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2019年10月

2019年10月31日 (木)

それでもユーモア短編集 (18)楽になる

 それでも! と意気込まなければ、総(すべ)てが楽になる。また、それでも! と意固地(いこじ)にならなければ、総てがスンナリと流れる。ところが人は、目に見えない魔の力に苛(さいな)まれ、自我(じが)という蟠(わだかま)りを持つことになる。蟠れば、意気込んだり意固地になる・・と、まあこうだ。そうならないためには、自分を勘定(かんじょう)に入れず、自我を捨てれば楽になる訳だが、世間はそれを許さず、魔は虎視眈々(こしたんたん)と機会を窺(うかが)っている。まあ、私に言わせれば、弱っている人々をそこまで苦しめないでもいいのに…とは思える。^^
 明日(あす)に予定されている、とある綱引き大会の練習が、とある体育館で行われている。そこまで…と、誰もが思うほどの熱の入れようで、開始は夜の7時過ぎだったから、もうかれこれ3時間が過ぎようとしていた。
「そろそろ、止(や)めにしませんか、コーチ!」
「いやっ! もう、30分!」
「いやぁ~、皆さん、もうお疲れなんですからっ!」
「いやいやっ! このままでは3位の銅メダルも取れん!」
「銅メダルなんて、どう[銅]でもいいじゃないですかっ! 鉄でもアルミニウムでもっ!」
「う、上手(うま)いっ! いやいやいやっ! もう少しの練習で取れるんだっ! 取れれば、今までの練習の苦労が消え、皆、楽になるっ!」
「銅を忘れれば、あなたが楽になるっ!」
「…」
 その返しに何を思ったか、コーチは矛(ほこ)を収(おさ)め、練習を終えた。
 翌日、チームは番狂わせで3位決定戦に勝ち、どう[銅]でもいい銅メダルを獲得した。^^ 当然、コーチを含む皆は楽になった。
 要は、力(りき)まなければ楽になる訳だ。^^

         
                 完

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2019年10月30日 (水)

それでもユーモア短編集 (17)踏(ふ)ん張(ば)る

 お相撲(すもう)の土俵際(どひょうぎわ)で、力士が危(あや)うく寄り切られそうになり、それでも、ぅぅぅ…と、必死に踏(ふ)ん張(ば)る姿は観戦する人々を興奮させ、なにも汗など握らなくてもいいのに、手に汗を握らせる。^^ 踏ん張った挙句(あげく)、逆転して勝とうものなら、ヤンヤの喝采(喝采)となる。これはお相撲に限ったことではなく、どのスポーツ、いや、人々が暮らすすべての生活にも言えることなのである。
 とある公園のトイレ前である。イベントがあった関係からか、長蛇(ちょうだ)の人の列が出来ている。
「おっ! まだ、踏ん張っておられますなっ!」
 先ほどまで一緒に並んでいた中年男がまだ並んでいる中年男に声をかけた。声をかけた涼(すず)しげな表情の男に対し、並んでいる男は限界が近いのか、催(もよお)しを必死に耐える表情だ。
「ああ、あなたはっ! …『ちょっと抜けますから』とかなんとか言っておられましたが…」
「はあ、もう済みました。ははは…」
 男は、ゆとりの表情で返した。
「済みましたとはっ!?」
 限界が近いこともあってか、並んでいる男の声は鋭さを増した。
「ははは…コレ、ですよっ!」
 ゆとりの男は片手に持った袋を徐(おもむろ)に並んでいる男の前へ差し出した。少し匂いがしたから、並んだ男もピン! ときた。
「ああ、そういうことですか…」
「ええ、そこに手頃(てごろ)な繁(しげ)みがありましたので、そこで…」
「なるほどっ!」
「もう一枚、袋ありますから、よかったら、お宅もどうですっ?」
「はっ、はいっ!! おっ、お願いしますっ!!」
 男は神や仏に祈るかのような声で懇願(こんがん)した。そして渡された袋を手にすると、疾風(はやて)のように茂みの中へと消え去った。
 こういう場合の、それでも! は危険で、踏ん張らない方がいいようだ。踏ん張ると漏らすことになる。^^

                            完

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2019年10月29日 (火)

それでもユーモア短編集 (16)言った内容と書いた内容

 音声を通じての情報・・これが、言った内容だ。それに対し、紙の上に記(しる)したり印字した内容・・これが、書いた内容である。双方とも情報を伝達する内容は変わらないものの、相手に伝わったあとの効果や記憶、判断力に大きな差異を生じる。言った内容だと、「ははは…そんなこと、言ったか?」などと惚(とぼ)けられ、それでも諄(くど)く追求した挙句(あげく)、言ったっ! 言わないっ! となり、変化しやすい。その点、書いた内容はその内容が紙上で固定しているから、変化しにくい。それでも・・と念を押したり伝えたい重要な内容が書面となる理由だ。
 とあるパン屋の店前である。パンを買う! 買わない! の言い合いが子供と母親の間で発生していた。母親としては人目(ひとめ)もあり、一刻も早く立ち去りたいのだが、子供は駄々(だだ)を捏(こ)ね、そうさせまいとしている。
「ねっ! もういいじゃないっ! お菓子があるんだからっ! ねっ!!」
「やだ、やだっ!」
 それでも、子供は頑強(がんきょう)に抵抗する。
「もうっ!! 次、買ったげるからっ! それでいいでしょ!? ねっ!!」
「…それじゃ~、これに一筆(いっぴつ)、書いてよっ!」
 子供は服のポケットから鉛筆と手帳を取り出した。
「ったくっ! こういうことは、しっかりしてんだからっ!!」
 母親は渋々(しぶしぶ)、次は買う・・という内容を書き記した。それでも、子供はさらに念を押す。
「サイン、サインっ!」
「もうっ!!」
 母親は半(なかば)ば怒りながら、サインした。
「まあ、いいでしょ!!」
 やっと子供は得心し、矛(ほこ)を収(おさ)めた。
「なにが、『まあ、いいでしょ!』よっ!」
 と不満を呟きながらも、母親は歩き出した子供に一応、安心した。
 後日(ごじつ)、パンが買ってもらえたのかどうか? を私は知らないが、書いた内容だから、たぶん買ってもらえたのだろう…と思う。^^

          
                  完

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2019年10月28日 (月)

それでもユーモア短編集 (15)免疫力

 人の身体(からだ)とは上手(うま)くしたものだ。冬の寒い時期、厚着をして風邪(かぜ)を何度も引いたものが、それでも! と我慢して薄着で過ごした年は風邪を一度も引かなかった・・という事例がある。理屈(りくつ)から言えば、筋の通らない話だが、現に引かなかったんですっ! と言われれば、そうなんだ…と納得する他(ほか)はない。医学的なら、身体の免疫力が高まったんですよっ! とお医者様が言われることだろう。冬場の寒風摩擦(かんぷうまさつ)なども同じ予防法かと思われる。
 とある女子大学である。女子学生ばかりの教室中に男子学生が一人、座っている。紅一点! などと揶揄(やゆ)されるその逆で、白一点! なのである。^^ それでも、男子学生は怯(ひる)む様子も見せず、堂々と着座(ちゃくざ)している。男子は入学が出来ないという校則もなく、自分の意思で試験を受けて入学したのだから、女子学生の色香にそれでも怯まないというのも当然に思えた。
 時は流れ、その男子学生は久しぶりに高校の同級会に出席することにした。就職している者もいて、会は大層、盛り上がり、二次会の運びとなった。
「知ってる店があるっ!」
 その筋では常連の通(つう)もいて、その同級生に誘われるまま、その学生は色気漂う二次会の店へと入っていった。ところが、である。他の同級生達はすぐ色気でデレェ~~となったが、その学生だけは、まったく変化の兆(きざ)しを見せなかった。
「あらぁ~~、お兄さん、どうかしたのぉ~~っ?」
 店の若い娘(こ)にチヤホヤされたものの、それでもその学生に変化の兆候(ちょうこう)はなかった。これが白、一点! の免疫力である。^^
 それでも! とマイナスを我慢すれば、いつの間にか免疫力ができ、マイナスはプラスへと変化する訳だ。^^

                           完

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2019年10月27日 (日)

それでもユーモア短編集 (14)一日

 何が起こるか分からないから楽しみがあり、それでいて安心できない怖(こわ)さを含んでいるのが日々の生活(くらし)である。私達はそれでも、そんな一日を繰り返して生き続けている訳だが、出来れば満足がいく充実した一日にしたいと考える。とかなんとか偉(えら)そうに書いてはいるが、その実、グデェ~~ンとしたり寛(くつろ)いでいたい…と思っているのが私の本音(ほんね)である。^^
 とある時代のとある小学校で運動会が行われようとしている。予行演習、今風に言えばリハーサルの連続で、一日一日が瞬(またた)く間に過ぎ去ろうとしていた。そして本番当日が巡り、呆気(あっけ)なく終ってしまった。
 生徒達が学校から姿を消し、あと片づけを終えた二人の教師がジィ~~っと放心したかのようにグラウンドを見渡している。
「終わりましたねっ、先生!」
「そうですねっ、先生!」
 まあ、どちらも先生だから先生と相手を呼び合う訳だが、ネームバリューのある先生の肩書(かたが)きを呼び合いたい節(ふし)がなくもなかった。
「ここまでの一日一日は長かったですが、今日の一日は短かかったですねっ! 先生」
「はい! 確かに…。お疲れさまでした、先生!」
「いやいや、先生こそっ!」
「いやいやいや、先生こそっ!」
 二人は傷ついた獣(けもの)がお互(たが)いを労(いた)わり合うかのように、それでも相手を先生先生と呼び合い、慰め合った。
 ここで問題である。皆さんは、この二人の先生方が、やれやれ無事終った…と安堵(あんど)されているとお思いだろうか? 事実は、そうではなかった。二人は運動会までの日々を、快適な気分で送っていたのである。終った今となっては、それでも巡る明日からの教壇の日々が心苦しく思えた訳だ。
 素晴らしい一日は意外と短いから大事にしたいものである。^^

         
                  完

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2019年10月26日 (土)

それでもユーモア短編集 (13)生活リズム

 身体(からだ)にバイオリズムといわれる一定の繰り返しリズムがあるように、日常の生活の中にもそうした同じパターンの繰り返しがある。それが邪魔されたり出来なくなると、人は戸惑ったり、調子が狂ったりすることになる。出来ないと、心が落ちつかず、残り時間が少ないのにそれでも! とやってしまう訳だ。詳細は心理学者の方に訊(たず)ねないと分からないが、これは日々の生活リズムを取り戻(もど)そう! とする深層心理の働きではないか? と思える。
 毎週、決めた日はなかったが、ほぼ決まったパターンが定着していた葉牡丹(はぼたん)は、その日も同じように買い物に出ることにした。ところが、いざ目的の店へ着いてみると、財布を忘れていることに気がついた。そんなことは今までになかった! と時分に腹が立った葉牡丹だったが、忘れた以上、買い物は出来ない。家からこの店までは数Kmあったから、別の日にしてもよかったのだが、葉牡丹は、それでも! と意気込んで家まで財布を取りに戻った。週末に買い物をする・・という見えない生活リズムが、いつの間にか葉牡丹の心の奥底に定着していたのだ。
 無事に買い物を終えて家に戻った葉牡丹だったが、いざ、昼食にしよう! と意気込んだとき、買い忘れた醤油の小瓶のことを思い出さなくてもいいのに思い出してしまった。思い出せば、居てもたっても居られない葉牡丹である。電子レンジでチン! して、湯気(ゆげ)を立てる美味(うま)そうなパスタを目の前にしながら、それでも! と、葉牡丹はハングリー精神で買い足しに出た。
 時間は遅くなり、パスは冷えたものの、それでも葉牡丹の心は満たされた。パスタをふたたび、チン! し、葉牡丹は満足げにパスタを啜(すす)った。それでも、やり遂げた葉牡丹の達成感は大きかった。
 それでも! と生活リズムでやる行為は、本人に達成感が起これば、それでいい訳である。^^

        
                  完

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2019年10月25日 (金)

それでもユーモア短編集 (12)疲れる

 人は働けば当然、疲れることになる。すると空腹になり、体力を戻(もど)そうと食事をしたり休養したりする。これはなにも人に限ったことではなく他の動物にも言えることだが、誰しも疲れるのは嫌だろうし、楽をしたい…と思うだろう。いや、私は…などと意固地(いこじ)に思いながら、それでもと働く人だって、働き続ければ疲れる訳だ。^^
「大丈夫ですかっ!? 課長補佐。昨日(きのう)も遅(おそ)かったじゃないですかっ! 終(しま)いには過労死しますよっ!」
「ああ、余りいいこともないし、過労死したい気分だよっ! これだって課長の命令だからなっ!」
「突っ返せばいいじゃないですかっ!」
「それが出来ればな…」
「してくださいよっ!」
「ははは…出来ない出来ないっ! 課長補佐なんてなるもんじゃないなっ!」
「なに言ってるんですかっ! 僕なんてずっと係長で、管理職なんて羨(うらや)ましいかぎりですよっ!」
「こんなに疲れた俺を見て、それでもなりたいか
っ?」
「はあ、なりたいですっ!」
「ははは…まあ、頑張りなさい。なれば分かるさ」
 それでも…は、自分の意思でないと余計に疲れるのだ。^
 


                          完

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2019年10月24日 (木)

それでもユーモア短編集 (11)怖(こわ)さ

 夏ともなれば、各地でホラーとか怪談といった類(たぐ)いの怖(こわ)さを求め、人は映画、ドラマ、あるいは心霊スポットといったその手の内容に夢中になる。よくよく考えれば、キャ~~! とかギャ~~! と驚くような場所や内容を避(さ)ければいい訳だが、それでも人は自らの意思で近づく。^^ いわば、ある種のマゾ的な快感を追い求める訳だ。暑さを怖さで冷やそう、忘れよう・・という気分が見て取れなくもないが、強(あなが)ちその手の内容を、好奇心も手伝ってか、人は嫌いではないようである。
 夏の時期限定で開かれる、とあるお化け屋敷の前である。暑くなるこの時期、サーカス同様、毎年やってくる一座だ。
 地元の老人が二人、一座の小屋がけを見物しながら何やら話をしている。
「今年もやってきましたなっ!」
「はいっ! 私はコレが楽しみなんですよっ!」
「ですなっ!」
「怖いんですが、その怖さが堪(たま)りませんっ!」
「そうそう! 毎年、趣向(しゅこう)が変わりますからな。それが楽しみでっ!」
「それでも…と、行きたくなりますなっ!」
 そこへ顔馴染(かおなじ)みの座長が現れた。
「ああ! これはこれはっ! また、今年もお世話になりますっ!」
「いやいや、こちらこそっ! ははは…入らないと夏が来ないっ!」
「いやいや、そう言っていただくと。今年も、とびきり怖いのを用意しておりますので…」
「楽しみにしております」
 その二日後、約ひと月に渡るお化け屋敷が盛大に開演される運びとなった。人並みは片田舎にもかかわらず増え続けているという。
 怖さは、それでも…と癖(くせ)になるようである。^^

          
                  完

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2019年10月23日 (水)

それでもユーモア短編集 (10)未練(みれん)

 人目(ひとめ)もあり、表立っては強がってみたものの、それでも心の底では未練(みれん)タラタラ・・という場合がよくある。^^ 絆(ほだ)された女性と、いい関係だった者が、やむにやまれぬ事情で別れる破目になる恋愛関係の場合などは特に未練が残るものだ。スンナリと諦(あきら)められればいいが、忘れようとしても忘れられず、身を焦(こ)がす訳だ。この餅(もち)は余り焦がし過ぎると、美味(おい)しく食せないから考えものだ。^^
 とある商店街を二人の若い女性が連れ立って歩いている。まだ寒いとはいえ、陽気がいい春先の晴れた日でもあり、足取りはいたって軽やかだ。
「この前さぁ~。あそこのお店のショーウィンドウに出てたアノ服、よかったじゃないっ!」
「ああ、アレ? 確かに…。まだ出てるかしら? ちょっと寄ってみないっ!?」
「いいわねっ!」
 二人はお気に入りの服が出ていた店の方へと近づいていった。店に近づいた二人だったが、すでにお気に入りの服は片づけられ、ショーウィンドウには他の服が飾られていた。
「なんだぁ~! もう変わってるわっ!」
「そうね…。コレ、少しダサいっ?」
「ダサい、ダサいっ!!」
 二人はショーウィンドウを見ながら、ダサいっ! で盛り上がった。
「行きましょ!」
 食欲を満たす方向へと二人は気分をチェンジし、店先から消え去った。
「私、用事があるから…じゃあねっ!」「あら、私も。じゃあ!」
 食後、二人はレストランの前で別れたが、それでも、アノ服が気になっていた。そして、二人はお気に入りの服が出ていた店の中でバツ悪く再開した。
「あらっ! …」「まあ! …」
 二人がどう取り繕(つくろ)ったのか? 店の女店員に訊(たず)ねていないので、私には分らない。^^
 女性は未練を残し、それでも! と、美を追求するのである。^^

                           完

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2019年10月22日 (火)

それでもユーモア短編集 (9)確か…

 ふと、脳裏(のうり)に浮かび、食べたくなった湯野屋の豆腐を葛餅(くずもち)は買いに出よう…と思った。以前、買った豆腐が実に美味(おい)しく、それからしばらく買い続けてはいたが、転勤の都合で買えなくなり、遠ざかっていた・・という経緯(いきさつ)があった。いざ、元の古巣(ふるす)へ戻(もど)ってみると、不思議なことに一番先に浮かんだのが湯野屋の豆腐だった。葛餅は、居(い)ても立ってもいられなくなり、さっそく買いに出たのである。
「…妙だなぁ~」
 記憶を頼りに湯野屋近くへ来てみると、そこは別の店になっているではないか。葛餅は仕方なく、近くの民家で訊(たず)ねてみることにした。
「つかぬことをお訊(き)きしますが、確か…この辺(あた)りに湯野屋というお豆腐屋さんはございませんでしたでしょうか?」
「ああ、湯野屋さんですか。湯野屋さんなら北海道の函館へ引っ越されましたよっ!」
「ええ~~っ!!」
 葛餅が驚いてガックリ肩を落としたのも無理からぬ話だった。というのも、函館は葛餅が5年ばかり住んでいた転勤先だったのである。だが、古巣へ戻ってしまった葛餅としてはどうしようもない。それでも、葛餅は、あの豆腐をもう一度、食べたい! と思った。
「課長、もう一度、私を函館へ異動させてもらえないでしょうか?」
「なにを言っとるんだねっ、君はっ! 本社へ戻れたんだから御(おん)の字(じ)だろっ!」
 課長の茶葉(ちゃば)は顔を真っ赤にして怒った。
「はあ、それはそうなんですが…。豆腐が…」
「豆腐!? なんだ、それはっ!」
「豆腐が食べられないんで…」
「馬鹿か君はっ! 豆腐なんぞ、どこでも買えるじゃないかっ!」
 馬鹿!  阿呆(あほ)! 虚(うつ)け! 間抜け! と、茶葉の叱責(しっせき)は、しばらく続いた。
 その後、葛餅が湯野屋の豆腐を食べられたかどうかまで私は知らない。ただ一つ、それでも! と葛餅が食欲を満たそうとしたことは確か…なようだ。^^

                           完

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2019年10月21日 (月)

それでもユーモア短編集 (8)寒(かん)の戻(もど)り

 外気がいよいよ春の鼓動(こどう)を高め、暖(あたた)かさを増しているというのに、東風(こち)がそれでも…と観葉植物の鉢(はち)を外へ出さないのには理由があった。いつの年だったか…と、すでに記憶は薄(うす)れてはいたが、今の頃、家の中へ取り入れておいた観葉植物の鉢を寒(かん)の戻(もど)りでダメにした苦(にが)い経験があったからだ。幸(さいわ)い、全滅は免れたが、奇襲された真珠湾のような惨憺(さんたん)たる状況となり、多くの鉢を失ったのである。
「これはこれは東風さんっ! 今年は暖かですなぁ~!」
「いやいや、油断はなりませんぞっ! 梅花(うめはな)さんっ!」
 散歩の途中、知リ合いの老人に話しかけられた東風は、思わずそう返していた。
「…油断ですか?」
「ええ、油断ですっ! 油断はいけません、いけませんっ!」
「はあ。そらまあ、春風邪(はるかぜ)ということもありますからなぁ~」
「いや、そんな程度では済みませんぞっ! 死にますっ!」
「そんな大層(たいそう)なっ!」
「いやいや、これくらいの気分でないとっ!」
「死にますか?」
「ええ、死にます」
「…まあ、年寄りは抵抗力がなくなってますからなぁ~!」
「いやいやいや! そういう問題ではなくっ!」
「さよですか? こんなに暖かですが?」
「それでも、ですっ! それでもっ!」
 東風は、それでも! を強調した。
 その三日後、寒の戻りで遅霜(おそじも)が降りた。東風は、そら見たことか…としたり顔(がお)になった。
 この場合のそれでもは、正解だったことを意味する。ただ、したり顔をするほどのことではない。^^

         
                  完

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2019年10月20日 (日)

それでもユーモア短編集 (7)初老(しょろう)

 初老と聞けば、年相応の人なら年老いたようで余りいい気分はしないだろう。しかし、初老になったのだから否定しようもなく、それはそれで受け入れる他(ほか)ない事実なのである。この頃になると人は、ふとしたことを物忘れするようになる。どうしても思い出せないことを、それでも! と必死に思い出そうとする訳だが、これがどうしてどうして、なかなか思い出せない。挙句(あげく)の果(は)てには、他の用事が出来たりして思い出そうとしていたことすら忘れてしまう・・ということになる。^^
 とある市役所の庁舎内である。
「…で、先輩、訊(き)いてくれましたか?」
「えっ?」
「いやだな、アレですよっ!」
「アレ? アレというと、ナニかい?」
 先輩と呼ばれた初老職員は思い出せず、代名詞で暈(ぼか)した。
「そうです! ナニですよっ」
 後輩職員はナニはアレだと思ったから肯定(こうてい)した。代名詞で取りあえずは急場を凌(しの)いだ初老職員だったが、それでも思い出せなかった。こうなれば仕方がない。適当に話を合わせる他ないか…と瞬間、初老職員は思った。
「ナニはまだだな…」
「嫌(いや)だなぁ~。だったら私が訊(たず)ねますよっ! 一時間後には出なきゃならないんですからっ!」
 後輩職員は少し怒りっぽい顔で返した。
「訊ねるって?」
 それでも思い出せない初老職員は、搦(から)め手からアレを知ろうとした。
「もちろん管財課の公用車管理室に、ですよっ!」
 そのとき、ハッ! と先輩はアレを思い出した。アレとは、いつも外回り用に使用されている課の公用車が、忽然(こつぜん)と消えた一件だった。初老職員は管財課と聞き、思い出したのである。
 その後、公用車は市内に突発したハプニングで使用されたことが判明し、一件は、あっさりと解決した。
 忘れていたが、それでも何事もなかったんだからいいとするか…と、初老職員は初老でド忘れしていたことを正当化しようとした。
 この場合のそれでも…は、初老を否定したい初老職員の単なる見栄(みえ)である。^^

        
                  完

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2019年10月19日 (土)

それでもユーモア短編集 (6)迷宮入り

 皆さんも時折りお聞ききになったことと思うが、迷宮入りという言葉がある。この言葉が使用されるのは、もっぱら司法関係の事件の場合が多いのだが、そこに至るまでには、司法職員の迷宮入りにさせまいっ! とする必死な捜査努力が隠されているのである。迷宮入りを阻(はば)もうと、勤務日でもないのに、それでも! と捜査する関係諸氏には、ただただ頭が下がる思いがする。
「どうです!? 鹿さんっ?」
 後輩刑事の馬場(ばば)は定年間近い鹿山(しかやま)の顔を窺(うかが)うように見た。
「ダメだな…。もう10分で時効だっ!」
 鹿山は腕を見ながら残念そうに小声で言った。
「やはりダメですか? 残念ですね…。この一件は時効にはしたくなかったんですがねっ!」
「ははは…刑事歴1年のお前が言うなっ!」
「どうも、すいません」
 そして10分が恨(うら)めしいほど早く過ぎ去り、ゴリラ窃盗事件は時効を迎えた。
「しかし、ゴリラみたいなもの盗(ぬす)んで、どうしようってんですかね?」
「馬鹿野郎! それは俺が訊(き)きたいわっ!」
「飼うところや餌(えさ)もいるでしょうしねっ!
「だなっ!」
 捜査は終結したが、それでも鹿山は時折りプライべートの時間を使って捜査を続けた。というのも、鹿山はゴリラ好きだったからである。
 それでも! と続ける原動力の奥には、好みという要素が隠れているのである。^^

         
                  完

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2019年10月18日 (金)

それでもユーモア短編集 (5)帰らぬ人

 失踪(しっそう)した男を待ち侘(わ)びる、とある家族の話である。その失踪は転落したバスに乗車していた男だった。事故後、怪我人の救助や遺体収容が当然のように行われたが、どういう訳かその男だけは発見されず、まるで神隠しにでも遇(あ)ったかのように忽然(こつぜん)とこの世から姿を消したのである。家族とすれば遺体が収容されたのなら、それはそれで諦(あきら)めもつくのだが、何も発見されない状況では、諦めるに諦められない心境だった。
 一年が経(た)ち、家族は失踪届を家庭裁判所へ出すことにより失踪宣告を受けようとした。恐らくは助かっていないと思われた状況にもかかわらず、それでも生きている! と思いたい家族の心情である。
 それからまた、数年が経ち、家族も諦めかけた矢先だった。
「とうとう、見つかりませんでしたね、豚岡(ぶたおか)さん…」
「はい…残念です。ぅぅぅ…」
「えっ! 豚岡さんなら数日前、鶏冠(とさか)でお見かけしましたよっ!」
 何げなく声をかけたのは顔見知りの女だった。
「そ、それは本当ですかっ!!」
「嘘(うそ)を言ってどうするんですっ! 本当ですよ、ほんとっ!!」
 近所からその話を聞いた息子、娘、母親の家族三人は、その日から鶏冠町をくまなく訊(たず)ね回ることになった。
 そして数日が経ったが、やはり見つからず、家族はトボトボと鶏冠駅から自宅へ引き上げようとしていた。
「母さん、切符買ってくるよ…」
 息子の声に力なく項垂(うなだ)れながら、母親は首を縦に振った。そして、何げなく頭を上げたそのときだった。駅構内の売店へ品入れしている業者の男に、ふと目が留(と)まった。それは正(まさ)に探していた夫だった。
「あんたっ!!」
 母親は思わず駆け寄り、声をかけていた。
「… どちらさまで?」
「わ、私っ! 私ですよっ!」
「はあ? どこの私さまで?」
「いやだっ! 耳代(みみよ)ですよっ、お父さん!!」
 その後、豚岡が事故による記憶喪失でさ迷い、この鶏冠町で暮らしていたことが判明した。ただ、記憶が戻ったまでは定かではない。
 帰らぬ人を探し続けた家族の[それでも]は、執念が好結果を齎(もたら)した美味(おい)しい一例といえるだろう。豚の耳は食べたことがないが…。^^

       
                  完

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2019年10月17日 (木)

それでもユーモア短編集 (4)明日(あした)は明日の風が吹く

 明日(あした)は明日の風が吹く・・などと偉そうに嘯(うそぶ)いたものの、内心ではそれでも気になって、密かに考えを巡らせたり、影でコソコソと動く場合がある。こういう場合の[それでも]は、実に頼りない[それでも]だ。
「ははは…大丈夫だよ。てるてる坊主を吊(つ)るしたんだっ! 明日はきっと晴れるさっ! ははははは…」
 家族で楽しみにしてたキャンプ旅行へ出かける前の日の夜、父親は小学2年の息子と1年の娘に落ちついた声でそう言った。
「おやすみ…」「おやすみなさい…」
 少し安心したのか、二人の子供は寝室へと去った。父親としては、親としてそれなりの格好をつけたつもりだった。それでも内心では、子供以上に明日の天候が気になっていた。無理を言い、やっと取れた会社の休日だったこともあり、父親としては降ってもらう訳にはいかなかったのである。
 てるてる坊主を吊るした願いが通じたのか、次の日は快晴だった。しかし気になった父親は夜中に何度も起き、挙句(あげく)の果てに風邪を引き、熱を出した。そうなると、キャンプ旅行相場の話ではなくなる。それでも、子供が楽しみにしていたキャンプでもあり、父親としてはここで威厳をなくす訳にはいかない。父親は仕方なく居候(いそうろう)の弟にピンチヒッターを頼んだ。
「ああ、いいよっ!」
 居候の弟としては御(おん)の字である。留守番か…と思っていた矢先の朗報だったからで、願ったり叶(かな)ったりとは、まさにコレだ…と内心では思えた。そんな弟に比べ、出かけるはずだった父親は散々で、熱に魘(うな)され留守番をする破目になった。
 このように、[それでも]は、念を押せば押すほど裏目に出ることがあり、注意が肝要だ。明日は明日の風が吹く…と、心から思えば、それでいい訳である。^^

         
                  完

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2019年10月16日 (水)

それでもユーモア短編集 (3)便意(べんい)

 汚い話しながら、便意(べんい)を我慢するのは健康によくない。^^ それでも! と我慢すれば、漏らしてしまうことになり偉い失態に至る。大(だい)の大人が…などと思われたり囁(ささや)かれたりするのだから、この場合はそれでも! と我慢せず、素直にそれでは! と、トイレへ駆け込むのが懸命だろう。
 とある会社のオフィスである。
「君、余り顔色がよくないぞ。大丈夫かっ?」
「ああ、さっきからどうも腹の具合が…」
「そうか…。続きは俺がやっておくからトイレへ行け」
「いや、それが行きたい訳でもないんだ…」
「ふ~ん。中途半端ってやつだ、ははは…」
「わ、笑うなっ! 笑えば行きたくなるっ!!」
「ははは…行け行けっ! ははははは…!!」
「人ごとだと思って…」
 それでも! と我慢していた社員は、とうとうその20分後、漏(も)らしてしまった。漏らした社員は目立たないように静かに立つと、何処(いずこ)かへ消えた。その後、漏らした社員がどのように処理したか? まで私は知らない。^^
 こんな場合は、それでも! と我慢をせず、素直に生理的欲求に従うのが正解となる。^^

         
                  完

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2019年10月15日 (火)

それでもユーモア短編集 (2)出世

 本格的な春間近な二月下旬、とある役所では、人事異動の内示を前に職員達が息巻(いきま)いていた。それは何も鼻から息を忙(せわ)しく吐(は)く・・といった性質のものではなく、内心の疑心暗鬼(ぎしんあんき)とも言える息巻きである。分かりやすく言えば、いつもとは違う意識的なご機嫌取りや自分をよく見せるとかの目立った動きである。
「…ええっ! 君が、それを?」
「ははは…なにも驚かれることはないでしょう、課長! こう見えて私も係長なんですからっ!」
 管理職である課長補佐の声がチラホラと庁内で囁(ささや)かれる生活環境課の柴漬(しばづけ)は、出世を意識した仕事をポリポリといい味にやってのけたのである。
「そりゃまあ、そうだが…」
 課長の福神(ふくじん)は福々(ふくぶく)しい顔で呟(つぶや)いた。臆病な柴漬がやってのけたのは、住民から依頼されたスズメ蜂の巣取りだった。福神とすれば、まさかっ! という気分である。
「君が陣頭指揮(じんとうしき)したのかい?」
「ええ! もちろんですよっ!」
「スズメ蜂の巣をっ?」
「ええ、スズメ蜂の巣を…」
「君がっ?」
「ええ、私が…」
 信用されない柴漬とすれば、食べられて美味(おい)しくないっ! とでも言われた気分である。
「そうか…。まあ、怪我(けが)しなくてよかったじゃないか」
「はい…」
 福神に慰められ、柴漬は褒(ほ)めてもらえないのか…と内心でテンションを下げた。
「まあ一応、部長には言っておくよ。ごくろうさん!」
「はいっ!」
 福神のそのひと言(こと)を聞き、柴漬は恐怖に負けず、それでもやり遂げた自分を褒めたい気分でテンションをふたたび高めた。
 その後しばらくして春の人事異動が行われ、目出度く柴漬は課長補佐へと昇格した。出世したのである。ただ理由は、蜂の巣取りではなく、日々の勤務姿勢だった。
 出世は、それでも! といった意気込みとは関係なく出来るということだろうか。^^

        
                  完

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2019年10月14日 (月)

それでもユーモア短編集 (1)それでも

 生きていれば、ガックリ! と肩を落とすことに出くわすことがよくある。こういうときには、それでも! と、不屈の精神でギブ・アップしないことこそが肝要だ。それが人が人生を歩む上で大事な目指すべき道なのでは? と偉そうに思う次第だ。^^ 馬鹿だなっ! のんびり楽しむ方がいいに決まってらっ! と思う方もおられようが、それも人生だと思うから、取り分けてブツクサ言うつもりは毛頭ない禿(はげ)頭ということだ。^^ 
 これから綴(つづ)るのは、日常で起こるそんなお話の数々である。
 破れた布(ぬの)を縫(ぬ)い合わそうと、しなくてもいいのに裁縫(さいほう)を始めたとある男が針に糸を通そうとして難儀(なんぎ)している。かれこれ、もう小一時間が過ぎようとしているのだから不器用(ぶきよう)という他(ほか)はない。それでも男は何かに取り憑(つ)かれたように必死に続けている。
「あなたっ! どうしたのよっ! さっきから呼んでるのに、返事はア~ウ~だけじゃないっ! 冷(さ)めてしまうわよっ!」
 痺(しび)れを切らせた男の妻が夕飯の催促(さいそく)に現れた。男は糸を通すのをやめ、妻の顔を見ながら、ふと言った。
「そういや、そんな総理大臣、前にいなかったかっ?」
「… そういやいたわね、ナントカ首相! かなり前よっ!」
「ああ、昭和の終わりの頃だったな、確か…」
「ええ。… そんなことより、早くしてよっ! どうしたのよ、いったい?」
「コレさ。針が通らないんだっ!」
「針じゃないでしょ! 糸!」
「ああ…」
「ちょっと、貸(か)してみなさいよっ!」
 妻は半(なか)ば、ふんだくるように、男から針と糸を取り上げ、一回で通してしまった。
「お、お前、器用だなっ!」
 男は驚き、感心したように言った。
「あなたが不器用なのよっ!」
「…」
 男は返せず、沈黙した。
 男がその後、食事をしたのか、あるいはそれでも! と、裁縫を続けたかまでは定かでない。これが、それでも話の始まりの一話である。^^

       
                  完

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2019年10月13日 (日)

分析ユーモア短編集 <100> 分析

 分析は多岐(たき)の分野で活用される手法の一つである。では、その分析を分析してみよう。^^ 分析を分析するんかいっ! つまらん分析ぐせがついたもんだっ! と、お怒りの方もおられると思うが、この短編集の最後として、やはり分析の分析は、しておかない訳にはいかないだろう。^^ いやいやいや、そんなことはないっ! とお考えのお方は、美味(おい)しい鰤(ぶり)しゃぶでも味わっていて下さればそれでいい。^^
 とある駅から少し離れた路地(ろじ)の片隅(かたすみ)で、占(うらな)い師が椅子と机を置き、占いをしている。八卦(はっけ)と縦長(たてなが)に書かれた燭台(しょくだい)の墨字が蝋燭(ろうそく)の灯(あか)りに不気味(ぶきみ)に揺れ、漆黒(しっこく)の闇(やみ)に浮かび上がる。街灯がなく細い裏通りだけに、余計に不気味だ。しかも、人通りはほとんどない。その通りを一人の通勤帰りの男が、ホロ酔い状態で占い師の方へ近づいてきた。
「これ! そこのお方っ!! どうです? 見料(けんりょう)は半額しておきますから、ひとつ分析をしてみませんかなっ?」
 声をかけられた男は占い師の前で、はたと止まった。
「…分析?」
「そう、分析でござる」
「…占いでしょ?」
「はいっ! 占いは分析の一つですからな。ははは…」
「面白いお方だ。気分もいいことだし、その分析とやらを、していただきましょう!」
 男はホロ酔いの勢いも手伝ってか、占い師の前に置かれた椅子へドッカと腰を下ろした。よく見れば[見料 二千円]の墨字が小さく縦木(たてぎ)に書かれ、置かれている。
「人事が近いんですが、私、どうでしょう?」
「どれどれ…」
 占い師は筮竹(ぜいちく)を数回、呪文(じゅもん)のようなものを呟(つぶや)き、起用に振り翳(かざ)すと、より分けた。
「おおっ!」
「どうですっ!」
 男は占い師へ、にじり寄った。
「う~~~むっ! あなたはヒラがお似合い・・と、出ておりますなっ!」
「…ヒラ?」
「そう、ヒラ」
「ヒラとは?」
「ヒラはヒラです、ヒラ社員。出世されん方が無難(ぶなん)ということですかな、ははは…」
 何が、ははは…だっ! と、男は怒れたが、グッ! と我慢して思うに留(とど)めた。
「付け加えますと、下手(へた)にご出世をなされると、偉(えら)いことになる・・と出ております。ははは…飽(あ)くまでも、分析ですがな…」
「なるほど…。いや、どうも!」
 男は半額の見料を置くと、椅子から立ち上がって去った。
「分析どおり、この時間帯は一人は通るな…」
 占い師がニタリとした顔で最後に呟いた言葉である。男はその後、昇進が見送られた結果、管理の連座責任を免(はぬが)れ、失職することなく平穏(へいおん)に暮らした・・ということである。
 分析を分析すれば、やはり当たる・・ということになる。^^

          
                  完

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2019年10月12日 (土)

分析ユーモア短編集 <99> クライマックス

 いよいよ、この短編集もあと一話を残すのみとなった。この辺(あた)りになると、ドラマや映画なんかではクライマックス、すなわち最高潮(さいこうちょう)を迎(むか)える訳だが、短編だけに、なんとも盛り上がりに欠けた点は、美味(おい)しいパスタでも食していただいて、ご容赦(ようしゃ)をいただきたい。^^ 一つ、パスタの茹(ゆ)で加減は、少し芯(しん)が残るアルデンテよりも芯が分からない程度の微妙な柔らかさがいいように思う。[好みの味覚には個人差があります。^^]
 さて、クライマックスという言葉を残った美味しいパスタを啜(すす)りながら少し分析してみたいと思う。^^
 A会社の応接室である。朝から重要な契約先であるB会社のトップ二人を招(まね)き、契約事項の最終チェックが行われようとしていた。締結(ていけつ)に向けたクライマックスである。
「いやぁ~、ソコはソレで御社(おんしゃ)に譲(ゆず)っていただかないと…」
「そう申(もう)されましてもなぁ~。それでは我が社がC社に対して悪役になります」
「悪役、大(おお)いに結構! バッサリと斬られてください、ははは…」
 A会社のトップは、なにがバッサリだっ! と一瞬、怒れたが、グッ! と我慢して思うに留(とど)めた。ここが成否(せいひ)のクライマックスだな…と思えたからである。
「バッサリでは儲(もう)けが出ないようですからなぁ~、ははは…。どうだね、君?」
 A社の重役は危うく身を躱(かわ)し、担当部長に振(ふ)った。
「はあ、左様(さよう)で…。まあコレくらいでしたら…」
「コレだそうです」
「コレですか…。どうだね君?」
 斬り返されたB社の重役は担当部長に振った。
「はあ…まあ、コレなら何とか…」
「と、いうことだそうです」
「有難うございます。ではコレで…」
 A会社の重役とB会社の重役は笑顔で固く握手した。
 分の結果、クライマックスはソコ、ソレ、コレで盛り上がり、めでたし・・となるようだ。^^

       
                  完

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2019年10月11日 (金)

分析ユーモア短編集 <98> 九合五尺(きゅうごうごしゃく)

 もう少しで頂上…という山道が九合五尺(きゅうごうごしゃく)の位置である。胸突(むなつ)き八丁(はっちょう)の辛(つら)いところで、山登りがお好きな方なら、よくご存知だろう。この九合五尺という言葉は現在、慣例的にのみ使われる言葉で、正式には通用しない過去の尺貫法の名残(なごり)である。とはいえ、現在でも山小屋名で現存しているし、業界の方ならよくご存知と思うが、『アレは尺が長いよっ!』などと、お馴染(なじみ)のことと思う。^^
 さて、この九合五尺という古い言い回しを分析してみよう。九合五尺は九合五尺だっ! と空腹に苛(さいな)まれてお怒りの方もおられると思うが、ここは胸突き八丁! ハングリー精神でお菓子でもパクついて我慢していただきたい。^^
 とある映画の撮影現場である。
「はいはいはいっ! …カット!! ダメだねぇ~君はっ!! ここが胸突き八丁! だろっ!!?」
「はい…すみません。つい癖(くせ)で…」
 若手俳優が頭を掻(か)く。
「んっ、もぉ~~! 癖はソッチへ置いといて登ってくんないとっ!! 頂上は、すぐソコなんだからっ!」
「…はい、九合五尺ですねっ」
「そうそう、九合五尺っ! クライマックスだぜっ! 頼むよっ!!」
「はいっ! 登りますっ!!」
「頼んだよっ! 頂上でご来光っ!! はい、行こうっ!! テ~~ク5!!」
 監督の大声が撮影現場に轟(とどろ)いた。その五分後、若手俳優は頂上へと辿(たど)り着いた。
「OK~~っ!!」
 ふたたび監督が叫ぶ。監督も、ようやく頂上へ辿り着いたのである。
 分析の結果、九合五尺は成否を決定づける分かれ道だと分かる。^^

        
                  完

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2019年10月10日 (木)

分析ユーモア短編集 <97> 予防

 予防とは字義(じぎ)のとおり、予(あらかじ)め防(ふせ)ぐ意だが、この予防という言葉を分析してみることにしよう。寒い中、ご苦労さん! と言われる方もあると思うが、そんな方はラーメンでも啜(すす)っていただいていれば、それで結構である。^^
 寒い季節に手洗い、うがいの予防は欠かせない。怠(おこた)れば熱に魘(うな)され、寝込むことになる。^^ 暑い季節だと熱中症予防となるが、気候ばかりでなく様々な分野で予防は必要視される。世知辛(せちがら)い今の世ならこその話である。会社の予防は経営危機に対してだし、車のスリップ事故予防だと、スノータイヤへの交換(こうかん)となる。
 とある道の駅のバス待合所である。待つ人を目当てに出来たラーメンの屋台で、ホロ酔い状態の一人の老人がラーメンを啜(すす)っている。やがて老人は、いい心地でウツラウツラ…と転寝(うたたね)をし始めた。そのときである。屋台の軒(のき)に出来た氷柱(つらら)が融(と)け、その冷水がポタリッ! と老人の首筋(くびすじ)へ滴(したた)り落ちた。
「冷(ひゃ)っこっ!!」
 老人は、ひと言(こと)そう発し、屋台の椅子から立ち上がった。
「お客さんっ! 早くしねぇ~とバスが出ちまいますよっ!」
「あっ! そうだそうだっ!」
 老人はバスを待っていたことを、ようやく思い出した。
 分析の結果、予防には予防を手助(てだす)けする新(あら)たな刺激が必要となる。^^

         
                  完

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2019年10月 9日 (水)

分析ユーモア短編集 <96> 理想と現実

 人は、こうあって欲しい…という理想を抱(いだ)く。だが、世の中はそう甘くなくホロ苦(‎にが)いもので、理想とかけ離れた姿を現実は見せる。そのギャップを分析することで、両者を繋(つな)ぎ合わせる手立(てだ)てはないものか? と首を捻(ひね)るのも一興(いっきょう)だ。物好(ものず)きな人もいるもんだ…と思われる方は、熱々(あつあつ)のオデンで一杯やりながら、テレビでも観(み)ていて下さればそれでいい。^^
 夕暮れどきのとある駅近い、オデンの屋台である。通勤帰りのサラリーマンが二人、寒そうに暖簾(のれん)を上げ、腰を下ろした。
「親父(おやじ)さん! とりあえず熱いのを一杯とハンペン、コンニャク!」
「へいっ!」
「俺も熱いのとガンモ、ゴボ天!」
「へいっ!」
「いやぁ~! こう寒くっちゃ参っちゃいますよっ!」
「? 今日はまだ、暖(あった)かでしたよっ!?」
「ははは…親父さん。そうじゃなくって、世の中の景気ですよっ、景気!」
「? 景気…ダメですかっ?」
「こいつが言うとおり、ケーキというよりかパンくらいですね。ははは…理想と現実ってのはっ!」
「ははは…昨日の中継では、よさそうな話してましたよ」
「へぇ~、親父さんも難(むつか)しいの観るんだねぇ~」
「いやぁ~、ラジオのチョイ聞きですよっ!」
「そういうところもある・・ってだけの話でしょ!」
「ははは…そうそう!」
「へいっ、お待ちっ!」
 コップに熱燗(あつかん)が注がれ、湯気(ゆげ)が立つ皿が置かれる。
「現実も湯気が立ってもらいたいものだなっ!」
「ははは…そうそう」
 分析の結果、理想と現実は温度差に例(たと)えられる。^^

       
                  完

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2019年10月 8日 (火)

分析ユーモア短編集 <95> 完全(かんぜん)

 この世の中は曖昧(あいまい)な出来事、状態や状況が罷(まか)り通ることが多い。完全(かんぜん)だと具合が悪い場合だ。『えぇ~~っ、前向きに取り組み、対処いたしたいと存じます…』などとご答弁の政治家諸氏が語られる常套句(じょうとうく)もその一つだ。『前向きに取り組むのは当たり前だろうがっ! どう取り組むんだっ!』と質問された議員諸氏が怒られる訳だが、はっきりと完全に答えれば、揚(あ)げ足を取られるからである。^^ このように、完全は危うく、曖昧をもってよし! とする場合が多いのだ。そこで、この完全という言葉を分析してみたい。どうでもいい…とお思いのお方は、熱いお茶で寿司などを摘(つま)みながら寛(くつろ)いでいてもらいたい。^^
 とあるうどん専門店である。かけ[す]うどんから各種のうどんに至るまで、多くの品書きが店の側面に張られ、店内には二人の客しかいない。その二人の客が、ああでもないこうでもない…と、うどんを啜(すす)りながら語り合っている。
「いやいや、この味はいつもの完全な味じゃないぜっ!」
「いや、これがこの店の味さっ!」
「そおかぁ~? 俺は少し味薄だと思うんだが…」
「いや、完全にこの店の味だっ!」
 そこへ、店奥から年老いた店主が熱いお茶を淹れに現れた。
「ははは…うちの息子が煉(ね)ったもんで…」
「道理(どうり)でっ! だろっ!?」
「そうですか…息子さんが」
「出汁(だし)は、私ですがねっ!」
 二人は思わず口を噤(つぐ)んだ。
 分析すれば、完全という内容も、やはり曖昧なのである。^^

       
                  完

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2019年10月 7日 (月)

分析ユーモア短編集 <94> 手前味噌(てまえみそ)

 最近の世の中の風潮(ふうちょう)を窺(うかが)えば、半世紀ほど前に比べ、手前味噌(てまえみそ)な人が増えたように思える。手前味噌とは自分に都合のいい考えで物事を考える人のことである。自己中心的・・今風(いまふう)に言うなら、ジコチューな人ということになるだろう。^^ この手前味噌を分析すれば、お味噌汁が美味(おい)しくいただける・・ということはなく、現代のいろいろな問題点がポイ捨てゴミのようにアチコチに浮かんでくるから不思議といえば不思議だ。^^
 有名な論客、数人が熱心に議論を交(か)わしている。テレビ中継されていることもあり、どことなくどの論客も着飾(きかざ)った物言いで話している。
「いや! それは違うんじゃないですか、得居(えい)さんっ!」
「いやいやいやいや、私が正しいっ! いくら町が近代的になったからといって媚井(びい)さん、それで町が良くなった・・とは言えんでしょ!」
「それは、あんたの手前味噌な考えだっ! 近代的になることが、町発展の第一歩でしょうがっ!!」
「あんたとはなんですっ! 失敬なっ! 手前味噌は、あんたでしょうがっ!!」
「あんただって、あんたって言ってるじゃないかっ、この手前味噌!!」
 そこへ割(わ)って入ったのが司会者である。
「いや、お二人方とも手前味噌だと思いますよ。ねえ、皆さん!」
 司会者に見回され、他の論客達は全員が一斉(いっせい)に首を縦に振った。
 分析の結果、手前味噌は手前味噌な人には気づかない・・ということだ。^^

          
                  完

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2019年10月 6日 (日)

分析ユーモア短編集 <93> 影(かげ)

 光が射(さ)せば、必ず物には影(かげ)が出来る。お月さまの影踏(かげふ)みなんかだと、たいそう風情(ふぜい)がある。そこへいくと、「フフフ…そちも、なかなかの悪(わる)よのう」「いいえ、お殿様ほどでは…」「こやつ、言いよるわっ! フフフフッ…」などという会話が交(か)わされる時代劇なんかの影ともなれば、これは捨て置けない。^^ その逆で、鼠小僧(ねずみこぞう)の参上なんかだと、長屋に小判が投げ込まれ、「ぅぅぅ…お、お鼠さま、有難うごぜぇやすっ! ぅぅぅ…」と貧(まず)しい長屋の衆が咽(むせ)び泣く・・といった具合で、同じ影でも偉(えら)い違いを見せる。善悪関係なく、情報を探る忍びの者という影だってある。^^ 現代だとスパイによるミッション・インポッシブルといったところか。^^
 ではここで、影の実体を分析してみることにしよう。
 とある写真館である。記念写真を撮(と)ろうと、年老いた夫婦がカメラの前に立っている。
「はいっ! では撮りますっ! よろしいでしょうかっ!?」
「あっ! ちょっと待ってくださいっ! あの…私、被(かぶ)ってるんですが…。取った方がよろしいでしょうか?」
 老人は自分の頭を指さした。
「? …何をっ?」
 訝(いぶか)しげに訊(たず)ねる店主に、老人は禿(は)げ隠(かく)し用の鬘(かつら)をスッポリと脱いだ。すると、ものの見事に禿げ上がって光輝く初日の出・・ではなく、禿頭(はげあたま)が現れた。
「あっ、そうでしたかっ! いや、どちらでも結構ですよっ!」
「そうですか? では、私、光頭(こうとう)会の会長も務めておりますので、取って・・ということで…」
「ああ、どうぞっ!」
 写真館の店主は、どっちでもいいだろうがっ! と少し怒(おこ)れたが、口には出さず、思うに留(とど)めた。そして、いざ撮ろうとカメラを覗(のぞ)き込んだが、ハレーションのため上手(うま)く撮れない。急遽(きゅうきょ)、店主は自分の妻を呼び寄せ、影役として輝きを均等(きんとう)に和(やわ)らげるレフ板を持たせる破目となった。その後、影役の妻のお蔭で、撮影はなんとか無事に終わったが、店主は『被ったままお願しますっ!』と言えばよかった…と、後悔(こうかい)した。
 影を分析すれば、何かと結果に±[プラスマイナス]の影響を与えることが分かる。^^

        
                  完

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2019年10月 5日 (土)

分析ユーモア短編集 <92> 想定外

 時折り使われる言い回しに想定外という言葉がある。考えてはいたが、その通りならない状況になった場合によく使われる。予想外とも言われるが、少し学(がく)があるところを見せよう…という着飾(きかざ)った言い方だ。^^ この想定外という言葉を分析してみれば、以外にも想定外は想定の範囲だったことが分かってくる。具体例を示してみよう。
 ここは、とある工場である。朝から明日、納品させる製品の梱包(こんぽう)作業が続いていた。
「場長(じょうちょう)、出荷分(しゅっかぶん)が、どうしても明日(あす)までに間に合いませんっ!」
 現場の責任者である部門長(ぶもんちょう)が場長に泣きを入れた。
「想定外だな…。で、どれくらい足らないんだ?」
「え~~、おおよそナニくらいです」
「ナニくらいというと、アレくらいかね?」
「はいっ! そのアレくらいですっ!」
「ははは…アレくらいならOKだよ、想定内だっ!」
「想定外だっておっしゃいませんでしたか?」
「いやなに、そんなこともあろうかと、アレくらいは見越して多めに言っといたからOKさ、ははは…」
「あっ! そうでしたかっ! なんだ、ははは…」
 話は何事もなかったように終息した。
 分析の結果、想定の範囲を大きく、広くしておけば、以外にも想定外にぱならないのである。^^

        
                  完

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2019年10月 4日 (金)

分析ユーモア短編集 <91> 仕事を追(お)う

 人は日々、労働をし、その結果、生計を可能として安息の時を得(え)る。何もしないで生計を可能に出来る訳はなく、頭や身体を使って人は仕事をする。楽に楽しく仕事が出来れば、それに越したことはないが、世の中、そうは問屋(とんや)が卸(おろ)さず、品薄(しなうす)となる。^^ いや、楽な仕事などない。生計を得(う)るには苦(く)が付(つ)いて回る訳だ。人は、その苦を自分の能力である知恵や技術、技能を使って出来るだけ少なく、あるいは小さくしようとする。日々、それは続くが、休めば生計を維持(いじ)できず、世の中に押し潰(つぶ)されることになる。押し潰されないためには、仕事を追(お)う以外、他(ほか)に方法はない。この仕事を追(お)うという行為を分析すれば、そこには意外な人の一面が見えてきて面白い。
 平凡なサラリーマンの一場面である。明日(あす)開催されるプレゼンテーションの資料は準備してあるから、まあ日曜くらいはゆったり休もう…と琴平(ことひら)がそう思った途端(とたん)、俄(にわ)かに晴れていた空模様が怪(あや)しくなり出した。そのとき、ふと琴平の脳裏(のうり)を過(よ)ぎったのは、遠い過去、仕事を追(お)え! と上司に言われたことである。
「お父さん! お食事、出来ましたよっ!!」
「ああ、今、行くっ!」
 そのとき、書斎に妻の声が届き、琴平は思わず返したが、思い出した上司の言葉が、どうも頭を離れない。その後、食事を終え、何げなく空を見上げると、益々(ますます)、空模様は機嫌(きげん)を損(そこ)ねていた。そしてふたたび、琴平の脳裏を上司の声が掠(かす)めた。
『念のため、もう一度、仕事を追うか…』
 そう思った琴平は、もう一度、資料の確認作業を始めた。すると、思いもよらない間違いの箇所(かしょ)が見つかった。修正を終えた琴平は、『やれやれ…危なかった!』と、安息(あんそく)の吐息(といき)を漏(も)らした。
「琴平さんっ! なかなか素晴らしいですなっ!! 是非(ぜひ)、それで我が社をお願いいたしますっ!!」
 取引先の重役は、手放しで琴平のプランを褒(ほ)め称(たた)え、賛同(さんどう)した。時折りポカミスをする琴平としては面目躍如(めんもくやくじょ)といったところである。この一件が功を奏し、後日、琴平はめでたく金比羅(こんびら)詣(もう)でをした・・ということではなく、^^ 会社トップへ躍(おど)り出た。
 分析の結果、仕事を追うと成功するのは確かなようだ。ただし、結果を求めてはならない! が、条件となる。^^

        
                  完

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2019年10月 3日 (木)

分析ユーモア短編集 <90> 晴れのち曇りのち晴れ

 世の中の事象は、変化しやすく予断を許さない。50年以上前と比較すれば、最近の変化は非常に激しい傾向にある。文明が進んだことが主因(しゅいん)だが、人がその変化についていけなくなるにつれ、その傾向はより強まっている。いつ変化をするか予断を許さない・・という油断できない傾向の強まりである。この変化を気候に例(たと)えるなら、晴れのち曇りのち晴れ・・となるだろう。当然その逆もあり、曇りのち晴れのち曇り・・の場合もある。また、晴れのち曇りのち晴れ・・とかなんとか思わせておいて、急な豪雨(ごうう)や大雪(おおゆき)になる場合だってある。^^ 今回は晴れのち曇りのち晴れ・・という分かりやすい例(れい)で、この変化を分析してみたいと思う。
 証券取引所での一場面である。とある会社が一部上場(じょうじょう)した株がその日の朝、会社始まって以来の高値(たかね)をつけ、強含(つよぶく)みに推移(すいい)した。
 社内は、その知らせを聞き、沸(わ)きに沸いていた。
「ははは…快晴、快晴っ!!」
 課長が大声で課員達を見ながら叫(さけ)んだ。だが、沸かない男が必ず一人はいるものである。
「そうですかねぇ~~?」
「妙なことを言うヤツだな、君はっ! 素直に喜んだらどうだっ!」
「いや! 嬉(うれ)しいんですよ、嬉しいんです、ははは…。嬉しいんですが、雲が出てきましたから…」
 テンションが上がらない社員は窓に映る空を指さしながら言った。
「なんだ、天気か…」
 課長は一瞬、怒りを静めた。だが次の瞬間、もう一度、窓をマジマジと眺(なが)め、また怒り出した。
「なんだっ! 雲なんか一つも出とらんじゃないかっ!!」
「はい、確かに…。でも、そのうち出てくると思います…」
「馬鹿なっ! 君は先が見えるのかっ!」
「はあ、まあ多少…」
  テンションの上がらない社員がそう言った次の瞬間である。新しい株価の一報が社内に齎(もたら)された。
「か、課長っ!! えらいことですっ!! うちの株が大暴落ですっ!」
「なっ! なにぃ~~~っ!!」
 課長の声に連動するかのように、天候が急に雨(あま)寄り始めたのである。
「こりゃ、降るかな? …でも、大丈夫か…」
「だ、大丈夫なんだねっ! えっ、君!?」
「はい、…そう思います」
 テンションの上がらない男は、少しテンションを高めて返答した。次の瞬間、空の雲は遠退(とおの)き、ふたたび陽が射し始めた。
 分析の結果、晴れのち曇りのち晴れと世の中は変化しやすいから、一喜一憂(いっきいちゆう)することなく生きるのが最良の策(さく)・・という結論が導(みちび)き出せる。^^

                        完

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2019年10月 2日 (水)

分析ユーモア短編集 <89> 言葉

 良い悪いは別として、一度(ひとたび)、言葉を発すれば、一人でいる場合を除(のぞ)き、なんらかの影響を周囲の人々に与える。なかでも、自分の気持を人へ伝える場合、間接的な電話や手紙、メールなどとは違い、直接的な言葉はかなり有効な手段となり得る。世界各地には、いろいろと異なる言語があるが、そもそも、言葉とは? この言葉そのものをのんびりと分析してみたい。
そんなものを分析する時間があったら、大相撲でも見るわっ! …と思われる方もお有りだろうから、そうしていただいても、いっこうに構わない。^^
 とある老人会の会場である。二人のご老人が洗面所で入れ歯を外(はず)し、洗いながら入れ歯語で話している。入れ歯語は世界の共通語として使われてはいないが、入れ歯を外したとき、特定の老人にだけ分かる言葉なのである。
「マファカッ!! フガガ、フガフガッ!? フガフガフガガッ!」
「ファイッ!! フォノ、マファカデッ!! フガガ、フガフガフガ、フガガフガッ!」
「フガガッ!」
「ファイッ! フガガッ!!」
 二人は意気巻きながら握手し、仕出し弁当を食べ始めた。さて、これらの言葉を通訳すれば、こうなる。
「まさかっ! あそこが、ですかっ!? それは困りますなっ!」
「はい! その、まさかでっ! こうなれば、我々有志一同、断固阻止でっ!」
「断固阻止でっ!」
「はいっ! 断固阻止でっ!!」
 となる。
 分析の結果、言葉は通訳がいらないのが一番、分かりよい。^^

         
                  完

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2019年10月 1日 (火)

分析ユーモア短編集 <88> 棒を折る

 棒を折る・・とは、なにも木の棒をベシッ! と折る意味だけで使用されている訳ではない。^^ もっぱら使われるのは、途中で物事を諦(あきら)めたり止(や)めたりする場合が多いのだ。ただ、学校を中退したりする場合は、本人の都合や諸事情もあるから、棒を折る・・と一概(いちがい)には言えないだろう。この言葉を分析すれば、個人差がかなりある事実が見えてくる。短気な人は棒をすぐ折る傾向にあり、逆に気長な人だと棒はいつまでもそのまま存在することになる。ある意味で、気長な人は始末する倹約家(けんやくか)とも言える。三猿(さんざる)・・見ざる、言わざる、聞かざるの一つ、聞かざるだ。お猿さんのお尻が何故(なぜ)、赤いのか? までは知らない。^^
 とある魚河岸(うおがし)である。朝から威勢のいい掛け声で競(せ)りが行われている。競り師が浪曲師のような低音のいい声で器用に競り落とす様(さま)は、まさにプロと言わざるを得ない。
「鰻(うなぎ)がさっぱりだなぁ~」
「シラスが例年の一割っていうから、高値も仕方ねぇ~だろっ!」
「人工孵化(じんこうふか)は出来ねぇ~のかねぇ!」
「研究してんだろうが、棒を折って、鯰(なまず)で代用だろ!? やってらんねぇ~やっ、こちとらっ!」
「だなっ!」
 二人の業者は話しながら魚河岸(うおがし)から消えた。
 分析の結果、水産技術などを含む技術立国の我が国としては、棒を折ることなく達成していただきたいものだ。^^

         
                  完

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