« 2020年6月 | トップページ | 2020年8月 »

2020年7月

2020年7月31日 (金)

楽しいユーモア短編集 (92)知らぬが仏(ほとけ)

 知らぬが仏(ほとけ)とは上手(うま)く言ったもので、知らない内が花! 知ってしまえば地獄! みたいなことになるようだ。^^ 怖い事実を知らないから怖くなく楽しいのであり、怖いと分かれば、少しも楽しい気分にはならないだろう。優しく綺麗な女性に絆(ほだ)され、有頂天で結婚した迄(まで)はよかったが、悲しいかな、その女性はその後、豹変(ひょうへん)し、鬼嫁となってしまった・・なんて話もあるが、この場合は知っていた方がいいだろう。^^ その女性の本心は金目当てだったという訳だ。
 とある証券会社に設けられた投資係の一室である。中では一人の顧客が係員と話している。
「ははは…初めてなもんでしてね。株の知識は全(まった)く無いんですよ、実は…」
「でしょうな。妙な株をお買い求めだな…とは思ったんですよ」
「ダメでしょうか?」
「まあ、株を知ってる私らから言いますと、バツですかな、ははは…」
「バツですか…。なんかいいように思えましたが…」
「ダメですな、いや、ダメだと思いますよ。抜毛ホールディングスは二日ほど前も売り注文ばっかりでしたから…」
「そうですか…、ダメですか…」
「いや! お客様がどうしてもっ! と言われるんであれば買いますよ。ええ、買いますともっ!」
「だったら、お願いしますっ」
「損をされると思いますが、どうしてもっ! ということであれぱ…」
「買ってもらえます?」
「ええ、そりゃ、もちろん。私らそれが商売ですから」
 ひと月が経過したとき、抜毛ホールディングス系列のこの会社の株価はストップ高をつけていた。抜毛グループが新しい毛生え薬の発売に踏み切ったためである。
 達成すれば人は誰もが楽しい気分になるが、知らぬが仏は、思いもよらない予想外の達成力を秘めているのである。^^

                           完

|

2020年7月30日 (木)

楽しいユーモア短編集 (91)当期純利益(とうきじゅんりえき)

 どんなことにも言えることだが、当期純利益(とうきじゅんりえき)を考えて物事をするのは楽しい。別にお金に限ったことではなく、この現象を考えるのは、世の中の総(すべ)ての事象(じしょう)に当てはまるようだ。言っておくが、ケチることではない。^^
 今年で小学校一年になった雄太(ゆうた)はパパの雄一(ゆういち)が帰宅した途端、「ああっ! 当期純利益、当期純利益っ!」と口走るものだから、いつの間にか当期純利益を考えるようになった。雄一は会社の執行役員で常務取締役なのだが、会社の経営が上向く何かいい策はないか…と、絶えず考えていたのである。それが、当期純利益の口走り癖(ぐせ)となり、雄太を当期純利益の信奉者(しんぽうしゃ)にしてしまったのである。^^
「今日は我慢して¥70しか使わなかったから当期純利益は30円でしょ?」
 夕食のとき雄太は雄一に、それとなく訊(たず)ねた。
「んっ? ああ。まあ、そうなるかな。ははは…」
 雄一はあえて否定せず、暈(ぼか)して笑った。
「このぶんでいくと、僕は大金持ちだよね?」
「んっ? ああ。まあ、そうなるかな。ははは…」
 雄一は、また笑って暈した。そして、会社も笑えればいいがと、ボケェ~~っと思った。
 当期純利益が出れば笑える楽しい結果になる訳だ。^^

                           完

|

2020年7月29日 (水)

楽しいユーモア短編集 (90)買い落とし

 [買い忘れ]ならまだしも、[買い落とし]はいただけない。^^ いや! いただけないどころの相場ではなく、楽しい気分を台無しにするから、まったく放置できない厄介(やっかい)な出来事なのである。買い落とせば、買い物をしないのと同じという結果になる。大相撲なら、『買い落としっ! 買い落としてホニャララの勝ちっ!』とかなんとか、場内アナウンスが流れることだろう。^^ 完璧(かんぺき)な負けである。むろんそこには、本人の不注意があることは否定しようもない。ついウッカリも、時によりけり・・ということだ。^^
 暇岡(ひまおか)は妻に頼まれ、買い物に出た。スーパーは、いつもの賑(にぎ)わいを見せていた。頼まれたのは今夜の夕食に予定されたスキ焼きの具材である。焼き豆腐、白滝[糸コンニャク]、牛肉、長ネギ、シイタケ、菊菜etc.だ。お金は多めに渡されていたから、それほど難しい買い物とも思えなかった。暇岡は適当に買おう…と心に決め、スーパーへ入っていった。
 やはり、野菜からだな…と、瞬間、思えた暇岡は、まず菊菜とシイタケを買った。買うといっても置いてある品を買い物籠へ入れるだけである。次は長ネギ…と思いながら歩き進むと長ネギが、『ココ、ココっ!!』と主張するかのように立って置かれていた。二本もありゃ、いいだろ…と、暇岡は二本の長ネギを無造作(むぞうさ)に買い物籠へ入れた。どうも長いな、長ネギだけに…とつまらないことを思いながら、さて、次は白滝か…と巡り歩いた。すると、ビニール袋に入った白滝が、『ココよっ、ココよっ!』と言わんばかりに並ぶのが目に入った。当然、暇岡はポイッ! と買い物籠の中へ白滝の袋を放り入れた。最後に肉売り場で牛肉を買うとレジを普通に済ませた。普通に、というのは、この段階までは買い落としていなかったということである。さてそのあと、持ってきた買い物袋へ買った品物を入れた。あとあと暇岡が思ったのは、どうもこの段階で白滝を落としたのではないか? ということである。
「ただ今っ!」
「あっ! ごくろうさま。そこへ置いといて…」
 言わないでも置くよっ! …と思いながらキッチン台へ買い物袋を置き、暇岡は居間の座布団へドッカリと座った。テレビをつけ、録画しておいたテニス中継を観(み)始めたときだった。
「あらっ? 白滝がないわよ! 書いといたわよねっ!」
「んっなっ! あるだろっ!!」
 暇岡には、買った記憶が残っていたから、はっきりとそう言い返した。
「でも、ないわよっ!!」
「…」
 キッチンからテニスのような剛速球が返ってきた。恰(あたかも)もそれは、テニスのノータッチエースのようだった。暇岡は返せなかったのである。^^ 立ち上がった暇岡は、キッチンへと向かった。キッチンでは妻が袋の中の品を全部出して並べていた。
「ほらっ! これだけよっ!」
「妙だなぁ~~」
 暇岡はレジのレシートを確認した。
「ほらっ! 書いてあるだろっ!」
 確かにレシートには糸コンと印字された黒文字があった。
「でも、ないわよっ!」
 このとき、暇岡は買い落としたか…と、どこかへ落としたことを認めざるを得なくなった。犯人は見えない魔だっ! と、暇岡は勝手に魔の所為(せい)にした。^^
「仕方ない! 買ってくるよっ!」
 暇岡はバツ悪く、すぐに家を飛び出た。テニスの録画を楽しい気分で観れなかった暇岡は、厄介な魔だな…と、自転車を漕(こ)ぎながら思った。^^
 このように、買い落としは、楽しい気分を損(そこ)なうから注意が必要だ。^^

                          完

|

2020年7月28日 (火)

楽しいユーモア短編集 (89)マンネリ 2

 (18)でも語ったが、2 として、飽(あ)きもせず、また語りたいと思う。^^ いくら楽しいことでも、楽しい楽しい・・と続けば、ちっとも楽しいとは思わなくなる。マンネリである。マンネリは、いわば人間の倦怠(けんたい)、分かりやすく言えば、飽きっぽくなる・・という困った心によって生じるものだ。━ 大悲無倦(だいひむけん) ━ といかいう有り難ぁ~~い仏さまを称(たた)える四字熟語があるようだが、人間とは違い、さすがに仏さまは有り難く、マンネリで人々を救うのを飽きられるということはないという意味らしい。^^ で、当然、その有り難さで後光(ごこう)が射す・・と、こうなるようだ。^^
 とある野球場でナイターが賑(にぎ)やかに行われている。内外野席とも満員で、観戦者が所狭(ところせま)しと場内に詰めかけている。熱狂する多くの野球ファンの中、二人の男がテンションも上げず、静かに両チームの試合を観戦している。
「ほらっ! あんなプレーがあったら、次は絶対、ソウなるぜ…」
「だな…」
「ほらっ! なっ! やっぱり、ソウなったろ」
「ああ…」
 二人には、まったく覇気(はき)が見られず、マンネリ感が濃厚(のうこう)に漂(ただよ)っていた。
「だったら、観なきゃいいじゃないですかっ!!」
 業(ごう)を煮(に)やした後方席に座るファンが、とうとうブチ切れて立ち、声を出した。
「それもそうだな…。どうも、すいません」「どうも…」
 二人は静かに立つと頭を下げながら謝(あやま)り、楚々(そそ)と球場を去っていった。
 人はマンネリにならない程度が楽しいようだ。^^

                            完

|

2020年7月27日 (月)

楽しいユーモア短編集 (88)五感[その五 触覚(しょっかく)]

 さて、どん尻(じり)に控(ひけ)えしはぁ~~! と、ふたたび歌舞伎の白浪五人男の口上(こうじょう)調でガナるつもりは毛頭(もうとう)ないが、^^五感の最後として触覚(しょっかく)という知覚がある。肌触(はだざわ)りのいい下着を身に着け、フカフカの寝具(しんぐ)に身を包めば、これはもう至福という他はないだろう。楽しい快適な気分で安眠できる訳である。はたまた、男性ならば異性の柔肌を…まあ、これは教育上、余り宜(よろ)しくなく、多くを語らないが、^^ 語ってもらいたいお方もおられることだろう。私も語りたいのは山々である。^^ それはそれとして、そういうお方にはグッ! と我慢をしていただき、話を起こしたいと思う。^^
 触覚は、痛い、暖かい、冷たい、硬い、柔らかい、気持がいい・・などと身体が直接、感じる知覚だが、楽しい気分を味わうには、やはり快適な温度、肌触り・・といった触覚だろう。
 とある家の庭に面した軒先(のきさき)である。ご主人が剪定を終わり、お茶を飲みながら一息(ひといき)、入れている。
「どうも、この座布団は座り心地(ごこち)が悪いな…」
「そうお? いつも座ってるじゃない」
 妻は室内のテレビを観ながら煎餅(せんべい)をバリバリ! っと齧(かじ)っている。
「…まあ、そりゃ、そうだが…」
 ダメを出され、ご主人は二の句が告げない。
「ザラザラするの?」
 コマーシャルでドラマが寸断されたからか、何気なく妻がご主人を窺(うかが)った。
「いや、そういうんじゃなくって、ゴワゴワっていうか…」
 ご主人は語尾を濁(にご)した。
「ああ! それは、汚れが落ちやすいように洗濯糊(せんたくのり)を入れて干したからよ!」
「ああ、そうか…。それにしても、なんかゴワゴワするなぁ~」
「ちょっと、入れ過ぎたかしら…」
 妻が笑いながらて言ったとき、ドラマの続きが始まった。
「人間の触覚って、なんか妙なもんだなぁ~。気になりかければ、とことん気になる…」
「ええっ! なんか言った? このお煎餅のザラザラ感がいいのよねっ!」
「いや…」
 ご主人は、そんなことは言ってないっ! とは思ったが、怖(おそ)ろしくて、とてもそうとは言えず、思うに留(とど)めた。
 触覚は、いろいろあるという楽しい長閑(のどか)なお話である。^^

          
                  完

|

2020年7月26日 (日)

楽しいユーモア短編集 (87)五感[その四 嗅覚(しゅうかく)]

 さて、その次に控(ひけ)えしはぁ~~! と歌舞伎の白浪五人男の口上(こうじょう)調でガナるつもりはないが、^^ 五感のその四として、嗅覚(しゅうかく)がある~~ぅ! 香道(こうどう)という匂(にお)いを嗅(か)ぐ古来の作法もあるくらいで、嗅覚は日常の楽しいひと時を人に与えてくれる五感の一つである。身の体裁(ていさい)を気にされるお方なら、香水[パヒューム]のいい香りで自己主張されることだろう。別に広島出身の某歌手グループの宣伝をしている訳ではない。^^
 とある繁華街である。食べ物店が軒(のき)を連(つら)ねる中、なんとも芳(かぐわ)しい匂いが漂(ただよ)う。そんな中を二人の男が歩いている。
「ははは…匂いだけで満腹になりますなぁ~」
「ははは…その通りですなっ! ということで、私、今日は朝抜きで来ました」
「ということは、腹ペコですか?」
「ええ、まあ…」
「実は、私もなんです。奇遇(きぐう)ですなっ!」
「さようで…」
「おっ! 老舗(しにせ)鰻福(うなふく)のいい匂いがしてきました。楽しみですなぁ~」
「鰻は、やはり、ここの老舗ですからなっ!」
「さようで…。おやっ? おか(怪)しい。今日は、どういう訳か匂いが濃(こ)くならない…。そうは思われませんか?」
「そういや…」
 二人はトボトボと歩き進み、鰻福の前に来た。店前には、本日臨時休業の紙が張られていた。
「道理で…」
「ですな…」
 二人はガックリと肩を落とした。長年の老舗の店に染(し)み付いた匂いが流れ、二人を店へと運んだ訳だ。嗅覚は人を引き寄せる楽しい感覚なのである。^^

                           完

|

2020年7月25日 (土)

楽しいユーモア短編集 (86)五感[その三 視覚(しかく)]

 五感のその三は視覚(しかく)である。この視覚ほど、人をして楽しい気分に誘(いざな)う感覚はない。というのも、男性なら異性に感じるムラムラする色気^^、女性なら美しく着飾る宝飾品や衣装、それに化粧品^^、これらは視覚なくては感じない訳だ。
 とある寺院の禅道場である。とある大手会社の研修をかねた数十人の社員達が瞑想(めいそう)の域(いき)で両眼を閉じ、座禅を組んでいる。少し離れた庭では、この寺のトップと思(おぼ)しき僧侶(そうりょ)と研修の責任者である課長が話をしている。
「いやっ! そうは申されますがな。この数以上はとても我が寺院ではお引き受けしかねまする…」
「そこをなんとか、出張から帰った者、五名ばかり…」
「いやいや、すでに宿坊は、お泊めする数を超えておりまする。とてもとても…」
「そうではございましょうが…」
「いやいやいや、これ以上はお出しする賄(まかな)いもござりませぬゆえ…」
 何卒(なにとぞ)ご勘弁(かんべん)を…という気持を、僧侶は無言(むごん)の仕草で合掌(がっしょう)し、目を閉じた。そう来られれば、これ以上は頼めない。
「分かりました…。会社へ戻(もど)り、その旨(むね)を上司に伝えます」
「はあ、そのように…」
 次の日の、とある大手会社の部長室である。研修の責任者である課長が部長と話をしている。
「君の課だけだよっ! そういう事を言ってきたのはっ!」
「はあ、そうでしょうが、そう言われましたもので…」
「怪(おか)しいねぇ~、君の課だけ…」
「私の課は社員数が多いからでは?」
「馬鹿を言いなさんな。他の課もそうは変わらんじゃないかっ! 数人、多いくらいだろ?」
「はあ、まあ…」
 課長はそのとき、僧侶の懇願する仕草を、ふと思い出し、合掌しながら両眼を閉じた。
「ははは… 仕方ないな」
 部長は、課長の報告を了承(りょうしょう)した。
 このように、楽しい気分へと変化させる視覚の効果は絶大なのである。^^

                            完

|

2020年7月24日 (金)

楽しいユーモア短編集 (85)五感[その二 聴覚(ちょうかく)]

 五感のその二として、聴覚(ちょうかく)がある。いい音色(ねいろ)に酔いしれ、ウットリと恍惚(こうこつ)感に浸(ひた)る訳だ。当然、本人が楽しいことは言うまでもない。
 とある音楽コンサートの会場である。指揮者は九十の齢(よわい)を超えたチビンスキーで、その名は世界各国に知れ渡り、超有名だった。オーケストラは大風呂敷フィルハーモニー交響楽団である。会場の一階半ばの席で演奏を楽しい気分で聴き惚(ほ)れる湯葉(ゆば)の隣の席では、まったく演奏には興味がないのか、グースカと派手な鼾(いびき)を立てて眠りこける腐豆(ふとう)がいた。湯葉にとっては迷惑この上ない雑音だったが、多くの聴衆が聴き入る最中(さなか)である。その手前、起こして注意する訳にもいかず、泣き寝入りする他なかった。そうこうして、しばらくしたときである。後列の斜(なな)めに座る一人のロマンスグレーの老人が席を立ち、グースカと鼾を立てる腐豆の肩を片手で強くコツコツと何度か叩(たた)いた。腐豆は、ハッ! と我に返って目覚め、スクッ! と直立すると、何を思ったか、「ど、どうもすみませんっ!!」と大声で謝(あやま)った。その途端、場内から割れんばかりの笑声(しょうせい)が起きた。これにはオーケストラも形無(かたな)しである。この楽しい出来事は、その後、演奏会の歴史的な語り草となった。
 聴覚はいろいろな楽しい出来事を生むようだ。^^

                           完

|

2020年7月23日 (木)

楽しいユーモア短編集 (84)五感[その一 味覚(みかく)]

 人には五感という楽しい感覚がある。その五感を五話に渡って語りたいと思う次第である。別に語ってもらわなくてもいい! と思われるお方もあるだろうが、そんなお方は食うなど味わうなど好き勝手に楽しんでいただけばそれでいい。まあ、私もあとから楽しみたいとは思う。^^
 楽しい感覚のその一として、まず味覚(みかく)がある。これはもう、人にとっては一番と言ってもいい楽しい感覚で、『私は食うために生まれてきたっ!』と豪語する大食漢や食通(しょくつう)なお方もおられるくらいだ。
 とある町の大衆食堂である。この町の老舗(しにせ)なのか、昼前からそれなりに混んで繁盛している。
「僕の注文、どうなってんのっ!」
 一人の客が切れたような大声で女性店員に絡(から)んだ。
「立て込んでるもんで、どうもすみません…。もう出来ると思います。味噌汁定食でしたよね?」
「違うよっ! 赤だし味噌汁定食だよっ!」
「ああ、はい…」
「半時間後に仕事があるんだっ! 早くしてよっ!!」
「はい…」
 この食堂で一番安い定食が味噌汁定食で¥250、その次に安いのが赤だし味噌汁定食¥300だった。どちらもライス、香の物少々が付くという実にシンプルな定食で、その違いは赤だしの味覚が有るか無いか・・という、ただそれだけのものだった。それから10分ばかりが過ぎ去った。
「まだなのっ!」
 他の焼き魚定食やハンバーグ定食といった時間のかかりそうな定食が次から次へと出来る中で、一番、シンプルで簡単な定食が出来ない。注文した客が、ふたたび大声を出した。
「生憎(あいにく)、お新香(しんこ)が…。今、買いに出てますので、今しばらく…」
「なにっ!? お新香、ここじゃ買ってるのっ!?」
「はい、まあ…」
「で、あと、どれくらいかかるのっ!?」
「はあ、もう20分ばかり…」
「そんなにっ!! もう、味噌汁定食でいいよっ!」
 客は、とうとう味覚のランクを最低ラインまで下げた。
「あの…お客さま。お新香が無いんで、どちらにしろ待っていただくことになりますが…」
 赤だしの味覚を諦(あきら)めただけで定食は食べられなかった・・という実に情けないお話である。味覚が堪能(たんのう)でき、楽しい気分が味わえるには、他の要素も必要になるようだ。^^

                           完

|

2020年7月22日 (水)

楽しいユーモア短編集 (83)きっちりと

 物事をしたあと、やり残しがあったり、結果が果たせなかった場合、その後の展開は二つの道に分かれる。一つは最後までやり通したり結果が残せるよう物事を続けて、きっちりと仕上げる道だ。そして、もう一つは、一端、中断したり、あっさりと諦(あきら)めてしまう道である。この二つの道は、どちらが正解でどちらが間違いというものではないが、楽しい気分を早く味わいたいか、あとのお楽しみに取っておくか・・という本人の性格によって分かれるのである。仕上げたあとの方がやり残し感がなく、気分が楽しいように思われるが、これもケース バイ ケース[時によりけり]で、一端、中断したり、諦めた方がいい場合もある。あとから楽しい気分を味わおう…と思うのはいいが、あとからでは、あとの祭(まつ)りになってしまうケース[場合]もある・・ということだ。^^
 お正月の干し柿作りをする、とある田舎の庭先である。ご主人が両腕を組んで考え込んでいる。自宅用だから、そう多く作る必要もないのだが、これがなかなか難しく、毎年、収穫前にカラス害に遭(あ)ったりして、きっちりと収穫出来ないでいた。
「そろそろ硬(かた)くなってきたな…。この辺が潮時(しおどき)か? いや、二日ほど晴れるという予報だから、そのあとで穫(と)り入れてもいいな…」
 干し柿の甘い、いい香(かお)りが辺(あた)りに漂(ただよ)っていたが、きっちりと硬く熟成(じゅくせい)させてから…というご主人の考えは甘かった。^^
 二日後、ご主人が穫り入れようとしたとき、すでに干し柿は一つとして残っていなかった。カラス達が、きっちりと失敬したあとだったのである。だから物事は、潮目(しおめ)が変わる潮時を機敏(きびん)に察知(さっち)する判断力が求められるということになる。これは、多くの人々のトップ[頂点]に立つ様々(さまざま)なリーダー[指導者]にも言えることだろう。^^

                            完

|

2020年7月21日 (火)

楽しいユーモア短編集 (82)箸(はし)

 スーパーなどで寿司とか弁当を買うと、「お箸(はし)、要(い)ります?」とかなんとか訊(たず)ねる店員がいる。店の客対応マニュアルの一つなんだろうが、思わず『馬鹿か、お前はっ!』と気分を害される客もいることだろう。私は害さない。^^ だが、よくよく考えればそれも道理で、素手(すで)で弁当を食べる訳にはいかないのである。^^ そんな当然のことが分かっているにも拘(かか)わらず、マニュアルでは訊ねることになっているようだ。経営者サイドから考えれば、少しでも物件費を抑(おさ)えよう…という方針が見て取れなくもない。箸という小物一つを例にとっても、それだけ今の世の中が世知辛(せちがら)くなった・・ということだろう。ああ、嫌だ、嫌だっ!^^
 ポカポカ陽気の小春日和(こはるびより)である。晴れた青空の下(もと)、木々が紅(くれない)や黄色に色づく木陰(こかげ)のベンチで二人の老人が寛(くつろ)いでいる。
「どれどれ、そろそろ、昼にしますか?」
「ですなっ!?」
 二人は買い物袋から、それぞれ買ってきた弁当を取り出した。
「ほう! コンビニでしたか?」
「ええ、まあ…。あなたはスーパーで?」
「ええ、まあ…」
 首から吊(つ)るした魔法瓶のお茶を飲みながら、二人は弁当を食べ始めた。
「そういや、お箸、要りますか? って訊(き)かれましたよ」
「私はコンビニでしたから袋に入れてもらえましたが…」
「そうでしたか。ああ! そういや、コンビニは確かに訊きませんな」
「弁当にお箸は付き物でしょう! 素手で食べますか、フツゥ~~?」
「私もそう思いましてね、少しムカッ! としました」
「ははは…楽しい気分を害された訳ですな?」
「そんな大げさなもんじゃないんですが、ははは…」
 二人は大笑いをした。
 このように、箸、一膳(いちぜん)で楽しい気分を害する人もいる訳である。まあ、そういう人物は相当の変人だろうが…。^^

                          完

|

2020年7月20日 (月)

楽しいユーモア短編集 (81)気がかりなこと

 気がかりなことがあれば、楽しいことも楽しくなくなる。それは当然のことだが、ならば、その気がかりなことを無くせばいいだろっ! という話になる。しかし、世の中の仕組みはよく出来ていて、まあ、この場合は悪く出来ていてになるのだが、^^ 気がかりなことが無くなった途端、また新(あら)たな気がかりなことが出来るようになっている。これは決して、意地悪でもなんでもなく、世の中とはそうしたものなのである。だから、気がかりなことがあっても、そんなに目くじらを立てず、大仰(おおぎょう)に構(かま)えていれば、気がかりなことは気分を悪くしていなくなるのだ。結果、楽しい気分にふたたび満たされる・・と、こうなる。^^
 とある普通家庭である。明日、一家で行楽に出かけようという夜、ご主人は、眠れぬ夜を過ごしていた。
「天気は大丈夫かなぁ~」
「そんなこと、私に訊(き)かれても…」
 奥さんは迷惑そうな顔で言った。
「しかしなぁ~。晴れてもらわないと予定が狂うんだよっ!」
「子供達は、もうとっくに眠ってるわよっ! そんなに気がかりなら、雨でもいいところにすれば?」
「だってな、キャンプ村にはもう予約を入れてるんだぜ!」
「知らないわよ、そんなのっ! あなたの都合で天気が変わるってことはないんだからさ…」
「… まあ、それもそうだが…」
「そんなに気がかりなら、照る照る坊主でも作れば!?」
「ああ! その手があったな…」
 ご主人は、何を思ったのか、ベッドから抜け出た。
「じょ、冗談よっ! 馬鹿(ばっか)ねぇ!!」
「おいっ! 針と糸?」
「針と糸? 針と糸は向こうの部屋だけど…」
 ご主人は、本気でそう思ったらしく、寝室から出ていった。
 次の日の早朝、天気は雲一つない快晴となった。ところが、ご主人は気がかりが祟(たた)ったのか、照る照る坊主を吊るした下で眠りこけ、風邪を引いていた。
 気がかりなことは無視した方が楽しい結果が生まれるようだ。^^

                            完

|

2020年7月19日 (日)

楽しいユーモア短編集 (80)挨拶(あいさつ)

 挨拶(あいさつ)というのは、別にしなければ悪いとか罰(ばっ)せられるといった性質のものではない。^^ ただ、した方が相手との接触感、スキンシップと日常で使われる言葉だが、その感覚が膨(ふく)らんで楽しい気分となり、お互い和(なご)みやすいことは確かなようだ。相手が挨拶したとき、そ知らぬ態(てい)で無視した場合、『なんだっ!? お高く留(と)まりやがって!!』などと思われ、返って関係が拗(こじ)れることにもなる厄介(やっかい)な儀礼(ぎれい)である。
 どこにでも見られるとある駅の、朝の通勤風景である。
「やあ! おはようございます、番傘(ばんがさ)さんっ!」
「おお、これはこれは、お珍しいっ! 蝙蝠(こうもり)さんっ!」
「ですなっ! ははは…」
 蝙蝠は珍しいと言われ、『いつも乗ってるけど出会わないだけだろっ!』と、心で突っ込んだが、挨拶で関係が拗れるのも…と、笑って思うに留(とど)めた。
「いやぁ~随分、寒くなりましたな」
「ですなっ! ははは…」
 蝙蝠は寒いと言われ、『そうでもないがな…』と思ったが、挨拶で主張するのもな…と、ふたたび笑って思うに留めた。「先ほどから笑っておられますが、体調の方は大丈夫ですか?」
「まあ、ですな。ははは…」
 蝙蝠は『大丈夫に決まってんだろっ!』とは思ったが、楽しい気分が…と、三度(みたび)、思うに留めた。
 このように、挨拶をしたからといって、相手が必ずしも楽しい気分になる訳ではない・・という、欠伸(あくび)が出るようなお話である。^^ 

                  完

|

2020年7月18日 (土)

楽しいユーモア短編集 (79)欲の程度

 欲が満たされれば人は楽しい気分になる。これは誰しも言えることだが、欲を満たして楽しくない者は、正直なところ、余程(よほど)の欲張りかウスラ馬鹿だろう。まあ、この文章を読んで腹を立てる人は、その傾向があるかも知れない。^^ ただ、欲はその程度にもよる。意欲がない者はダメで、有り過ぎる強欲(ごうよく)者もダメだから程度が難(むずか)しい。
 ここは、とある旅行社である。
「あの…もう少し何とかならないでしょうか?」
「お客様、そう申されますが、この額(がく)じゃ、この程度でございますよ」
「そこを、なんとかもう一声(ひとこえ)っ!」
「…仕方がないっ! 清水(きよみず)の舞台から飛び降りたつもりで、この額に、しちゃいましょ!!」
「このコースで、ですよね? あとから追加料金・・なんて欲張ったことは?」
「ははは…楽しい旅を提供する我が社に限ってそんなっ! それにお客様、三泊四日で¥6,200の格安料金でございますよっ!? 程度ってもんがっ!」
「これ以下は無理と?」
「はい、もちろんっ!! 完全な出血大サービス! これ以下だと、うちは破産しちゃいますっ!」
「さすがに、破産はしないでしょう…」
「ええまあ、破産はしませんが…」
「私も欲を出し過ぎました。程度ってもんがありますよね?」
「はい! お客様じゃなかったら、私、あなたをブン殴(なぐ)ってるかも…」
「ははは…ブン殴られなくてよかった! 今までの話は冗談、冗談ですよっ! 最初の料金で、結構です」
「お、お客様!! …」
 旅行者の係員は、客の手を取り、急に涙目(なみだめ)になった。
「そんな大げさなっ! この程度で…」
 最初の料金は¥6,700だった。もちろん、キャンセルされたチケットである。^^
 欲の程度によって楽しいものも楽しくなくなったり、楽しくないものも楽しくなったりするのが人の世・・ということになる。^^

                           完

|

2020年7月17日 (金)

楽しいユーモア短編集 (78)裏目(うらめ)

 どんなことでも、思っている真逆(まぎゃく)の結果となれば、楽しいものも楽しくなくなるだろう。これは誰しも同じで、人はこれを、裏目(うらめ)に出る・・などと表現する。
「スリーカードだっ! お前さんの手はなんでぇ~~!!」
 西部劇映画の酒場で行われているポーカーの一場面である。訊(き)かれた格好いい主役のカウボーイは、徐(おもむろ)に自分の手札(てふだ)を相手カウボーイに見せる。ローヤル・ストレート・フラッシュである。
「オッ!! きっ! 貴様(きさま)ぁ~~!! イカサマしやがってっ!!!」
 とかいう場合を裏目と呼ぶ。訊いた相手役のカウボーイは自分が勝つと信じていたからで、結果がその逆になったからだ。こんなのもある。日本の時代劇の賭場(とば)の一場面である。かなり勝っている格好いい主役の旅烏(たびがらす)が、スゥ~~っと半(はん)の木札(きふだ)を置く。
「[両腕を広げて]どちらさんも、ようござんすねっ!! 丁半(ちょうはん)、駒(こま)、そろいやしたっ! 入りますっ!! [壷(つぼ)へ賽(さい)を二つ、馴(な)れた仕草(しぐさ)で入れ、閉じ、勢いよく畳上(たたみうえ)へと伏(ふ)せ] … [静かに壷を開け] … 五二(ぐに)の半っ!!!」
「フフフ…また、勝たせてもらったか…[呟(つぶや)くように]」
「貴様ぁ~~! イカサマしやがってっ!!」
「さあ~て、どちらさんがイカサマだろうなっ?」
 格好いい主役の旅烏は居合いで刀を畳下(たたみした)へと突き刺す。畳下から、男の悲鳴が…。みたいな裏目もある。^^
 孰(いず)れにしろ裏目は、それまでの展開を大逆転させる結果を齎(もたら)す。因(ちな)みに、野球の「ぎゃっ! 逆転サヨナラですっ!!」とか、競馬の「ゴール直前、さし切りましたっ! 万馬券ですっ!!」とかの裏目もある。
まあ、いい結果となる楽しい裏目はいいだろうが、概(がい)して、裏目に出るのは悪い場合が多い。日々、楽しい気分で過ごすには、裏目には出て欲しくないものだ。^^

                            完

|

2020年7月16日 (木)

楽しいユーモア短編集 (77)感覚(かんかく)

 人には暖かい方がいい人と寒い方がいい人の二(ふた)通りがある。好みの違いというよりは体質による感覚(かんかく)の差だが、自分の体質に合った気候だと、やる事なす事すべてが快適で楽しい気分になる。その逆だと楽しいことでも楽しくなくなるから不思議だ。
 とある温泉の旅館である。二人の旅行客が泊まっている。どうも夫婦らしい。あんなことや、こんなことをするのだろうが、その場面はムラムラするから割愛(かつあい)したい。^^
「俺はもう少し寒い旅の方がよかったよ。寒い日に温(あたた)かいお湯に浸(つ)かる・・これがいいんだよなっ!」
「あらっ! 私は今日のような暖かい日の方がいいわっ! 風邪を引きやすいタイプだから…」
「そうかっ!? 俺は絶対、寒い日の温泉旅の方が楽しいよ」
「私とは真逆ねっ!」
 そこへ旅館の仲居が料理を携(たずさ)えて入ってきた。
「失礼いたします。どちらでもよろしゅうございましょう? 旅が出来る・・これだけで十分、楽しいのでは? ほほほ…」
「…」「…」
 二人は仲居の言葉に押し黙った。
 感覚に関係なく、旅に出られるという境遇(きょうぐう)は十分、楽しいと有り難く思う必要があるのかも知れない。^^

                             完

|

2020年7月15日 (水)

楽しいユーモア短編集 (76)その先

 その先の結果が分かっていれば、これほど心が安らぐことはないが、かといって楽しいか? と問われれば、必ずそうとも言えないのが、その先である。推理ドラマの醍醐味(だいごみ)は、偏(ひとえ)にこの一点にあり、視聴者をして興味を抱(いだ)かせるのである。恐らく、この男だろう! とかなんとか思わせておいて、実はその男の服を届けたクリーニング屋だった・・などというその先が予想外の展開で終わるドラマもあっていい。意外なその先の結末に、な~~んだ、コメディじゃないかっ! と、思わず笑ってしまう訳だ。^^ まあ、サスペンス自体が気が滅入る設定だから、こんな3の線のドラマも面白いに違いない。^^
 とあるテレビ局のスタジオである。新企画でON AIRされるサスペンスドラマの収録が行われている。
「監督、こんな本で次回分、いいんですかっ?」
「いいじゃないかっ! ははは…その先がっ! 桃警部が飼っている雉(きじ)と猿と犬が犯人を見つけるっていうプロットが実にいいっ!!」
「はあ、確かに…」
 演出のサブで付いている男は、こんな筋立てが…とは思ったが、そうとはとても言えず、小さく頷(うなず)いた。
 意外なその先の展開も観る側からすれば楽しいだろう。^^

                           完

|

2020年7月14日 (火)

楽しいユーモア短編集 (75)ゆったりとのんびり

 ゆったり・・とは気分が自由で開放されているときに感じる心の有りようを言う。ゆったりすれば、心は束縛(そくばく)されていないから楽しい気分が、『やあっ!』っと、来やすくなる。^^ これが急(せ)いた状況だと、ゆったり感は来にくい。丁度(ちょうど)、いい気候で外出しやすい気分に似通(にかよ)っている。似通っていないかも知れないが…。^^
 田畑が広がる、とある田舎(いなか)である。バッタリ出会った二人の老人が、細い畦道(あぜみち)で話をしている。
「いやぁ~、ゆったりとのんびりは違うでしょう!」
「そうですかな? どちらも似たり寄ったりに思えるんですが…」
「今、こうして話をしている私らは、ゆったりしている訳です」
「そうでしょうな。すると、のんびりとはしていない、ってことになりますが?」
「いや、ゆったりしておりますから、当然、のんびりもしている訳です」
「…ですかな? のんびりしておるから、こうしてお話できるのでは?」
「いや、のんびりしておっても、ゆったりしているとは…」
「言えませんかな?」
「いいえ、同じでしょう。ははは…」
 二人は、顔を見合わせて笑った。話し始めてすでに小一時間が経過(けいか)していた。その近くを通りかかった買い物帰りの一人の農婦は、『あら、嫌(いや)だっ! まだ、あんなとこで話してるわっ! 暇(ひま)な人達っ!』と、二人を遠目に見ながら思った。
 ゆったりとのんびりは、どちらも暇(ひま)なときに訪れる楽しい気分のようだ。^^

                           完

|

2020年7月13日 (月)

楽しいユーモア短編集 (74)すること

 人は生活する上で少なからず、することがある。そのすること、というのが、実は楽しい気分を害する曲者(くせもの)なのである。厄介(やっかい)なことに、そのすることは目に見えない教唆(きょうさ)[心理面の威圧]的な存在で、逃(のが)れられない。人は、それを世の柵(しがらみ)と呼ぶ。することがなく、自由に世を生きられれば極楽だが、そう上手(うま)く人は生きられないように出来ている。これは、いくらリッチ[富裕]な生活をしていたとしても付いて回る。『逃れようたって、そうは問屋が卸(おろ)さない!』っと、纏(まと)い付くのである。^^
 とある財閥の総帥(そうすい)、鴨井(かもい)の大邸宅である。朝から、その邸宅の一室で、鴨井と執事の葱畑(ねぎはた)が話し合っている。
「だから、出ないんだよっ!! 今の私に、他にすることは何もないんだっ! することは、ただ一つ! 食べた物を出すだけだっ! どうにかならんか、君っ!!」
「そう言われましても、ご主人様。そればっかりは…」
 話す内容が汚(きたな)いなぁ~…と思いながらも、そうは言えない葱畑が小さく返した。
「ああ、まあ、そうだが…」
「下剤とか、お試(ため)しなさっては?」
「そんなことは分かってんだよっ! そういうことをしないでっ! することをしたいんだ、私はっ!!」
「はあ、どうも…」
 葱畑は、ふたたび小さく返した。最初の半分くらいの声である。
 要は、することがスムーズにいかないと、楽しい気分には、なれないのである。^^

        
                  完

|

2020年7月12日 (日)

楽しいユーモア短編集 (73)物

 物を大事に使えば、いつまででもある。むろん、傷(いた)んで修理できなければそれまでだが、それ以外の部品交換ぐらいで済めば、いつまででも使える・・ということになる。これには、物に対する個人差があり、物の寿命は変化をする。物が傷んだとき、どう思うか、ということになる。消耗品感覚で別の物に買い換えるか、あるいは修理を考えるか、はたまた、工夫して買い足すか・・という三通りの考え方である。別の物に買い換える[仕方がない場合を除く]以外は、まあ、いいか…と得心がいく方法に思える。^^
 一人の男が、とある物を前にして途方に暮れている。
「傷んだか…。前の経験から考えると、修理に出せば高くつくな…。かと言って、この部分の故障以外は別にどうってこともない。ここは、買い足すか…」
 すると、その傷んだ物が口を開いた。いや、その男には口を開いたように聞こえた・・と言った方がいいだろう。
『仕方がないっ! 今回は、あなたの顔を立てて我慢しましょう!』
「んっ!? それをお前が言うんかいっ!」
『そりゃ、言いますよっ! ええ、言いますともっ!』
「ああ、聞こうじゃないかっ! どうだって言うんだっ!」
『まあ、ポイ捨てられるよりは、いいかな…なんてねっ!』
「…そう思ってんだっ!」
 そのとき、男の意識は遠退(とおの)いた。気づけば男はベッドで眠っていた。隣(となり)には、怪訝(けげん)な表情で窺(うかが)う妻の顔があった。
「どうしたの、ブツブツっ!」
 楽しい夢でも見ていたのだろう。その眠りを妨害(ぼうがい)された顔だった。男は昨日、傷んだ物を思い出した。そして、これくらいで済めば、まあいいか…と、安息(あんそく)の息(いき)を漏(も)らした。
 物に対しては、この程度に処すのが楽しい気分を維持できるベストの方策のようだ。^^

                            完

|

2020年7月11日 (土)

楽しいユーモア短編集 (72)汗

 どういう訳か、汗を掻いたあとの食事や一杯は格別に美味(おい)しい。特にコトを成し終えたあとなら尚更(なおさら)である。加えて、そのあとの楽しい気分を熟成(じゅくせい)させる意味で、風呂でサッパリ汗を流せば、あとの楽しい気分は倍増される。人は、この楽しい気分を求めて、苦に耐えて汗し、働くのかも知れない。もちろん、脳内に汗を掻く頭脳労働もあるが、やはり快適なのは身体を動かして掻く汗だろう。^^ スポーツもよし、ジョギングや筋トレ[筋肉トレーニング]も大いに結構だ。ただ、身体を冷やして風邪を引かないうちに汗は処理したいものだ。^^
 とある公園である。いつもの日課なのか、二人の老人がいつもの時間にいつものベンチに座って話し合っている。
「今日も少し、すっかり疲れましたっ!」
「私も、ですっ! 秋は汗をそう掻かずいいですなっ!」
「ところが、あなた。これが、結構、掻いてるんですよっ!」
「そうですか? さほども感じませんがな…」
「いいえ、掻いてるんです。帰ったあと、風呂かシャワー
をすれば、サッパリするでしょ?」
「はい。そりゃ、まあ…」
「サッパリとすれば、そのあとが楽しい気分になります」
「そうですかな? 私ゃ、それほど感じませんが…」
「いや、楽しいはずです。食べたり飲んだりの気分が違うでしょ?!」
「はあ。そりゃ、まあ…」
「汗を掻けば、人間、楽しい気分になりますっ!」
「いやぁ~、汗を掻けば、気持が悪いでしょ?」
「いやいや、あと処理をすればっ! の話ですっ!」
「はあ、それはまあ…」
「熟成っ! 味噌、酒、それに燻製なんかでもそうでしょ!?」
「はあ、確かに…」
「汗は楽しい気分を熟成させる過程[プロセス]になるんですな…」
「そうなんですか…」
 すっかり丸め込まれた老人は、もう一人の老人の顔を見ながら頷(うなず)いた。
 汗が楽しい気分を熟成させるかどうかは別として、汗を掻けば、身体(からだ)の新陳代謝(しんちんたいしゃ)を促(うなが)す効果があり、健康にはよいそうだ。^^

                            完

|

2020年7月10日 (金)

楽しいユーモア短編集 (71)自然体

 意気込まないで自然体でコトに処せば、割合とスムーズに、そのコトは成就(じょうじゅ)するから不思議だ。お相撲の立ち合いなどを観ていると、お相撲さんの仕切(しき)りにそれが見て取れる。制限時間いっぱいとなり、行司さんが「待ったなしっ!!」とか「手をついてっ!」などと渋い声で窘(たしな)め、いざ! 立ち合いになったとき、二人のタイミングが合わない場合がよくある。当然、[待った!]ということになり、仕切り直しとなるが、先に突っかけたお相撲さんは、気走りし過ぎで自然体を忘れたことになる。もう片方のお相撲さんは自然体で土俵に臨(のぞ)んでいるから、よく状況が見える訳だ。で、バシッ! っとやる。その結果、『突き落とし、突き落としでホニャララの勝ち』とかの場内アナウンスになる訳だ。^^
 今年最後の大相撲が行われている国際センター会場である。
 アナウンサーが相撲解説者に訊(たず)ねた。
「すると、やはり勝気(かちき)が邪魔をしたと?」
「その通りですっ! やはり自然体! 自然体で臨むことが大事ですっ! 下手(へた)に考え過ぎれば、こういう負けになりますよね」
「なるほどっ! 大熊(おおくま)の毛深さ勝ちですね?」
「毛深さ? 上手いっ! ははは…大熊だけに、毛深いですか?」
「はい、まあ…」
「アナウンサーもダジャレを言うんだっ!」
「ええ、自然体ですと、ついっ!」
「では、私も。鮭川(さけかわ)は自然体の大熊に掬い取られた訳です」
「上手いっ! 鮭川だけに、掬い取られましたか?」
「ははは…そうです。掬い投げで」
 いつの間にか解説は相撲を離れ、ダジャレ合戦の様相(ようそう)を呈(てい)していた。
 自然体でいれば、ついつい楽しい気分になり、ダジャレなどが飛び出すようだ。^^

                           完

|

2020年7月 9日 (木)

楽しいユーモア短編集 (70)負担(ふたん)

 同じ楽しいことでも、度重(たびかさ)なれば、負担(ふたん)となって楽しくなくなる。楽しいという状況には、心が開放されていて、自分の意思で自由に物事が出来る・・という条件が付く。好きなことでも負担となれば、楽しいどころか、逆に苦になるのである。こういう心にさせるのが私達の目には見えない魔と呼ばれるもので、地獄へ落ちていただくしかない教唆(きょうさ)犯と呼ばれる存在なのである。この負担にさせる目に見えない存在は、目に見えない以上、人間の警察では捕(とら)らえることは不可能で、冥府(めいふ)十三王庁で逮捕してもらうしかないだろう。^^
 深夜に及ぶ残業をしている、とある会社の課内である。誰に強制された訳ではないが、一人の社員が懸命に仕事をしている。
「負担は嫌(いや)だが、これもカミささんに怒られるよりはいいか…。先月も、『あらっ! 少ないわねっ!』って、こうだもんなぁ~」
 どうも、負担を感じながら、仕事の実績を上げることで給料アップを目論むんでいる節(ふし)がなくもない。すでに時間は深夜の10時になろうとしていた。そのときである。課のドアがギギィ~~っと不気味(ぶきみ)な音で開き、懐中電灯を照らしながら一人の警備員が入ってきた。
「なんだっ! 手羽崎(てばさき)さんでしたか…。お疲れさまです」
「あっ! これは警備の登坂さんっ!」
 手羽崎はギクッ! として振り向き、驚きの声を出した。
「そういや、お家(うち)を新築されたようで…」
「それそれっ! そうなんですよ、登坂さん。なにせローンでしょ! 負担がねっ!」
「それで、残業ですか…」
「ええ、まあ…。なにせ、コレを持って帰らないと、女房(にょうぼ)がっ! ははは…」
 手羽崎は手の親指と人差し指で円を作って笑った。
「大変ですなぁ~」
「その負担に比べれば、コッチの方が楽ですよ、ははは…」
 二人の笑い声は、深夜の暗い課内で不気味に響き渡った。
 楽しい気分を味わうためには、負担が付きものなのである。^^

                           完

|

2020年7月 8日 (水)

楽しいユーモア短編集 (69)雲の形(かたち)

 四季を通じて言えることだが、空に浮かぶ雲の形(かたち)をジィ~~っと眺(なが)めていると、いろいろな物や動植物が見えてくる。自動車やオートバイは危険だからなんだが、燃料の必要ない自転車で走ったり歩いたりしていると、ついついそんなことを感じるのである。あんたっ、暇(ひま)だなっ! …と思われる方もお有りだろうが、それもそうだから、敢(あ)えて否定はしない。^^ 否定はしないが一応、お読みいただきたい。^^
 行楽の秋、ハイキングを楽しむ二人の若者が小道を歩いている。小道の周辺には秋の色づいた樹々(きぎ)がなんとも言えない風情(ふぜい)を醸(かも)し出している。その景観の上空には、青空に浮かぶ様々な雲の幾つかが、ゆったりと流れている。
「おいっ! あの雲の形、お前にそっくりだなっ!」
「…そうか? 俺はあんなに太ってないぜ…」
「いやいやっ!」
「そうか!? 以前は75以上あったが、今は70そこそこだぜっ!」
「… ああ、そういや、そうだな。前の姿か…」
「ああ、確かにっ! 前はあんなメロンパンだったかもな…。あっちの鰯雲(いわしぐも)は、お前そっくりだぜっ!」
「俺は今、あんなに痩(やせ)せてねぇ~よっ!」
「…かっ! やはり、前の姿だ…」
「ああ、退院した頃だな…」
 やがて、広い草原へ出た二人は、腹が減ったのか腰を下ろし、楽しい気分で持ってきた握(にぎ)り飯(めし)を食べ始めた。二人の上には、お握り形の白い雲がポッカリと二つ浮かんでいた。
 雲の形を愛(め)でるゆとりがあれば、楽しい一日が過ごせるようだ。^^

                           完

|

2020年7月 7日 (火)

楽しいユーモア短編集 (68)古いもの

 大掃除をしていて、使わずに忘れていた古いものが出てきて楽しい気分になることがある。オオッ! …と手にし、ついついその頃の懐(なつ)かしい記憶に浸(ひた)るものだが、そうした力を古いものは秘めている。古いものの記憶が遠退(とおの)いたり忘れることで差し障(さわ)りが起きることを人は故障と呼ぶ。味に風味(ふうみ)をつける香辛料(こうしんりょう)のコショウではない。^^ 古い神社仏閣を巡れば、自然と心が癒(いや)されるのは医学で解明できない妙な効果だが、古いものから放出される感覚的な力ではないか? と、私は欠伸(あくび)をしながら今、思ったところだ。^^
 快晴に恵まれた行楽の秋の一日、大勢の観光客が古都を訪れている。その中に一人、鹿と話をしている奇妙な男がいる。鹿語などあるはずもなく、観光客はこういう人にはかかわらない方がいい…とでも言うかのように、男を避(よ)けて通る。
「すると、何ですか? ここの芝は古くからあなた方がっ?」
『ええ、そらもう! なにせ今の時代、刈り取りを業者に委託すれば年間、百億以上かかりますからなぁ~』
「なるほどっ! 立派な公務員って訳ですね」
『ははは…そんな、いいものでは』
「いやいや、ご謙遜(けんそん)をっ! 古くからのご勤続でっ!」
『ははは…古いものですか?』
「ええええ、そらもう! 十分に古いものです」
 一頭と一人は楽しい気分で笑いあった。鹿も楽しいときは笑うのである。^^
「まあ、お煎餅(せんべい)など…」
『あっ! こりゃ、どうも…』
 その光景を観光で来た一人の小学生が見ていた。
「ママ、あの人、鹿とお話してるよっ!」
「シィ~~! 大きい声で言わないのっ! ああいう人は怖(こわ)いんだからっ!」
 母親は近づかないよう、子供を遠退(とおの)けた。
 楽しい行楽の風景が古いものいっぱいの奈良公園の一角(いっかく)に広がる。古いものに憧(あこが)れ、楽しいレトロ[懐古(かいこ)]気分に浸(ひた)る外人観光客が多いのも道理である。^^

          
                  完

|

2020年7月 6日 (月)

楽しいユーモア短編集 (67)至福(しふく)のひととき

 人は至福(しふく)のひとときを楽しみに働く。誰も苦しみたくはない訳だ。^^ ただ、至福のひとときを得るためにはお金が必要となる。そのお金を手に入れるため、懸命に汗し、怒られても耐え忍んで働くのである。その結果、お金が手に入り、誰に憚(はばか)ることなく楽しい至福のひとときを持てる・・と、まあ話はこうなる。^^ この至福のひとときを持てるには、いくつかの条件が必要となる。まず[1]として、前述した働く・・ということだが、働くには働ける場が必要となる。さらに[2]として、働く場があっても本人にそこで働く気持がないとダメである。[3]は働いてお金を得たとしても、至福のひとときを得る方法を知らなければ得ることはできない。ただ、知り過ぎは溺(おぼ)れるからいいとは言えないし、何もしないで至福のひとときだけを得ている人は論外と言える。^^
 薄暗くなったとある川沿いの屋台である。赤提灯に照らされ、勤め帰りの三人の客がオデンを肴に一杯やっている。
「今日の演技は疲れました…」
「ああ、寒かったからなぁ~」
「あなたは若いんだから頑張らないとっ!」
「はいっ!」
 先輩の女性にダメ出しされた若手の俳優は、萎(な)えて素直に頷(うなず)く。
「でも、この至福のひとときが、なんとも堪(こた)えられないんですよねぇ~~」
「そうだよ、君っ! そのために僕らは演技して働くんだよっ!」
「ワァ~~!! どこかでお見かけしたと思ったら、テレビで観た方だっ! 観てまよっ! あの番組のファンなんですっ! 来週が最終回でしたよねっ! 私、あの番組を観るのが至福のひとときなんですっ!!」
「有難うこざいますっ!」「有難うこざいますっ!」「有難うこざいますっ!」
 二人の男優と一人の女優は、同時に声を出した。
「これ、ほんの私の気持で…」
 屋台の親父は、皿にオデンを数個づつ追加した。三人はにっこりと無言で頭を下げた。
 こういう至福のひとときは、実にいいですね。^^

                           完

|

2020年7月 5日 (日)

楽しいユーモア短編集 (66)気になること

 気になることがあれば楽しいことも楽しくなくなる。これには個人差があり、後(あと)からでもいいや…と軽く流せる[スルーできる]人と、気になり出したことは何が何でもやってしまわないと気が済まない人の二(ふた)通りがある。気になってやり始めたことを最後までやってしまう継続力とはまた別だが、孰(いず)れもにしろ、誰でも楽しい気分でいたい訳だから、気になることは少ないか無い方がいいに決まっている。気になることが一杯(いっぱい)あっても、全然、気にならない極楽トンボのお方は羨(うらや)ましい限りだ。^^
 それなりに名のある画家が指導する、とある絵画教室である。数人の生徒がキャンバスに絵を描いている。課題は、前方の皿の上に置かれた数本のバナナである。
「ほう! 抽象画ですかな?」
 バナナとは、とても言えない絵を見ながら、画家は口を開いた。
「いえ、写実画です…」
 生徒は自信ありげに返した。画家は、こりゃ、才能なしだ…とは思えたがそうとも言えず、軽く頷(うなず)いた。
「この大きな斑点(はんてん)は何ですかな?」
「ああ、これですか。これは皮の斑点です」
「斑点にしては、少し大きいようですが…」
「そ、そうですか?」
 画家はそれ以上、言わず、次の生徒の方へ歩いて通り過ぎた。画家に言われた生徒は気になり出した。気になることは気にならなくしないと気が済まない性分(しょうぶん)が災(わざわ)い? して、塗(ぬ)りたくった絵は、いつの間にか立派な写実の名画へと生まれ変わった。
 まあ、気になることを追求すれば、こんな瓢箪(ひょうたん)から駒(こま)・・という楽しいこともある訳だ。^^

                            完

|

2020年7月 4日 (土)

楽しいユーモア短編集 (65)鍋(なべ)もの

 寒い季節が巡ると、鍋(なべ)の登場となる。鍋だと、どういう訳か楽しい気分になる。鍋というのは、四季を通じて見かける調理用の鍋のことではない。要は鍋である。… 分かりにくいので分かりやすく説明すれば、美味(おい)しい美味しい具入りの湯気(ゆげ)を上げてグツグツと美味(うま)そうに煮(に)える、あの鍋である。ここでは各種ある鍋を総称して、[鍋もの]としてお話をしたい。どうでもいい方は、美味しい鍋でも突(つつ)きながら一杯やって下さればいい。あっ! 子供さんはジュースにして下さい。^^
 とある、どこにでもありそうな普通家庭の夕食場面である。
 鍋がグツグツと食卓で美味そうに煮えている。
「えっ! またオデンっ!」
 勉強部屋から出てきた高校生の長男が、開口一番(かいこういちばん)、愚痴(ぐち)った。中学生の妹と父親は、すでに席に着いていて、全員が揃(そろ)うのを待っている。
「ははは…そう言うな。オデンは鍋ものの常道(じょうどう)で、横綱だっ!」
「常道かなんだか知らないけどさ。僕は大関くらいのスキ焼がいいなっ!」
「スキ焼きか…。スキ焼きってんのは、別格だっ! 先代横綱ってとこだなっ!」
「パパ、先代横綱よりカニっ!」
「カニな…。カニもカニだけのことはある」
 そこへ調理場から母親が現れた。
「なに言ってんのっ! 鮭(さけ)の石狩鍋でしょ!」
「ああ~~っ! 味噌の土手(どて)鍋でなっ! ありゃ、美味いっ!」
 そこへ、離れからご隠居が、ゆったりと現れた。
「馬鹿もんっ!! 薬膳(やくぜん)のニラ雑水(ぞうすい)でいいんだっ! この贅沢者(ぜいたくもん)がっ!」
 一喝(いっかつ)された父親は、萎(な)えて沈黙した。だがその後は、賑(にぎ)やかで楽しい一家の夕食風景となった。
 鍋ものを囲むのは、孰(いず)れにしろ美味しくて楽しいからいい。^^

 ※ 風景シリーズに登場した湧水家の方々の特別出演でした。^^

                           完

|

2020年7月 3日 (金)

楽しいユーモア短編集 (64)風

 ほどよく晴れた日、風がそよそよと頬(ほお)を撫(な)でれば、なんとなくウキウキした楽しい気分になる。ところが、その風も暴風雨のように強く吹けば、家屋に甚大(じんだい)な被害を齎(もたら)し、迷惑な存在へと様変(さまが)わりする。そうなれば、楽しい気分相場の話ではない。さらに、どことなくスゥ~っと忍び込む、隙間(すきま)風という油断を見据(みす)えた見えない世間の悪い風もあり、注意が必要だ。これは超有名な演歌曲の歌詞にも登場するから、皆さん、よくご存知だろう。^^
 とある舗道である。二人のサラリーマンが歩きながら話をしている。
「どうもここ最近、風当たりが強くないかっ?」
「いや、それは俺も感じているんだ。他の課の連中から聞いたんだが、どうもうちの会社、調子よくないそうだぜ」
「それと、課長の風当たりが強くなったのと、どういう関係があるんだ?」
「だからさぁ~。課長も上から強い風に吹かれたんじゃねえのっ!」
「ああ、そういうことか…。で、今後の風はっ!?」
「ははは…俺に訊(き)かれてもなぁ~」
 そのとき、一陣(いちじん)の風が舞った。
「寒いと思ったら、もう木枯らしか…」
「そろそろ、コートを出してもらわんとな…」
「新婚さんは、いいよなっ! うちなんか、かかあに睨(にら)まれ、まるで冷凍庫だっ! お前ん家(ち)も孰(いず)れは、ははは…」
「そうなるっ? くわばら、くわばらっ!」
 楽しい気分で冗談を話し合いながら、二人は駅構内へと消えていった。
 そうそう! 他にも楽しい風、悲しい風、辛(つら)い風…と、世の中の風には各種、揃(そろ)っている。^^

                            完

|

2020年7月 2日 (木)

楽しいユーモア短編集 (63)間違い

 間違いに気づけば、その後の展開が修正され、物事がスンナリと捗(はかど)る。捗れば、ルンルン気分で楽しくなる。逆に、いつまでも間違いに気づかなければ、結果は悪い方向へと進み、ポツリ、ポツリからザザァーと雨模様になる。間違いに気づくか気づかないかは本人の程度差によるが、もちろん、早く間違いに気づいた方がいいに決まっている。誰しも結果がいい楽しい方を望むからだ。^^
 とある中学入試会場の教室である。
「はいっ! それでは…」
 試験官がマイクに向かって告げると、教室内に詰めかけた多くの受験生達は一斉(いっせい)に試験用紙に目を通し始めた。
『…あれっ! 問題が違うっ!』
 受験生の一人、疎居(うとい)は試験用紙を見た瞬間、自分の受験科目でないことに気づいた。
「すみません!! 科目が違うんですが…」
 大きな声で叫んだ疎居の席に受験生達の視線が一斉に走った。
「どういうこと? …」
 試験官は座っていた教壇の椅子から立ち上がり、疎居の席へと近づいた。
「何が違うんだい? 皆(みんな)と同じ試験用紙じゃないか…」
 試験官は配布(はいふ)した試験用紙を確認し、訝(いぶか)しげに言った。
「あっ!!」
 そのとき、疎居が叫んだ。その声は大きく、教室全体に谺(こだま)した。
「どうしたの?」
「す、すみませんっ! 間違いましたっ!! 僕、隣(となり)の教室ですっ!!」
 疎居は疑問が解決し、楽しい気分で言った。教室内は一瞬にして爆笑の渦(うず)となった。
「ははは…、今からだと十分、間に合うから、早く行きなさい」
 試験官は笑いながら告げた。
 間違いは早く気づけば、楽しい気分になる・・という
当たり前の馬鹿馬鹿しいお話である。^^

                            完

|

2020年7月 1日 (水)

楽しいユーモア短編集 (62)天気

 優柔不断(ゆうじゅうふだん)で、どうなるか分からないのが天気だ。こればっかりは人智(じんち)をもってしても、どう転(ころ)ぶか分からない不確(ふたし)かさがある。確率が高い予報を出せるようになった現代の文明社会でも間違ってしまうことがあるのが天気である。これは別に天気に限ったことではない自然現象だが、天気に限って言えば、晴れた日はどことなく気分が高揚(こうよう)して楽しいものだ。陰鬱(いんうつ)な曇(くも)った日の方がいいっ! と言われるお方もおられようが、そんな方々は少しナニだろう。ナニとはアレである。^^
 気象予報士がテレビで天気概況を一生懸命、語っている。本人が一生懸命なのだから、視聴者も一生懸命、聴くより他はない。^^
「すると、明日のお天気は?」
 アナウンサーが合いの手を掛け合い漫才のコンビのように入れる。
「はいっ! そういうことですから、天気は下り坂・・ということになりますっ!」
「下り坂ですか…。下り坂はそう疲れないですよね?」
「…? はいっ!?」
「下り坂だけに…」
 アナウンサーはダジャレを一つ、放った。
「ははは…まあ。楽しい行楽の連休ですが、雨傘(あまがさ)は持ってお出かけになった方がよろしいでしょう! 上坂(かみさか)がお伝えしました…」
「下り坂でしょ?」
「えっ!? ははは…まあ」
 気象予報士はアナウンサーのダジャレの猛追を、かろうじて逃(のが)れ、苦笑した。
 天気がどうであれ、連休は心がウキウキして楽しいものだ。^^

                           完

|

« 2020年6月 | トップページ | 2020年8月 »