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2020年4月

2020年4月30日 (木)

助かるユーモア短編集 (100)都合(つごう)

 物事をしようとするとき、人は都合(つごう)がいいとか悪いとか言って、直接の事情を暈(ぼか)せるから助かる。言われる側からすれば、なぜ都合がいいのか悪いのか? が分からない訳だ。そこが、言う側の味噌である。^^
 とある町役場の職員、玉袋(たまぶくろ)は、惚(ほ)の字の女子職員、子袋(こぶくろ)にコンサートチケットを手渡そうと機会を窺(うかが)っていたが、ついにそのときがやってきた。
「あのぉ~~子袋さん…」
「はい! 何か?」
「実は、カクカクシカジカなんです…」
「それで私に?」
「はい! よかったら、ご一緒にいかがでしょう?」
「ああ、この日…。この日はちょっと都合が…」
 言われた子袋は、内心、ドキッ! としながら、顔では冷静を装(よそお)い、玉袋に返した。実は、同じコンサートチケットを別の男子職員、雁首(かりくび)からすでに貰(もら)っていたからである。そうとは知らない玉袋は、少しテンションを下げた。振られた…と瞬間、思えたからだ。
「ごめんなさいっ!」
「いや、いいんです…」
 片(かた)や、コンサートチケットを子袋に手渡した雁首だったが、その雁首に惚の字の女性職員、舐川(なめかわ)が声をかけた。
「あのぉ~~雁首さん…」
「はい! 何でしょ?」
「実は、シカジカカクカクなんです…」
「それで私に?」
「はい! よかったら、ご一緒にいかがでしょう?」
「すみません! 生憎(あいにく)、この日は都合が…」
 言われた雁首は、内心、ドキッ! としながら、顔では冷静を装い、舐川に返した。同じコンサートチケットを子袋に手渡していたからである。そうとは知らない舐川は、少しテンションを下げた。振られた…と瞬間、思えたからだ。
「ごめんなさいっ!」
「いや、いいんです…」
 偶然とは重なるものである。テンションを落とした舐川と、同じくテンションを落とした玉袋がバッタリと出会い、これまたどういう訳か意気投合した。そうなれば当然、コンサートへ一緒に行くことになる。
 そして、コンサートの当日が巡ってきた。その会場で、こともあろうに、雁首に同伴された子袋は、舐川を同伴した玉袋と出会ってしまったのである。
 ここで問題です。みなさんは、この二つのカップルのその後がどうなったとお考えでしょう!? ^^
 正解を言えば都合が悪いので、四人が助かるよう、伏せることに致しました。正解は次の三つの中にあります。さて、どれでしょう? ^^

[1]そ知らぬ顔で、来たカップルのままコンサートを観た。
[2]苦笑しながらカップルを変り、コンサートを観た。
[3]気まずくなり、双方、コンサートを観ないまま、会場を後(あと)にした。

                         完

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2020年4月29日 (水)

助かるユーモア短編集 (99)物

 物が豊富(ほうふ)に揃(そろ)い、何でもあるっ! と威張ったところで、助かるとは限らない。^^ 要は、その物の価値を知り、使い熟(こな)して成功裏(せいこうり)に導(みちび)けるか? にかかっている訳だ。例えば、スポーツの名選手が必ずしも名監督ではないといったようなものだ。チームの各選手の長所を知り、適正に配置や交代をさせ、あるいは策を授けられるか・・にかかっているのである。単なる物は何も言わないし、使えば『はいはい! さよですかっ!』と使われるが、人の場合は生きた物だから、なかなか扱いが難しいだろう。まあそこが、使い熟す監督 冥利(みょうり)につきる点なのかも知れない。
 とある家の日曜の早朝である。
「何よっ! こんな早くからっ! 五月蝿(うるさ)くて寝られやしないわっ! まだ四時半よっ!」
 ガタ、ビシッ! ガガガァ~~!! と雑音を出され、否応(いやおう)なしに起こされた妻は、ご機嫌斜めで主人に文句を言った。
「いや、すまんすまん! 起こすつもりじゃなかったんだが、今日中に作ってしまおうと思ってな…」
「次の日曜もあるんだから、少しずつ楽しんで作りゃいいじゃない」
「ああ、そらまあ、そうなんだが…。ははは…そこが、それ…」
 妻の言い分が正しいからか、主人は語尾(ごび)を濁(にご)した。
「それにしても、音の出し過ぎじゃないっ!」
「ああ、まあな…。思ってた物にならないから、ちょっと道具を使い過ぎたっ! ははは…」
「ははは…じゃないわよっ! ったくっ! いい加減にしてよっ!!」
「はい…」
 主人の反省の小声を聞くと、ご機嫌斜めのまま妻は寝室へと消えた。
「あいつは未(いま)だに使い熟せん…」
 妻が消えたあと、ボソッ! と漏らした主人のひと言である。
 物が使い熟せないと、助かる快適な生活が危ぶまれる・・という助からないお話である。^^

                            完

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2020年4月28日 (火)

助かるユーモア短編集 (98)丸焼き

 人間、空腹に苛(さいな)まれれば何でも食らう。七面鳥[ターキー]やニワトリ[チキン]の丸焼きは美味(おい)しいが、腹が極端に空(す)いていて知らなければ、カラスの丸焼きだって、「こりゃ、美味(うま)いやっ!」などと言いながらカブリつくかも知れないのである。^^ いや、そればかりではない。加えて、「チキンじゃないなっ! 鴨肉(かもにく)かいっ!?」なんてことを訊(き)くかも知れない。^^ 訊かれた方も、「えっ!? ああ、まあそんなとこ…」などと適当に誤魔化(ごまか)してしまえぱ、話は、なおいっそう面白くなる訳だ。^^
 だが、この丸焼きに似通(にかよ)った諸々(もろもろ)の出来事が日常の我々の世界でも起きているのである。
 とある普通家庭の夕暮れどきである。キッチン・テーブル前のテレビがガナっている。
『なお、この受注で大手ホニャララは下請け会社ドコソコに工事を丸投げし、自(みずか)らは何の関与も示さず…』
「ほぉ~~! 丸焼きじゃなく丸投げかっ! 美味そうな話じゃないか…。おいっ! この唐揚(からあ)げ、美味いなっ!」
 主人は丸焼きではない唐揚げを美味そうに頬張りながら、丸投げされたテレビニュースの画面を眺(なが)めた。
「そりゃ、そうよっ! 美味しそうな揚げたてを買ったんだからっ!」
「ああ、そうか…。ホニャララは挙(あ)げられたか…」
「揚げられたじゃないのっ! 揚げたてっ!!」
「んっ! ああ…。どうも丸投げと丸焼きは似てるな…」
 主人は、ボソッと呟(つぶや)いた。
「なんか言ったっ!?」
「いや…」
 このような丸焼き話は他にも多くある訳だが、火付け盗賊改め方が活躍するような事件でなければ助かる話である。^^

                           完

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2020年4月27日 (月)

助かるユーモア短編集 (97)嘘(うそ)

 嘘(うそ)も方便(ほうべん)と、よく言う。だがそれは、どうしても真実を話せない事情があった場合であり、嘘をなるべくつかない方がいいに決まっている。悪い嘘が本当になり、助からなくなる場合もあるからだ。だいいち、嘘ばかりついていると、信用されなくなる。ただ、歌のように、♪折れたぁ~煙草(たばこ)のぉ吸殻でぇ~♪ 嘘が分かれば大いに助かるのだが、そこまでは、分からない。^^
 とある事件の容疑者が、嘘発見器を前にして座らされ、数々の質問をされている。
「あなたは、○○の家へ行きましたね?」
「いいえ…」
 瞬間、発見器の針が激しく揺れた。
「あなたは、○○の部屋へ入りましたね?」
「いいえ…」
 瞬間、発見器の針が、ふたたび激しく揺れた。
「あなたは、○○の部屋のトイレへ入りましたね?」
「はい、入りましたっ! 限界でしたから…」
「…」
 取り調べている試験官は思わず絶句したが、やがて、冷静な声でまた続けた。
「質問には、[いいえ]で答えるように…」
「嘘は、嫌(いや)ですっ!」
 容疑者は否定し、はっきりと言い切った。瞬間、試験官は、この男は犯人じゃないな…と思った。事実、この直感は正しかった。再捜査が行われ、真犯人が捕らえられたのは、その数日後のことである。
 このように、嘘はつかない方が助かることになる。^^

                            完

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2020年4月26日 (日)

助かるユーモア短編集 (96)野趣(やしゅ)

 人とは妙なもので、長期間、便利な都会生活をしていると、ふと、自然の中で暮らしたくなる。そうして、その野趣(やしゅ)な環境に包まれことで気分がホッコリと癒(いや)され、助かる訳だ。^^ この感覚は、本来、潜在意識として身体(からだ)に備わった太古(たいこ)からの本能的なものなのかも知れない。閑静(かんせい)な森林に囲まれた別荘でのリビング[生活]や、キャンピング[テントを携帯的な家とした自然の中の生活]、クライミング[登山]、ケービング[洞窟(どうくつ)探検]、ラフティング[ラフトと呼ばれるゴムボートを使用した急な渓流の沢下り]、ハイキング[自然やハイキングはハイキング ^^ まどと言わずに解説すれば、歴史的な景観を楽しむために軽装で、一定のコースの遠足]などといった自然の野趣に慣(な)れ親(した)しむことで、束(つか)の間(ま)の、ギクシャク[この中には生理的な快適さも含まれる]した生活感を忘れる。ある種の世俗(せぞく)からの離脱(りだつ)行為だ。野性味が呼ぶ訳である。^^
 キャンプ場で、野趣あふれる木と木を擦(こす)り合わせる摩擦熱による自然着火を試みる父親がいる。三人の子供が見ている手前、体裁(ていさい)もあるのか、必死だ。
「ババ、ぜんぜん点(つ)かないじゃん!」
「妙だなぁ~? この前は一髪で点いたんだが…」
 点けたこともないのに、父親は知った風な口を利く。
「早くカレー作ろうよぉ~~! ライター、あるよ…」
「いやいや、この野趣がいいんだ…」
 そこへ、母親がテントの中から現れた。
「野趣もいいけど、このままじゃ日が暮れてしまうわっ!」
「お腹(なか)が減ったよぉ~~っ!」
 一番下の子供が泣き始めた。これでは野趣もへったくれもない。
「分かった…」
 父親は、こりゃ、野趣では助からんな…と思えたのか諦(あきら)め、ライターで火を点けた。
 野趣に拘(こだわ)れば、助かるものも助からない・・というお話である。^^

                           完

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2020年4月25日 (土)

助かるユーモア短編集 (95)異質

 民族の違いからか、文化の違いからかは知らないが、日本人から見れば、外国文化が異質に映(うつ)るようだ。スキンシップ[肌と肌の触れ合いによる心の交流]一つ取ってみても、日本人はかなり疎(うと)いと言える。ハグ[抱擁(ほうよう)]もしないし、チュッチュラ、チュッチュラ! もない。^^
 25年ぶりに帰国したヨーロッパ帰りのとある夫婦が街路を歩いている。
「なんか、ヨーロッパと違うわね…」
「そうだな、どこかが異質だ…」
 お互いに手を繋(つな)いで歩くスキンシップな二人を、まるで違う生き物でも見るかのように通行人達は見ない態(てい)で見ながら通り過ぎていく。
「まっ! 日本だからと思えば助かるわ…」
「だなっ! いつもの店で、なにか美味(うま)いものでも食おうかっ!」
「そうね…気にしない、気にしないっ!」
 二人は手をいっそう強く握(にぎ)りしめ、和式西洋レストランへと入った。その和式西洋レストランは実に異質で、入った途端、暖簾(のれん)が掛けられており、その暖簾を上げると、和間が広がる中、畳の上には座布団が敷かれた席が幾つかある佇(たたず)まいとなっていた。二人は揃(そろ)えて小玄関で靴を脱ぎ、席の座布団へと座った。しばらくすると、着物姿のウエイターが現れた。
「いらっしゃいませ…」
 西洋風にそう言いながら水コップを置き、メニュー表を徐(おもむろ)に二人へ手渡した。
「ご注文は…」
「そうだな…。俺はテンダーロイン300g、ミディアム・ウエルダンで…。君はっ?」
「そうね、同じでいいわ。ミディアム…」
「かしこまりました。ワインは、いつもので、よろしゅうございましょうか?」
「ああ…」
 西洋風に一礼すると、着物姿のウエイターは楚々(そそ)と去った。メインディッシュ前のサラダ、スープも済み、しばらくすると料理やワインクーラーに入れられた冷えたワイン、パンなどをワゴンに乗せ、ふたたび現れた。その光景は和風でも洋風でもなく、どこか異質に映った。ところが、二人には同質だったのである。^^
 このように、異質は意識しないことで同質となり、助かる安らいだ心境になれるのである。^^

                          完

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2020年4月24日 (金)

助かるユーモア短編集 (94)パターン

 パターン・・思考・行動・文などの型や様式を意味し、日常で普通に使われる言葉だ。もはや日本語化していて、お決まりのパターン・・などという形でよく使われる。いいパターンは安定しているから変化が少なく、反して変えよう! とする力に強く、大いに助かる。ただ、変化しないから、癖(くせ)、生活習慣、慣習などといった悪い繰り返しがパターン化したときは、助かるものも助からない。いわば溶かそうとする水に対して、凍らせようとする氷(こおり)のような存在なのである。とすれば、逆のパターンどおしが鬩(せめぎ)ぎあえばどうなるか? これを考えてみるのも面白い。^^
 とある家の日曜である。朝からご主人がお決まりのパターン化された深刻[シリアス]なテレビ番組を、お決まりのパターン化された食事を食べながら渋面(しぶづら)で観ている。
「ワンパターンで変わり映(ば)えしないわねっ!」
「そこがいいんじゃないかっ!」
 主人も、妻に反発して言い返し、どうしてどうして負けてはいない。
「この前、おなたがいないときに観た△○テレビのホニャララ、面白かったわよっ!」
「ホニャララ? 何だい、それは?」
「だからホニャララっていう訳が分からない番組よ」
「訳が分からない番組? …それが面白かったのか?」
「ええ、面白かったのよ」
「そうか…。ちょっと観てみるか…」
 そう言いながら主人は徐(おもむろ)にテレビのリモコンを手にし、映ったホニャララをしばらく観ていた。そして突然、大声を発した。
「ほほぉ~~!! なかなか面白いじゃないかっ!」
 主人のパターンは、いとも簡単に妻に溶かされ、ビチャビチャの水に変化してしまった。それからというもの、主人はそのホニャララという番組を観るのが病みつきになったと聞く。ビチャビチャの水が凍結し、また新しい氷となってパターン化した訳だ。妻は主人が機嫌がよくなり、大いに助かるそうだ。都合の悪いパターンは変えれば大いに助かる・・というお話である。^^

         
                  完

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2020年4月23日 (木)

助かるユーモア短編集 (93)動機

 物事に変化が生じるには動機が存在する。動機がなければ物事は起こらず、何の変化もない。この動機は直接、目に見えない心の動きである。汚い話ながら、生理現象でプゥ~~! っと、おならを漏(も)らしたとしよう。^^ 音がすればまだ分かるが、嫌(いや)な臭(にお)いだけなら、誰が漏らしたのか分からない。もちろん、見えないからだが、この見えない動機こそが一番の曲者(くせもの)だ。通り魔事件とかいう説明のつかない事件が起こるが、行為者というより犯人は動機なのだから、人には捕らえようもなく、実は厄介(やっかい)なのだ。一応、犯行に及んだ者を、捕らえたっ! くらいの結果に終始し、真犯人である動機は巧妙に逃れているのである。^^ まあ、一目惚(ひとめぼ)れの動機が何なのか? までは分からないようなものだろう。^^
 とある家庭内での話である。
「戸棚(とだな)に入れておいた昨日(きのう)の月見団子、一つ足りないぞっ! お前が食ったのかっ!」
「知らないわよっ! お団子が一人で歩いて散歩にでも行ったんでしょ!」
「そんな馬鹿な話があるかっ!」
 するとそこへ、離れからご隠居が現れた。
「団子? ああ、それなら儂(わし)が食った。腹が減ってたんでな…」
「なんだ! 父さんでしたか。ははは…」
 息子は青菜(あおな)に塩で、それまでの威厳(いげん)はどこへやら、萎(な)えて愛想笑いした。
「小さいわね…」
 妻は、たった一つくらいで…という気分で呟(つぶや)いた。
「すまんなっ!」
「いいえっ! まだ、こんなにありますから…」
 いい動機でコトが進行する場合は大いに助かるが、悪い動機は、不意に襲ってきて助からなくなるから始末(しまつ)が悪い。^^

        
                  完

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2020年4月22日 (水)

助かるユーモア短編集 (92)強い弱い

 何をもって強い弱いと言えるのか? を考えてみるのも面白い。お金持ちは貧乏な人より強いのか? また、多勢(たぜい)は小人数(こにんずう)より強いのか? はたまた、若者は老人より精力が強いのか? などなど、強い弱い・・という定義づけは実に曖昧(あいまい)なのである。確かにお金持ちは金に物を言わせていろいろ自由に出来るから強いが、自由に出来るあまり、勇み足をして不正使用で墓穴(ぼけつ)を掘り、助からない場合だってある。強くても結果は弱かった訳だ。また、大軍が少数の軍勢に敗れた桶狭間の戦いのようなこともあり、強い勢力だから助かるとは限らないのである。同じように、若者が弱く、老人が精力絶倫で女性を助ける強い場合だってある。^^
 秋の夜長(よなが)、テレビがガナらなくてもいいのにガナっている。とある夫婦の会話である。
『台風13号は勢力を維持し、今夜半、○○半島を暴風域に巻き込みながら北上する可能性がありますっ! 中心気圧970ヘクトパスカル、最大風速35メートル…弱い! 実に弱いっ!』
「お父さん、弱いそうよ…」
「そうかっ!? 強いと思ってたが、そうでもないか…」
「あなたと同じっ!」
「今、何か言ったか?」
「何も言ってないわよっ!」
 夫は早々と家の補強をやめ、一杯飲むと床(とこ)についた。
「やっぱり弱いじゃない…」
「んっ?」
「なにもない。おやすみ…」
「ああ…」
 次の朝、夫が窓を開けると、眼下(がんか)数m下の家まで床下(ゆかした)浸水していた。
「弱くなかったんだ…」
「あなたは弱かったけどね…」
「んっ?」
 このように、強い弱いの判別は実に難しく、助かる根拠(こんきょ)とはならないのである。^^

          
                  完

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2020年4月21日 (火)

助かるユーモア短編集 (91)逸(そ)れる

 進む方向が逸(そ)れる・・ということがある。墨壷(すみつぼ)で線が引かれた木材の上を電鋸(でんのこ)で切っていたのはいいが、うっかり話をしていたばかりに逸れ、とんでもない方向に切ってしまった場合だ。こんな場合は大いに困る。逆に、上陸が心配された台風が逸れ、まったく違った方向へ行ってしまった場合は大いに助かる。いや、むしろ、やれやれ…と安息(あんそく)の息を誰しも漏らすことだろう。^^ このように、逸れると、いい場合、悪い場合の二通(ふたとお)りがある。
 連休でとある温泉へ向かった家族のお話である。
「いえ、ここは違います。その温泉はこの山向こうですね」
「ええっ!! この地図にはそう書いてますがっ!」
「ああ、地図ですか。地図はそうでしょうが、現実は違います。ドラマと実話の違いですかな、ははは…」
「と申しますと、ここは?」
「ええ、ここも温泉ですが…」
「温泉ですか? よかった…」
「いやいや、そうじゃないんで。温泉という地名の温泉ですから、湯には浸(つ)かれません…」
「湯に浸かれない温泉…ですか?」
「はい! 残念ながら…。よく道に逸れた方が寄られるんですよ。しかし、私らにはどうも出来ゃ~しませんから…」
「はあ、そらそうです。有難うございました…」
「小一時間です…」
「どうも…」
 家族は温泉ではない本当の温泉へと向かった。
 勘違いで逸れることもある訳だが、こんな笑えるような軽い話の場合は助かる。^^

        
                  完

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2020年4月20日 (月)

助かるユーモア短編集 (90)進化

 世の中は電気、電話、電池、電波、電子・・などの見えない物が飛び交う高度機械文明の時代となり、どんどん、進化している。だが、冷静に考えれば、果たして、どうなんだろう? と首を傾(かし)げたくなることも、ままある。例(たと)えば、歩いて二、三分の距離にあるうどん屋へ店屋物(てんやもの)の天麩羅(てんぷら)うどんを電話で注文したとしよう。歩いて往復したとしても、その距離は僅(わず)か五分ばかりなのである。確かに早いことは早いし便利だ。しかし、足は使わないから退化して弱ることになる。そうして、どんどん弱り、^^ やがては使っていた人がこの世から消える憂(う)き目となる。とっ! どうなるかっ!!? 分かりきったことだ。使われていた見えない物は使う人がいなくなって使われなくなるから、ご主人を失って失業をする。そうしてやがては、ゴミとなって捨てられる運命を辿(たど)る。ゴミとなって捨てられるとは、人の場合と同じでこの世から消え去ることを意味する。すなわち、進化ではなく、このまま高度機械文明の時代が進めば、文明は退化することになる訳だ。だから、人が助かるためには、人がついていける程度に機械文明を進めよう! という結論に立ち至る。^^
 残暑が厳(きび)しい中、涼しい木陰(こかげ)のベンチに座り、二人のご隠居が語り合っている。
「まだ、暑いですなっ!」
「はいっ! 朝夕は少し涼しくなりましたが…」
「今年の夏もクーラーで、なんとか凌(しの)ぎましたぞっ!」
「私もです。暑かったですからな…」
「ええええ、そらもう…。クーラーなしじゃ、あの世逝きですわっ、ははは・・・」
「しかし、クーラーを使うとクールビズに反するようですな」
「はい。しかし、命には代えられません」
「クーラーを使うと温暖化で暑くなり、またクーラーを使いますか…」
「ちっとも進化してないですなぁ~」
「退化です…」
「この林も消えるようですぞ。工場が建つとか…」
「人も自然も助かる道はないもんですかなっ!」
「まだまだ暑くなりそうですなっ!」
「はい…」
 文明の進化は、必ずしも人が助かることにはならないようだ。^^

         
         完

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2020年4月19日 (日)

助かるユーモア短編集 (89)さて、どうするっ!

 物事が順調に進行しているときは何の問題もないが、突然、障害(しょうがい)や妨害(ぼうがい)で進行が止まったとき、瞬間、『さて、どうするっ!』と、戸惑(とまど)うことになる。こんなとき、冷静な判断が出来たり、他人の助けがあれば助かる。人は孤立無援(こりつむえん)には弱いのだ。いや、私は弱くないっ! と強がられる方も、実は相当に弱いのである。^^ 『さて、どうするっ!』と思ったとき、次の打開策が閃(ひらめ)く、思い浮かぶ、頭に描かれる・・などすれば、助かる方向へと進んでいくことになる。ダメな人は、まあ残念ながら、諦(あきら)めて欲しい。^^
 現在、私達が暮らしている社会の進行は、目に見えない判断の連続だ。成功している人々は、さて、どうするっ! の一瞬、一瞬を上手(うま)く判断して躱(かわ)しながら生きているのだ。躱せない人は、…まあ、それまでとなる。^^
 とある学校で試験が行われている。学生が机上(きじょう)の試験用紙を前にして難問に挑(いど)んでいる最中だ。試験官の教師は、会場の一段高い机の椅子にドッカリと構(かま)えて座り、異常がないか…と、見下ろしている。ところが、である。その教師が、こともあろうに、俄(にわ)かに便意を催(もよお)した。最初のうちは、なんとか耐えられたが、その便意は益々(ますます)強まり、とうとう耐えられない状況にまで到達した。さて、どうするっ! である。教師は生徒側から教壇机で前が見えないのを幸いに、ズボンと下着をゆっくりと下ろし始めた。そして、答案用紙の余った紙を徐(おもむろ)に、それとなく、目立たないように椅子の下へと置き、コトを済ませたのである。そして、何もなかったようにその紙を徐に、それとなく、目立たないように丸め、ズボンと下着を上げた。拭(ふ)かず終(じま)いである。そのときチャイムが静かに鳴り、試験の終了を告げた。
「やめぇ~~!!」
 教師は偉(えら)ぶった声で、何事もなかったように生徒に叫(さけ)んだ。
「クラス委員は用紙を集め、職員室へ持ってくるようにっ!!」
 教師は、なおも落ち着き払(はら)った声でそう告げると、怯(ひる)むことなく丸めた紙を徐に、それとなく、目立たないように隠し持ち、教室から消え去った。
「おいっ! 何か臭(にお)わねえかっ!」
「そういや…」
「クッセェ~~!! 妙だなぁ…」
 学生達の、その後の会話である。
 さて、どうするっ! とコトが逼迫(ひっぱく)したとき、冷静な判断をして慌(あわ)てなければ助かる・・という一例のお話だ。^^

 ※ 答案用紙の残り紙がなかった場合は、下着を使うつもりだった…ということです。^^

                         完

 

 

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2020年4月18日 (土)

助かるユーモア短編集 (88)根回し

 根回し・・世間で非常によく使われる言葉である。
『なにとぞ、よしなに…』
 何げなく出された菓子鉢。その菓子鉢の中を、何げなくチラ見する代官。上げ底の菓子の下には金25両の包み金が並ぶ。
『! フフフ…◎◎屋、そちもなかなかの悪(ワル)よのう』
『そう申されますお代官様も…』
『こやつ、言いよるわっ! フッフッフッ…』
『フフフ…』
 などという会話が交わされたであろう時代から現代に至るまで、根回しの必要性がなくなった試(ため)しはない。^^ もちろん、いい意味の根回しもある訳で、事前工作で物事を成功へと導(みちび)き、大いに助かる行為ともなる。
 とある中学校の体育館である。
「監督! 僕、どうなんですかっ!?」
「お前なぁ~。…お前は補欠とレギュラーの際どいとこだっ!」
「…ってことは、出られる可能性も?」
「ああ、まあなっ! ははは…なくはないっ!」
「先生、これ、うちの店の特上品の試供品ですっ! どうぞ…」
「ははは…根回しかっ? 試供品ならいいか…。いや、悪いなっ! まっ! 考えておこう!」
 部員は、これで出られるっ!…と、監督に一礼すると体育館を後(あと)にした。
 大会当日、その生徒は今か今かと出番を待っていたが、残念ながらついに試合には出られなかった。
 このように、根回しをしたからといって、必ずしも助かる結果にはならない・・ということになる。^^

                             完

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2020年4月17日 (金)

助かるユーモア短編集 (87)元(もと)

 元(もと)とは元々あった物(もの)や事(こと)である。物は形(かたち)があって分かりやすいが、事にはその形がなく、漠然(ばくぜん)とした出来事だから忘れられやすい。では、その元が何をもって元とするのか? が問題となる。分かりやすく言えば、その元々あった物や事の元は何なのか? ということだ。平成が元号(げんごう)なら、次の元号は何なの? という話ではない。^^
 二人の老人が様変(さまが)わりした工事後の町を眺(なが)めながら小高い丘の叢(くさむら)へ座り、話し合っている。
「綺麗になりましたなぁ~!」
「はあ、まあ…」
「浮かぬ顔をされておられますが、なんぞ訳でも?」
「確かに綺麗になりました。綺麗にはなりましたが、どこか元あった風情(ふぜい)が消えましたな。これでは助かるものも助かりませんっ!」
「はあ、それはまあ、そうですが…。それは時の流れ・・でしょう」
「いやぁ~、それはどうですかな。元は元々あった風情ですから、時が流れようと戻(もど)ろうと、変わらんものだと私ゃ思っとりますが…」
「元々ですか?」
「はいっ! 元々あった風情です」
「では、建てかえ前の町に建っていた建物の前に建っていた建物の風情は元ではないと?」
「… いやいや、そりゃ、元の風情でしょう」
「ということは、建てかえ前の町の風情は元の風情ではない・・ということになりますが…」
「ははは…、そうなりますかな」
「はいっ! そうなります」
「ははは…考えてみりゃ、元なんてものは、いい加減なものですなっ!」
「ははは…深く考えるほどのことでもないですな」
「ははは…そのようですな」
 二人の老人は話し合うのが馬鹿馬鹿しくなったのか、立ち去った。
 元とは何なのか? などと深く考えず、軽く考えた方が助かる訳だ。^^

                            完

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2020年4月16日 (木)

助かるユーモア短編集 (86)雑念

 生活する上で雑念が湧(わ)いて悩まされることがよくある。人はそれを煩悩(ぼんのう)と呼ぶ。まあ。、煩悩が湧くから人生が楽しい訳で、煩悩が湧かないお坊さんのような人ばかりに世の中がなれば、これはもう、味も素(そ)っ気(け)もない世の中になってしまい、面白くも何ともなくなる。^^
 とある繁華街の肉料理専門店の店前である。美味(うま)そうだろっ! と、食欲をそそるようなショーウインドウの数々の品書き写真が並ぶ。そのウインドウを見ながら二人のサラリーマンが立ち止まり、品定めをしている。
「サーロイン・・150g ¥3,000。…これにしますかっ!?」
「いやいや、それよかテンダーロイン・・100g ¥2,800の方が安くて美味そうだぜっ!」
 美味しい物を安く食べたいっ! という雑念が湧いたのか、先輩風の男が惑(まど)わす。
「はあ、そういえば…。では、これで…」
「いやいやいや、ちょっと待てっ! 200g ¥4,000のサーロインの量が多くて美味そうだな…」
「はあ…」
 後輩風の男は、『どれだって、いいじゃないかっ! こちとらっ、腹が減ってんだっ!!』と怒れる気持をグッ! と抑えて沈黙した。
「いやいやいやいや、額からすりゃ、150g ¥4,200のテンダーロインの方がいいか…」
 先輩風の男の食に拘る雑念は続く。そのときである。店主が店の中から出てきて、OFFと書かれた表札を入口ドアにかけた。
「すみません、お客さん。閉店時間なもんで…」
 二人のサラリーマンは、後ろ髪を引かれる思いで店前から立ち去った。
 雑念が多いと、思っていることがダメになる場合が多いから、抱かない方がいいようだ。^^

                            完

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2020年4月15日 (水)

助かるユーモア短編集 (85)事故

 事故で人が助かるときとダメなときの違いを考えてみよう。助かる場合は必然的に、誰かによって、あるいは目に見えない何らかの力によって命が救われる・・ということを指す。ダメな場合はその逆である。孰(いず)れにせよ、事故に遭(あ)って助かる方がいいに決まっている。事故といっても、他人による場合と自分自身による場合とがある。^^
 真夏の、とある海水浴場である。多くの海水浴客で浜辺は大いに賑(にぎ)わっている。そんな中、夫婦と三人の子供の五人家族がビーチパラソルの下で寛(くつろ)いでいる。
「去年、ここで水難事故があったんだ。皆、気をつけるようにな」
「はいっ!」
「はぁ~~いっ!」
「ふ~ん…」
 上の長男、長女は素直な返事をしたが、下の五才になる次女は生返事(なまへんじ)を返した。
「もおっ! あなたが一番、危ないんだからっ!!」
 母親はすぐに次女を叱(しか)りつけた。
 その一時間後、心配していた事故が起きた。がしかし! どういう訳か、その事故は事故というまでには至らないただの事故で、事故ではなかった。詳(くわ)しく解説すれば、水難事故というまでには至らないただの迷子になった事故で、両親の心配は同じだったが、助かる確率が全(まった)く、違っていたのだ。
「私が溺(おぼ)れたのっ? ふ~~~ん??」
 発見されたあとの次女のひと言である。
 迷子事故は、ほぼ100%に近い確率で助かるが、水難事故だと逆に非常に危険な確率が出る。事故といっても種々雑多(しゅじゅざった)で、様々(さまざま)な違いを見せるのである。^^

                            完

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2020年4月14日 (火)

助かるユーモア短編集 (84)臨機応変

 物事は流動的で変化しやすく、その時々で臨機応変(りんきおうへん)に対処するのが賢明と言える。ただ、何も考えずにいるのも問題で、助かるものも助からない。^^
 とある町民運動会で借り物競争が行われている。少し走ったところで紙を拾い、書かれた品物を持ってゴールまで走る・・というお決まりの競争だ。競技参加者は、紙に書かれた品物を見た瞬間、臨機応変に探す必要があり、ゆったり探していてはビリになるから、頭の早い回転が要求される。
「ダメだったよ…。1着どころかブービーだっ!」
「ビリより、いいじゃん!」
「そりゃまあ、そうだな…」
「僕は1等だったよっ!」
「…」
 メンツ丸潰(まるつぶ)れで、父親は萎縮(いしゅく)したように小さくなった。
「ははは…お前はいつもそうだ。どう考えても儂(わし)の倅(せがれ)とは思えんっ!」
「父さん、いくらなんでも、それは…」
「やかましいっ! それが事実だろうがっ!」
「はあ、まあ…」
「臨機応変にコトに処すっ! 瞬間の研(と)ぎ澄(す)まされた判断だっ、判断っ! 分かったかっ!!」
「はい…」
 妻は夫が義父に怒られているのが小気味いいのか、ニンマリしながら水筒のお茶を飲んだ。
 これだけ世の中の変化が速いと、臨機応変もかなり臨機応変に望まないと、怒られて助からないようだ。

 ※ 湧水家の皆さんの友情出演でした。^^

                             完

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2020年4月13日 (月)

助かるユーモア短編集 (83)不十分

 十分でなく不十分の方が助かる場合がある。分かりやすい例が、━ 腹八分目、医者いらず ━ という格言めいた言葉である。十分、あるいは十二分に食べて腹を壊(こわ)すよりは、ほどほどにした方が無難(ぶなん)だ・・という意味である。大食いしても大丈夫な人、得意な人はその限りではない。^^
 とある大学の研究室である。白衣を着た教授と助手がなにやら揉(も)めている。
「君ねぇ~! 十分、確認しておきなさい・・と、あれだけ言ったじゃないかっ! なんだい! この有様(ありさま)はっ!!」
「はっ! 教授、申し訳ありませんっ!! たぶん、大丈夫だろうと思ったものですから…」
「たぶんも子分(こぶん)もないっ!」
「上手(うま)いっ! 私は先生の子分で助手ですっ!」
「なにをつまらんことを言っとるんだっ!」
「どうも、すいません。しかし、教授! これは新しい新種のアデノウィルスベクターじゃありませんかっ!!」
「どれどれ…」
 教授は電子顕微鏡を覗(のぞ)き込んだ。
「おお! これはっ!!」
 それはまさに、この研究室が長年追い求めていたアデノウィルスベクターの新種だった。
「き、君ぃ~~!! こ、これは…のっ、ノーベル賞だぞっ!!」
「ノーベル賞を取れるかどうかは分かりませんが、発見は発見ですよねっ!」
「いや、これはノーベルだっ! ノーベル以外の何ものでもないっ!! しかし、不十分でノーベル賞か…。十分なら君、どうなるっ!!」
「どうもならないと思いますがね…」
 助手は冷(さ)めた声で呟(つぶや)いた。
「不十分な方がよかったのか…」
 教授は喜ばしい、以外な結果を理解できなかった。
 このように、不十分な方が十分以上に助かる結果を齎(もたら)すことだってある訳だ。^^

                           完

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2020年4月12日 (日)

助かるユーモア短編集 (82)不老長寿

 不老長寿・・これは人類が希(こいねが)う究極の課題である。そりゃ~、年をとらず、ずぅ~~っと若いままで生きていければ、誰だって死の恐怖に苛(さいな)まれることなく助かる訳だ。特に美貌(びぼう)に自信がお有りの男性や女性の方々にとっては誠に有り難いことだろう。…それ以外の人だって、若いまま生きていけるのだから有り難いには違いないが、お化粧を塗りたくっても今一の女性の方の場合は、それほどでないかも知れない。^^ 理由は言わずもがなで、コンプレックスを引っさげたまま生き続けねばならないからだ。^^
 とある敬老会の会場である。毎年、変わり映(ば)えがしないプログラムに辟易(へきえき)したのか、二人の老人が会場を抜け出し、会場前の庭のベンチでペチャクチャと話をしている。
「いやぁ~、長生きをするもんではないですなぁ! 毎年のお決まりプログラムです!」
「ははは…とかなんとか言ってられますが、内心では100まではっ! とかなんとか、お思いなんじゃないですかっ!?」
「はっはっはっ… バレましたか。ええ、そう思っとります。しかし、アレ! では…」
「確かに…。不老長寿の妙薬でも出来ましたら、こんな会には来ないですが…」
「ははは…大いに色気を出して女性を追っかけ回しますか?」
「ははは…そんなことはないですが、それもいいですなっ!」
「でしょ!? も、ということは、やはり…」
「ははは…まあいいじゃないですか。しかし、不老長寿ともなれば、ずぅ~~っと世知辛い世間で生き続けねばなりませんぞっ!」
「はあ…。それはそうですが、やはり長生きはしたいものです」
「確かに…それは言えますなっ! はっはっはっはっ!」
「はっはっはっはっ!」
 二人は人目を気にもせず、大笑いした。
 不老長寿が可能となれば、人は気分的に助かるのである。^^

                            完

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2020年4月11日 (土)

助かるユーモア短編集 (81)予想

 前もって予想をしておけば、ある程度は先々(さきざき)で突発する事態に対応できるから助かる。しかし、かといって、予想し過ぎるのもいかがなものか? …と思える。^^ というのは、予想するのはいいが、予想し過ぎた結果、その事態には至(いた)らず、空振り三振、悪くすれぱダブルプレーみたいな事態になり、助かるどころかお陀仏(だぶつ)になってしまう訳である。要は、先の予想も程度もの・・ということに他ならない。まあ、予想を楽しみにして、馬券やパチンコなどに興じる人の予想は、個人の自由で、別に構わないとは思うが…。^^
 明日(あす)の旅行を楽しみにする、とある中年夫婦の会話である。
「明日(あした)、晴れるかしら?」
「? どうして?」
「だって、せっかくの旅行でしょ? 晴れた方がいいに決まってるわよ?」
「ああ。まあ、そらそうだが、俺の予想じゃ曇りか、悪くすりゃ降るかもな…」
 夫は昼に観たテレビの天気予報のままを言った。だから、予想といっても、明らかに他人の受け売りである。^^
「また、そんなことをっ! そうかも知んないけど、晴れるかも…くらいのことは言ってよっ!」
 妻は旋毛(つむじ)を曲げてしまった。
「ははは…降ったら降ったでいいじゃないか。降った場合を考えておいて、別の予定にすれば…」
「それもそうね…」
 妻は早々と納得(なっとく)した。
 予想は深刻にせず、なろうと、ままよ…くらいに、軽く考えた方が気楽で助かる訳だ。^^

                            完

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2020年4月10日 (金)

助かるユーモア短編集 (80)お盆

 なんだ、もう夏かっ! などと時の流れをオボ~~ンと忘れていると、いつの間にかお盆の季節が来ている。この頃になると日没はすでに早まっているのだが、暑気は相変わらず衰えを見せず、私達をショッキングな暑さで悩ませ続けるのである。そんな頃に巡るお盆なのだが、多くの人を動かせて田舎と都会を往き来させ、宗教関係や交通関係の利益に大いに貢献して助ける訳だ。^^
 お盆に田舎へ帰省し、久しぶりに喫茶店で再開した二人の旧友の会話である。
「ははは…お盆がないと、出会えなかったなっ!」
「それは確かに言えるっ! ところで、お盆ってどういう意味なんだっ?」
「馬鹿野郎、お盆はご先祖さまを迎える行事だろっ?」
「いや、そうじゃなくってさっ! お盆だよ、お盆!」
「お盆は、お盆じゃないかっ!」
「いやいやいや、そういう意味じゃなくってさ。お盆は急須とか湯呑(ゆの)みを乗せるお盆と関係あるのか?」
「さぁ~~~? …言われてみりゃ、そうだよな?」
「だろっ!? 以前から気になってたんだっ!」
「外国だとトレーか?」
「ははは…外国にお盆はないだろっ!」
「いやいや、そんなことはないさ。仏教関係の国はあるだろ?」
「ああ、それは、そうだな…」
 二人の会話は尽きることなく続いていった。
 お盆は話に花を咲かせて助ける効果もある訳だ。^^

                           完

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2020年4月 9日 (木)

助かるユーモア短編集 (79)人

 有りがたいことに、私達、人以上に頭のいい生物は、この地球上には存在しない。だから、生存競争で怯(おび)えることはない。そうなれば、安心して地球上で繁栄でき、助かることになる。ただ、助かるのはいいが、返ってそれが徒(あだ)となり、好き勝手が出来るばかりに、多くの生物を絶滅させたり環境を破壊したりしてしまう。挙句(あげく)の果ては、互いに武力を駆使(くし)して殺しあう厄介(やっかい)な生き物なのである。万物の長である霊長類の人として、しっかり生きて欲しいものだ。むろん、私も含む。^^
 新しく建て直されるビル工事を遠目(とおめ)に見ながら、二人の老人が公園で話をしている。
「あのビル、まだ20年も経ってないですなっ?」
「はあ…そのようですが、どうもビル会社の都合らしいですぞっ!」
「ほう! そうなんですか?」
「はあ、どうもそうらしいですなっ! なんでも、建前がどうも気に入らないから建て直すとかなんとか…」
「まあ、所有者、その人の自由ですからなっ! 私らがどうこう言う話ではないですが…」
「それは、そうですっ! ただ、どこも傷(いた)んでないですから、惜しいですなっ!」
「ったくっ! 所有者がそこで仕事をしている訳でもなく、入っている事務所とかも、総(すべ)て立ち退(の)きなんでしょ? 困ったものですっ!」
「まっ! 所有する人の勝手ですから…」
「こんな他人事(たにんごと)で腹を立てるだけムダですかな、ははは…」
「そうですっ!! 人は人! 自分は自分っ!」
「ははは…隙(すき)ありっ! ですなっ!」
「ですなっ! 馬鹿やってら…くらいの気分で、軽くいきましょ!」
「はいっ!」
 二人はビル工事が見えない反対側のベンチへ座り直した。
 人は人、見ざる、言わざる、聞かざる! の心が一番、助かるようだ。^^

                           完

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2020年4月 8日 (水)

助かるユーモア短編集 (78)意固地(いこじ)

 他のユーモア集でも取り上げたとは思うが、ここでは別の観点から起こしてみよう。
 意固地(いこじ)とは、なにがなんでもっ! と拘(こだわ)ってやり遂(と)げよう! とする気分である。やり遂げられるならいいが、やり遂げられない場合、意固地になれば時間が経(た)つだけで、いっこう捗(はかど)らず、挙句(あげく)の果てにはダメになったりボツになったりするから、助かるものも助からなくなる。^^ 例(たと)えば、ギャンブルで負けている時などがそうで、意固地になって勝とう! と意気込んだのはいいが、スッカラカンに負け、萎(な)えたように肩を落として帰る・・という場合だ。意固地にならず、今日はダメだな…と諦(あきら)め気分でやめれば、スッカラカンにはならず、帰りの駅で立ち食い蕎麦(そば)の二杯くらいは食べられたかも知れない訳だ。それも、掛(か)けではなく天麩羅蕎麦をっ! ^^
 とある家庭の日曜日である。朝からアチラコチラと、夫が探し物をしている。かれこれ小一時間になるから、かなり意固地になっていると言わざるを得ない。
「ここに置いといた二千円札、知らないかっ!?」
「知らないわよ…どこか他に置き忘れたんじゃないっ!? 先に食べるわよっ!」
「ああ…妙だなぁ~。確か、ここに置いたんだがなぁ~」
「ふふふ…あなたに付き合ってらんないって、どこかに散歩にいったんじゃないっ!」
「上手(うま)いっ! お足だけに歩くか…」
 妻のひと言が効(き)いたのか、少し頭が冷えた夫は意固地になるのをやめ、キッチンへと向かった。すると、視線に入った棚(たな)の隅(すみ)に二千円札が、『私は余り使われてませんから…』とでも言うかのように、隠れるように楚々(そそ)と置かれていた。
「ははは…そうそう! 置いた置いたっ! 確かに置いたっ!!」
「あら、あったのっ? 散歩から帰ってきたのねっ!」
「上手いっ!」
 夫はふたたび妻を褒(ほ)めながらテーブル椅子に座った。
 意固地にならなければ、案外と物事はスムースに進行して助かる・・というお話である。^^

                           完

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2020年4月 7日 (火)

助かるユーモア短編集 (77)残り物

 人間とは妙なもので、極端にお腹が空(す)くと、好き嫌いに関係なく食べられるから助かる。要は、嫌いだっ! などと贅沢(ぜいたく)を言ってられなくなり、生理的に食べられる訳だ。^^ 一般家庭で昭和20、30年代に育った世代だと、好き嫌いを言ってる場合ではなかったから、残り物も当然、ガッつくことになった。上流家庭は別として、一般家庭では残り物も有りがたく食さねば生きていけなかったのである。さて、最近の飽食の時代は? と問えば、生ゴミでポイ捨て処分される場合も結構、あるようだ。それだけ食べ物が軽ぅ~~く見られている訳だが、一度、何も食べ物が無い、残り物の生活を捨てる方々に味わっていただくのもいいアイデアでは…と思える。^^
 とある繁華街に新しく開店した奇妙な定食屋がある。この店は、お客が持ち込んだ残り物を調理して、美味(おい)しく食べられるよう作り直した料理で食べてもらう店・・として売り出した風変わりな店だ。もちろん、店主が持ち込んだ残り物を見て、OKした物しか調理し直されないが、これがどうして、なかなか好評で、噂が噂を呼び、開店一年で、押すな押すなの盛況を見るまでになっていた。
「へい、いらっしゃい!」
「コレ、なんだがね。どうだろう? 家(うち)のカカアが味付け、失敗しちまったカレイの残り物なんだがねっ!」
「おねがいします…」
「コレですかい? …ようがすっ! 美味(うま)い一品(いっぴん)に、しちまいまさぁ~~!」
 それから一時間後、夫婦で来た客は美味(おい)しく味付けし直されたカレイの煮付定食で夕食を食べていた。
「美味かったよっ! また、頼みますっ!」
「ありがとやしたっ!!」
 こんな都合のいい店があれば助かるなぁ…という馬鹿げたお話である。^^

                            完

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2020年4月 6日 (月)

助かるユーモア短編集 (76)無(な)いもの強請(ねだ)り

 子供はよく、無(な)いもの強請(ねだ)りをするが、最近の大人も、どうしてどうして、結構(けっこう)、無いもの強請りをする。^^ 簡単に無いものが手に入れば何の問題もなく助かるが、そう上手(うま)く手に入らない・・というのが現実の世界である。
 ご隠居が、とある専門店で釣竿(つりざお)を物色している。
「あの…昨日(きのう)まで、ここにあった釣竿は?」
「はあ、アレですか。アレは昨日、売れちまいました。すみませんねぇ~」
 店の主人は申し訳なさそうに軽く頭を下げた。
「さよですか。売れちまったものは仕方ありませんな、ははは…」
 軽く笑ったご隠居だが、心は少しも笑ってはいなかった。
『しまった! 昨日、買っときゃっ!』
 ご隠居は買いそびれたことを悔(く)やんだ。だが、売れてしまったものは、いくら悔やんでもあとの祭りである。^^
「同じものは…?」
 ご隠居は遠慮ぎみに主人に訊(たず)ねた。
「アレは特注品ですので、滅多なことでは手に入らんのです。まあ、無いこともないとは思いますが…」
「有(あ)りますかっ!」
「ええ。お作りの先生のご住所、教えてさし上げましょうか…」
「ええ、是非(ぜひ)っ!」
 その日から無いもの強請りをするご隠居の住所探しが始まった。だが、次の日も、またその次の日も、なかなか有名作家には出会えなかった。そして瞬(またた)く間に、一年が流れていった。
 ある日、ご隠居は、どうせ無いだろう…くらいの気分で、ふたたび釣竿店を訪れた。するとっ! あのっ! あのっ! 釣竿と、まさしく同じ釣竿が陳列棚(ちんれつだな)に見えるではないかっ!
「あ、アレはっ!」
「ああ、アレですか。昨日、先生がお見えになって置いてかれたんですよっ! なんでも、しばらく旅に出ておられたようでしてね。ご不在だったでしょ?」
「はあ、まあ…」
 ご隠居は、探し回っていた・・とはバツ悪く言えず、暈(ぼか)した。
 無いもの強請りをして探し回っても手に入らず、気にしないと、ふと現れる・・というのが、無いものの性質のようだ。無いもの強請りはしないにかぎる。^^

       
                  完

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2020年4月 5日 (日)

助かるユーモア短編集 (75)見えないモノ

 見えないモノは、どうしようもない。その理由は、見えないからだ。^^ 分かりきったことだが、これが、どうしてどうして、なかなか人には分からない。分かれば、助かるが…。^^
 夕暮れどきの、とある繁華街の一角(いっかく)で、手相見の占い師が、細々(ほそぼそ)と机を前にして座っている。
「あの…見ていただけますか?」
 一人のサラリーマン風の中年男が楚々(そそ)と訊(たず)ねた。
「えっ! ああ、どうぞ…。見るのが私の仕事ですからな、ははは…」
 サラリーマン風の中年男は机の前の椅子へ、これも楚々と座った。
「で、どうされました?」
「あの…昨日(きのう)から大事なナニ! が見つからんのです…」
「ほう! ナニがっ!! どれどれ、見て進ぜよう…」
 占い師に言われるまま、サラリーマン風の中年男は片手を占い師の前へ差し出した。
「ははぁ~~。…ナニは見えないモノとして私にアソコにあると申しておりますが…」
「アソコ・・ですか?」
「はい! アソコです…」
「アソコか…? どうも有難うございました…」
「いえ、どういたしまして…」
 サラリーマン風の中年男は見料(けんりょう)を楚々と置くと、楚々と去った。
 次の日の夕暮れどきである。サラリーマン風の中年男が占い師のところへ走り寄ってきた。
「アソコで見つかりましたっ!!」
「おおっ! それはよかった!! やはりアソコでしたか?」
「ええ、アソコでしたっ!」
 見えないモノは見えないアソコで見つかり、助かるのである。^^

         
                  完

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2020年4月 4日 (土)

助かるユーモア短編集 (74)あの頃

 生活し難(にく)くなったとき、ふと、脳裏(のうり)を過(よ)ぎるのが、あの頃である。妙なもので、脳裏を過ぎるのはいい記憶ばかりで、悪い記憶が余程のことでもないかぎり残っていないのは不思議といえば不思議な話だ。まあ、人が助かるのは、そういった悪い記憶を長い時の流れの中で忘れ去れるからだろう。ただ、あの頃ではない、ごく最近の出来事でも、都合が悪いと忘れたり忘れた振りをする人がいるのは困ったものだ。^^
 小春日和(こはるびより)のとある公園である。仲のいい二人が木蔭(こかげ)にあるベンチに座り、話をしている。
「確かに…。あの頃はよかったですなっ!」
「アンパン一個が、たったの五円でしたよっ!」
「そうそうっ! ラムネもねっ!」
「はいはいっ! ありゃ~~美味い(うま)かった!」
「そうそうっ! 喉(のど)越しがねっ!」
「ポンポンキャンディーも五円でしたよっ!」
「そうそうっ! 少しずつゴムの中の氷が解けて味が薄くなりました…」
「そうそうっ! 消費期限も賞味期限もなかったですよっ!」
「今の時代なら大ごとですっ! しかし、それが当たり前の時代でした…」
「そうそうっ! 苦情も文句も出なかった。いい時代でした…」
「そういや、お釣りの五円、まだでしたなっ!」
「そうそうっ! いや、いつのっ? そうでしたかっ!? ははは…もう忘れました」
 このように、あの頃はいい記憶だけが残り、悪い記憶は忘れ去れるから助かるのである。^^

         
                  完

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2020年4月 3日 (金)

助かるユーモア短編集 (73)勧善懲悪(かんぜんちょうあく)

 勧善懲悪(かんぜんちょうあく)・・という小難(こむずか)しい四字熟語がある。意味は字義のとおり、悪い行いを、ダメですよっ! と懲(こ)らしめ、善(よ)い行いを、やりましょうよ! と、お勧(すす)めする・・とかなんとかいう意味になるらしい。だが、世の中の現実はパフォーマンスが多く、私がやってんですよっ! とばかりに誇示(こじ)する者達で溢(あふ)れ返っているのである。要は、自分を多くの人によく見せたい訳だ。^^ これでは世の中、助かるものも助からない。言わば、偽物(にせもの)、紛(まが)い物の勧善懲悪なのである。真の勧善懲悪とは、正義の味方が暗躍(あんやく)する姿とも似通(にかよ)っていて、見返りを求めず、そうは自分を主張しない訳だ。^^
 夏ともなると、お盆のシ-ズンがやってくる。都会から故郷(ふるさと)へ帰省(きせい)した、とある夫婦の会話である。
「今年もお施餓鬼(せがき)を、コレ! だけ包んだそうよっ!」
 夫の嫁は、手の指で額を強調しながら夫に言った。
「ええっ! そんなにっ!! それだけありゃ、ここへの帰省賃ぐらいにはなるじゃないかっ!」
 夫は仰天(ぎょうてん)して驚いた。
「そうなのよっ! なんか今一、シックリこないのよね、私…」
「だな…。今の世は勧善懲悪じゃないってことさ…」
「どういうこと?」
「ははは…お寺さんも、いい、稼(かせ)ぎどきだからなっ! 商売、商売!!」
「なるほどっ!」
「俺だったら、お金は物を修理したり買ったりして、生きて使うよ」
「それ、一理(いちり)ありかも…」
「この世で助かることが、あの世でも助かるってことさっ!」
「なるほどっ!」
 妻は、ふたたび納得(なっとく)して頷(うなず)いた。同調するかのように、そのとき微(かす)かに風が流れ、軒下(のきした)の風鈴がチリリィ~~ン! と、いい風情で鳴った。
 世の中、助かる勧善懲悪であって欲しいものだ。^^

      
                     完

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2020年4月 2日 (木)

助かるユーモア短編集 (72)正義感

 正義感が育つのは、やはり子供時代だろう。昭和30~40年代に育った子供達にとって、正義の味方は格好いいヒーローだった。バッサバッサと悪を薙(なぎ)ぎ倒し、いつの間にか格好よく消え去る・・こんなヒーローに憧(あこが)れ、子供達はいつの間にか正義感を抱(いだ)いたのである。私もそんな中の一人だが、^^ 今のヒーローは、余りにも現実離れしていて、実感に乏しいのが大半だ。ということは、正義感も今一、湧(わ)かない・・ということになる。湧かなければ心に残らず、単なる番組に終始してしまう。これでは真の正義感が人々に浸透せず、世の中は悪びれて助からない・・ということになる。^^
 とある公園である。二人の老人がベンチに座り、話をしている。
「いやぁ~、あの頃は次の週が楽しみでしたよっ!」
「そうそう! なんといっても、正義の味方でしたからなっ!」
「はいっ! そこへいくと、今の時代はコレ! というヒーローに欠ける!」
「欠けてます、欠けてますっ! 全然、憧(あこが)れのヒーローがいやしないっ!」
「ですから、正義感も育たないっ!」
「現実離れしたSF的なヒーローですからなっ!」
「そうそう! ただのドラマ、映画の中の登場人物で終ってしまいますっ!」
「まったく、同感ですなっ!」
 二人は意気投合してベンチを格好よく立つと、ヒーローになった気分で格好よく去った。
 今の時代、庶民が助かるような正義感のあるヒーローの登場を、人々は待ち焦(こ)がれているのかも知れない。^^

         
                  完

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2020年4月 1日 (水)

助かるユーモア短編集 (71)気にしない

 余り気にしない方が助かるということがある。逆に言えば、気にし過ぎたばかりに、助からなくなった・・ということになる。何故(なぜ)かは知らないが、まあ、そういうことのようだ。^^ 世の中に吹く邪(よこしま)な風は、人の弱みを探して、そこを攻めようとする。だから、気にしない方が返っていい・・と言える。逆に、その邪な風を吹き飛ばすぐらいの気分で望まないと、この世知辛(せちがら)い世の中を渡れない・・ということに他ならない。邪な風は、金欲、色欲、出世欲、地位欲、名声欲・・などと、いろいろな手法、手口で迫ってくるから油断できない。だが、立ち向かい過ぎれば、それもまた勇み足・・ということにもなり、ほどほどが肝要(かんよう)ということになる。^^
 駅の待合所で二人の男が話をしている。どうも列車の到着が遅れているようだ。
「いっこうに来ませんなっ! 早く来ないと、困るんですがっ!」
「ははは…私も困るんですがな。まあ、そうイラつかず、ゆったり待ちましょう」
 イラつく男とは真逆に、もう一人の男は落ち着き払った冷えた声で言った。
「そうは申されますがっ! もう、小一時間ですよっ!」
 イラつく男の声は熱湯のように高温である。
「ははは…小一時間だろうが小二時間だろうが、同じですよ。来るときには来るんですから、気にしないことです…」
「はあ、そらまあ、そうですが…」
 確かにその通りだ…と思えたのか、イラつく男は少し冷えた声で返した。そのときである。
『お待たせ致しました。まもなく上り2番ホームに特急 海胆寿司(うにずし)が入ります。黄色い線の内側に並んでお待ち下さい…』
「来たようですな、特上の美味(うま)そうな海胆寿司がっ!」
「はい…」
 特上じゃなく、特急だろっ! …とイラついた男は思ったが、かなり冷えたのか、思うに留(とど)めた。しばらくすると、特急海胆寿司が 上り2番ホームへスゥ~~っと美味(おい)しそうに入線してきた。そのとき、二人は完全に冷えてその寿司を摘(つま)んだ・・ということはなく、乗車した。
 イラつかず気にしないと、いい感じでコトが進み、助かるというお話である。^^

         
                  完

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