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2020年5月

2020年5月31日 (日)

楽しいユーモア短編集 (31)晴れ

 晴れていれば、なぜか心はウキウキと楽しく、物事が捗(はかど)る。もちろん、雪の日だってウキウキとされる方もあるだろうが、大方(おおかた)は雪合戦の子供時代やスキーの青年時代で、中年以降は雪掻きのひと苦労を思い、ついつい心が萎(しぼ)むのである。雨の日に心がウキウキと楽しくなる人は、まあ少ないか、いないだろう。^^ 要は、屋外での行動が容易かそうでないか・・という点に根ざしているようだ。照る照る坊主は、それを物語る最も分かりやすい例で、雨の日の運動会や遠足が嫌われる訳だ。
 明日は楽しい遠足である。準備万端、整った夜、小学二年の竹坊は、ウキウキと床(とこ)についた。もちろん、リュックや水筒は枕の前に置かれ、目覚ましもいつもより30分早くセットされている。だが、どういう訳か心が躍(おど)って、なかなか寝つけなかった。それでも、『晴れるといいな…』と思いながら、いつしか深い眠りへと落ちていった。
 次の朝がきた。快晴だった。竹坊は心勇んで飛び起きると、楽しい気分で身支度(みじたく)、朝食を済ませ、20分早く家を出た。
「竹坊、どうしたの?」
 お隣(となり)の同級生が怪訝(けげん)に思ったのか、声をかけた。
「なにがっ?」
「遠足は明日だよっ!」
「ええっ~~!!」
 竹坊は急いで家へとUターンした。
 楽しい日にならない晴れの日もある・・という、なんともお粗末なお話である。^^

                         完

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2020年5月30日 (土)

楽しいユーモア短編集 (30)愚鈍(ぐどん)

 愚鈍(ぐどん)とは普通、人を小馬鹿にして言う言葉だが、どうしてどうして、愚鈍ほど気楽で楽しいことはないのだ。^^ と、言えば、皆さんは『そんなはずがないっ!』と怒られるかも知れない。ところが、それは事実なのである。^^ というのも、愚鈍な者は、いらぬ気を使う必要がない・・ということだ。『あっ! そうでしたか?』と訊(き)き返すほどの愚鈍ならば、剛(ごう)の者と言ってもいいだろう。^^ 人に馬鹿にされる愚鈍だが、結局のところ、利口な者より、より以上に利口ということになる。理由は、苦も少なく、楽しく生きられるからだ。^^
 子供を対象とした真夏の肝(きも)試(だめ)し大会が行われている。二人ひと組で深夜の墓地へ行って戻(もど)るというものだ。行ったという証拠(しょうこ)は墓地に前もって置かれた認定証で、それを持って帰ることで分かる・・というルールだ。
「ちっとも怖(こわ)がらないけど、お前、怖くないのか?」
「全然! それよか、むしろ涼(すず)やかなくらいです」
「変ったやつだな。俺なんか、途中でやめよう…と思ってんだ、実は…」
 墓地が近づくにつれ、クラスで一番、利口な子供は、クラスで一番、愚鈍な子供にそう告げた。
「あっ! それなら、ここで待っていて下さい。僕が行って認定証、持ってきますから…」
「そうか? 悪いなっ!」
 小一時間、経って、愚鈍な子供は墓地に置いてあった認定証を二枚、持って帰ってきた。
「帰りました…」
「こ、怖くなかったか?」
「全然! それどころか、幽霊さんと話をしてきたくらいです。暑い夜ですから、ちょうどいい気分です、ははは…」
 それを聞いた利口な子供は、墓地でもないのに恐怖で足が竦(すく)み、そこから一歩も動けなくなった。その結果、大会本部へ楽しい気分で戻(もど)ったのは、愚鈍な子供一人だった。利口な子供は半時間ばかりして這(は)うようにそのまま家へ帰ったそうだ。
 愚鈍が利口に勝(まさ)る・・という、ほんの一例の楽しいお話である。^

                          完

 

 

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2020年5月29日 (金)

楽しいユーモア短編集 (29)愚痴(ぐち)

 自分が話しているときは、そうは思わないが、他人が話していることを耳にすると嫌になる・・というのが愚痴(ぐち)である。「また愚痴、零(こぼ)してるわっ!」などと楽しい気分を害されたように影で囁(ささや)かれる訳だ。^^ まあ、聞けば気分がよくないのは確かだ。
 とある会社の社員食堂である。昼時だということもあり、大そう込んでいる。
「チェッ! 今日はアジフライ定食、ないのかっ!」
 一人の社員が食券売り機に灯(とも)ったオレンジランプを見てボソッと愚痴った。
「別にサンマフライ定食でもいいじゃないかっ!」
「いや! サンマフライは、いかんっ! サンマは焼いておろし大根かレモンで美味(おい)しく食べるもんだっ!」
「そうなんだ…」
 返された同僚社員は、『そんなの、誰が決めたんだよっ!』とは思ったが、口にはせず思うに留(とど)めた。すると、そこへ食堂のおばちゃんが現れた。
「あらっ! また、点いてるわっ! 故障かしら? すみませんねぇ~、アジフライ定食できますっ!」
 それを聞いた途端、愚痴った社員の顔にオレンジランプが灯り、笑顔になった。
 愚痴は愚痴る内容が消えると楽しい笑顔になる・・という当たり前の馬鹿馬鹿しいお話である。^^

                             完

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2020年5月28日 (木)

楽しいユーモア短編集 (28)段取(だんど)り

 段取(だんど)り・・とは、何もスポーツや棋界の昇段を目指す段のことではない。物事がスムーズに進むように事前にアレコレと手筈(てはず)を整えることで、算段(さんだん)するとも言われる。段取りが上手(うま)く出来ているとどうなるか? だが、知れたことで、物事は順調に進み成功する。成功すれば、当然、楽しい気分になる・・と、まあこうだ。段取りが悪ければ、これも当然、物事は順調にいかず、楽しい気分どころかイライラした気分になるから注意が必要だ。^^
 とある小学校の放課後の運動場である。明日、運動会の予行演習が行われる予定になっている。そのためのグラウンド整備に整備委員が残り、ライン引きで白い石灰パウダーの線をグラウンドに引いている。
「この、ひと手間(てま)が大事なんだよなっ!」
「そうそう! 僕達は影の立役者(たてやくしゃ)なんだっ!」
「立役者? 立役者って?」
「立役者っていうのは、立って仕事をする偉(えら)人のことさっ!」
「段取りをつけるから偉いのかな?」
「たぶん…。父ちゃんがこの前、歌舞伎を観に行った帰りに、そう言ってたっ!」
「ふ~~ん、そうなんだ…」
 作業を見守っていた教師は、『ははは…そりゃ、違うぞっ!』とは思ったが言わず、楽しい気分で心に留めた。
 段取りは意味が分からなくても、上手くやってしまえば楽しいから、それでいいのだ。^^

                            完

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2020年5月27日 (水)

楽しいユーモア短編集 (27)予備

 何がっ? という訳ではないが、物は予備があった方が困らずに済むから都合がいい。都合がよければ、テンションは自然とアップすることになり、楽しい気分が訪(おとず)れる。予備を置いておけば、もう一方が無くなったときすぐ使え、都合がいい・・と、まあ、こんな具合だ。『チェッ! 切れたかっ!』とダメになった電球を眺(なが)めたとき、すぐに予備と交換できれば何の問題も起こらず、楽しい充実感に満ち溢(あふ)れることだろう。決めごとではないそうだが、おおよそ、その道の通(つう)は、予備を置いておくらしい。^^ 使っていたモノが使い終わったりダメになったとき、スゥ~~っと予備を出せば、だいいち、格好がいいっ! ^^
 日曜の昼前である。とある普通家庭のサラリーマンが冷蔵庫を開け、探し物をしている。
「おいっ! ここに入れといた天カス、知らないかっ!?」
「天カス? 知らないわよ。どこか別の場所に入れたんじゃないっ?」
 妻は、この前、使ったんじゃないのっ!? という顔で亭主を一瞥(いちべつ)し、テニス風にフォアハンドのリターンエースで返した。
「そうかぁ~? …妙だなぁ~。あの天カスを入れると、美味(うま)い焼き蕎麦(そば)が出来るんだが…」
 妻は美味い焼き蕎麦と聞くと、俄(にわ)かに気分が急変した。
「ああ! あの天カスならこの前、使ったでしょ。でも、予備を買っておいた・・とか言ってたんじゃないっ?」
「ああ、そうそう! 予備をパーシャル冷凍にしたんだった。…あった、あった!」
「でしょ!」
 亭主は予備に買っておいた天カスを出すと、調理を続けた。『やれやれ、助かった!』という気分である。しばらくすると、焼き蕎麦の香ばしいいい匂いが辺(あた)りに漂(ただよ)った。その後、二人は美味(おい)しい焼き蕎麦を賞味し、楽しい気分になった。
 予備があれば、話は丸く収(おさ)まり、楽しい気分が訪れるのである。^^

                           完

 

 

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2020年5月26日 (火)

楽しいユーモア短編集 (26)未然(みぜん)

 よからぬことを未然(みぜん)に防ぐ・・などと、よく言う。未然とは、まだそうなっていない状態・・くらいの意味だが、どういう訳か、先々に起こるに違いない悪いことを連想させ、その予防手段や措置を講ずるよう注意を喚起(かんき)する場合によく使われる言葉である。例えば、台風が接近していますっ! などと国民に注意を促(うなが)し、未然に備(そな)えを…などとアナウンサ-や気象予報官が、いい声で口をすっぱくして報道するアノ類(たぐ)いだ。決して、すっぱいレモンなどの柑橘類(かんきつるい)を口に含んでいる訳ではない。^^
 台風が迷走した挙句(あげく)、疲れながら北上して消えた。台風も台風なりに妨害(ぼうがい)を受けるのだ。^^
『フフフ…暴(あばれ)れてやるぜっ!』と、気分的に悪ぶって威勢がいい台風だが、そうはさせまいとっ! 張り出す高気圧や気流の流れがあり、そうした妨害を未然に防ごうと迷走することになる。挙句の果てにはすっかり衰えて、『もう、いいっ!!』と、勢力を弱め[精力ではない^^]、温帯低気圧になって消え去る・・という道を辿る。
 二人のご隠居が縁台将棋を指しながら話し合っている。
「今回は助かりましたなっ!」
「ですなっ! 今年は立て続けに三度ですよっ! いくらなんでも三度は多いっ! 少しは遠慮ってもんがっ!」
「随分(ずいぶん)、怒られますなっ!」
「ははは…まあ。怒ったところで、未然に防ぐには限界がありますがな…」
「さよですなっ!」
「解決策は災害がないところで未然に暮らすことですが…」
「暮らせればっ! の話でしょうな…」
「れば…レバ…レバー…レバ韮(にら)炒(いた)めは美味(うま)いですなっ!」
「塩味が薄く効いた韮 雑炊(ぞうすい)も美味いですぞっ!」
「… … はいっ!」
 悪い内容は楽しい気分で(おい)しく食べることにより、未然に防げるようだ。^^

         
                  完

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2020年5月25日 (月)

楽しいユーモア短編集 (25)冷静(れいせい)

 物事(ものごと)をする上で焦(あせ)りは禁物(きんもつ)だ。焦る気持は分かるが、そこはそれ、冷静(れいせい)に落ちついてコトに臨(のぞ)むのが得策(とくさく)といえる。冷静にコトに臨めば、自(おの)ずから正しい対処(たいしょ)の方法が見えてくる。正しい対処をすれば、コトは目的を達して成功裏に終わり、楽しい気分となる。と、まあ、こういう過程[プロセス]を辿(たど)る訳だ。^^ 辿らない人は少なからず焦っていることになり、心の修行が足りない・・と言われても仕方がない。^^
 とある小学校の図画工作の時間である。
「あと30分しかないわよっ、禿山(はげやま)君!」
「先生! まだ、書きたい構図が決まらないんです…」
「決まらないって君、皆(みんな)、適当に書いてるじゃない。適当でいいのよ、適当で…」
「適当って先生、絵画(かいが)を馬鹿にしちゃ~ぁいけないっ! ここは冷静に決めないと…」
「まっ! 勝手になさいっ!!」
「はい、勝手にします…」
「ぅぅぅ…」
 クラスを受け持つ女性教師、毛川(けがわ)は生徒の禿山の反発に少し切れたが、そこはそれ、教師の立場というものがある。グッ! と我慢して、禿山の席を通過した。禿山は、さてと…と、なおも冷静に構図を決めていたが、残り20分の頃になり、ようやく構図が決まったのか、その後は瞬(またた)く間に描(えが)き切った。その絵の出来映(できば)えは大人のプロ画家を思わせるもので、毛川は、その出来映えに唸(うな)り、禿山はニンマリ! と笑った。
 冷静になれば楽しくニンマリ! と笑えるようだ。^^

           
                  完

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2020年5月24日 (日)

楽しいユーモア短編集 (24)疲れ

 楽しいのはいいが、その楽しいひとときが済めば、疲れが待っている。若いときはそう感じることも少ないが、年を重ねるにつれ、ジワジワと疲れが襲(おそ)ってくる。人により程度の差こそあれ、高齢者には疲れが付いてまわるのだ。離れてくれっ! と頼んでも、こればっかりはどうしようもなく、『ヒヒヒ…まあまあ、そう邪険(じゃけん)にされず…』と、疲れは忍び寄る。^^ それでも、楽しい気分を味わいたいから、高齢者は意固地(いこじ)になって無理をする。無理をすれば余計に疲れることになる。この繰り返しは負のスパイラル[螺旋(らせん)]を齎(もたら)すから、いただけない。^^
 久しぶりの家族旅行から帰ったご隠居が、家に着くなり隠居所に籠(こ)もってしまった。家族としては、夕食になっても出てこないご隠居に気が気ではない。
「お義父(とう)さま、どうされたのかしら?」
「僕が見てこようか?」
「たぶん、疲れたんだろ…。そぉ~っとしておいた方がいい」
「そうね…お腹が空けば、出ていらっしゃるわねっ!」
「お兄ちゃん! お肉ばっかり食べてる…」
「お前の分は残してあるだろっ!」
「まあね…」
 家族四人は雑談を繰り広げ、旅行の疲れも見せず、スキ焼を突(つつ)いた。そのいい匂いが隠居所に届いた瞬間、ご隠居は猛スピードで台所へ急行した。
 高齢者の楽しい後(あと)の疲れも、食欲で吹っ飛ぶのである。^^

 ※ 風景シリーズ・湧水家の人々のスビン・オフ出演でした。^^

                            完

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2020年5月23日 (土)

楽しいユーモア短編集 (23)旅

 テレビのリモコンを押していると、旅番組が映ることがある。仕事は別としても、いろいろな土地を訪れる旅という行動は、実に楽しいものである。旅も短期、長期、国内の近隣、国内の遠方、海外と、パターンがいろいろあるが、孰(いず)れにしろ楽しいことに変わりはないだろう。旅から帰った途端、「フゥ~~っ! やっぱり家が一番、いいなあ!!」とか言われるお方がおられるが、あの神経が私はよく分からない。なら、旅などしなきゃいいだろっ? …と思えるからだ。^^
 とある地方の駅である。ホームのベンチに座り、ボケェ~っとしている男がいる。列車が着いても乗らない男が不審に思えたのか、駅員が近づいて訊(たず)ねた。
「どうされました?」
「いやぁ~、別に…」
「どちらまで行かれるんですっ?」
「私ですかっ? さぁ~~て、どちらでしょう? …足の向くまま気の向くままっ、あても果てしもねぇ楽しい旅なんでございますよぉ~」
 男は急に時代劇調で語り出した。駅員は、『こりゃ、ダメだ。関(かか)わらない方がいいや…』と思ったのか、軽く一礼すると愛想笑いして男の前から去った。
 この男のように、目的地がない旅も楽しいに違いない。^^

                           完

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2020年5月22日 (金)

楽しいユーモア短編集 (22)思う

 楽しいことを思うと、自然と楽しい気分になるから不思議だ。これは人の心理に関係するそうだが、またその逆も言えるそうで、心配して悪くなることを思っていると、上手(うま)くいっていることでも悪い方向へ物事が進む・・というようなことだ。だから出来るだけクヨクヨせず、明るく朗(ほが)らかに楽しい気分で過ごすことが人生を成功させる秘訣(ひけつ)ということになる。ただし、それも程度もので、破目をはずし過ぎたり場所 柄(がら)を考えないとご破算(はさん)になるから注意しなければならない。不幸があった席で、不釣り合いにもニコニコと楽しい笑顔でいるような場合だ。^^
 雨がシトシトと寂しげに降っている。陰鬱(いんうつ)な秋霖(しゅうりん)の季節だが、この男、袋小路だけは降る雨をアグレッシブに捉(とら)え、人口樹脂のポリ盥(だらい)の中に座り、ボディシャンプーを付けたタオルで陽気に身体(からだ)を洗っている。
「ははは…こりゃ水道代が浮いて、いいやっ! それに飲み水や植木の水も溜めておけるしなっ!」
 まだ蒸し暑さも残る気候だから寒くはなく、この男にとっては願ったり叶(かな)ったりの雨に思えるようだ。飲み水は手製の濾過器(ろかき)で濾過されたあと煮沸(しゃふつ)され使用されるようだ。汚(きたな)いと思うか、そう思わないかの差だが、袋小路はそう思わない派なのだから致し方がない。^^ そのとき、垣根越しに隣に住む玉木が声をかけた。
「ははは…やっておられますなっ! 結構、結構!!」
 内心では、『この男、馬鹿かっ!』と思う玉木だったが、そうとも言えず、思うに留めてヨイショした。
「やあ、お隣のっ!! いい雨ですなっ!」
「はいっ! 秋らしくなりました…」
 夏は過ぎたぞっ! が本心の玉木だったが、やはりそう言ってヨイショした。言われた袋小路はヨイショされ、素直にそう思うことで楽しい気分になったが、思ってもいないことを口走った玉木の気分は、ちっとも楽しくなかった。
 このように楽しい気分で素直にそう思うと楽しく、そう思わないと楽しくない・・というお話だ。^^

                            完

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2020年5月21日 (木)

楽しいユーモア短編集 (21)近道(ちかみち)

 分かれ道に出食わしたとしよう。片方は目的地に早く着く近道(ちかみち)だが、高低差のある滑落(かつらく)しやすい危険な坂が待っている。もう片方はかなり遠巻きながら高低差が小さい穏やかな道である。さて、あなたならどちらを選ばれるだろう。^^
 とある山を登山中の男、煮干(にぼし)が分かれ道にさしかかった。煮干は立ち止まり、徐(おもむろ)に登山マップを広げた。
「さて、どうするかだ…。この地図によれば、左が近道だが、少し高低差がある…。まあ、急ぐこともないから穏やかな右にするか…。せっかく来たんだ、楽しい登りがいいからな…」 
 煮干は躊躇(ちゅうちょ)することなく決断し、右側の道を登っていった。いい景観が展望できる九十九(つづら)折りの道を、煮干は楽しみながら少しずつ登り、やがて峠に差しかかった。
「さて、ここいらで昼とするか…。少し先に出た皮味(かわみ)さんは近道を登る・・と言ってらしたが、頂上で食ってんだろうな…」
 煮干は快晴の空の下(もと)、小気味いい微風を受けながら、持参した弁当を広げた。しばらくして食べ終えた煮干は、ふたたび登り道を少しずつ頂上へと近づいていった。
 頂上の山小屋へ登り着いたとき、そこに皮味の姿はなかった。
「あの…他に登ってきた人はいませんか?」
「ああっ! そういや先ほど救難者が出たって、山岳救助隊が向かいましたよっ!」
「ええ~~っ!!」
 その頃、皮味は滑落(かつらく)で捻挫(ねんざ)した脚を引き摺(ず)りながら、山岳救助隊に支えられて下山していた。むろん、楽しい気分どころの話ではない。昼も食べていなかったため、空腹でグゥ~~ッと腹が鳴り、散々な目に遭(あ)っていたのである。
 美味(うま)い話には危険が付き物で、楽しい気分を味わうなら、近道をせず急がば

 

 分かれ道に出食わしたとしよう。片方は目的地に早く着く近道(ちかみち)だが、高低差のある滑落(かつらく)しやすい危険な坂が待っている。もう片方はかなり遠巻きながら、高低差が小さい穏やかな道である。さて、あなたならどちらを選ばれるだろう。^^
 とある山を登山中の男、煮干(にぼし)が分かれ道にさしかかった。煮干は立ち止まり、徐(おもむろ)に登山マップを広げた。
「さて、どうするかだ…。この地図によれば、左が近道だが、少し高低差がある…。まあ、急ぐこともないから穏やかな右にするか…。せっかく来たんだ、楽しい登りがいいからな…」 
 煮干は躊躇(ちゅうちょ)することなく決断し、右側の道を登っていった。いい景観が展望できる九十九(つづら)折りの道を、煮干は楽しみながら少しずつ登り、やがて峠に差しかかった。
「さて、ここいらで昼とするか…。少し先に出た皮味(かわみ)さんは近道を登る・・と言ってらしたが、頂上で食ってんだろうな…」
 煮干は快晴の空の下(もと)、小気味いい微風を受けながら、持参した弁当を広げた。しばらくして食べ終えた煮干は、ふたたび登り道を少しずつ頂上へと近づいていった。
 頂上の山小屋へ登り着いたとき、そこに皮味の姿はなかった。
「あの…他に登ってきた人はいませんか?」
「ああっ! そういや先ほど救難者が出たって、山岳救助隊が向かいましたよっ!」
「ええ~~っ!!」
 その頃、皮味は滑落(かつらく)で捻挫(ねんざ)した脚を引き摺(ず)りながら、山岳救助隊に支えられて下山していた。むろん、楽しい気分どころの話ではない。昼も食べていなかったため、空腹でグゥ~~ッと腹が鳴り、散々な目に遭(あ)っていたのである。
 美味(うま)い話には危険が付き物で、楽しい気分を味わうなら、近道をせず急がば回れ・・の精神が肝心だというお話である。^^

                          完

 

 

 

 

 

                  完

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2020年5月20日 (水)

楽しいユーモア短編集 (20)時の流れ

 今の時代、時の流れが早い・・と、よく言われる。これは昭和2、30年代の頃と比べ、格段に移動手段が発達した結果とも考えられる。昭和2、30年代当時は、そんなに移動手段が発達しておらず、地方道には人の歩く姿か自転車が見られたぐらいだった。それが昨今では、深夜の一定時間を除き、車がひっきりなしに走る時代へと変貌(へんぼう)している。時の流れでこうも変化することを、当時の人々は予想しただろうか? 時の流れで変化が生まれることは仕方ないにしても、長閑(のどか)な楽しい気分が損なわれ、殺伐(さつばつ)とした雰囲気が巷(ちまた)に蔓延(はびこ)ることが果たして社会の発展と言えるのか? と疑問が湧(わ)くところだ。どうして、うどんのあんな美味(うま)い出汁(だし)が作れるのか? という疑問とは、まったく関係がない。^^
 とある繁華街の一角を、ウロウロと一人の老人が目的の建物を探して歩いている。そこへ、一人の中年男が対向から近づいてきた。
「あの…つかぬことをお訊(き)きしますが、この辺(あた)りにホニャララ座というのはございませんか?」
「ホニャララ座? …そういや、20年ばかり前、この近くにあったな、確か…。おじいさん、もう取り壊(こわ)されて、今はねえよっ!」
「そうでございましたか…。時の流れは早ようございますな。で、今は?」
「今かい? 今は、ほらアソコのニャゴワン劇場!」
「ニャゴワン劇場でございますか? なんとも賑(にぎ)やかそうな劇場でございますな」
「そら、そうだよっ! 出てるのが漫才のチュンチュン兄弟、カアカア、コント・ニワトリなんて喧(やかま)しい連中だからっ!」
「ハッハッハッ…まるで鳥の劇場ですなっ!」
「そうだな…」
「ホニャララ座は演劇専門で、特に後退座の[瞼(まぶた)の母]なんて、ようございましたが…」
「今は漫才、漫談、コント、マジックが中心だね」
「いや、どうも…。笑って帰りますかな、ははは…」
「それじゃ!」
 二人はふたたび歩き出し、擦(す)れ違って別れた。
 時の流れで建物が変ろうと、楽しい気分を味わいたい…と思う人の気持は変らない・・というお話である。^^

                         完

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2020年5月19日 (火)

楽しいユーモア短編集 (19)不謹慎(ふきんしん)

 世間の常識に合っていないと、『あの人は不謹慎(ふきんしん)だっ!』と思われたり言われたりする。これといって間違っている行動でもないのに、そう言われたり思われるのは楽しい気分が損なわれ、誰でも面白くないだろう。この不謹慎・・という目に見えない社会的な規範めいたものは、いったいどうして生まれるんだろう? などと考えてみよう。そんなことを考える暇(ひま)があったら、掃除の一つでもしろっ! と言われれば返す言葉はないが、まあ、この場合は美味(びみ)なコーヒーなどを啜(すす)っていただき、笑い飛ばしていただきたい。お菓子も付けますっ!^^
 とある映画館の中である。多くの観客がスクリーンの映像に目を奪われる中、一人の観客が、ムシャムシャ! と人の目を気にすることなくコンビニ弁当を食べている。別に映画館の中で食べてはいけない・・という決まりがある訳でなく、大声を張り上げてもいないから、周囲の観客が、とやかく言う筋合いではないのだが、映画館の中には目に見えない規範めいた雰囲気が漂っていて、この観客は不謹慎に映るのである。
「オホンッ!」
 隣の観客が、『集中できんじゃないかっ!!』という迷惑そうな目つきで弁当を食べる観客を一瞥(いちべつ)し、咳払(せきばら)いをした。だが、食べ続ける観客はまったく意に介せず、楽しい気分で食べ続ける。そして、グビッ! とペットボトルのお茶を間(あい)に飲む。それが余計に腹立たしいのか、隣の観客は、また咳払いを一つ、強めに『オホンッ!!』とやった。ところがその声を迷惑に思った隣の隣の観客やその後ろの観客が、『集中できんじゃないかっ!!』という迷惑そうな目つきで隣の隣の観客を一瞥し、咳払いをした。ところが、その隣の隣の観客や後ろの観客の咳払いが、『集中できんじゃないかっ!!』という迷惑そうな目つきで隣の隣の隣の観客や後ろの後ろの観客が隣の隣の観客や後ろの観客を一瞥し、咳払いをした。こうして咳払いは波状的に館内全体に広がり、とても映画に集中できるような状態ではなくなった。
 これが、不謹慎が生まれる過程と、楽しい気分が損なわれる結果である。^^

                           完

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2020年5月18日 (月)

楽しいユーモア短編集 (18)マンネリ

 マンネリという言葉がある。いくら楽しいことだって、常態化すれば、ちっとも楽しくなくなる状態だが、この状態をマンネリと人は言う。相思相愛でアツアツだった二人が、結婚後、数十年経つうちに、どちらかといえば相手が煙(けむ)く思える状態・・これはマンネリというより倦怠(けんたい)だろう。^^
 街の商店街にある餅屋の前を一人の老人ご隠居がスゥ~~っと通り過ぎた。それを見ていた店主が訝(いぶか)しげに声をかけた。
「おやっ! ご隠居!! 今日は寄られないんですかっ!?」
「ああ、これはご主人…。いや、少し腹具合が悪いもんでしてねっ!」
 実のところ、腹具合など少しも悪くないご隠居だったが、軽く暈(ぼか)した。
「毎日、寄られるので、どうかされたのかと思いましたが、そうでしたか。お大事に…」
 店主は軽く頭を下げた。軽く暈したご隠居は、店主に軽く頭を下げられ、思わず自分が悪人にでもなったような気分がした。時代劇ファンのご隠居にとって悪人は正義の味方にバッサリ斬られるとしたものだったから、自分も斬られてはっ! …と思えた。
「い、いや…そ、そんなに悪いってこともないんですがな。そうだっ! 腹具合が治(おさ)まってから食えばいいか…。いつものように包んでもらいますかな」
 ご隠居としては、マンネリで今日は余り食べたくないもんで…とは、口が裂(さ)けても言えなかったから、また軽く暈した。
「あっ! さよですか。では…」
 店主には理由が薄々(うすうす)、分かっていたが、ご隠居を甚振(いたぶ)るようなことはせず、軽く応じた。ご隠居はいつもの額を支払うと、餅の包みを受け取って店先から軽く消えた。
 楽しくないマンネリ気分は、軽く暈すことで楽しい気分に変化する訳である。お相撲では、これを軽くいなす・・と言う。…言わないかっ!^^

                            完

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2020年5月17日 (日)

楽しいユーモア短編集 (17)番組

 テレビのリモコンを押しても、観たい楽しい番組がなければ、思わずチャンネルを変えたり切ってしまうことだろう。では、人にとって毎週観たい楽しい番組とは何なのか? ということになる。もちろん個人の嗜好(しこう)性もあるから、それぞれ違ってくることは否定できないが、総じて観たいと思える最小限の条件を炙(あぶ)り出すことにしよう。いや、どうせ炙るなら焼き鳥か焼肉、またはカツオの叩(たた)きにしてくれっ! と言われる方はそうしていただければそれでいい。^^
 とある家である。どこにでもいるような男がカップ麺を食べながらテレビを観ている。テレビの芸能人は美味(おい)しそうな料理を食べながら楽しく寛(くつ)いでいる。
「チェッ! 美味(うま)いもの食って楽しんでりゃ世話ねえやっ!」
 男は観ていた番組が気に入らなかったのか、リモコンのチャンネルを変えた。カップ麺⇔美味しい料理という余りにも違う現実とのギャップにイラッ! としたのである。次の画面には殺人事件を捜査するサスペンス番組が映った。
「チェッ! また事件かいっ! 現実が、益々(ますます)、悪くなっちまうっ!」
 男は番組が気に入らなかったのか、またリモコンのチャンネルを変えた。すると、次の画面には楽しそうに釣りをする魚釣り番組が現れた。
「ほうっ! 楽しそうに釣ってるなっ! まっ、これはいいが、時間がかからぁ~」
 男は、すぐ楽しい気分になりたかったのか、またチャンネルを変えた。現れた画面は芸能人が楽しそうに旅する旅番組だった。
「チェッ! 勝手(かって)に旅してろっ!!」
 男はここ数年、旅に出る機会がなかったせいか、すっかり気分を害して、チャンネルをすぐ弄(いじ)った。次に画面に現れたのは歌番組だったが、生憎(あいにく)、男が聴きたいような歌ではなかったから、またまたチャンネルが変わった。画面に現れた番組は、何人かの芸能人が楽しそうに話しているバラエティ番組だった。
「チェッ! 自慢ばかりしてやがるっ! 東大の大学院! フンッ! てめえなんざ、犬吠崎の灯台で十分だっ! そんな自慢話、聞きたくもねえやっ!」
 男は、またチャンネルを変えた。そして、ようやく男がコレはっ! と思える演芸番組が映し出された。
「ははは…こういう番組でいいのさっ!」
 男は単純に笑える番組がよかった訳である。
 これは飽くまでも、この男が楽しいと思った番組の話であり、楽しい番組は人それぞれだということを付け加えたい。^^

                          完

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2020年5月16日 (土)

楽しいユーモア短編集 (16)好(この)み

 人それぞれに好(この)み・・というものがある。好みが達成されれば、人は楽しい気分となる。だが、そういつもいつも自分の好みどおりになる訳がない。多くの人の中で生活していれば、当然、他の人の好みも受け入れねばならないからだ。例えば、美人や美男子よりオカメやヒョットコが好みの人がいたとして、『ええ~~っ! あんなのがっ!?』と思ったところで、当の本人の好みなら致し方ない。まあ、この場合、自分には関係ない話なのだか…。^^
 三人の中年男が、喫茶店の席で喧嘩(けんか)するでなく口論している。
「いやいやいや、私は三杯は入れますよっ!」
「そんなにっ! そりゃ甘過ぎるでしょうがっ! まあ、二杯が限度ですよっ! 現に私の好みは二杯なんですからっ!!」
「お二方(ふたかた)、何をおっしゃるっ!! コーヒーてなもんは、ブラック! ブラックに決まってるじゃありませんかっ!!」
「ええっ! そりゃ、いくらなんでも苦(にが)いっ!」
「苦いって、アンタっ! それが美味(うま)いんじゃないですかっ!」
「まあまあまあ、そう興奮されずっ!」
「興奮してるのは、アンタじゃないかっ!」
「いやいや、私(わたし)ゃ、興奮なんぞしてませんっ! ただ私の好みを言ったまでですっ!」
「私だって好みを言っただけですっ!」
「私もですっ!」
「… … だったら、それでいいじゃないですかっ!」
「ええ、まあ…」「さよですな…」
 三人は沈黙して、それぞれの好みでコーヒーを飲み終えたあと、仲よく別れた。
 好みが自分に合っていれば、人は関係ない・・ということになる。ただ、好みを人に主張するものではないようだ。^^

                            完

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2020年5月15日 (金)

楽しいユーモア短編集 (15)休日

 日本人は外国人に比べ、休日の過ごし方が下手(へた)、いや、それは少し言い過ぎだろうが、十分に謳歌(おうか)していないと言われる。誰に言われるかって? それは、もちろん外国の人々に、である。外国では休日の過ごし方が小粋(こいき)で垢(あか)抜けているのだ。それは、楽しい気分を味わうためには余り他人の目を気にしない・・という社会的に自由な風土によるもののようである。そこへいくと日本人はギシギシとした慣習的な社会常識に左右され、楽しい気分を味わえないお馬鹿さんなのかも知れない。^^
 大型連休の、とある会員制・高級レストランの出口である。食事を終えた満足そうな老紳士が駐車場の車へ向かおうとしている。むろん、お抱え運転手は車中で待機中だ。そのとき、車から降り立ったもう一人の老紳士がレストランへ入ろうとした。二人は擦(す)れ違いざま、立ち止まった。
「ああ! 霜柱乳業の会長! 先月のゴルフ以来ですなっ!」
「おお! これはこれは、月進食品の会長! 奇遇ですなっ! これからお食事ですかな?」
「ええ、まあ…。この年になりますと、連休で外国ってのも億劫(おっくう)になりましてな」
「いや、それは、私(わたくし)も同様(どうよう)です。この年になり、楽しい! と思える休日の過ごし方をようやく学ばせていただきましたよ、ははは…」
「休日の楽しい過ごし方・・そういや、外国の方はお上手(じょうず)ですな」
「確かに…」
「これから、どちらへ?」
「楽しみにしております狂言を…」
「さよですか。楽しいのが何よりです。私も食事の後(あと)、歌舞伎を予約しております」
「ほう! 歌舞伎をっ! 歌舞伎もいいですなっ!」
「また、ご一緒に…」
「楽しみにしております。では…」
 そう言うと軽く一礼し、霜柱乳業の会長は待たせた車へと向かった。月進食品の会長も軽く一礼し、レストランへ姿を消す。
 まあ、プロセスタントな庶民には縁遠(えんどお)い、ブルジョア層の楽しい休日の過ごし方ではある。^^

                            完

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2020年5月14日 (木)

楽しいユーモア短編集 (14)ルンルン気分

 楽しいとルンルン気分になる。まあ、ルンルン気分にまでならない場合も多いが、楽しければ楽しいほど心が躍(おど)り、ルンルン気分が、こんちわっ! とやってくることは間違いない。このルンルン気分というのは、かなりテンションが高く、陰気(いんき)な人でも陽気(ようき)に変えるだけのパワーを持っている優(すぐ)れものだ。こういうのを味方につけておけば、人生、総(すべ)てにおいて悪くなろうはずがなく、楽しい生活を送れると、まあ話はこうなる。^^
 とある区役所の、とある課である。
「おいっ! 今日の課長、偉(えら)くご機嫌がいいなっ!」
「シィ~~!! 声が大きいっ!」
「ああ…」
「だが、確かに、そうだな…」
「だろっ!? 鼻唄で決裁印(けっさいいん)、押してるぜっ!」
「ルンルン気分だな…」
「あんな課長、見るのは、数年に一度くらいのもんだっ!」
「ああ…何かあったのか?」
「そりゃ当然、何かあったんだろう。でなきゃ、ああはならんぜっ!」
「だなっ! あの感じだと、今いきゃ、額(ひたい)にペタンっ! とハンコ押されるか?」
「ははは…さすがに、それはないだろうが…。まあ、何があったかは知らんが、職場が楽しいに越したことはないっ!」
「ああ…」
 二人は話をやめ、デスクに置かれた書類の仕事を、ふたたび続けた。実のところ、この課長のルンルン気分というのは、久しぶりに入手(にゅうしゅ)できた鯥(むつ)[メロ]で調理された好物の味噌焼き入り愛妻弁当が待っているからだった。
 このように、人はどんなことで楽しいルンルン気分になるか分からないのである。^^

                            完

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2020年5月13日 (水)

楽しいユーモア短編集 (13)本質

 楽しいと思える本質について考えてみよう。少し小難しい言い回しなので、もう少し噛(か)み砕(くだ)いて表現すれば、楽しい! と思えるその原因、理由について考えるということである。そんなもの、楽しいから楽しいに決まってるじゃないっ! …と、オバちゃん連中に言われれば、それもそうだから、そう思われるオバちゃん方は、お茶を飲みながら煎餅(せんべい)でも齧(かじ)ってテレビを観ていて下されば、それでいい。^^
 ここは、とある学校の放課後の職員室である。
「どうされました? 鳥肌(とりはだ)先生。最近、少し元気がないようですが…」
「ああ、これは寒疣(さむいぼ)先生でしたか。どうも最近、楽しい気分がしないんですよ」
「楽しい気分がしないとは?」
「教えてましてもね、ちっとも教える喜びというか…何と言うか…」
「教える喜びですか?」
「はい…」
「もう一度、教育とは何か・・について、その本質をお考えになってはいかがでしょう」
「教育とは何か・・ですか?」
「はい、そうです。教育の本質について、です。見つめ直せば教える楽しい気分も戻(もど)ると思いますよ、きっと」
「ありがとうございます。そうしてみます…」
 その一週間後である。
「おお! 鳥肌先生! すっかりお元気になられたようですね?」
「はあ、お蔭(かげ)さまで…」
「教育の本質がお分かりになったようで」
「いいえ、ちっとも…」
「えっ!?」
「教育の本質は分からなかったんですが、楽しいと思える本質は分かりました」
「そ、それは、何ですっ?」
「はい、帰って食べられる一個の饅頭(まんじゅう)ですっ!」
「饅頭? ですか?」
「はいっ! 饅頭です。私、無類の甘党なんですが、ここんとこ、その饅頭が手に入らず、食べられなかったからだと思います」
 楽しいと思える本質は、意外なところに隠されているのである。^^

                           完

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2020年5月12日 (火)

楽しいユーモア短編集 (12)寂(さび)しさ

 寂(さび)しさを紛(まぎ)らわすため、人が楽しい気分を味わいたくなる・・という感情の変化は仕方がないように思える。楽しい気分になることで寂しさを忘れ去る訳である。これはむろん、寂しさに限ったことではなく、辛(つら)いことや腹立たしいことが生じたときも当然、含まれるが、ここでは寂しさにポイントを絞(しぼ)って話を起こすことにしたい。寂しいのは嫌だっ! と思われる方は、テレビの楽しい演芸番組でも観ていて下されば、それでいい。^^
 ここは、とある映画撮影所の現場である。映画監督がしきりと声を高める中、撮影が進んでいる。
「シーン16[じゅうろく]、カット2[ツゥー]っ! はいっ!! … ? カット、カット!! どうしたのっ? 主役はっ!!」
「はい。先生、『どうも、こういう寂しい感じのセットは嫌(いや)だ』と申されまして…」
「なにっ! それで来ていただけないのかっ?」
「はい…」
「…そう言われてもなぁ。仕方がないっ! 楽しい気分になるBGMを挟(はさ)んでくれっ!」
「台本にはありませんが…」
「いいんだっ! 主演がいなきゃ撮(と)りようがないじゃないかっ!」
「どんなやつをっ?」
 助監督は、それとなく下手(したて)に出て訊(たず)ねた。
「君なら分かるだろっ!」
「はい…」
 助監督が消え、しばらくすると賑(にぎ)やかで楽しいリズムのBGMが流れ出した。
『監督、こんな感じで、どうでしょ!?』
 助監督の声が音楽のあと、空中を飛ぶ。
「馬鹿野郎!! 賑やか過ぎだっ! これは悲劇だぞっ!」
『しかし監督、悲劇に楽しい音楽ってのは…』
「あるだろうがっ!? … … ないか…。撤収(てっしゅう)!!」
 監督はそう告げると、この日の撮影を断念した。
 寂しさを消す楽しい音楽はあるが、悲劇に合った楽しい音楽はない・・という当たり前のお話である。^^

                           完

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2020年5月11日 (月)

楽しいユーモア短編集 (11)どうなるっ!?

 楽しいと、その後の展開がどうなるっ!? を、そうでない場合と比較して考えてみよう。あんた、暇(ひま)だな…と思われる方もお有りかと思うが、考えてみたいのだから仕方がない。ということで、そういう興味のない方々は昼寝をしていてもらっていても、いっこう構わない。^^
 先だって起きたことに、野暮用というのがあった。思ってもいなかった靴下に穴が開いてシャツが破れていたのだ。これから楽しい番組を観よう! としていた矢先だったから、気分はダブルパンチに半端(はんぱ)なく悪く、楽しい気分どころか、返って腹立たしいくらいになった。結局、VTR[録画撮り]で、かろうじて難を逃(のが)れたが、楽しい番組のどうなるっ!? は、やはり捨ておけなかった・・ということだ。^^
 とある映画館の、とある席である。一人の男が食い入るようにスクリーンに見入っている。それもそのはずで、映画はいよいよ最後のクライマックスへ差しかかろうとしている矢先だった。
『そうよっ! フフフ…俺がやったのよっ! やっと、気づきやがったかっ! 冥土(めいど)の土産(みやげ)に聞かせてやろうか、その訳をっ! おめえの、とっつぁんはなっ! 俺の親父(おやじ)やお袋を借金苦の上、死なせちまったのよっ! おめえも道連れにしてやるぜっ!』
 男は映画の悪くなっていく展開に、この先どうなるっ!? と、スクリーンに映し出された憎々(にくにく)しげな悪役を、キッ! と腹立たしい目つきで見据(みす)えた。
「待ちなっ!」
 そのとき、渋い声とともに盛り上がるBG[効果音楽]が流れ、悪役の前に主演の男が入口の戸を開けた。着流しに抜いた刀(かたな)を片手にした姿が格好いい。
「おめえさんに恨(うら)み辛(つら)みはござんせんが、渡世の義理ですっ! 死んでもらいますっ!!」
 主役のそのひと言に、男は、『そうだっ! やっちまえっ!』という気分で、思わずパチパチと拍手した。隣(となり)の席の客が顔を男に向け、嫌(いや)な目つきで咳払(せきばら)いをする。男は一瞬、自重(じちょう)したが、この先、どうなる!? と、逆転したいい展開に、『頼んだぞっ!』とばかりに縋(すが)るような目つきになった。そして、主役の男を追うように思わず席から立ち上がる。隣の席の客が、ふたたび顔を男に向け、嫌な目つきで咳払いをする。男はまた一瞬、自重(じちょう)して席へ座る。
 このように、どうなるっ!? という気分は、人の心の奥底を露呈(ろてい)し、その気分で行動を変化させるのである。^^

                            完

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2020年5月10日 (日)

楽しいユーモア短編集 (10)既成概念(きせいがいねん)

 小難(こむずか)しい既成概念(きせいがいねん)という言葉がある。それは一般常識的なもので、人の心を縛(しば)りつける目に見えない感情だ。この手の概念は、時折り人を楽しい気分から遠退(とおの)けたり萎縮(いしゅく)させたりして、考える自由を妨(さまた)げるから困りものだ。一時的な出来事なら、それはそれでいいのだろうが、これが常態化すれば慣習となって社会に蔓延(はびこ)り、さらに進んで慣習法などという具合悪い法律になってしまうから怖(こわ)~~ぁい。^^
 二人の人が高層ビルが立ち並ぶ街路の一角で立ち止まり、ヒソヒソと話をしている。
「いや、そりゃ~~ぁ、具合が悪いでしょ!」
「…どうして? 別に構わんじゃないですかっ!」
「いくらなんでも、肉屋さんで肉1トンも買う人がいますっ!?}
「肉屋さんは大儲(おおもう)けなんだから、それでいいじゃないですかっ!」
「そりゃそうですが、だいいち、そんなに在庫が店にある訳(わき)ゃない! 肉屋さんを困らせちゃ…」
「いや、すぐにっ! と言っとる訳じゃない。ずぅ~~っと毎日、ステーキを食べたいからっ!」
「そんなにっ? いくらなんでも常識ってもんがあるでしょ!」
「どういう常識です?」
「ですから、まあ、1キロとか500グラムとか…」
「そういうのを既成概念・・って言うんですよっ! ダメだなぁ~あんたっ! それじゃ楽しい、いい国になりませんよっ!」
「肉1トンで楽しい、いい国ですかっ!!?」
「はい! 必ず楽しい、いい国になりますっ! 既成概念を無(な)くせばっ!」
「…そうですか。今度の閣議でそう言っておきましょう!」
 二人は互いに軽く一礼すると左右に別れた。
 肉1トンの注文で国がよくなるかは疑問だが、既成概念の打破(だは)や撤廃(てっぱい)が新たな楽しい展開を可能にすることは事実のようだ。余談ながら、[いい国、作ろう鎌倉幕府]成立は、ご存知のとおり1192年である。^^

                           完

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2020年5月 9日 (土)

楽しいユーモア短編集 (9)頑張らないとっ!

 頑張らないとっ! と意気込むと、楽しい物事も楽しくなくなる。いや、そればかりではない。上手(うま)くいかないことだってある。さらに、空(から)回りして怪我(けが)をすることさえ起こる。まあ、そう意固地(いこじ)にならず、ゆったりと構えればいいことになる。^^ これは、そうした一例である。
 大相撲の本場所が国技館で賑(にぎ)やかに行われている。アナウンサーと解説者が盛(さか)んに語り合っている。
「どうなんでしょう? かなり気合いが入ってましたが…」
「気合いの入り過ぎだったんじゃないですか? 気持ちは頑張ってましたがねっ! 肝心(かんじん)の身体(からだ)が頑張ってませんでしたなっ!」
「ということは、動いていなかった・・ということでしょうか?」
「そうですっ! 頑張らないとっ! が空回りして、そこを引き落とされましたね。身体が動いていれば、そう簡単には食いませんから…」
「なるほどっ!」
「私も昨日(きのう)、家(うち)の嫁に引き落とされましたっ!」
「ははは…引き落とされましたかっ?」
「いやぁ~、相手もなかなかの曲者(くせもの)ですなっ! 結局、臨時の小遣(こづか)いは貰(もら)えませんでした…。敗因は、貰おう貰おうという気持ちの頑張り過ぎですなっ! 『あら、そお!』でお終(しま)いっ!」
「それは欲の出し過ぎでしょ?」
「そうなりますか?」
「ははは…はい。あっ! 次の一番が制限時間ですっ!」
「ははは…話も頑張らない方がいいですなっ!」
 頑張らないとっ! は、返って楽しいことにはならないようだ。^^

                            完

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2020年5月 8日 (金)

楽しいユーモア短編集 (8)敬老の日

 敬老の日という祝日がある。では、どの年齢から敬(うやま)われるのか? という素朴な疑問が、中高年に近づくと、沸々(ふつふつ)と湧(わ)いてくる。「そんなの、自分が老いた…と感じる年からなんじゃない?」などと、余り気にならず素(そ)っ気(け)ない人もいるだろうが、そこはそれ、暇(ひま)に任(まか)せて考えてみるのも楽しい。^^ 普通の概念では年金が支給される年齢に達した人・・と考えるのが相場だが、還暦を越えていても、いやいやいや…私はまだまだ現役だっ! と意気健康な人もいるだろうから、そういう人の場合はどうなんだろう? という疑問が生まれてくる。^^ 『そら、そういう人は老いてないんだよ』と言われればそれまでだが、敬老されるお年はお年なんだからっ! と言う人があれば、それもそうだな…ということになる。
 とある公民館で、お年寄り達が敬老の日のお祝いの会に出席し、狂言を鑑賞している。国営放送の大河ドラマにも出演したことがある超有名な狂言師を招いてのお祝いの会だが、そのこと自体が不思議なのか、会場の至るところでヒソヒソ話が囁(ささや)かれている。その中の二人の老人の会話である。
「よく、こんな片田舎へ来てもらえましたなっ!」
「それそれっ! なんでも、ここの町長のご友人だそうですよっ!」
「ほう! なぜ、町長が芸能関係の人と?」
「それなんですがねっ! 実は町長、若い頃、今の狂言師の先代の弟子だったそうなんですっ!」
「エエッ~~!! 町長が狂言師?!」
「いやまあ、そんな時代もあったらしい・・という程度の話なんですがね」
「誰からお聞きになりました?」
「確か、去年の敬老の日の会で…」
「そうですかぁ~。敬老の日は、いろいろ不思議なことが起こるんですなっ!」
「確かに…。婦人会奉仕の鶏肉入り炊き込みご飯なんて、家(うち)の嫁なら、絶対に食べられませんっ!」
「婦人会にはお入りなんでしょ?」
「ええまあ…。婦人会は団体ですからなぁ。個人では、という話です」
「ははは…敬老の日、様様(さまさま)ですなっ!」
「はいっ! 敬老の日、様様です、ははは…」
 二人は敬老の日で大いに盛り上がった。敬老の日は、いろいろと楽しい変化が多い日のようだ。^^

                           完

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2020年5月 7日 (木)

楽しいユーモア短編集 (7)休みの前

 休みが終った後(あと)は誰も気分が後退し、『ああ、また明日(あした)から学校か。テスト、嫌だな…』とか、『また仕事か。契約、取れるといいが…』などと思ったりもするが、休みの前は気分がウキウキと弾(はず)み、誰も楽しいものだ。まあ、中には仕事が生き甲斐(がい)で、ちっとも楽しくないという風変わりな方もおられるだろうが、概(がい)して楽しいものである。この休み前の気分を考えてみよう。そんなことはどうでもいいから、美味(おい)しいサンマを温(あった)かいご飯で食べよう!! と決意された方は、そうしていただけば、それでいい。^^
 ここは、とある動物園である。連休ということもあり、休みの前は閑散(かんさん)としている園内が大勢の家族客で賑(にぎ)わっている。
「おおっ! 今年も台風ですねっ!」
「新人、来たかっ!」
 飼育員の年配職員、飼桶(かいおけ)は、去年、入った若い職員、秣(まぐさ)に振り向きざま返した。秣は飼桶の交代職員だった。
「なんか、台風の前、最中(さいちゅう)、後に似ていませんかっ?」
「だな…。まあ、園内が壊(こわ)れないだけいいかっ! ははは…」
「芥(ゴミ)は、かなり出ますがね…」
「そうだな! 芥が被害だな、ははは…」
「清掃員は大変ですよね」
「まあ、それが仕事だからな…」
「動物達も疲れるんでしょうか?」
「ああ、そうかもな。こいつらもお客さんに愛想(あいそ)振り撒いてるのかも知れん…」
「休みの前は億劫(おっくう)なんでしょうかねっ?」
「ははは…そこまで、こいつらは考えんだろうが…」
「ははは…考えてるかも、ですよっ!」
「ははは…かもな・じゃあ、あとは頼んだぞ、秣!」
 飼桶はそう言うと、サッ! と格好よく姿を消した。
「はいっ!!」
 すでに飼桶の姿はなかったが、秣は大声で返した。休みの前も休みの後も変らない視線で、動物達は秣を見ていた。そろそろ、餌(えさ)の時間が近づいていた。
 休みの前が楽しいのは、動物の中でも人間だけのようである。^^

                            完

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2020年5月 6日 (水)

楽しいユーモア短編集 (6)行楽(こうらく)

 行楽(こうらく)のシーズン・・と、よく言う。決して、ペタンッ!! と肌に貼(は)る薬の膏薬(こうやく)でもなければ、選挙で票を獲得するために立候補者が掲(かか)げる実現不可能に近い公約でもない。^^ 人々は誰もが楽しい気分でその日その日を送りたいのであって、苦(くる)しく苦(にが)い思いなどしたくないはずだ。まあ、苦しくても鍛えるスポーツや体力トレーニングは別だが…。こうした例外はあるものの、大よその行楽は楽しもう! という意欲に燃えて積極的に動く人々の行為だ。
 連休の大渋滞に巻き込まれたとある家族の車中の会話である。
「いっこう、進まんなっ!」
「だから言ったでしょ! 」
「ママ、おしっこ!!」
「んっ、もうっ!! もう少し、我慢しなさいっ!」
 母親は、そう言ったものの、進みそうもない車の渋滞に子供が漏らす危機を感じていた。
「おっ! そこに俺の飲んだあとのペットボトルがあるぞっ!」
「あなたにしては機転が効(き)くじゃないっ!」
「ああ、まあな…」
 褒(ほ)められたのか嫌味(いやみ)を言われたのかが分からない曖昧(あいまい)な気分で父親はボソッ! と返した。母親は子供が男の子でよかった…と妙な考えで言ったのである。そして、あっ! キャンプ用に持ってきたポリ袋があったわ…と、どうでもいいような心配の解決にホッ! としていた。
 行楽も一つ間違うと、楽しい気分が損(そこ)なわれて苦に変化するから注意しよう・・という、ただそれだけのお話である。^^

                          完

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2020年5月 5日 (火)

楽しいユーモア短編集 (5)ゲーム

 人は満足感、優越感、達成感といった楽しい気分を得ようとゲームをする。このゲームには、チェス、囲碁、将棋、麻雀といった高レベルなものから、ただ幼稚で楽しむだけの低レベルのものまで様々あり、分化をする。ただ、孰(いず)れにしろ勝つことによって人は楽しい気分に満たされたい訳で、誰も負けたくはないはずである。なぜ勝つと楽しい気分になるのか? までは分からない。^^
 とある総合体育館で卓球大会が行われている。各地区から選抜された選手達[聞こえはいいが、実は数合わせで否応なく出場することになった人々]が一堂に会し、トーナメント形式で試合が進んでいる最中(さなか)だ。そんな中、幾度となく出場して顔見知りになったのだろう。他地区の選手同士が話をしている。
「やあ! 今年もご出場ですかっ!」
「これはこれは! あなたも、ですか?」
「ええ、まあ…。一勝したいゲーム感覚ですよ」
「実は私も一勝したいばかりに、負けても負けても出ておりますっ!」
 個人戦の一回戦ですぐ敗退している弱い選手同士なのだが、どうして選手で出てくるのか? が、どちらも分からない。
「来年も来られますか?」
「はい、そのつもりでおります。出られれば、の話ですが…。あなたは?」
「はい、私も出るつもりでおります。なにせ楽しいですからなっ!」
「ははは…私も、ですよっ!」
「ははは…」
 二人の内心は、どちらも楽しいのではなく、何が何でも一勝したいっ! ただ、それだけの理由だった。
 ゲーム感覚は人を虜(とりこ)にする魔性を秘めている。^^

                            完

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2020年5月 4日 (月)

楽しいユーモア短編集 (4)する前、した後(あと)

 目の前に滅法(めっぽう)美味(おい)しいスイーツがあるとしよう。さあさあっ! とニヤけながら食べようとした瞬間、具合が悪いことに突然、俄(にわ)かな用事が舞い込んだとき、さて、あなたならどうするだろう? ^^ むろん、急ぎの用事なら、なんの迷いもなく用事を済ます筈(はず)である。ところが問題は、その用事がそんなに急ぎでもなく、明日までにやっておけばいい・・程度のことだった場合だ。当然、食べてからでもよく、食べる前でもいい訳である。要するに、する前、した後(あと)のどのタイミングで食べるか? ということになる。「いつ食べようとそんなの、本人の自由だろっ!」と言われる方もおられることだろう。その通りだが、ここでは楽しい気分に焦点(しょうてん)を絞(しぼ)り、どちらが先ならどうなのか? という点で話を起こすことにしたい。起こさないで眠らせておいて欲しい…と思う方は、そのままグゥ~スカと鼻提灯(はなぢょうちん)でも膨(ふく)らませて眠っていて下されば、それでいい。^^
 とある家庭の日曜の一場面である。
「パパっ! スキ焼が煮えたよっ!」
 今年で小学四年生になる長男がキッチンから声を投げた。
「ああ、分かったっ! 今行くからっ!!」
 一応そう言っておこう…と返事をした父親だったが、内心では迷いに迷っていた。し始めた日曜大工が出来上がる矢先だったのである。出来上がる寸前の日曜大工が先か? あるいは美味(うま)そうに煮えたであろうスキ焼が先か? の二択(にたく)問題である。よくよく考えれば、日曜大工は食べてからでも出来る訳である。ところが、スキ焼きは家族に突(つつ)かれて食べられ、その原形を留(とど)めてくれはしないだろう。煮え過ぎたり、美味(おい)しい肉をほとんど食べられてしまう…という危険もある訳だ。ということは、すぐキッチンへっ! という結論が導かれる。父親は楽しい気分の違いで食い気を選択し、キッチンへと向かった。その後、ワイワイと楽しい気分で団欒(だんらん)をしながら食べ終えた父親は、さてっ! と日曜大工を仕上げようとした。ところが、そのとき緊急の呼び出し電話が病院から入ったのである。急患が担(かつ)ぎこまれた・・という内容だ。むろん、日曜大工を続けているどころの話ではない。父親はそのまま急いで車に飛び乗り、勤務先の病院へ急行する破目に陥(おちい)った。結局、完成前の日曜大工は持ち越しとなり、その後も諸事の都合が重なり、未(いま)だに完成していないそうだ。
 する前、した後・・どちらを選ぶかは本人の自由だが、楽しい気分は後に取っておいた方がいいのか、それとも味わってしまった方がいいのか? という卵とニワトリのような、どぉ~~でもいいお話である。^^

                          完

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2020年5月 3日 (日)

楽しいユーモア短編集 (3)日課

 毎日のお決まりを苦もなく熟(こな)すことを日課と人は呼ぶ。苦に思えば、三日坊主の名のとおり、いつの間にか立ち消えてしまうだろう。それが続いて日課となれば、これはもう、本人が苦に思っていないと断言する他(ほか)はない。日課が続くには、本人にその日課の楽しい一面が潜在意識として存在している必要がある。ただし、日課が悪く作用すると生活習慣病になることがあるから注意したいものだ。^^
 ご隠居が日課にしている盆栽鉢の手入れを楽しい気分でしている。選定用に態々(わざわざ)買い求めた小鋏(こばさみ)の切れ具合を試(ため)しているようだ。
「ふふふ…どれどれ。おう! なかなか、よう切れるのう!」
 新品の鋏がよく切れるのは当たり前なのだが、ご隠居は楽しい作業ゆえか、ご機嫌がいい。そこへ、現れなくてもいいのに、この家の主人が現れた。さらに、現れるだけならいいのだが、声をかけなくてもいいのに、ご隠居に声をかけてしまったから、さあ、いけない!
「父さん、そろそろ夕飯ですよっ!」
「んっ?! 何だお前かっ! そんなことは分かっとるっ! 少し黙っていてくれっ!」
「はい。なんだ、お手入れでしたか。盆栽はそうは伸びませんから数日に一回程度でよろしいんじゃないでしょうか」
 このひと言が、ご隠居の怒りに火をつけた。
「やかましいっ!! 何も分からんくせにゴチャゴチャ言うなっ! 鉢物は一日でダメになる場合だってあるんだっ!!」
「そうなんですか…。私は余り知らないもので…」
「知らないなら、口を出すなっ!」
「はあ、もっともです。では…」
 これ以上、ご機嫌を損(そこ)ねては…と思えたのだろう。ご主人は早々に退散した。楽しい気分が消えてしまったご隠居は、続ける意欲をすっかり失(な)くしてしまった。
「まあ、今日は、これまでにするか…」
 腹が減っていたのか、スンナリと作業を終えたご隠居はキッチンへと急いだ。庭先には仕舞い忘れられた新品の小鋏がポツンと置かれていた。
『チェ! 忘れられちゃ、おいらはちっとも楽しかねえよっ!』
 小鋏が、そう言ったか言わなかったかは定かではない。^^ 
 日課は、楽しい気分が変化しない程度の継続が望まれるようだ。^^

                          完

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2020年5月 2日 (土)

楽しいユーモア短編集 (2)趣味

 趣味は私達人間にとって、実に楽しい時間を過ごせる大切な生活の一部である。趣味によって人は疲れた心を癒(いや)され、リフレッシュすることが出来る。いわば、心をケアする投薬の効果を持つ。しかしそれは、個人だけのものであって、赤の他人には何の効果も齎(もたら)さない。要するに、毒にも薬にもならない。『ふ~~ん、そうなんだ。あの人があんな趣味をねぇ~。ははは…物好きだな』くらいに思われ、笑われるのが相場ということになる。^^ だが、その人にとっては、その趣味の時間こそが楽しいのであって、『他人にとやかく言われる筋合いはないっ!』と言えるのも事実なのだ。
 とある小学校の一場面である。
「夏休みの宿題、出来た人っ!」
「はいっ!」「はいっ!」「はいっ!」…
 教室の生徒達は一斉(いっせい)に元気よく右手を上げた。
「はいっ! 毛羽(けば)君っ! 君は何を作ってきたのかな?」
 小学二年、星組を担任する女性教師の花瓶(かび)は柔和(にゅうわ)な声で優(やさ)しく訊(たず)ねた。
「先生、コレですっ!!」
 生徒の毛羽が元気のよい声で机の上の自慢作を高らかに上げた。
「何、それっ? 先生、分かんないわっ!」
「これは、おうちの牧場の羊さんの毛で作った羊さんですっ!」
「ふふふ…ややこしいのねっ!」
「ちっともややこしくないと思います。僕の楽しい趣味ですっ!」
「楽しい趣味? 先生、よく分かんないっ!」
「僕の趣味は、おうちの牧場の羊さんの毛を一本づつ引き抜いて集めることですっ!」
「ふ~~ん、変な趣味ねぇ?」
「僕が楽しいんだから、ちっとも変じゃないと思います!」
 女性教師の花瓶はしまった! と、一瞬、失言を悔(く)やんだ。
「ごめんね。先生、ついうっかりしてました。そうね、立派な趣味ですっ!」
「先生、もういいですか?」
「あ、有難う! もういいわよ、毛羽君」
 毛羽は立ち疲れていたのだ。
 変な趣味も楽しい趣味なのである。^^

                            完

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2020年5月 1日 (金)

楽しいユーモア短編集 (1)楽しい

 生きていく上で、楽しい世渡りが出来れば、誰もそれがいいに決まっている。そりゃ、そうだっ! と同感される方々も多いと思うが、苦もなくスイィ~~スイィ~~と楽しく人生を渡れるに越したことはない訳だ。^^ このユーモア短編集では、そんな日常のお話の数々を取り上げていきたいと思う。どうでもいい…とお思いの方は、秋の美味(おい)しい鳥肉入りの炊き込みご飯でも食べていただいていれば、それでいい。^^ 楽しい話・・まあ、苦しい話でもいいのだろうが、この方が取り上げるには楽しい気分になれる…と思えた、ただそれだけのズッコイ私的な理由である。^^ ということで、苦しい話の数々は後日に回すとして、いや、回らず、立ち消える可能性も否定は出来ないが、とりあえず話を起こすことにしたい。^^
 とある町の繁華街が大いに賑(にぎ)わっている。そんな中を二人の老人が歩きながら話している。
「最近は生きにくい時代になりましたなっ!」
「さよですなぁ~。私の孫なんぞ、疲れた顔で学校から帰ってきよります。理由を訊(き)くと、なんかいろいろと苦が多いそうですわっ!」
「ほう! それは?」
「詳しい話は分かりませんがな。どうも受験に向けた勉強が大変らしいですっ!」
「なるほどっ! その点、私らの時代は楽しかったですからなっ!」
「さようで。不出来な成績でしたが、大そう怒られることもなく、出来る者も不出来な者も楽しい毎日でしたっ!」
「そうそう! 陰湿なイジメも、ほとんどなかった。それに今は小難しい授業だそうですぞっ! 付いていくのが、やっとらしいですわ」
「私らのときに比べると、随分と難易度が高くなったみたいですなっ?」
「はい、どうもそのようで…。楽しみで入ったクラブ活動も出来んと言っとりました」
「そりゃ、お気の毒なことで…。お孫さんにはご無理をされんよう、よろしゅうお伝え下さい」
「有難うございます。…人込みを避(さ)けている間に、少し歩き疲れましたなっ!」
「おっ! アソコのカフェ前に手頃なテーブル席が出とりますっ!」
「よかったよかった! 美味(うま)いコーヒーでも啜(すす)りながら話の続きをするとしますかっ?」
「そうしましすかっ! 楽しいひとときが一番ですなっ!」
「そのとおりっ!」
 二人は意気投合し、楽しそうにソフトクリームを舐(な)め、もう片方の手で楽しそうに焼き芋を齧(かじ)りながら席についた。
 人生、楽しいひとときが一番! というお粗末なお話である。^^

        
                  完

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