありますからなっ!」
「そうそう! その無人駅が、またなんというか…」
「ええ、そうです。人気(ひとけ)のない寂(さび)れた感ですか? これがまた、実にいいんですなっ!」
「そうそう! 心地いい訳ですっ!」
「…で、そのイヤホンで聴いておられるのは?」
「ああ、これですか。私、旅に出るときは、いつも童謡カラオケのCDを持ち歩くんですよっ! ははは…お笑い下さい」
「いえ、ちっとも。いいことです。私も次からそうしましょう」
「はあ、そうなさるといい。いい心地で、倍(ばい)、心が和みます」
「これは、いいことをお聞きしました。それだけで、この旅、もういい心地になりましたよ、ははは…」
 いい心地を求めて、二人の旅は続くのであった。^^
 心地の休養、リフレッシュは、殺伐(さつばつ)とした今の時代、身体以上に必要なのかも知れない。

         
                   完

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